She never looks back
彼のように言葉を持ち、仲間を弔うのは得意ではない。
彼女は人並みに感情を持ち合わせている。ただそれを表にしないだけで。
彼女の本質は決して『冷酷人間』などではなかった。
act:01
来たる会議当日。召集された分隊長らは団長の声に耳をすませ、真剣な面持ちで座っている。
議題は新兵を伴っての隊の編成に関するもので、教育の強化を図ると共にそのまま正式な編成を組む場合もある、という内容だった。
エルヴィンの指示により新兵の入隊直後から訓練を見てきた団員が各自の視点を交えた評価を口にしていく。
それを元に分隊長が構成を組むのだが、ひとりだけ浮いている存在が。
「…………」
である。彼女は他の団員が各々希望を口にしていく中、机の端でただ無言で座っていた。
てっきり割り振られた新兵のリストの是非を問われるだけかと思っていたので、この状況について行けないのだ。
終いには、「ハリボテ決め込んでんじゃねぇぞ。お前も発言しろ。これは命令だ。従え」と来た。無茶ぶりにも程がある。
たかが会議で何故そんなに威圧されねばならないのか甚だ疑問だが、命令に背くことはできまい。
リヴァイの発言により静まり返った室内では渋々ながら口を開いた。
「……サポートに長けた者を希望します。それか巨人を前にして尻込みしてしまいそうな――」
「それでは意味が無いだろう。、前者で良いかな?」
「……異議はありません」
こうして会議は特に問題も無く終わる。書類を手にした分隊長らが足早に会議室を後にしていく中、は人知れず嘆息。
それを横目に通り過ぎていく分隊長らの好奇な視線に目もくれず、は立ち上がろうとはしない。
異議『は』全くもってない。この会議まで考える時間は十二分にあった。納得もした。
しかし文句の一つくらいは言わせてもらいたいものだ。
そんなの考えを察したリヴァイが言葉を投げかけた。
「文句の一つでも言いたそうな面してるが……なんだ、言ってみろ」
剣呑な声とは裏腹にイヤミったらしく口角を上げるこの男が忌々しい。睨みつけるようにリヴァイを一瞥した後、エルヴィンに向かって問う。
「私の戦い方は新兵に見せられる様なものではありません、それに自分は複数での戦闘に向きません。それなのに何故、部下をつけるのです?」
分かっている癖に。真摯に瞳はそう訴えていた。
「……君のそんな顔を見るのは久しぶりだ」
想いを写す瞳。こわばる表情。顔のパーツはさほど動いていない様に見受けられるが、彼女にしてみれば大きな変化だ。
こんなにも感情を顕にするのは珍しい。普段、意思を伝える事に希薄ともとれる態度なのに。
「私は普通です。ただ表情筋が衰えているだけで」
「いや、そうではなく私は嬉しいんだよ、。君が表情を変えられるのは極一部の人間の前だけだ。誤解をさせてしまったのなら謝ろう」
「――貴方は本当に……ずるい人です」
少し、感情が高ぶりすぎた。エルヴィンの言葉の意味を的確に汲むと、項垂れる様に肩を落とす。
してやられた気分だ。悔しいと思う反面、その気遣いが嬉しい。は遠まわしな言葉で語るエルヴィンの思惑に素直に応じると落ち着きを取り戻した。
「…すまない、落ち着いたかな。ならば質問に答えよう」
広い会議室の中で些か距離があるとエルヴィン達の席。その間に何の柵も負の感情も無い。あるのは信頼。
ふと、思い出す。それは滅多に見れないの感情の起伏を垣間見たからかもしれない。エルヴィンの優しげな瞳を一身に受けたからかもしれない。
そんな二人を見て思うところがあったのかもしれない。
窓から差し込む日差しが、彼女らの記憶を呼び起こすかのようにキラキラと瞬いた――。
「”協調性に欠ける”と……だが上位10名に選ばれたのだ、戦いにおいては問題はないのだろう?・」
あれはまだが調査兵団に入って間もない頃。部隊の編成が決まって暫くの事だ。
兵団内での様子を見て部隊長が団長に掛け合った際の話し合いで、召集令を言いわたされはひとり団長室へと参上した事があった。
「訓練であれば”ある程度”合わせられます。しかし実戦となると自信がありません。その評価は戦闘時のものと判断して頂いて構いません」
「そうか…。検討しよう」
新兵の個別資料を手に分隊長の報告と照らし合わせながらに問うキース。その目つきは厳しく、普通の兵士ならば恐れおののくだろう。
だが彼女は眉一つ動かさず淡々としていた。その様子をキースの隣で見ていたエルヴィンは瞬時に悟るのだ。
「団長、私に考えがあります」
が退出した後、エルヴィンが徐ろに口を開く。
「彼女についてはこれから訓練や戦闘で経験を積ませ、様子を見るというのはいかがでしょうか」
「協調性に欠けると言うのは実戦において悪影響を及ぼしかねん。その点についてはどうするつもりだ」
「問題ありません。彼女の実力はチームワークと言う檻の中で真価を発揮しなくとも十分戦力になり得ると判断しました。工夫さえすればどうにでもなります」
「根拠はあるのか」
「敢て言うなれば……あの瞳、とだけ」
「……確かに肝の座っている奴だったが……まぁいい、任せたぞエルヴィン」
来たる日の事を思い浮かべエルヴィンは思案する。彼の脳内にはひとつの希望があった。それは博打にも似たものだが。
己の考案する作戦に必要となる人間、のその真価を見いだせられればきっと――これは取るに足らない問題だ、と。
その考えを裏付ける結果は暫くののち、やってきた。
数年後、幾度も行われた隊編成で終ぞシコリの取れないままの処遇を持て余していた頃。試しにと入隊から数ヶ月経ったばかりのリヴァイの補佐へ配属させたのがきっかけだった。
彼ほど腕の立つ者の下につけば何かしら変化があるかもしれないとエルヴィンは考え様子を見る事にしたのである。
の戦闘能力は申し分ない。ガスの使い方も無駄がなく巨人討伐の様子も素晴らしいものだ。
さすが上位10名の中に選ばれただけあってか実力は見事であった。経験も積ませ実績は他の者より群を抜く。
しかしチームワークを必要とする場面ではやはりの欠落した部分が浮き彫りになっていく。
「お前は仲間を殺してぇのか」
リヴァイの補佐に就いてから何度目かの訓練中の出来事だった。他の団員との合同訓練はこれといって珍しくない。
苦手な連携プレーに四苦八苦しながらも足を引っ張るまいと奮闘し、だがタイミングを見誤って仲間に衝突する事故を起こしてしまう。
咄嗟に服を掴んで仲間が転落することはなかったが、問題はそこではない。
「……申し訳ございません。自分の不注意です」
「当然だ。お前以外に誰が悪い」
「…………」
「個人的総合力でみれば申し分ねぇのに……たまに見せるその無様な動きは何だ。クソでも我慢してんのか」
今朝も快便でしたとは言わずは黙った。この数年、幾重にも渡り経験を積んできた筈だ。昔よりはチームワークが様になってきたと思う。
しかし、本気になるとどうも個に囚われすぎて周りが見えなくなるのだ。の動きは単一でしか想定されていない生きるための術に他ならない。
如何にして攻撃を回避しそれを受け流すか。それをどう攻撃に繋げるか。単体ならば驚異的な動きだが、周囲に人が居るとなれば違う意味での驚異に成り下がる。
彼女自身、本能とも言うべきかこればかりはどうしようもなかった。
「上位10名の内に入っていたと聞く。どれ程のもんか俺には分からねぇが良くそんなんで入れたなとは思う。チームワークも項目の一つだったんだろ?」
「しっかり協調性が無いと書かれていました」
「胸を張って答えるとこじゃねぇ。まぁ、お前に協調性があればトップになれただろうよ」
「お褒めに預り光栄です」
「その舐めた口削ぐぞてめぇ……」
話しにならん。そう吐き捨てたリヴァイは訓練を中断し去っていく。彼に指導を乞うていた他の隊員にとっても面白くなく、不平不満を漏らしながらの横を通り過ぎていく。
――またやってしまった。
この状況は初めてでは無い。流石に訓練を中断されるのは初めてだが、いつもだけ見学させられる事はよくあった。
『団長は何故こんな奴を戦闘員にするんだ、内部仕事に回せ』だの陰口を叩かれるのもよくある事。
自分でも不思議でならないのだから仕方ないじゃないか、とは思う。これは命令だ。戦闘要員に配属されたのだから団員になんと罵られようとも従う他ない。
しかし足を引っ張る点においてはの責任であるからにして、彼女も十分反省し申し訳ないと思い努力はしている。
「…ひとりで行動しては駄目なんだろうか……」
に目もくれず各々訓練に励んでいく団員たちを見上げ心なしか寂しさを含むつぶやき。
巨人討伐においてだけは、単独行動を許してもらえないだろうか。己が自由に動けるように。
これは我が儘だろうか。やはり自分は兵士には向いていないのだろうか。
ふつふつと湧き上がる負の感情に押しつぶされていく感覚。井戸水の様に溢れていく目に見えない感情と言うものが押し寄せ激痛に変わっていく。
どうすればいいのか、と思う反面逃げては駄目だともうひとりの自分が叱咤する。でも、いくらもがいても状況は悪化する一方で。
耐え切れない、そう思った瞬間。
「! こんなところに居たんだ!? あれ、訓練は……? もしかしてリヴァイに見放されちゃったとか?」
が入団した当初から付き合いのあるハンジが能天気な笑顔と共に来たと思えば痛いところを突いてきた。
図星だったはジト目で睨みつけるように隣を見遣る。
「上官や先輩に見放されるのは今に始まった事じゃないじゃないか! そう気を落とさず私の話を聞いてくれ!!」
その後、ハンジの演説は3時間にも及んだ。どうにかしなければ、と思っていた思考はハンジのそれが進んで行くと共にいつの間にか消え失せていた。
救われた反面、そろそろ任務に行って良いかなと危機を感じたの静止の声により漸く解放されたのは、何故かさらにその1時間後である。
時は遡り、リヴァイが訓練場を後にした数分後。エルヴィンの執務室に赴いたリヴァイは深く嘆息しソファに腰をおろす。
珍しく憤っている彼にエルヴィンは書類から顔を上げ問うた。原因は言わずもがな、なのでどうしたとは聞かない。
「彼女は近年稀に見ぬ逸材だろう?」
「……入団してそう経ってない俺に近年の話なんざしてどうする」
「言葉の綾だ、雰囲気だけでも察してはくれないかな」
エルヴィンの言葉の真意は分かっていた。だがこの苛立ちを作った原因でもあるこの男にあたらずにはいられまい。無意味だとも分かっているのだが、いやはや。
リヴァイは自身を落ち着かせるため深呼吸し、諦めたようにエルヴィンに向き直ると素直に己の考えを吐露する。
「悪くはねぇ。だが……背中を任せるのには不十分だ。いつ殺されるか分かったもんじゃねぇ」
「ははは……耳にタコが出来るくらい聞いたさ、色んな団員にな」
「そうだろうよ……もしかしたら一人くらい実戦でスパっとやっちまってるかもな」
「リヴァイ、そんな根も葉もない噂みたいな事を言うなと忠告した筈だ。彼女は仲間に怪我を負わせたこともましてや殺した事など無い」
そんな事言われなくとも分かっている、とでも言いたげにエルヴィンを睨みつける。どうやらこの男の前で絡みの冗談は禁句らしい。
まぁ己にも否がある事は自覚済みであるからしてバツが悪そうに目線を漂わせ舌打ちをするリヴァイ。その様子を見て微笑みをこぼす男を視界に捉え、今度は忌々しそうに舌打ちをした。
「……そこなんだが、提案がある」
一拍置いてリヴァイが口を開く。彼が指すのはエルヴィンの発言の後半部分だ。
彼が提案するなら期待して良いだろう、エルヴィンは彼を全面的に信頼している。
「想定外な状況の中でも遺憾なく発揮される驚異的な反射神経……これを持ち合わせてる奴は滅多にお目にかかれない」
以前行われた壁外調査の時にも思った事だという。流石に実戦で仲間と衝突するなんて事故はなかったが、そんな事よりも目を見張るだけのものはあったと。
「それを燻らせるには惜しい人材だというのは重々承知している」
だがそれは彼よりも付き合いの長いエルヴィンは無論承知している。己の作戦の駒になり得ると、そう判断した。
しかしエルヴィンはリヴァイの言葉に息を呑むことになる。
「……お前はあいつに気を使いすぎなんじゃねぇのか? 何を企んで重宝しているか知らんが、あいつはそう簡単に死なねぇだろうよ」
「まさか……リヴァイ」
巨人との戦闘において数で攻めた方が生存確率も高まる。エルヴィンはその考えに固執し過ぎていたのかもしれない。
という希望を失わない為にもそれが最善だと、そう思い込んでいたというのか。
「あいつの能力を発揮できる場を作ってやれば良い……簡単な事だ」
団体行動を強要するから駄目なんだと。生かすことだけに重きを置くから自由に飛べないのだ、という翼は。
ならばいっその事、今までの常識を全て捨て単体でやらせてみれば。それは言うなれば翼ではなく、個となり自由自在に舞う一枚の羽根。
――いつまで飛んでいられるか見守るのも、面白いだろう?
型や常識に囚われない感覚を持ち合わせているリヴァイだからこその提案だった。
「試してみる価値はある、か」
「これは俺の勘に過ぎねぇが……決めるのはお前だ、エルヴィン」
まさかこんな簡単な事だったとは。
数年思い悩んでいたシコリはリヴァイの言葉でいとも簡単に解きほぐされた。
To be continued.
ATOGAKI
回想長くなったので分割。
単体で複数との戦闘が出来る実力者は兵団内に存在するが彼女ほど『生き残る確率が大きい人間』は誰かさんはさて置き居ないという事にしておきましょう。
むしろそれが彼女の魅力(後付け)