She never looks back








――あれは、私の失態だ。

目標を捕捉したのは五体の筈だった。慢心ゆえに建物の陰に隠れていた背の低い巨人を見逃し、攻撃する隙を与えてしまった挙句この様だ。 奇行種、奴は屋根の死角から飛びかかりロニの肩を噛み千切って向かいの屋根に移った。視認できていた筈だった、そして彼を庇う筈だったのだ。 反射的だったに違いない。突き飛ばす為に伸ばした手を彼は瞬時に受け流し反対に私を突き飛ばした。

私の教えは間違っていたのだろうか。生き残る術を叩き込んだつもりなのに、その所為で彼は死んだ。 否、あの時いつものように服が掴めていればきっと彼も助かっただろう。しかし掴んだのは腕章で、それは彼が苦手なりに解れを縫い直した不完全なものだった為に呆気なく剥がれた。 握りしめた手のひらにそれはまだ握られている。あの瞬間と同じように性懲りもなく手にしているのは何故なのか。


「糸の色……違う」


さしずめ同色が見当たらずあり合わせの糸を使ったのだろう。そしてそれをごまかすため目立たないようにと糸目を短く縫った痕跡が見て取れる。道理で呆気なく剥がれるわけだ。 はち切れた部分の裂け目越しに足元がうっすらと姿を見せる。ある筈の制服は見えない。揺らせば聊か目立つ糸が無気力に存在を主張するだけで。 もう、彼は居ない。その現実が私をどん底にいざなうかのように足元に絡みついて離れずにいる。振り払う気にはなれなかった。何故ならこれが私に科せられた罪なのだから。


『いつか必ず、俺のことを壁外で一緒に戦える人間だと貴方が認めてくれるまで絶対に――』


脳内で反芻する言葉。最後は今でも鮮明に思い出せた。


『――生き残ってみせますから』


そう確かに言った。私はちゃんと聞いていたんだ。激励よりも君の声の方が聞き取りやすくて、この耳に届いたんだ。

純粋に嬉しいと思った。初めての新兵教育であの様に言ってくれる君の存在自体が、この上ない誉れで。 慣れない事だったけれども自分なりに努力した結果に勿体ない程の幸福感。そしてこの世界で偶然かはたまた必然か、君と出逢えた事が幸運だったのだと確信できる。 でもその世界も、そんな私を嘲笑うかのように残酷だ。まるで手のひらを反すようにいとも簡単に幸福感を薙ぎ払う。

だけど、それでも彼だけは笑っていた。最期に見せたあの儚げでそれでいて清々しいまでの屈託ない微笑み。なぜ死ぬ間際なのに笑ったのかその真意を聞くことはできないけども、でもこれだけは分かる。 あれは私の残酷な世界を照らす光なのだと。同期も先輩も後輩も数多の死にゆく様を見てきた。壁外に出たことのある兵士の誰しもが見てきた光景だろう。 共に笑い合い汗水流してきた同期などとうの昔に死に絶えている。そこで私の世界に光は潰えた筈だ。でも彼が再び光を与えてくれたのだと、そう思った。奇しくも最後まで私にはでき過ぎた部下だった。

だからこそ私は彼の最期の願いを叶える為に、その命の分まで生きようと左胸に刻むのだ。あの時触れた左胸に確かに感じられた鼓動を、願いを受け継ぐように。彼が安心して眠れるように。 それが今までの報いとなる事を切に願い――。












の執務室の扉が叩かれた。それは控えめで何か躊躇っているようにも聞こえる。疑問に思うが気を遣う余裕はなく。 開かれる扉。その先に佇む人物は見知りの顔だった。


分隊長……ロニの、遺品です」


彼女はロニの同期だ。時たま彼と共にしているのを見たことがある。そう、あの壁外調査の時も確かに居た。 その彼女が彼の上官だったに遺品を持ってきた、それだけの事なのに何故か胸がざわつく。 きっとそれは、彼女の瞳が深く暗く染まっていたからなのだろう。残念ながらそれをが理解するには、あまりにも余裕がなさ過ぎた。


「……貴方が届けに行きますか?」


その姿は噂通りの冷酷人間に見えたことだろう。不意に紡いだ言葉は、それを証明するには十分すぎるほど冷やかに響いた。


「なっ……!?」


上官である己が行くべきなのは重々承知している。しかし普段の彼らを見ていて不器用なりに気を使ったつもりなのだが、裏目に出たらしい。 彼女にはがロニに対して無関心だと映っただろう。だから彼女は憤りを顕にしている。 やはり慣れないことはするもんじゃない。きっとあの部下に感化されてしまったんだ。でも、不思議と嫌悪感はなくむしろ愛おしいと思った。


「あいつは……ロニは貴方の事が……!! それなのに、貴方には人の心がないんですか!?」


激昂する彼女をはただただ静観していた。今まで言われ続けてきたその言葉がの思考を覚醒させてゆく中、同時に無情にも冷酷さを色濃くしていく事を自覚しながら。 きっと彼女はその己の内に秘めた悲しみをぶつける対象を探していたんだと、理解する。


「単独部隊にとって初めての部下でした。私には出来過ぎた……でも飽くまでも部下です。それ以上でもそれ以下でもない」

「……最低! あいつはあんたを庇っていたようだけど、やっぱり噂通りの人間じゃない!! この冷酷人間!!」


それで、良い。慣れ合いなど、傷の舐め合いなどとそんなものは己に必要ないのだ。そう思ってしまうを彼はあの純粋な瞳で叱咤するのだろうか。 そんな態度だから皆から誤解されるんですよ、と。彼女の事を思って真摯に訴えるのだろうか。は皆まで言わずとも、ここ数か月で嫌というほど彼を知ってしまっている。 本当にすまないと思う。どうやら長く培われた性格とやらは直りそうになく、こんな不器用な上官を許してくれと乞う。懸命に噂の弁解をしてくれたの事を無下にしながらひた思う。


「彼の言葉を信じるかどうかは君の判断に任せます。私のあずかり知るところではない」

「この……っ人殺し!! 彼を、ロニを返してよぉ!!」


あぁ、どうか私を憎んで欲しい。この無力な私を人殺しと言うのならそれでも構わない。守れなかったのは事実なのだから。 泣き喚く彼女に優しい言葉さえかけられぬ不甲斐ない私を、どうか。それで君の気が済むのなら喜んで演じよう。想像通りの『冷酷人間』を。 そして彼の死を受け入れて欲しい。そう、切に願う。


「……これは君が持っていてください。私には身に余る物だ。そしてこれは、私が殺したという唯一の証です」


彼の気持ちを踏みにじる行為だとしても、彼はきっとの本質を理解できているだろう。態と冷酷を装い、仲間を思いやるの矛盾した不器用な心を。それだけが唯一の救いだった。

あれだけ離すことなく握りしめていた事を気取られずに腕章を手放し、悲しみに満ちる少女の手に渡るのを見届け安堵する。聊か皺になってしまった事は申し訳ないが、己はもう大丈夫だと漸く実感できた。 本当に彼の死を受け入れられていなかったのは自身だったのかもしれない。解かれた手のひらを見つめ揺れる瞳は疑いようもなく彼女の本心で。

これが本当のお別れだった。形に残る物がなくとも、彼の鼓動と想いは確かに受け継いでいる。の中で静やかにされど深々と確実に。 心配しながらもそれで良いのだとまた笑ってくれるだろうか、しょうがないですねと許して欲しかった。少女に握られた腕章に背を向け仄かな期待を胸に、真摯な瞳を浮かべ決別を告げる。 後悔はない。ただ突き進むだけだ、と。

刻まれた想いを左胸に――彼女は決して振り返らない。











END.


















ATOGAKI

色々と言いたいことはありますがこれでShe never looks back本編は終了です。至らぬ文章ではありましたがここまで読んでくださってありがとうございました。
ひとり反省会は粛々と行う事にします。そしてこの話を書いてみて思ったのはもう二度と戦闘シーンなんざ書きたくない、ということです。笑
これからほのぼのだったりギャグちっくだったりな短編をやっていく予定ですのでよろしくお願いいたします。あと兵長との関係を進展させて行きたいです。
以降基本845と850の間を書いていきます。




































■以下、長ったらしい設定をば(読まなくても全く問題ありません。自己責任でお願いします。)













※現時点での設定なので後々新たな一面を書いていく予定です。

▼世界観
原作・アニメ・スピンオフ綯い交ぜ。捏造多々あり。新たに発覚した事実は何食わぬ顔で付け加えます。
兵長はいづれ死ぬと信じて疑わない為、それまでは書き続けるが死んだらそこで打ち切り予定。ファンは続けます。


▼人物像
高い戦闘能力を有しているが何より反射神経に優れ、的確に対処できる事を得意としている。本能で察知し体が勝手に動くと言った方が適切かもしれない。(特殊能力ではなくただ人より抜きん出ているだけで最強ではない)
だが彼女自身分析や策を考案するのはそれなりに身につけてはいるが発言するのも希により、周囲からは順応性の高さのみを評価されていると言っても過言ではない。
完全な感覚派なので指揮官には向かないであろう。尚且つ協調性に欠けるのもそれを後押ししている。
彼女も自覚しているように隊に必要なチームワークを最も苦手としていた。だがリヴァイとの特訓により少しは改善された模様。
尚、指揮官に必要な頭脳は持ち合わせていないものの単独任務時などは腹黒いと言われるぐらい頭の回転が早い。単独なので自由な思考で取り組んでいる様だ。後に頭角を現す予定。
生き残るという確固たる意思は半端ない。

主たる性格は、割とノリが良い無口。矛盾しているわけではなく、気心知れた仲には喋るがその他には人見知りなので普段は口数が少ないというだけである。根暗ではないが言動が弄れている部分がある。基本敬語。
後輩にはある程度親しくなるとタメ口(機会は滅多にないが)。
仲間の死など悲しむ気持ちは人並みに持ち合わせており、己なりの弔いをした後は過去は振り返らない。涙を流すことはなく死にゆく仲間を目の当たりにしても取り乱すことも無い。つとめて冷静。
それと少し意味合いが違えどある意味前向きな性格と言えよう。
余談だが分隊長になってから与えられた寝室はにとって聖域であり邪魔するものは何人たりとも許されないらしい(気心知れた人間の進入は良しとしている)


▼過去
5年前のウォール・マリア没落以前から調査兵団に所属。訓練兵団卒業時の成績は上位10位内と優秀。協調性があれば主席になれたと言われている。
入団以前の設定は考案中。ジャンと顔見知りらしい。

リヴァイが入団した数年前の卒業生。イザベルより小さい。したがって第一印象は
「うわ目つき悪…。」
リヴァイ「ちいせぇな…。」
である。

感情もあまり表に出さず人見知りの性格も相まって入隊当初は同期ぐらいしか交友関係は無く、みなと違う班に配属された際にはどこか浮いている存在へ。
幾重にも渡る壁外調査により同期を亡くしてからは完全に孤立し始める始末である。
それからと言うものの(訓練兵時代からだが)仲間が死んでも感情をおくびにも出さない態度により周囲から『冷酷人間』という不本意なレッテルを貼られてしまう。
しかし本人は他人に弱い部分を見せることを極端に嫌う為、慰め合ったり本音など暴露する人間の集団に混じるよりは孤独の方が性に合ってると判断し周りの評価に甘んじることにした。
なるべくしてなったとも言えるだろう。
だが、隊員達と全く交流が無いワケではなく彼女の本質を理解している者も少なからず存在している。その筆頭がリヴァイで彼とは表では敬語で身分相応の分を弁えた接し方をしているがツッコミ時などタメ口と気心知れた仲が垣間見れる。
きっかけはリヴァイの補佐官を務めた当時の経緯にある。1ヶ月で解任されたのだが理由は「こいつはぼっちがお似合いだ」との事。言い方は悪いが要は単独行動させた方が実力を発揮できるからと判断された為だ。
それまでキースとエルヴィンはちょっとした問題児のの処遇について検討していたが、リヴァイを信頼し実際に試してみたところドンピシャだった為、異例だが相応の役職に就かせる事に成功する。
ハンジの話し相手。ひたすら聞き専。ミケに肩車してもらうのが好き。エルヴィンを尊敬している。ペトラ愛好家(もちろん心の中でとどめている)のだが彼女から距離を置かれている気がする。悲しい。【この設定はアカン気がする】
その他もろもろ。現在では先輩後輩共に親しい間柄はひと握りしか居ない。

(加筆)
単独部隊が結成され数年後、初めて部下を受け持つ。彼女の能力を他の兵士に伝授させたらどうなるか試験的なものの、結果が良ければ広めようと考えたエルヴィンによる策略だった。悪気は全くない。それ以前に悪くもないのだが。
結果的に成功とも失敗とも言える結末を迎え、部下は初陣で戦死。しかしながら、の教えを受け継いでいた事は最期の戦闘を見るに確かだと言えよう。同時に生きていれば更に飛躍が見込めただろうと惜しく思う。
部下の最期を看取った彼女は初めて部下を受け持ったという事もあり皮肉にも聊か、されど確実に彼女に進歩を齎す結果となった。
それからというものの、冷酷人間というレッテルを自ら演じる事を決意。今まで姿かたちも見せなかった不器用なりの優しさが、周囲の目には悪く映ってしまう形で表に出すこととなる。
兵団内にひとりくらい恨まれ役が居た方が皆も感情を発散させる事ができると信じて疑わない不器用な彼女らしい決断だった。皆まで言わず彼女の本質はそのままである。
ちなみにそれでも反感やストライキが起こらないのは、部下と死別した気持ちが痛い程わかる先輩らが当時のの何も言わない悲壮さを目の当たりにし、噂で培われた考えを改めた為である。
後輩たちには依然として噂は囁かれる一方なのだが先輩らはの決意をくみ取りあえて何も言わないでいてくれているという。必要悪だと割り切っているのだと思われる。
(加筆終わり)


▼現在の位置づけ
任務などで単体行動が主ため分隊長という身分にも関わらず部下は存在しない。最近では不相応な役職名に違和感しか無いので、勝手に『単隊長』というネーミングセンスを疑う階級名を考案してると言うのはここだけの話。
後にリヴァイにツッコまれせめて小隊長に掛け『個隊長』にしろという意見を元に正式に命名される。
エルヴィン「単隊長?ははは……。」
壁外調査では荷馬車護衛班に就くことが多い。できるだけ巨人を荷馬車から離し、単独で討伐。巨人の進行を許してしまった際は他の兵士に任せ、間に合うならば自信の手で粛清する。滅多にないが。
状況によって近くで信煙弾が上がればそちらに応援に駆けつけるというある程度の融通が効く立場に位置している。
ちなみに正式名称は『単独部隊』。個隊長という役名は普段は使われず兵員からは分隊長や隊長と呼ばれる。




ATOGAKI

話を書き始める前に書いた設定文です。本編エピローグ部分以外あまり加筆修正してません。本編で語られることのなかったところは短編でちょいちょい書いていこうと思います。ホントプロットやん?
原作の時間軸の話も書けて行けたらと思います。まだ伏線とか回収されていない部分とか謎が多いので当たり障り無いように…。
こんな長文を最後まで読んで下さりありがとうございました。これからも是非よろしくお願いいたします。


彼女は決して振り返らない(She never looks back)