『ほっほっほ。ちゃんは未だに職が見つからんとお困りのようですな。』
『待覚のじっちゃんそれは言わない約束!就活難民舐めんな!!』
『とか言いつつここ半年就活してないのは誰だったかのぉ。』
『テヘペロ☆』
『そんなしょうもないちゃんにいいニュースじゃ。詳しくはwebで☆』
『ごめんなさい今すぐこの場で教えてくださいもうふざけませんから。』
『老体に現代風はちと堪えるぞぃ。』
『じゃあ煙草やめれば?』
『それは別肺じゃ。』
『別腹みたいに言うんじゃない。』
『おやおや?そんな反抗的な態度を取っていいのかのぉ〜?』
『うわっ!明らかなる悪人臭!汚いさすが大僧正汚い!でも媚びへつらっちゃう!』
『ほっほっほ!袖の下には金のカステラが欲しいのぉ!』
『めっちゃくちゃ欲に忠実なじっちゃん!ニートにそんな大金が用意できるとでも?』
『ハナから期待しておらんわい。』
『ですよねー!』
『前置きはともかくちゃんに求人募集速報じゃ。』
『前置き長っ!』
『昔馴染みが居たところでのぉ、可愛いアルバイターを探していると言っておってな。』
『昔馴染みというとズバリお寺関係ですね!』
『そのとおりじゃ!なんじゃちゃんも察しよくなったのぉ!』
『馬鹿にしてんのか狸妖怪。』
『この話は無かったことに・・・』
『不肖!全身全霊を持って務めさせていただきます!!!!!』
『良い返事じゃ。ではちゃん。頑張るんじゃぞい。』
『はい!!ありがとうございます!!!じっちゃん!私がんばります!!!』
『その粋じゃ!』
『ってかお寺ってアルバイトあるんですか?』
『それはご都合主義じゃよ。』
『アッハイ。』
(ふっふふ〜どんな事やるんだろうな〜。私もとうとうアルバイターに昇格か・・・楽しみだな〜じっちゃんに感謝だよ!)
(それにしても『可愛い子』だなんて色欲全開にしおってからに・・・まぁ一応引きこもりだけど可愛い、はずじゃたぶんきっとおそらく。)
君と雑巾と act:2
(こういう時はなんて言ったらいいのだろうか。たのもー?いやいやそれは道場破りのセリフだ。
普通にすみませーんで良いのかな?いやはや今更だけど物凄く緊張してきた。
そういえば私は今まで半年間引きこもりだったんだ。それゆえの気疲れというかそろそろ限界も近い。)
立派な門を潜り目前に広がる広大な敷地。建物は見えるのだがまずはどこに向かえば良いのか分からなくなってくる。
こんなただっぴろい境内。慶雲院より坪数はないが、見事なまでの威圧感は負けず劣らずだ。は世界が違いすぎて感動すら覚えるのであった。
砂利の中にまっすぐと伸びる石畳。整えられた境内はどこを見ても美しく、まるで全てが芸術。まさに芸術。
このような場所でアルバイト?まったくもって恐れ多い。
だが遠路はるばるここまで来たのだ。お偉い大僧正に紹介された手前、ここでくじけるわけにはいかない。
は自分を叱咤し決意を改め石畳を踏みしめる。
少し行くと本堂があり右手に手水舎、龍を象った石像から水が流れ出ていて細部まで行き届いた作りに感嘆せずにはいられまい。
さすがに少しは作法を知っていたは手水舎で手を口を清めるのを忘れなかった。
「さて行きますか。」
いざゆかん戦場へ。本堂を避け裏手に回り込む。きっとどこかに神社で言う社務所みたいな所があるに違いない。
初めて来るお寺なのだが下調べもなにもしてなかったので勘で進む。するとこれまた幻想的な庭園が広がっていた。
木々や花々が一本一本丁寧に手入れされているのではと錯覚するほどに神秘的。神聖な場所と再認識させるには十分である。
炎天下だが生い茂る木々のお陰で心なしか気持ちも温度も涼しい。
葉音を鳴らす木々のざわめきも耳障りな蝉の声も池のせせらぎも全てが調和してその芸術は鮮やかに彩られていた。
「じっちゃん。私には場違いな気がしてきました。あなたを恨みます。」
のつぶやきは清らかな新緑の地に浄化されるか如く、即座に霧散した。
どう考えてもお呼びじゃない。こんな糞ニートなんざ受け入れてもらえるわけがない。
そう思える程にただただ美しかった。
呆然と立ち尽くしているとふと人影が視界の端に映る。ゆったりとした動作で持ち上げられる腕。
それに合わせて紫煙が揺らぎ、同時に見えたものは。
その瞬間、の世界は静寂に包まれた。
金色の糸。
まるで金箔で描かれた川のような、金。
艶やかなそれは木漏れ日に照らされサラサラと風になびいて――。
『おや?・・・見つかってしまいましたね。』
例えるなら全てを包み込む、――月。
振り返った顔には口元に優しさと穏やかさが篭った微笑み。目尻が下がったそれには暖かな眼差し。
太陽の下で輝く満月のような端麗さ。
は一瞬にして、引き込まれた。
「――眩しい。」
太陽のようにギラついた光では決してないけれど、言葉では言い表せない光。
淡く、けれどその存在感は計り知れない。木々が生い茂る薄暗いこの庭園に一層映える導きの灯火。
自然と言葉が出てきた。嫌悪感から来るものではなく純粋な感想。
瞬時に悟る。この人が待覚大僧正の言っていた人物なのだと。
独特の雰囲気が、似ているのだ。
『遠路はるばるお疲れでしょう。今日はゆっくりしていってくださいね――さん。』
木陰で寄りかかっていた背を離しこちらに向き直り、ここに来た目的も名乗りもしていないにも関わらず呼ばれる名。
卓越した見極めの観察眼。そしての心情を見透かす洞察力。
狸妖怪よりも化け物じみていると、それがのこの人物に抱いた第一印象だ。
類は友を呼ぶ。狸妖怪の昔馴染みと聞いた時点でここまで察せなかった自分を悔いるであった。
もちろん全ていい意味でだが。
「あ、あの・・・今日からお世話になります!よろしくお願いします!!」
『お世話になるのはこちらの方、かもしれませんね。』
ザワリと胸が騒ぎ出す。その時、は気づいてしまった、察してしまった。
『彼』がこの世の者ではないのだと。
サラサラと靡く金糸が朧げで今にも消えてしまいそうなほど透き通る。
「あなた、は――」
『あの子のことを、よろしくお願いします。』
それは思念だったのかもしれない。子を想う親の憂える心から生み出された魂。
ただの言葉ではない。これは言霊に似た何か。だからこその心に真撃に伝わってくる想い。
純粋に悲しいと思った。切ないと、チープな言葉だが今のにはなんと表現すればいいのかわからなかった。
だがこれだけは分かる。それは使命感。同情などというそんな偽善的なものではない。
心の奥底に刻まれる感情。
本当に、よく知る人物に似ている。嫌なほど。そう、嫌というほど理解している。
――自分はこの『人』の想いを受け止めたい。
自分を理解し憂い優しさをくれた恩人。その人に恩返したいという気持ちを今目の前に居る人物に当てはめるかのように。
重なる面影を求めるかのように、差し伸べられた手を掴んだあの時の想いを今ここに。
(じっちゃんは、望んでいる。求めている。私に託したんだ。この人の”想い”を。)
己の代わりに、と。それが今私に課せられた使命。恩返しをする機会。
本当に孫馬鹿だ。周囲の反対を押し切って育ててくれて、その上恩返しする機会を与えてくれて。
ずっとの中に存在していた蟠りを解きほぐそうとしていたのだろう。
彼自身ではどうすることも出来ないの後ろめたさと焦燥感を正確に理解して。
彼にとっては一石二鳥なのかもしれない。とこの目の前の人物の深い想いを精算するには絶好の機会だと。
だがその想いは重く深く慈愛が篭っている。
はただ単に目の前に存在する人物を恩人の代わりとするわけではない。
恩を返すべき人物の憂いは己の憂い。その憂いの元である目の前の人物の憂いも己の憂いなのだと。
「もちろんです。その為に私は来ました。きっと、それがここに来た理由。」
数年前にじっちゃんが心の中だけで泣いた、あの訃報が届いた残酷な別れの日。
それから4、5日家を空けた後に聞いた思い出を、は鮮明に覚えている。
大切なお弟子さんだったと言っていた。並外れたセンスと才能を持ち合わせてる生意気な弟子だと。
静かに語るじっちゃんの顔は今でも忘れられない。
その名は――
「――光明様。」
きっと。否、絶対に間違いたりはしない。
『ありがとうございます。貴方は本当に、あの人の言っていた通りの・・・。』
最後に残ったのは、安堵の色を浮かべた微笑みの残像だけだった――。
♂♀
庭で立ち尽くしているとお寺の中から出てきた青年、八戒。そろそろ着く頃だと思っていました、とさわやかな笑みを携えて出迎えてくれた。
緊張の糸が途切れは安堵の胸をおろす。八戒の微笑みは光明とは違う安心感があった。
「僕はここの壇家もあり主に事務を任されています。お坊さんではないのでただのアルバイトって感じですかね。」
「じゃあ先輩ですね!ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」
「さんは面白い方ですね。このむさ苦しい職場に一輪の華…新鮮味があって楽しくなりそうです(いろんな意味で)。」
何か副音声が聞こえた気がしたがここは、触らぬ神になんとやらだ。一種の防衛本能とも言う。
この八戒という男は後輩にも敬語を使うあたり彼の性格なのだろう、礼儀正しさが窺えた。
そして爽やかな笑み。人あたりの良さがひしひしと伝わってくる。
きっと怒ったら一番怖いタイプだ、と推察。は野性的危険察知能力はずば抜けて備わっているらしい。
「ここにはアルバイトの方って何人くらいいらっしゃるんですか?」
「そうですね、僕を含めて3人です。さんが4人目ですね。」
「お寺ってアルバイトといえば巫女さんというイメージが強いんですがその他にも居るんですね。」
「そこらへんはまぁ、ご都合主義ってやつですよ。」
「あぁ、お察しって奴ですね。」
よくできました、とここにきて初めての教育は成功したと言わんばかりに八戒はを褒めた。些かメタい…これ以上はイケナイ。
見た目は大きいが中にお坊さんの人数は少なく、壇家の人や知り合いに不定期にアルバイトを頼んでいるとのこと。
その全てはここの住人の友人だとかなんとか。
「ちなみに僕は医学生、赤いフリーター、小柄な少年です。そしてここの住人は大学生。歳も近いですし是非仲良くさせて頂きたいんですが・・・。」
「こ、こちらこそこんなんでよければはい!是非!!」
「よかった。みんな曲者揃い(特にここの住人が)ですがよろしくお願いします。」
初めての職場でこの好待遇。ありがとうじっちゃん。本当にありがとう。はこの遠く離れた地で頑張ってやってけそうです。
庭園をさらに奥に進み見えてきたのはごくごく普通の平屋建ての一軒家。程よく年季が入っておりお寺にはピッタリな外観だった。
見たとこ縁側があり、建築法に引っかかりそうな木造建てで純和風。やはりというかお寺に合わせてある。
長廊下で本堂と繋がっていてわざわざ靴を履いて移動・・・といった面倒はなく、今回は玄関から入るためそのまま外から来ただけでアルバイトするには環境も良し。
境外に出るには脇の小道を進めば小さな扉があるらしい。
制服という名の作務衣も支給されるため、まず衣食住には困らない。
その上アルバイト代が出るだなんてここが現実の楽園、極楽浄土か、と内心大喜びなだった。
モチベーションも上がり意気揚々と屋内に入る。見た目と大差ない広さにますます内心ではしゃいだ。
大まかな説明を海馬に叩き込み「今日は僕が夕飯を作りますね」という言葉に違和感を感じたものの先に自分にあてがわれた部屋に行くことにした。
荷物や家具は既に届いていたらしく部屋の隅に積み上げられていたが、八戒が待っている手前、荷解きは夜に持ち越しだ。
先ほど八戒が持っていてくれた手荷物を床に起き、最小限の生活用品を簡単に整理し八戒の元に向かう。
一般常識にかけているとはいうものの流石にお手伝いぐらいはしないと、と名誉挽回に勤しむだった。
「さんのお仕事に関してまだ詳しくは存じ上げておりませんが、そう大変な事はさせないと思いますよ。力仕事は赤いのがやってくれますし、体力仕事は小柄な少年が仰せつかってます。」
お手伝い中、不安と期待を抱いていた『仕事内容』について聞いてみた。質問された八戒はしばし考えながら答える。
そこに浮かび上がる疑問。一通りの役割は他のアルバイターが請け負っているらしい。では他に何をするのだろうか。
なんでも知っていそうな彼にも知らないことはあるらしい。本当に教えてもらってないのか以上に考えているようだった。
「大前提としてここの家事手伝い。お寺に関しては…他のアルバイターが居ない時にその仕事を…?」
八戒は言ってからはたと気づく。赤いのはフリーター故に常駐しているとして他の役割、すなわち事務・受付・清掃その他雑務全般をするのではないかと。
考えれば考えるほどにその事態の重大さに気づいてしまった。彼女は極楽浄土なんてものではなく、その真逆にあたる『地獄』に来てしまたのではないか。
ここの住人には修羅か羅刹のようだと比喩されている『鬼』も存在する。ウエルカム トゥ ヘール。地獄の釜が火を噴くぜ!!
「半年何もせず引きこもりニートというのは大罪だったんですね…わ、私はなんという事を…やっぱりあの狸妖怪め転生したら真っ先に祟ってやるもちろん末代までな。」
「僕もフォローしますから、頑張りましょう…!」
慰めになっていないのは八戒の笑顔が引きつっているとこを見れば一目瞭然である。優しさが辛い。
これが本当ならなんということでしょう、私はとんでもない所に来てしまったのではないのか。は戦慄し思わず持っていたお皿を落としそうになる。
「八戒さん…遠く離れていてもずっとお友達で居ましょうね!!」
「まだ憶測の域をでていませんので辞めないでください!」
「だって…この元半年引きこもりニートがですよ?それ以前だって重労働したこと無いですし…狸妖怪の手前辞退は流石にできませんがお役に立てるかどうか…。」
「誰だって最初はひよっこです。その為に我々『先輩』が居るんですから気軽に頼ってください。できる限りの事はしますから、ね?」
「八戒さん…グスッ・・・」
「大丈夫です。大丈夫ですから泣かないで―――」
と、その時だ。玄関の引き戸がガラガラと音を立てた。どうやらここの住人が帰ってきたらしい。
同時にの横からそこはかとなく緊張が伝わってきた。どうしたというのか、八戒の顔は先程の穏やかな笑みとは違い心なしか固まっているようで。
そんな事は露知らず、足音は着実にこちらに向かってきている。
ちゃんと挨拶をしなければ。実質雇い主はここの住人であって粗相は許されまい。
しっかりとしている八戒を見て自分も気を引き締めないと、と的はずれなことを思うであった。
そして八戒の顔の意味を知る。
「誰だ、貴様。」
金糸の髪。容姿端麗な出で立ち。一瞬だけ光明を連想させたが、顔を見て瞬時に振り払う。
これが噂の(?)修羅か羅刹――鬼だ。鬼が来た。現実世界に鬼なぞ存在していたのか。
不機嫌さを隠そうともしない鬼。尊大な態度はを縮み上がらせるには十分なほどの威圧感だった。
「あ、あのっ!本日付で働かせていいい頂く事になりましたと申しまふっアイタッ!」
噛み噛みである。
「あ?」
「ヒィィ!!」
「さん、落ち着いてください。取って喰おうとする人ではありませんから。」
「おいどう言う意味だそれは。」
先程の涙が再びこみ上げてきそうだ。怖い。とにかく怖い。特に顔が。
整いすぎている所謂”イケメン”が凄むとこうも恐ろしいとは。社会は怖いです。
やっぱり末代まで祟るしかない。の脳裏にはあの何を考えているかわからない髭面の微笑みが過ぎった。
「先日お話したと思いますが貴方の身の回りのお世話、それにお寺関連の補佐をしていただく為に住み込みで働いてもらうって・・・貴方寝ていたでしょう?」
「・・・知らんな。」
「雇い主は貴方なんですからしっかりしてください。教育係は僕がやりますから、せめて大まかなことだけでも良いので教えて差し上げてくださいね。」
「チッ・・・めんど」
「ご飯抜きですよ?」
「ぐぬぬ。」
「(これなんて漫才)」
顔は怖いけど八戒に説教されている姿はどことなく・・・情けなく、実はそこまで取っ付き難い性格ではないのではと思ったであった。
食事を終え、一息ついたは部屋に篭もり荷物の整理をする。家具などはある程度揃っていて少ない荷物を棚に入れていくだけだ。
(なんか楽しい人たちだし、うまくやってける気がする・・・多分。)
今日一日を振り返り、ひとつひとつ日記に書くように思い浮かべていく。
新幹線の乗り心地の良さ、真夏のじめっとした暑さ、お土産屋さんの元気なおばちゃん。そして。
(あの人は・・・じっちゃん、これでいいんだよね・・・?)
朗らかな笑みを浮かべる人だった。そしてそのご子息は鬼の形相だった。
でも、あの笑みを見たあとだから分かる。きっと鬼の人もいい人なのだと。自信はないけれどでもには確信があった。
しかしながら思い出すと冷や汗が。
(き、きっと八戒さんが・・・八戒さんなら・・・!!)
早くも助けを求める心がまえをするであった。
To be continued.
ATOGAKI
とりあえず説明回。長々とすみません。
途中で路線変更したので矛盾とか生じていると思いますがいやはや。
2日に渡って悩んだんですが・・・光明様・・・お許し下さい。
なんだか壮大なストーリーになる予感しますがそんな事ないのでゆったり見てやってください。笑