She never looks back






調査兵団には『変人』よりも陰惨に語られる人間が居る。

『冷酷人間』

彼女を知る者は口を揃えてそう説く。その要因となる話は事実であり、噂に尾ひれがついたものや無根の戯言だったりと様々だ。 だが、それを口にする者は例外なく彼女の本質を理解できていない人間。

彼女は何も言わない。例え陰口を言われようとも、孤独になろうとも。
それこそが彼女――の望んだ姿だったからだ。









 act:00








程々に賑わう食堂。兵士として分をわきまえている者たちは各々のどやかに会話に興じたりと思い思いに昼食をとっていた。 そんな者たちを横目に机の隅で淡々と料理を平らげてゆく女がひとり。 彼女の周りに人の姿は無く、心なしか近寄るのも躊躇う程の緊張感を漂わせていた。

そんな異彩を放つ空間の中心人物、は何の感慨もなく只管に匙を口に運んでいる。 まるで機械と見間違えてしまいそうな程、決められた動作をしているのではないだろうか。食事をするのはただのプログラムされた行為だと言わんばかりに。


「……お前の食事する様はいくら空腹時でも食欲を削ぐ。もう少し美味そうに食わねぇか、クソぼっち」


遠巻きに様子を伺っていた兵士達なぞ意に介さず、尊大な態度での向かい側に現れ言葉を投げかける人物がひとり。 調査兵団の兵士長、リヴァイだ。彼は粗放に椅子を引くとドカリと腰をおろした。 料理を乗せたトレイと一緒の所をみると、どうやらここで食べるらしい。


「まぁさして美味くもねぇ飯をさも美味そうに食えっていうのは無理あるがな」

「……」


己の上官の言葉を無視しながらの手と口は止まらない。それに気分を損ねる訳でも無くリヴァイは食事に手をつけ始めた。

それから数分経っただろうか、料理を平らげたは視線を上げ徐ろに口を開く。抑揚のない声で。


「セルフツッコミですか」

「バカ言え、お前のツッコミが遅いだけだ」

「食事中に私語はしない主義なので」

「そりゃあ殊勝な心がけだな」


ほぼ同時に食事を終えた2人の間に交わされる会話は百歩譲っても和やかとは言えないものだろう。 しかし傍から見れば険悪とも取れる絵なのだが本人達は至って通常運行だ。ただ、無表情且つ目つきが悪いだけで。


「会議は終わったんです?」

「あぁ。何ら問題なくな。だがこの件に関して近々分隊長も交えた会議がある。欠席は許されんからな」

「……私の隊に部下は居ないのですから結論と指示だけ聞ければ個別で済ましてもなんら問題は無いと思いますが」

「分かっていると思うが敢えて言おう、却下だ。俺の言葉はエルヴィンのそれと同じと思え。命令違反は立派な重罪だろうが」

「……冗談ですよ」

「知っている。からかっただけだ」

「分かりづらい」

「お前も大概だろうが」


真面目な顔してこのんなしょうもない会話をしているだなんて兵士達は露知らず、チラチラと様子を伺うのだった。

この2人は時たまこうして食事をしているのを目撃されているのだが、兵士達はやはり近づき難いのだろう、会話が聞こえる範囲内に座ることはない。 したがって様々な憶測が飛び交うのだ。『兵長は優しいからぼっちのを見かねて気使ってあげている』やらなんやら話題は多岐にわたる。 それに対して否定も肯定もしないのは無意味だからであり、訂正するのも馬鹿らしいからだ。 リヴァイ曰く「好きに言わせておけ」との事。に関しては『無』だ。噂を知っているのかも怪しい程に。

そろそろ視線が煩わしい。は壁を背にして座っているので嫌でも室内を一望できる。見たくなくとも視野が広いが故に集中力を削がれてしまう。


「人気者も大変だな」

「誰の所為です誰の。へーちょうが居なければこんなに視線を集めることもないというのに」

「俺は一向に構わん」

「リヴァイこの野郎……」

「何か言ったか?」

「いいえ何でもありません」


意地の悪い事を涼しい顔して発言するリヴァイに立腹したのか、心なしか勢い良さげに立ち上がるはそのまま見向きもせず食堂を後にする。 そんなの態度に対して特に反応を見せるわけでもなく、平常通りリヴァイは己も移動しようと残りの冷え切った紅茶を煽った。 彼女は決して腹を立てたのでは無いと分かりきっているからだ。ただ単純にリヴァイより背の低いの足裏は完全に床と接していない為、半ば飛び降りる形になっただけのこと。 深く腰掛けるタイプの人間だから尚更その衝撃は大きかった事だろう。もしかしたらお尻をぶつけたかもしれない。難儀なものだ。まぁ本当かどうかは分からないが。

それは兎も角として実際にが怒っているならそれで良い。しかし怒りたいのはこっちだ、とリヴァイは深く嘆息する。


「あのクソぼっちが……後片付けくらいしたらどうなんだ。クソを我慢していたワケでもあるまいに」


目の前に置かれている食器を乗せたトレイ。ふざけるなと言いたい所だが放置するわけにもいかない。今一度嘆息すると渋々己の使っていた食器に重ね席を立つのであった。




 ♂♀




本日は晴天なり。ちょっとした嫌がらせに成功した爽快感と共に午後の陽気に誘われ、はひとり訓練場へと赴いていた。丁度新兵が訓練をしているところだ。 森の中に設置された巨人に見立てたハリボテの項を削いでいく基本的なもの。入隊したばかりの新兵達が血気盛んに己の実力を誇示しながら訓練に励んでいる。 任務まで暇ができたので新兵の訓練とやらを見学しに来たは森の入口に見慣れた姿を捉えると躊躇しつつ足を向けた。


「やぁ!君も新兵に唾をつけに来たのかい!?今年も優秀な人材が入ってきたからよく見ておくといいよ!!」


隣に着く間もなくの存在に気づいたハンジがけたたましい声で捲し立てる。 こうなる事は火を見るより明らかだったのであまり遭遇したくなかったのだが、まぁいい。 気心知れた友人と話すのは嫌いじゃない。巨人についての話はもっぱら聞き役専門だが。


「違う。断じて違う。あんたと一緒にすんな」


人聞きの悪い発言内容も相まっていつもより冷ややかな視線を送ってしまったのは致し方ない事だと思う。 そんなの反応を意に介した風でもなく、ハンジはテンションを反転させ残念そうに呟いた。


「なんだぁ。今度君に部下をつけようとエルヴィンと話してたところなんだけどなー」


あぁ、もしかして今度の会議の内容はこれか。だとしたら厄介なことこの上ない。 大体の事を察したは人知れず不運をかこって嘆息する。


「『個隊長』に任命したのは誰だったっけかね」

「違うんだよ!新兵の教育を強化しようとしてるだけなんだ。試験的にやってみようって、さ……」

「……会議の時までに考えておくよ。まだ日にちに余裕があると思うし……ハンジの言うところの『唾付け』でもしようかな」

「!!、それは本当かい!?そ、それじゃあ私の見立てなんだけどね――」


その後興奮したハンジによる演説は5時間にも及んだ。もちろん訓練場はとっくにもぬけの殻となっている。 論より証拠。新兵の実力を見ておきたかったのにとはこめかみに手を伸ばした。何故途中から巨人の話になったのかは誰にも分からないまま。




「おい。今までどこをほっつき歩いていた」

「ハンジ」

「なら仕方ねぇな」


兵団本部に戻った時には既に日も暮れている時間帯。ハンジに拘束され予定より遅れてしまった任務をちゃっちゃかこなし、エルヴィンに報告へ向かう道中リヴァイと遭遇。 この時ばかりは一言だけで伝わる思考のお手軽な伝導率にありがたみを感じざるを得ない。


「エルヴィンが待ちくたびれてたが……さっさと行ってこい、食事にするぞグズ」

「これでも急いだんですけどね。というかまたへーちょうとですか?」

「こんな時間に晩飯食ってる悠長な奴なんざ居ねぇから安心しろグズ」

「その語尾やめてください流石の私も泣いてしまいます」


前言撤回したいほどにリヴァイの語尾に罵られた事には納得いかないが、帰りが遅いを態々待っていたらしい彼をこれ以上待たせまいと急ぐことにした。 昼食を共にしたのだから今頃自分と同じくお腹が空いているに違いない。八つ当たりするくらいなら先に食べておけば良いのに、とは口に出さず足早に彼の横を通り過ぎた。 ただそれだけでは無いと知っているから尚の事。


「……泣けない癖にらしくもないこと口走ってんじゃねぇよ。クソぼっちが」


彼女の事をよく知るリヴァイだからこその言葉だったのかもしれない。誰も居ない廊下で吐き捨てるように言ったそれは、静寂に霧散した。








To be continued.












ATOGAKI

このシリーズ終わったら短編をちょこちょこやっていく予定。ヒロインの設定とかは後ほど。
ガッツリ固めたプロットとも取れる設定文になってしまった。ノリノリで書いた反省はしていない。何してんだ自分。
兵長の口調が曖昧なんですがおかしかったらご指摘お願いいたします。善処します。
何度も確認するにあたって単行本のページの端っこを切ってしまったのがショックで買い直したいです。笑