周りの人の様子を伺う癖がにはあった。
自分はこの場に居ても良いのだろうか、邪魔ではないだろうか、空気を読めているだろうか、などなど。
癖であり、それは次第に『性格』へと変わっていった。
無意識に察する能力を身につけた。生きてきた環境を思えば当然の成り行きだった。
だから、感情が読めない人は苦手だった。
何を考えているのかわからないという事がとても恐ろしかったのだ。
人間というのは少なからず感情を表に出しているものだ。
どんなに本心を隠そうとしても、取り繕うとしても、必ず微細な破片を体のどこからかこぼしているものだ。
にはそれが見えた。もちろん実際には見えないものだ。感じ取ると言ったほうが良いだろうか。
どんなに些細なものでも見えてしまえば汲み取るのは容易な事で、だからといって必要以上に関わることはなく。
ただ自分に対して負の感情でなければそれで良かった。
どんなに無表情でもこの人はこう考えていて、どう思っているのかと察する事が出来た。
それがの特技であり、性格。
自然と身に付いた防衛手段に他ならない。
雑巾と君と act:4
「・・・・・・、・・・さん、・・・さん?」
何かの夢を見ていた気がする。それは楽しかったか悲しかったか、目が覚めたに知る術はない。
少し動悸がする。隣には起こした張本人であろう八戒の心配そうな顔。
「うはっ!?わ、私寝ていましたか!?」
「すみません吃驚させちゃいましたね。」
一体いつ寝てしまったのだろうか。時計を見るとさして経っていない事が分かり少しほっとした。
だが恐ろしいことに今は就業中だ。それを認識した瞬間、顔から血の気がひいたのがありありと見て取れた。
「今日はいつもより過ごしやすい気温ですし、眠くなっちゃいますよね。」
ここに来てから早5日。生活リズムも改善されつつあり、朝の休憩時間に寝ることも少なくなってきた矢先の出来事だった。
初出勤日は仕事を終え慣れない環境と慣れない体力仕事に即効で床についたが疲れは中々取れてはくれないらしい。
日を重ねるごとにそれは蓄積され、睡魔となって頭角を現していた。
修行僧で言うところの『修行不足』といったところか。八戒のやさしいフォローを心苦しく思う。
「では眠気覚ましに体を動かしてみましょうか。」
僕もそういう気分ですし、と笑顔を浮かべる様は至って普通。裏があるとは思えない。
だが八戒という男は底が知れない。完璧とまではいかないが、本心をひっそりと隠す場面が多々あった。
それがとても恐ろしかった。口では慈しみの意を並べていても本心では何を考えているのか。
時たま、感情の破片という囮を落として巧妙に本心を隠しているのではないかとさえ疑ってしまう。
の『性格』であるが反対に『悪い癖』でもある。きっと自分には純真さなど無いのだろう、と冷静に客観視する。
「おーい八戒!!!腹減ったんだけどなんか無い!?」
十二分に謝罪して次の仕事に向かう途中、天真爛漫な声が2人に届いた。
お寺の体力仕事を担当している小柄な少年、悟空だ。
彼は早朝だと言うのに低血圧とは無縁の身軽な動きで2人に駆け寄ってきた。
「たしか居間の棚にお饅頭がありましたよ。早く食べてこっちの仕事を手伝ってくださいね。」
「りょーかい!!じゃ、ちょっくら食べてくるから待っててくれよな!!」
なんとも騒々しい人だ。悟空の元気さに圧倒され何も言えなかったは、駆けて行く後ろ姿を見送りながら人知れず息を吐く。
悟空の純真さも恐怖のひとつだ。自分にはないもの。それだけではなく、なんとなくの域を出ないのだが真っ直ぐ人に意見を言ったり素直な気持ちを吐露するその性格が苦手だった。
本当に素直なのか。それとも猫を被るのがうまいのか。そう考えてしまう自分が醜いのだと浮き彫りにされる感覚が恐怖そのものだった。
「まったくしょうがないですねぇ、悟空は。朝ごはん食べてきたでしょうに。」
やれやれといった様子の八戒に見える感情は、呆れと慈しみ。負の感情ではない。
付き合いは長いと言う。それゆえの慣れか、悟空という人柄がそうさせているのか。付き合いの浅いには滅多にお目にかかれないものだった。
あれはここに来て2日目の事だったか、最初こそ悟空の立ち振る舞いに対しての八戒の感情に困惑しただったが、次第にそういうものなのだと認識した。
表裏の無い悟空。それを全面的に受け止める八戒。三蔵は怒鳴るばかりだったが八戒同様、通常の憤りとは違った感情が見て取れて理解するのには時間を要したのだが。
ここのアルバイターと雇い主の間には特別な感情があるらしい。まだまだ彼らの事はわからないが、垣間見れる感情の破片で着実には納得していった。
いつかこの輪に入る事ができるのだろうか。そんな考えが脳裏を過ぎりは驚きに目を剥いた。
なんだろう、この感情は。今まで芽生えたことなぞなかったのに。
なんて自分は烏滸がましいのだろうか。ぱっと出の新入りの癖に。
ただ待覚大僧正という強力な後ろ盾があるというだけのどこの馬の骨と知れない人間なのに。
自身、なんの取り柄も実力も輪に入る権利さえ無い赤の他人の癖に。
は一瞬でも思い浮かんだ考えに自己嫌悪する。馬鹿な考えはやめろ、と叱咤する。だがそれは日を重ねるごとに大きく膨らんでいく。
抗えない感情。それは自己嫌悪と比例していき、いつか耐えられないほど大きくにのしかかって来るのだろう。
とても素敵な環境、人間関係、その他もろもろ。離れたくは無い。だが、いつかは耐え切れずに去るしかなくなってしまう。
(嫌だ。私はまだ何もしていない。駄目だ。何もしないで帰るのだけは、絶対に嫌だ。)
いつその時が来るのかは分からないが、想像して胸が苦しくなるという経験はもう二度と味わいたくなかったのに。
時は過ぎ、午後3時頃。お盆に向けての塔婆や法要の受付などがひと段落した頃合。
タンクトップ姿から見えるその見事な筋肉を駆使していた赤髪の男がの元へと来ていた。
「よ〜チャン。調子どうよ?」
「ご、悟浄さん・・・」
「今日もえっれ〜人だったな。おつかれさん。」
「悟浄さんこそ暑い中力仕事お疲れ様です・・・。」
悟浄という男は飄々との元に来てはカラカイ含む世間話のようなものを交わす仲になってきた。
会って早々をナンパして八戒に咎められるという漫才を披露した人間だ。とっつき易いといえばそうだが、この軟派な性格が苦手でもあった。
大学にもこういった類の輩はわんさか居たので尚の事だ。
「な〜にヨ、そんなシケタ面しちゃって。可愛い顔が台無しだぜ?」
だが、悟浄はそこらへんのチャラチャラした人間とは違い、多分アルバイターの3人の中で一番気を遣うのに長けている。些細な変化にも気づき、世話を焼く。
放っておけない体質なのだろう、持ち前の兄貴肌を発揮しされど必要以上に踏み込んでは来ない。
ちゃんとこちら側の境界線を的確に把握し、様子を伺いつつ必要性を感じれば手を差し伸べるそんな男だった。
女性の扱いにも長けている部分もあるが、きっとが男だろうと同じ事なのだろう。
それは他の3人を見ても分かることだった。
嫌いではない。苦手ではあるけれど、それは軟派な部分だけ。それさえなければ兄のように慕う事が出来る気がする。
それをさせないのはが女だからなのか、それともそこまで受け入れてくれて無いからだろうか。
多分後者だ。だって彼は、手を差し伸べる様子が無い。
様子を伺っているだけ。でもそれはにも同じことが言えるだろう。
苦手と思っている事が何よりの証拠。なぜ、と問うより先に当たり前なのだと思考する。
「・・・そろそろ次のお仕事だって八戒が呼んでたぜ?行ってきな。」
「は、はい!ありがとうございます!」
後のことは他のお坊さんに任せ、は長廊下に向かう。そして悟浄は。
「なーんだかなぁ。そろそろ気づいてもいい頃だと思うんだけど。」
ここ数日は何か思い悩んでる。様子を伺う中でその理由は見えてきた。
しかしそれを解消する役目は自分じゃないと思っている。それがの不安を煽っているのもわかっていた。
「いったいどんな環境で育ってきたんだか・・・分からねぇでもないけどな。」
お節介だと思われても放ってはおけない。それが悟浄の気持ちだった。
たとえ苦手だと思われてようとも、そうさせたのは己自身なのだから。
「まぁそれは後々挽回するとして。なんつーの、保護欲全開ってか?」
悟浄の独り言は近くに居たお坊さんの顔を引きつらせるには十分な威力を持っていた。
♂♀
が住居へと戻ると、そこには3時のおやつと言わんばかりに口に大福を詰め込む悟空の姿があった。
しかも両手にも大福。机の上には申し訳程度の個数しか残っていない。
包み紙と粉の様子から見ると相当な量があったはず。それに棚に仕舞ったのはでその時の重量と大きさはかなりのものだったと記憶している。
「こんなに食べてまた叱られちゃいますよ・・・」
「これおいひいぜ!!」
「うっわ粉飛んでますよ!!」
「ほめんほめん!」
「謝罪は良いですから飲み込んでから喋ってくださいよ・・・」
顔面を粉まみれにされ立ち込める粉塵に視界は遮られる。これからも仕事があるというのに作務衣も真っ白だ。
まぁ洗濯するのは自分だし着替えてくるか。ついでに悟空にお茶のおかわりでも持ってこようと早々に居間から退散した。
「・・・なんだそのザマは。」
そしてタイミング悪く遭遇する鬼――もとい三蔵。この哀れもない姿は誰にも見られたくなかったのに、と恥ずかしくなった。
「おやおや、犯人は言わずと知れた・・・お茶は僕が持っていきますからさんは着替えてきてくださいね。三蔵、悟空のことはお願いします。」
まさかあろうことか2人目、八戒にも見られるとは。初出勤日から寝起き顔というブサい顔を見られていてこれ以上の羞恥心があるのかと問いたい所だが、これもこれで恥ずかしいのである。
一言断りを入れ部屋に行くの背後からは三蔵の怒声が響き渡った。
「ホント、ごめん!!俺、洗濯するからさ!マジごめん!!」
「いえいえ、お食事中に話しかけた私が悪かったんです、お気になさらず・・・」
「おい、コイツを甘やかすとロクなことにならねぇぞ。」
「そうですよ、叱るときは叱る。褒めるときは褒める。こうして子供は育って行くのです。」
あれ?悟空のご両親の方ですか?と、錯覚せざるをえまい。どうやらこの2人の子育ては難航を極めているらしい。
苦労の顔が見て取れた。厳格なお父さんにアメとムチを使い分けるお母さん。ここに悟浄が居れば玄奘一家の出来上がりだ。
「なーによ、オレサマを差し置いて面白そうな事やってんじゃん。」
大方、場を更に混沌とさせるいたずらっ子なお兄ちゃん。ってとこだろうか。
その証拠に収まりつつあった空気は一瞬の内に賑やかなものへと変化していった。
サルだのチビだの、ゴキブリだのエロガッパだの言い合いが始まり雷が落ち、刺を含む優しさが交差する。
家族とは、こういうものだろうか。
家族とは、こんなにも楽しそうで賑やかなのだろうか。
ズキリと胸が痛む。朝にも感じた渇望と痛み。比例する度に苦しくなっていく。
静止の声も届かない。叱咤する心はいつの間にか弱くなっていて。
正直、耐えられそうになかった。どうすればいいのか、は知らない。知っているのはこの先の絶望を味わうだろう痛み。それだけだった。
「・・・?」
無意識のうちに眉間に皺が寄っていたらしい。それに気づいた悟空は悟浄との格闘を止め、の顔を覗き込む。
しまった、と思うより先に悟空が言った。
「ご、ごめんな!!うるさかったよな!?ごめん、に嫌な思いさせちゃって・・・俺っ」
悟空は悪くないのに謝らせてしまったという罪悪感。それよりも何故、悟空は謝っているのだろうという疑問の方が脳内を占めた。
なんという筋違いの事を思っているのかと言われるかもしれない。だけどには理解できなかったのだ。悟空の言動が。
反省の意を込めて頭を下げ、手を合わせる姿はに写っていない。ただただ、何故、どうして、と疑問だけが湧き上がる。
「さん、貴方は疲れているんですよ。今日は休みましょう。」
「え・・・?」
「決してこんなんじゃ役に立たないから帰れ、とアホみたいなパワハラ上司の常套句を言っているわけではないんですよ。
ただ、疲れているから気持ちが悪い方へと向かってしまうんです。僕にもそういう時がありますから分かります。」
「そうだよ!疲れてんだよ!こういう時はいっぱい美味い飯食って寝るのが一番なんだぜ!!」
「お前は単純でいいワナ。チャンは繊細なの。どうよ、オレが添い寝したほうが疲れ取れるぜ?」
「てめぇは黙ってろ万年発情期。おい、さっさと寝ろ。その不抜けた面をとっぱらって来い。」
この人たちは何を言っているのだろうか。何故、この人たちはこんなにも――光り輝いているのだろうか。
に見えるのは感情の欠片。普段見える欠片は微量だが感情によって色を変える。怒り、喜び、嫌悪感、拒絶、いろんな色だ。
しかし今見えるそれは幾千にも輝いていて。
暖かい。なんて暖かな光なのだろうか。
「とにかく風呂にでも入って寝ろ。雇い主命令だ。」
鋭い紫暗の瞳に凄まれては何も言えまい。ヒィ、と漏れそうになる声をなんとか抑えては居間を後にする。
脳内を埋め尽くすのは疑問。何故、どうして。幾度となく繰り返した言葉が反響し合い支配する。
赤の他人なのに、新入りなのに、どこの馬の骨かも分からないのに、――でも。
(この光に、縋りたい。)
いつもじっちゃんが見せてくれた光だった。普段は周りの人間の曇天に隠れてしまっていたもの。
時々垣間見れるがそれはいつも一瞬のことで、雲が邪魔して中々正体が分からなかった。
でも今日初めて浴びた万遍ない光。ひとつの曇りも無い晴天の時のような輝き。
真夏の日差しぐらい熱かった気がする。でもそれがとても心地よかった。
名付けるならばこれは、『太陽』。
――それを理解したとき、涙がこぼれた。
嬉しいと。こんなに心動かす喜びの涙なぞ、初めてだと。
「・・・ったく、うるせーんだよ。」
不意にタオルが頭上を覆う。クシャりと乱れた髪は不器用に撫ぜられている所為だ。
不機嫌を奏でる重低音。されどそれは、悟空をあしらうものと同じ響きをしていた。
何度か見てきた欠片だの色だ。憤りと同時に見える別の感情。それが意味するものとは。
「なん、で。」
「お前がどう拒もうと、あいつらは、俺たちはお前自身を拒絶する気はサラサラねぇよ。・・・いい加減気づけ、この馬鹿娘。」
あぁ、そうか。拒絶していたのは自分自身だったのか。
八戒の底知れぬ部分も悟空の純真無垢な素直さも悟浄の気遣いも三蔵の根本的な優しさも。
全てが恐怖であり全て無意識の内に拒んでいたのだと。
自分が拒むから、みんな必要以上に踏み込んで来れなかったのだ。
見守るしか出来なかった瞳、差し伸べられなかった手、謝るしか出来なかった言葉に寡黙な食卓。
これらは全部、の為だったのだ。
それなのに自分は拒絶して。輪に入りたいと渇望しながら諦めて、到底無理な話しだと壁を作って。
見かねた三蔵が、ぶち壊した。全部、全部ぶち破ってくれた。
「いいか、一度しか言わんからよく聞け。お前の作る飯は不味くはねぇ。精々一生作っていろ。分かったか。」
「――はいっ!!不肖、誠心誠意をもって一生ごはん作ります!!」
だから、どうか、ここにいさせて下さい。
それこそ一生。・・・・・・・・・一生?
「ヒュー!やるねー三蔵サ・マ!」
「これって『ぷろぽーず』って奴!?ねぇねぇ、マジで!?」
「あっはは。まだ段階も踏んでないのに気が早いですねぇ。万年発情期は一体誰のことでしょうか、ねぇ三蔵?」
「あ。・・・・・・テヘペロ。」
拝啓 狸妖怪もとい待覚のじっちゃん。はこの新境地にて骨を埋める覚悟ができました。
三蔵さまの為、この身も捧げる覚悟です。だから安心して成仏してください。 敬具。
To be continued.
ATOGAKI
いくら構想を練ろうともキーボードを打つ指は違うリズムを奏で、思考はノリで曲調を変える。
何が言いたいかというと、なんてKO☆NO☆ZA☆MA☆感。笑
どうしてこうなった・・・今後の流れさえも変わっていく・・・まるで手のひらからこぼれ落ちる砂のry
多分このシリーズの肝は『テヘペロ』だと思います。死語とか聞きこえません。
むしろキャラに言わせてすみません。
みんなと1歩近づこう!という話しでした。多分。
そして文章が暗いのはヒロインの心情を表している為と言い訳残しておきます。テヘペロ。