She never looks back
夜が、明ける。
壁上に佇む彼女は朝日を一身に受け、剣を抜いた。
act:03
轟く重低音。壁上固定砲が絶える間も無く咆哮する。開門まであと僅かだった。
団長の声が響き渡り、兵士が奮い立たつ雄叫びを皮切りには跳躍する。
壁周辺に群がる巨人を足蹴に降り立つと開き始める門を振り返った。
重い石造りのそれが上昇するにつれ調査兵団の姿が顕になってゆくのを見届けると、巨人から投身し項を削ぐ。
アンカーを射出し次の巨人へと渡り刃を振りかぶる、それを繰り返し気づけば周囲に巨人の姿は跡形も無い。
最後の一体を倒すと同時に隊列が間近に迫ってきていた。
「、乗れ!」
無人馬の手綱を握っていたリヴァイが叫ぶと、は跳躍し乗馬すれば無事に彼らと合流できたというわけで。
「ガスは」
「温存しました」
門前付近の巨人を退ける調査兵の援護部隊、もその内の一人であった。
団長は皆の合流を確認すると長距離索敵陣形展開の号令を言い放つ。
は荷馬車護衛班。もし荷馬車まで巨人が進行してきたら真っ先に向かい、囮りとして惹きつけ殲滅するという役目を言い渡されている。
同じく荷馬車護衛班のリヴァイはのサポート、それに伴い監査の為同伴する形になっていた。
「赤の信煙弾だ……遠いな。様子を見る」
「了解です」
右後方で巨人を発見したようだ。赤い煙が真っ青な空に打ち上がると、リヴァイは同じくそれを視界に入れていたに待機命令を出した。
彼女にはもう一つの役目を与えられている。状況に応じて巨人と接触している班に合流し共に殲滅するというものだ。左右どちらにも対処できるようにと中央に配置された。
今日は単独部隊の導入が初の試みの為、まだ自分では判断出来ない部分が多い。その為にリヴァイが居る。
正式に編成されれば次からは自身の判断能力が必要となってくるが、今回ばかりはリヴァイの判断能力を学ぶ他ない。
「黒の信煙弾確認! 奇行種です! かなりの速さで近づいてきます!」
後ろの班員がたじろぎ叫ぶ。黒い煙は右翼側からだ。固唾を呑む仲間に混じり、はリヴァイに目を向けると指示を待った。
――また、だ。
脳裏に焼き付いた記憶が蘇る。前だけを見据え、何を思っているのだろうか。一切思考を読み取らせようとしないその横顔がどうしようもなくの不安を掻き立てる。
『初の試みだ。何が起きるか、どういう結果になるか……誰にも分からない』
執務室を出た後に語るリヴァイが漸くに目を向けた。
『緊急時には自分の判断に従え』
何故、今この場で思い出すのだろうか――。
「行くぞ、!」
はたと瞠目する。まるで白昼夢の様な光景は瞬時に掻き消え、リヴァイの姿が視界に入る。
彼は既に班を離れ右に馬を走らせており急いでそれに続くとは頭を振り現状に集中した。
今は目の前の事に全力を尽くす。ただそれだけを胸に、煙の上がる方向へと意識を向けた。
暫くすると直ぐ近くで信煙弾が上がる。どうやら奇行種は目前まで進行してきていた様だ。それも其のはず、数が尋常ではない。軽く5体は視認できた。
「このままでは荷馬車まで到達してしまいそうですね……」
「ここで食い止める。お前は右の3体をやれ。小手調べだ……存分に殺ってこい」
言うと同時に素早くアンカーを射出させ、リヴァイは飛躍する。続けても操作装置の引鉄をひいた。
奇行種は腕を振り回し飛び回る蠅を叩き落す様に手のひらを振り下ろす。はそれを避け風に乗り宙を舞う。
一瞬の事だった。巨人のこめかみにアンカーを打ち込み項に向けて横に一閃。絶えず次の目標に向け射出し項を削いでいく。
僅か数秒の出来事だった。これがの実力か、驚くのはその驚異的な反射神経だ。
3体目の巨人の指がの足に触れた瞬間。咄嗟に身を飜えし眼前に大きく開いた口を視界に捉えると、むき出しの歯に足をつき後方に飛び退ける。
落下と共に腱を切り刻み、頭上に見える腕に向けアンカーを射出。後ろに振るわれる腕の力さえ利用しそれを軸として弧を描き。その遠心力で上昇すればアンカーの巻き取りの勢いで項を削ぐ。
見事なまでの動きだった。瞬きも許さぬその速さにリヴァイからは感嘆の息が漏れる。
「……末恐ろしい奴だ」
これで5体全部を相手にしていたらどうなっていたのか、考えるだけでも恐ろしい。少しでも近づいてしまったら。
リヴァイは思う、巻き込まれて切り刻まれるのではないと。ただ、彼女の邪魔になる。そう考えを改めさせるには十分な戦いっぷりであった。
もしかしたら彼女に『ピンチ』などありえないのかもしれない。サポートなど、逆に足でまといになるだけだと。
ますます単独部隊の実現性が高まるのを感じざるを得ない。
「そろそろ後衛の補給部隊が来る頃ですね……流石にガスを補給しておきたいです」
「……通り過ぎ去る前に行くぞ」
息一つ乱さない彼女の様子を見るに、例え瞬きの間に突然の危機が現れようとも、全て『流れ』のひとつとして処理していくのだろうと先の戦いでもそうだが確信した。だから彼女は戦える。
例え仲間が飛び込んできても対処できる。だがそれは、本質でしかない。
どんなに反射神経が良くても、順応性がずば抜けていてもそれが戦いにおいて彼女の『真価』ではないのだ。
真の価値があるもの――それがをひとりで戦わせるという事なのだと。
馬で駆け、数分と経たず列中央後方に位置する補給部隊が見えた。どうやら間に合ったようだ。
並走しながらが荷台へと飛び乗り、リヴァイのボンベを受け取れば2人分のガスを補給し始める。
その時だった。
「後方から巨人です!!」
背後を振り返れば、霧散しかける赤と黒の煙。手前には真新しい黒い煙が上がっていた。先ほどまでは無かったそれは巨人の足の速さを物語っている。
最後尾の班は通常種だけ討伐し奇行種をとり逃したという事か。後ろを振り返れば巨人が視認できた。こんなに速度があるならと頷ける。
「チッ……ついてねぇな……」
リヴァイの指示に従い直ぐさま2本目を補充し手渡すと、彼と2名は馬を減速させ討伐に向かう。
も早急に向かわなければと引き続き己のボンベを補充し半分程で2本目に差し替えた。それと同時だっただろうか、横に居た兵士が叫ぶ。
「右翼前方より黒の信煙弾を確認! 煙弾打ち上げ続くぞ!!」
本当に、ついてない。今日は厄日なのだろうか。は信煙弾を打ち上げる兵士と、目視できる距離に迫る奇行種を交互に見遣る。
後方はリヴァイに任せるとして問題は右斜め前の巨人だ。右翼側の穴を掻い潜ってきたのだろう、それは不気味な顔を貼り付け走り迫ってくる。
前方では緑の信煙弾が左翼側に向かって打ち上げられているが、荷馬車では横に避けても躱しきれまい。
ガスの補充速度が嫌に遅く感じた。そして負の連鎖はこの状況をあざ笑うかのように続くのである。
「前方に段差! 衝撃に備えろ!!」
荷馬車の手綱を握る団員がに向かって忠告する。だがそれはあまりにも遅く。
団員の台詞が終わらぬ間に来たる浮遊感、続く衝撃。手元からガツリと音がする。視線を向けるとボンベの金具がものの見事に根元から折れていた。
無情にもガス漏れ音が告げる。ボンベがただの鉄の筒と化したのだと。には理解し難い事実であった。
「……っ!」
荷台には替えなど存在しない。という事は残りの1本で立体機動を行うか、それとも他の団員のボンベを拝借するか。
迷っている暇はない。だが、もしボンベを借り討伐に向かったとして巨人の進行を許してしまったら……その団員は戦えまい。逃げることも難しくなってくる。
そうでなくとも後方に人数を割かれているのだ。が向かい、もうひとりが戦えなかったら荷馬車護衛班は残り2人となってしまう。
しかも一人は御者だ。立体機動装置を装備しているが、最悪の状況は免れまい。
「仕方ない……俺たちでやるしか……!」
これ以上進行させてはならない、と判断したのか団員が苦虫を噛み潰したように表情を歪ませ言う。
もうひとりの団員と視線を交わし駆け出すその時。の脳裏に焼き付いた光景が再び蘇った。
『緊急時には自分の判断に従え』
真摯に訴える瞳。反論を許さぬ声。彼は、何を思ってそう口にしたのだろうか。
自分の判断に従え。それは自身の判断で動けということだろうか。
自分で判断して良いと遠まわしに告げていたのだろうか。
「私は……!」
補充し終わっていた方のボンベを取り付けるとは馬に飛び乗った。
追い越していくを確認した団員の耳には振動で激しくぶつかる金属音。荷台を見るとそこには転がる一本の鉄の筒。
「お前……!? まさか片側だけで行くつもりか!? 無謀すぎる、戻れ!!!」
「貴方達は信煙弾に従ってください。……私と一緒に行けば巻き込んでしまう恐れがあります、追従はご遠慮願いたい」
それは道連れになってしまうという意味なのか。それとも慣れない片側のみの立体機動で手元が狂うかもしれないという意味なのか。
団員には分からなかった。滅多に喋らないと思っていたからの予想外な言葉、その上真摯な瞳を前にしてどう判断すればいいのかなど到底思考が追いつかない。
そんな団員の様子に痺れを切らしたが声を張り上げる。
「私の判断に従ってください……!」
「……くそっ!! ひとりは後ろに連絡を! 俺たちはこのまま左へ前進する!!」
迷った末、団員たちはに従う事を決めた。迫真の声音に圧倒されたと言っても過言ではない。巨人へと駆けるその小さな後ろ姿を固唾を飲んで見送ると、緑の信煙弾が指す方向へと進む。
今一度信煙弾を撃ち、どうか間に合ってくれ、と切に願う。いくらが腕の立つ者と言っても状況が違うのだから。
目前に迫る巨人。奇行種であるそれは目を凝らして見ると2体居た。15m級と7m級といったところか。
手前の15m級が右に逸れると後ろから7m級が地を蹴り、目掛けて大きな口を開け飛びかかってくる。
は馬を15m級とは逆側に蹴りながら飛び降りると巨人に向かって走り出し真っ向から対峙する。
そして接触する寸前に跳躍、剣を眉間に振り下ろしその力を使いくるりと宙返りして飛び越えた。大変物騒な馬跳びである。
すれ違いざまに目下に来た項めがけて横回転すると的確に急所を削ぐ。
続いて右から15m級が迫る。足裏を地面に上滑りさせながら停止する間もなく片側のアンカーを巨人の太ももに向け射出。
それからは巨人との近接戦闘を強いられることとなった。
ワイヤーを巻き取るのには長ければ長いほど時間を要する為、それが数秒の差だとしても片側しか使えないのだから十分に致命的なタイムロスになる。
それを考慮し暴れ狂う巨体の腕や足へ小刻みに飛び移っていかなくてはならなかった。
「でかい図体して……すばしっこい……」
不慣れな戦法は思った以上に覚束ない。ガスも満タンにしたわけではない為に残量が心配だ。
大きな体は縦横無尽に暴れ狂い思うように戦えないことには冷静ながら身体の疲労を感じた。
暴れ狂う巨人の身振りが激しく投げ出され地面に一旦退く事もあった。
このままではただの消耗戦だ。一か八か、一気に項まで躍り出るか。動きが緩まる隙を見逃さずは迷うことなく背後に回り背中に向け射出する。
それは巨人の後ろ蹴りを切りつけながら掻い潜り、背中に到達しアンカーを回収した直後だった。
真横から強烈な肘鉄が迫り回避を余儀なくされ、横に重心を移動し衝撃を軽減するもそれが徒となる。
反射的にアンカーを射出し気づいた時には既に遅く。
振り返る巨人。振るわれる腕。片側だけではこんなにも苦戦を強いられるとは。
この短時間で息も上がるし反射でワイヤーを長く伸ばしてしまうしは帰ってから片側だけの練習しなくては、とその場にそぐわぬ事を思った。
「……そうだ、リヴァイさんも巻き添えにしよう」
また一緒に特訓したい。彼は私より戦闘技術も立体機動術も凄いし先に習得するに違いない。
そしたらまた教われるだろう。あの粗暴な性格と顔つきの癖に教えるのが上手いから楽しみだ。これではどちらが先輩だか分からない、けど上手い人に教わるのは願ったりだ。
――なんて走馬灯並みの速さで逡巡していく思考に自嘲の笑みを浮かべながら。
まるでスローモーション。迫り来る手。巻き終わらないワイヤー。慣れない事をし続けていたから体も限界に近い。
いつものように柔軟に翻す事もできなんだ。
は一般的に言われるピンチその時でも平静を保っていた。正真正銘、絶体絶命なこの状況下でもいつもと変わらずに。
己が死ぬ直前でもそれは一連の『流れ』に過ぎないのだろう、そう思った。
掴まれる体。反動で鞭打つ首。締め付けによる立体機動装置の食い込む痛み。太い指に絡む腕が嫌な音をたて軋む。
これでもう、単独部隊への夢は潰えた。自由に飛び、兵団の為にと心に決めていたのにこのザマだ。
折角大空の様な舞台を提案してもらったのに。団長やエルヴィン、それにリヴァイなら尚の事このまま認めるわけがない。
――結構頑張ったのにな……情けないなぁ。
恥ずかしい。あんな大見得切っておいて、とは再び笑う。
心からの笑みだった。それは心底楽しそうに、咲き誇る花のように開花する。
「……でもねぇ……死ぬのは御免なんですよ」
悪戯を企てる子供の様な笑みに変え、目前に迫る口を目にして辛うじて逃れた己の右腕を振り下ろす。
巨人の親指を断つ感触が手のひらに伝わり、圧迫されていた体に開放感が迸る。どうやら思惑は成功したようだ。
離れていく親指を蹴り下し、手首に刃を突き刺せば鉄棒の要領で遠心力を利用し上昇。
頂点に達する前に刃を外すと身は空中に踊りだす。既にワイヤーは巻き終わっていた。
落ちる間もなく米神に向かってアンカーを打ち込めば巻き取る勢いのまま体を回転させ片腕で項を一閃する。
トリガーを引けばガスが底を尽きる音がした。
重力に抗わず落下する感覚が襲う。そのまま空中に放り出されたは、どうせ受身は取れまいと来たる衝撃をただ待った。
後悔はない。大怪我は免れないだろうが生きていれさえすればまたチャンスがあるだろう。怪我を治して、それで。
意識が遠くなる。良くわからないがそろそろ地面とこんにちはする――筈だった。
「こんな時まで楽しそうに笑ってんじゃねぇよ……このクソぼっちが」
来るはずの衝撃は何かに衝突したお陰で免れたらしい。
「リヴァイ、さ……ん……?」
眼前には突如として現れたリヴァイの横顔。落下するは間一髪のところで受け止められたのだった。
To be continued.
ATOGAKI
戦闘の描写は途中からわけがわからなくなり考えることをやめました。
ボンベ1個でもアンカー射出できると思うけどガスの消費激しいし!普通に無理かもしれないし!(必死)
この時点でへーちょーが兵士長になっているかわからない為呼び方はリヴァイさんです。後にへーちょー又は呼び捨てになります。
ありがちな切り方をして次回、回想終わり。