She never looks back











人と人との交流は関係を産み、善にも悪にもなる。
それを断ち切ってきた彼女は何を思うのか、誰にも分からない。










 act:02










「明日からお前には個別で特別訓練をさせる」


そう言い渡されたのは、昨晩リヴァイの元へ謝罪をしに行った時だった。あの目つきの悪い顔で説教されると覚悟していたのだが、あっさりと流され前述の台詞に至る。


「『個別で特別訓練』……とは?」

「言葉通りだ。俺が良しとするまで通常の訓練には参加しなくていい」


その言葉を皮切りに、彼は口を閉ざし話は終わった。そして翌日の現在。 他の団員が通常の訓練をしている場所より遠く離れた森の奥深く、いつの間に設置されたのか巨人に見立てたハリボテが点在する一角に連行されては首をかしげる他ない。 背中を向けるリヴァイは立ち止まるとに向き直り事のあらましを説明し始めた。


「巨人を狩るには複数で攻めた方が生存率も高まる上に、連携した方がガスの温存もできるなんぞ訓練兵でも知っている常識だ。……だがお前はガス云々を兎も角としひとりの方が戦い易い、そうだな?」

「はい」

「そこで考案したのが、いっその事単独で行動をさせたらどうか、というお前を単独特化型の兵士にするというものだ」

「……!」


普段表情を変えることの無いが僅かに瞠目する。単独特化型。それはつまり、チームワークを必要としないと。そう言っているのだろうか。


「お前は複数でも戦えるが単数で戦わせた方が実力を最大限に発揮できる。そう評価している俺とエルヴィンが話し合った結果だ」

「……それならば、私は……」

「自由だ」


――自由に、飛べる。

が兵士になって初めて表情を崩す程に心から喜びを感じることが出来た瞬間だった。

――それから暫くし毎日のようにひとりでも特訓を重ね、はエルヴィン達の想像を遥かに超える飛躍をしてみせた。 己を遮るものは何もない。自由自在に飛び、意のままに舞う。それは森の中だけでは留まらず、様々な場所で試してみたが変わることはなかった。 一見すると遊んでいるようにも見受けられるが、これが彼女本来の飛び方なのだろう。

その様子を見守っていたリヴァイは人知れず微笑みを零すのだ。燻らせるには惜しいと宣う言葉を思い返しながら。


「これくらいで良いだろう。次の段階に入るぞ」


単体での感覚を養えた。そう判断したリヴァイは敢て教えていなかったもう一つの課題を言い渡す。 無表情のままに意気揚々と訓練に励んでいたの喜びを、どん底へと突き落とす内容を。


「いくら単体特化型と言っても連携が必要になる場面は少なくねぇ。そこで、だ」

「……!」


数日前にも見せた瞠目を見ると溜め息を吐きたくなってくる。これも想定の範囲内だが、最近表情に出過ぎではあるまいか。 エルヴィン曰く「滅多にお目にかかれない貴重なもの」らしいがリヴァイはその希少度が薄れていくのを感じていた。


「そうガッカリすんじゃねぇよ……これは重大な任務だと思え。それでも兵士かお前は」


リヴァイの言葉に表情を戻す。だが雰囲気が『ガッカリしている』と物語っている。その事には触れないでおこう。
は一戦闘になると視野が極端に狭くなってしまう癖があった。 ただ、意識を全て巨人という『的』に向けてしまうのだ。迫り来るものを認識し脊髄反射で回避、流れるように反撃に向かう。 その動作を行う瞬間だけ一点に集中し、終わってみれば直ぐさま視野は広がりそこで他の巨人、仲間を認識する。 つまりはその視野が狭まった時、周りに仲間が居れば巻き込んでしまう恐れがあるのだ。

今までの訓練や実戦では自然と己の力を抑え、一歩ひいた視点で行動していた。それでも申し分なく動けるのだから恐ろしい。 だがどうだろう。が力を抑えることなくひとりで戦う事が出来れば。


「その『真価』を発揮できりゃ……この上ない戦力になる。だがそれはこの数日でモノに出来ただろう。今から行うのは連携だ」


リヴァイは思う。はただ慣れていないだけなのではないか、と。 今までの訓練の様子を見てきた限りでは仲間との意思疎通、積極性、協和などチームワークに必要な物がものの見事に欠けていた。 遠慮し、一歩引いた態度だったのだから当たり前だ。一番の原因は仲間からの信頼は無く、酷い場合では煙たがれていたという部分だろう。 なんともまぁ……難儀なものである。

リヴァイも人のことは言えないが今ではそれなりの位置に居る。彼のカリスマ性もあるのだろうが、とのこの差は何だ。 片や数年間長い事所属している女。片やまだ入って一年足らずの男。 難儀を通り越して憐れに思えてくるのは致し方あるまい。感情を一切表に出さないと言うのは茨の道である。

それは兎も角とし、これから行う特訓は集中的に連携を練習する、という単純なものだった。


「俺が直々に付きっきりで練習相手になってやるんだ……ナメたマネしやがったらただじゃおかねぇぞ」


ドスの効いた声で忠告するリヴァイに、は背中に冷たいものが流れるのを感じたそうな。






 ♂♀






とある執務室。ランプの明かりで点される室内は、紙の擦れる音を響かせ中々に心地よいものだった。 そんな中、訪ねてくるひとりの男。待ちかねたと言わんばかりに部屋の主、エルヴィンは彼を向かい入れる。


「彼女の様子はどうだ、リヴァイ」


急かすように問えば、彼は短く嘆息した。もちろんその事について報告しに来たわけだが、こうもガッツかれると呆れて文句の一つも言いたくなる。 の事とあっては苦言も意味をなさないのは学習済みなのだが。


「順調……と言えばそうだろう。コツも掴んで来たみてぇだ。あいつならもう時期モノに出来るだろうよ」

「そうか。お前自ら指導しているんだ、期待している」


そろそろ他の団員達と合流させてみてはどうだろうか、続く言葉にリヴァイはそれも悪くないとエルヴィンの提案を受け入れた。

の特訓は午前中の数時間のみ行われる。時たま用事でリヴァイが居なくともひとりで励んでいた。 午後は他の隊員達と合流したりリヴァイの補佐として任務を遂行したりと時間の物足りなさを感じる事がある。それでも1ヶ月足らずで上達し、あろうことかもう時期仕上がるとまできた。 素質とはこういうものの事を言う。今までの経験にも基づいてあるだろう、しかしこの短期間で大したものだ。エルヴィンは世辞も無く賞賛する。


「今まで放置しておざなりになっていた事を集中的に叩き込んだだけだ。……あいつはある意味性格も一点集中型なのかもな」


連携という感覚を身につける前に中断、の繰り返しなら出来るものも出来まい。訓練には参加するものの煙たがれていたりしては集中出来ず終わってしまう、そんな環境が続いていたのだろう。 一時期はエルヴィンが指導していた事もあった。しかし多忙な彼だけでは成し得なかったものだ。待った甲斐があったとエルヴィンは言う。


「あいつは孤独だったがそれなりに人の意思を汲み取る事が出来る。よくもまぁこんな人材を燻らせて置いたもんだ」


鼻で笑う彼は斜め上の天井を見据え何を思うのか。


「……次の壁外遠征までに仕上げられるか、リヴァイ」

「愚問だな」


口角を上げる彼は得意げに肯定する。それを見て心強さと信頼を一層大きく、エルヴィンもまた微笑んだ。


数日後、リヴァイの指導の甲斐あっては特別訓練を終える。訓練を始めて丁度一ヶ月、壁外遠征まで残すとこ後3日と迫った時だった。


「オイ、召集だ……着いてこい」

「……?」


連れてこられたのは団長執務室。ここに来るのも久しぶりだな、とは思った。 確か団長に物凄くガンつけられた覚えがある。実際はそういうわけではないのだが。

入れ、と声がかかり扉を開けた先には団長のキースと分隊長のエルヴィンが待ち構えていた。心なしか空気が緊迫している。 一体何故呼ばれたのだとか疑問は尽きないが、隣に立つリヴァイの一言で更に謎は深まることとなる。


「お前を俺の補佐から解任する」

「……他の隊に移れ、と言う事でしょうか」

「それは私が説明しよう」


リヴァイの言葉を訝しむは状況が読み取れないと言外に訴える。 一切目を合わせようとしない彼の横顔が脳裏に焼き付いた。


「リヴァイから聞いているだろう、我々は君の真価を最大限に発揮させる為、今までの常識を覆す策である『単独特化』を試みた」

「……結果はどうです?」

「成功したよ。、君の努力があったからこそだ。良く仕上がってくれた……礼を言おう。お陰で戦略の幅が広がった」

「という事はつまり……?」

「君に新たな役職を与えよう。まだ名前は決まっていないが……」


戦闘時における単独部隊。ただひとりに与えられた部隊だった。 ひとりで戦えるとは聞いていたがまさか部隊まで与えられるだなんて夢にも思うまい。 は期待と喜びを噛み締め握る手を震わせた。もうなんの枷も無い。意識も次第に恍惚となっていく。


「だがまだ正式とまではいかない。3日後の壁外調査で試行した上で判断しようと考えている。異論はないかな、


そう問われ、ははたと意識を覚醒させた。どうやらまだ確定ではないらしい。 流石にぶっつけ本番でやってみて失敗しました、じゃ洒落にならないだろう。他の者にも示しがつかない。だから試しにやってみる。そういうことだ。 場合によってはこの話は白紙に戻る。だがそれでも構わない。は寸分の狂いもない手本の様な美しい敬礼と共に高らかに宣言する。


「はい。必ずや成功させ、兵団の新たな戦力として貢献に努めてみせます」


要は認めさせればいいのだ。単独部隊は使えると、十分戦力になり得ると彼らに知らしめられれば、それで。 伸るか反るかの大博打。だけではなく他の命にも関わるかもしれない、だがそれでも彼女はこの賭けにのらずにはいられまい。 自由を勝ち取る為に。己の位置づけを確定させる為に。何よりこの兵団の翼の一部として尽力する為に。

来たる壁外調査当日、彼女の真価の頭角を目の当たりにすることとなる――。









To be continued.













ATOGAKI

単独……単一……単体……単騎……悩みました。 キース団長の空気具合がはんぱない……忘れてましたすみません。