She never looks back
―人間味―
澄み渡るような青。遠くには白い雲がふわふわと風に流れ控えめに存在を主張している。そんな『いい天気』な日。
は人知れず欠伸を噛み締め大きな木の枝に腰掛けていた。賑わう公園、その中心にそれはある。
さわさわと風に揺られ音を立てる葉。それに合わせ木漏れ日が彼女に降りそそぐ。足下には愛馬が繋がれておりむしゃむしゃと草を咀嚼していた。
お昼寝日和だな、なんて周囲の喧騒を意に介する様子もなく、気持ちのよい環境にはふと思う。
「ここはどこだろうか」
絶賛、迷子中。
時を同じくして、街中に馬を走らせる不機嫌な男がひとり。彼は眉間に皺を寄せ、すれ違う誰もがこの澄み渡る空のような色になるほど凶悪な顔を携えていた。
景色に目を光らせ隅々まで確認する様子は脱獄した死刑囚を探すそれだ。彼、リヴァイはお察しの通り迷子になったを絶賛、捜索中。
「あのクソぼっち見つけたらただじゃおかねぇ……!」
この様子では削ぎ落とすだけで済むまい。もしかしたら全身をバラバラにしかねないその勢いを阻む者は誰ひとりとして存在しない。
「兵長! こっちには居ませんでした!」
「そうか。ペトラ、お前はオルオと合流して西を探せ。俺は東に向かう」
「了解です!」
ペトラは凶悪面に慄きはしたものの、リヴァイが人にあたるような性格ではない事が唯一の救いだろう、安堵し指示を聞くと早々に踵を返した。どうあろうと近づきたくない事に変わりはないでのある。
事の発端である元凶に悪態をつきたくなるが曲がりなりにもは己の上官にあたる人間だ。誰が聞いているかも分からぬ状況ゆえ、心の中に留めるにおさえた。
どうしてこうなってしまったのか。それは遡ること30分前。エルヴィンの命により暫し遠くの街へと駆りだされたリヴァイ、、そしてペトラとオルオ。この人選を疑問に思うも一行は道中何事も無くすんなりと目的地に着いた。
そこまでは良かった。ただ、足を踏み入れた街の入口で大規模な市場が展開されていたのだ。人混みと大量の馬車。あたりはお祭り騒ぎになっており視界を遮る簡要テントも立ち並んでいる。
不運にもそんな現場に出くわしてしまった一行は混沌な状況を目の当たりにし、徒歩に切り替えると馬を引きながらの移動を余儀なくされ「迷子になるなよ」というリヴァイの言葉に頷き固まって歩いていた。筈だった。
最初に気づいたのはペトラだ。彼女は後ろを歩いている筈の上官の様子を伺おうと振り返った瞬間、驚きに目を見開くこととなる。
「へ、兵長! 草麸分隊長のお姿が見えません!!」
「……あぁ?」
たっぷりと間を空けて振り返ったリヴァイの顔は生涯忘れることはないだろう。ペトラはそんな事を思った。
これはまずい。冷や汗を大量に流し「そんなまさかそんな」とオルオが必死にその場を取り繕う。
「お、おいペトラ、草麸分隊長が『迷子』だなんて冗談、笑えねぇぞ!」
思わず口を衝いた言葉は事実をより一層明確にするもので焦りを助長する結果となる。「余計な事を、なんであんたに舌がついているのよ」とペトラは心の中で罵った。
認めたくないものだがこうもはっきりと明言されると血の気が光の速さ並に引けていく。オルオの言っている事は事実ゆえに事態の深刻さが焦りを生み、上官の顔の見れなさを悪化させた。
「で、でも逸れてしまった事に変わりないわ! どうしよう探さなきゃ!」
えぇいままよ。このまま現状を維持するよりは早々に見つけ出し、上官の不機嫌さを一刻も早く払拭しなければこちらの身も持たない。そう考えに至る。
もこの人混みだ。自力で合流しろなんて酷な話だろう。何にせよこちらも何かしら手を打たなければなるまい。
「チッ……こんな場所で闇雲に探したところで二次災害は免れん。ここを抜けたら捕獲に向かうぞ」
「「(捕獲…?)了解です!」」
人混みをかき分け閑散とする道に出た三人は各自散らばりの捜索活動を開始する。リヴァイは馬で、部下ふたりは人混みを中心に探すため徒歩だ。
馬はそこら辺に居た憲兵に預け、30分後に落ち合う場所を指定して今に至る。
そう大きくもない街なのだが一向に見つかる気配はない。もしかしたらも移動して入れ違いになっているのかもしれない。面倒な事になった、そう嘆息するリヴァイは見つけたらとりあえず蹴ろうと心に決めた。
一方とうのはと言うと、変に動くよりはその場に留まった方が良いと判断し流れ着いた公園に居るのだが、そろそろヤバイと思ったのだろうその重い腰を上げフラフラと彷徨っていた。
背後に入れ違いとなったペトラたちが居るとは露知らず人混みをかき分けていく。こうして四人は抜け出せない迷路で露頭に迷い出口から出れない歯がゆさに似た思いで進むのだ。
あぁ、まさかこの歳になって迷子になるとは。兵士としてこれは如何なるものなのか。最高に憤っているであろう男の事を想像すると胃が悲鳴を上げるようだ。
こんな情けないにも事情はあった。ただ普通に歩いていればこんなヘマなんぞすることは無いのはみなまで言わず、タイミングが悪かったとしか言い様がない。
まず、人にぶつかり持ち物を散布。謝罪を忘れず前を歩くペトラに一声かけようと思うも振り返り様にまた別の人にぶつかり以下同文。計4回も繰り返したという。
追いかけなくては、と急ぐも転倒する妊婦を発見、救出。尻もちを付く前に支えることは出来たのだが妊婦がお礼にと果物を取り出すのに手間取り待つこと数分。
合流するのは絶望的だった。というわけである。おまけに追い打ちをかけるかの如く迷子に連れ添い公園に居る母親のとこまで送り届けたという。
「散々だ……」
善行はしたものの、この後待ち受ける地獄に絶望する他あるまい。哀れ。
と、その時。神だか誰だか見えない力は負の連鎖を断ち切る事を許さず再びトラブルがの元に舞い込んでくるのである。
「ひったくりだ!!」
そこら辺に居た男性の大声に顔をあげれば馬で駆けていく後ろ姿。例のひったくり犯だろう、それを認識するとも急いで馬に飛び乗った。
こうなれば自棄だ。むしろこの湧き上がる衝動という名のストレスをあのひったくり犯で発散してやる。そう意気込み人の合間を駆け抜ける。
「じゃかしいわ。立体機動に移ろう」
しかし人混みを馬で行くなんて不慣れなには到底無理な話だった。いくら乗馬に長けているといっても人混みと壁外のような広い空間とでは月とすっぽん。比べること自体間違いだ。
ひったくり犯は常習犯なのだろう器用に人混みを進む様子は見事なもの。決して褒められたものではないが。
開き始める距離にもどかしさを募らせ憲兵も見当たらないので街中にも構わずアンカーを射出させた。
「あ、あれ草麸分隊長じゃねぇか!?」
「本当だわ! 追いかけましょう!」
背後ではペトラとオルオが、立体機動で移動を開始した事により目につくようになったを発見する。逃してはならぬと急いで追跡を開始。
立体機動と人間の足では追いつくわけもなく、人混みに阻まれ途方もなく距離が開くのは早かった。しょうがない自分たちも、と立体機動に移行するでのある。
「ここで逃したら兵長の不機嫌さが天元突破してしまうわ!!」
「それは勘弁だ……ていうか草麸分隊長早すぎなんだが!?」
「流石単独を許されるだけの事はあるわね……きっと先回りするつもりよ、私達は背後を固めましょう!」
彼女らもひったくりの事は知っている。なんてったって犯行は真横で行われたのだから。実のところ捕まえようとしたのだが動きの取りづらい状況で取り逃がしてしまったのだ。
これが露見すれば大目玉間違いない。制服を着ているのだから否が応でも周辺に居た人間は兵士が失敗している、と後ろ指をさすに決まっている。噂は広がり他の兵士の耳に入るのも間違いない。それだけは阻止せねば。
そして幸運にも偶然が重なり事をまとめて解決することができるチャンスを逃すまいと勇み立つふたり。二兎を追うものはなんとやらという言葉は頭にない。
お祭り騒ぎの中心から離れていくにつれ閑散とし始める街路。ひったくり犯も人混みを避けたかったのだろう、広々とした道に出た途端速度を上げた。
後ろには立体機動を駆使し追いかけてくる兵士がひとり。その後ろにふたりを確認しながら最高速度を保つ。
距離を縮めて来ない事に、どうやらそこまで立体機動装置を扱いきれてないらしいと判断するひったくり犯は三人を撒くために路地へと方向を転換させる。
「計画通り……」
の眼光がここぞとばかりに鋭く煌めいた。ひったくり犯は最高速度のまま角を曲がろうとするため馬を横に大きく膨らませる、その瞬間を待っていたのだ。
そう、彼女はわざと距離を縮める事をせず、ひったくり犯を泳がしていたというわけである。
操作トリガーを引きガスを多く噴射させると一気に距離を縮め、このままその横っ面に蹴りを入れよう、そう思った瞬間。やはり負の連鎖はそれを断ち切ることを許さないのだった。
「な――っ!!!」
の足がひったくり犯にあと少しで届くと差し迫った時である。犯人が今まさに入ろうとしていた路地から人影が現れた。
しかも、その人物は現在の最も恐れる人間であり、地獄と比喩した絶望そのものである。
このまま蹴りが入れば直撃は免れまい。なんてったって蹴りの直線上にひったくり犯とその人物の横面が重なってしまうのだから。ちなみにコンマ数秒の出来事である。
にはスローモーションに見えたとかなんとか。
「兵長危ない!!」
後ろからペトラの緊迫した声が上がる。たとえ避けようとアンカーを射出しても間に合うまい。まさに万事休す。そう思われた。
――なんだ?
視点は変わり、リヴァイは路地を抜けた瞬間に己の名前を叫ぶ声を聞き視線を向けた。
向けたは良いが、眼前には誰かの靴底。なぜ己に迫っているかはわからない。が、認識するよりも早く体は勝手に動いていた。
斜め前から馬で駆けてくるひったくり犯と横面の位置が重なるよりも早く、リヴァイは上半身を後ろに倒し意味不明な蹴りを避ける事に成功する。
空を仰ぎ目の前を横切って行く足、それに続く胴体を目で捉える。か。理解すると上半身を起しながら手綱を引き馬を止めた。まさか己ではなく先に元凶に蹴りを入れられるとは。
背後ではグギリと骨のきしむ音と何かが接触する音、同時に男のうめき声が聞こえてくるのであった。
♂♀
結論を言うとコテンパンに叱られました。言い訳も許さぬその剣幕にもちろん何も言えませんでした。はい。
は硬い床に土下座していた事によって痛む足をさすりながら宿の一室で項垂れていた。
あの後、最悪の事態は免れ無事にひったくり犯を確保した。飛び蹴りの一撃で伸されたひったくり犯を縛り上げるのは容易だった。
問題はその後である。うつ伏せに倒れるひったくり犯の背に片膝を付き拘束したその時、徐ろにガシリと頭を掴まれ。
――地獄の釜が開いた、と。そう思った。
ぐるりと強制的に横を向かされる痛み。その先にあるのは態と目線を合わせるためにしゃがみ、言葉に表すのもおぞましい程自主規制も辞さない顔をしたリヴァイが。
「迷子の大糞ぼっち、捕獲だ」
それはまるで死刑宣告のようだったとはかく語る。
そんなこんなでひったくり犯を捕まえた功績も去る事ながらたーっぷりお叱りを頂戴した彼女はベットに体育座りをし、同室を割り当てられたペトラの不安そうな視線を浴びている。
ペトラも文句の一つや二つ言いたかったが、あのおぞましいリヴァイのお説教とそれをただひたすら受けるの悲惨な光景を目にすれば自然と口は閉ざされたのであった。
むしろ今は哀れみしか無い。切ない。なんというか、その、どんまい。
「あ、あの……草麸分隊長? そう気を落とさず……。迷子になってしまったのにも正当な理由がありますし、それよりひったくり犯を捕まえたんですから……」
「あぁ……気を使わせてしまって申し訳ありません。ですがもう少しばかり放っておいて頂きたく……」
「兵長も心配していた上でのお説教だと思います。そろそろお夕飯ですし、気持ちを切り替えて行きましょ? ね?」
「私に対して心配なんぞするタマでしょうか。私はここで食べますのでフロントに頼んでもらってもよろしいですか……」
さすがに梃子でも動かないを見てこのままでは駄目だと思ったペトラが腹をくくり必死にフォローを入れる。だがは口先だけの謝罪はするものの、その姿勢は変わらなかった。
むしろ悪化した気がする。藪蛇だったか、全てが裏目にでてしまったこの空気は耐えられまい。このままこの調子では寝るにも寝られないし何よりとても居心地が悪いのだ。心臓に悪い。その一言につきる。
どうしたものかと考えあぐねるも、そもそも自分はこのという上官が大の苦手だった事を思い出す。奇天烈な出来事が重なり危うく忘れるところだった。
何故苦手なのか。理由は『噂』が元であり、実際に目にした彼女は噂の人物像そのもので。
最初こそ噂を聞いても百聞は一見に如かず、自分の目で確かめるまでは半信半疑だったペトラ。所詮噂だ、そう思い騒ぎ立てる同期を横目に異例の部隊を任されるに憧れもした。
が、いざ対面すると火のない所に煙は立たないとは言ったもので『冷酷人間』そのものを目の当たりにするのである。
そのような経緯もあり、ペトラは説教されるを目にしてもやはり苦手意識を拭うことはできなかった。
この人も人並みに落ち込むことがあるんだ、とは思うも相手は冷酷人間だ。油断ならない。何を根拠にそう思うのか甚だ疑問だが、刷り込まれ目の当たりにした事実は抗いようもない現実で変えようもない彼女への苦手意識となるわけで。
思わずため息が漏れた。もう耐えられない、お手上げだ。冷酷人間のこんな姿を前にして混乱もするし意味が分からない。その思いが漏れ出てしまうペトラ。
しまった、と気付いても時すでに遅し。その証拠にの醸し出す雰囲気が絶対零度まで下がっていた。
「あ、あの……分隊長……?」
恐る恐る声をかけてみる。反応はない。あれだ、これは絶対に怒らせてしまった。酷く落ち込んでいる人間がため息一つで怒りに切り替わるとは思えないがペトラはそれどころではない。
逃げ出したいが、震える足がそれを許さず絶体絶命のピンチ。誰か助けてと懇願するもそう都合よく救世主なんぞ現れるわけもなく。終わった、何もかも覚悟したペトラは絶望の淵に立つ。その時だった。
貴方が神か。涙ぐむ彼女に救いの手は現れたのだった。
「おい、いつまでそうしてるつもりだ? 気の毒に……ペトラが怯えちまってるじゃねぇか」
徐に開かれるドア。その取っ手を掴むリヴァイは室内の様子、主にの様子に呆れたと言わんばかりに声をかけた。
自分を気遣う彼にペトラは感極まって涙を流しながら叫ぶ。
「へ、へーちょおおおおおお!!」
「……お前は先に食堂へ行ってオルオと食事にしろ」
「はい!!! お先失礼します!!」
まるで救世主。やっぱり兵長は素晴らしい人だ。一生着いていきます。ではお先に。
ペトラは脱兎のごとく駆け出した。
「…………」
「…………」
沈黙。ひたすら沈黙。
「………チッ」
そして沈黙を破ったのはリヴァイだ。降参、とでも言うように肩をすくめ、が居るベットの淵に腰掛ける。
彼は呆れながらもに視線を投げると未だ両足に顔をうずめている姿勢に嘆息をこぼした。こうなったら長丁場上等、思考の海に潜る彼女が浮上してくるまで待とう。
無理やり吐かせても良いのだがやるだけ無駄だ、何年の付き合いだと思っている。
「おいよ、そろそろ泣くのはよせ。冷酷人間が聞いて呆れる」
だがそう長くはない気性が口を開かせていた。というよりも思わず話しかけたくなる程憔悴しきっていたのだ、という自称冷酷人間は。
リヴァイに怒られただけでこうも落ち込むとは思えない。意外にも前向きな性格をしている彼女の事だ、放って置けばいつの間にかあっけらかんと普段通りに戻る。
そう、思うのだが。つい構ってしまうのは何故なのか。
「そんなに迷子になった事が恥か」
「はい」
即答するほど恥ずかしかったのか。それだけではないのは室内の雰囲気から容易に察する事が出来たが、ペトラには後々フォローしておけばいいだろう。
落ち込んでいるとは別に涙を流すことなく泣いている心には悲しみが垣間見える。ペトラが人を傷つける様な発言をするとは思えない。大方改善の兆しが見えない現状にため息でも漏れ出てしまってそれにが勝手に嘆いているだけだ。
そんなに気に病むことなのかとは思うがの性格は人並みだ。ただ表情と感情を言葉に変換するのが人より極端に苦手なだけで、自己嫌悪に陥っている時に後輩からため息を吐かれたら思うところもあるだろう。
「……あれはタイミングが悪かったとしか言いようがねぇ。お前に落ち度はなかった、それでいいだろうが」
「あれだけ説教たれといてよく言ってくれちゃいますよね……」
「良いのか。あのまま何も言われず普通に合流して微妙な空気の中に居ても本当に良かったのか」
「すみませんごめんなさいありがとうございましたでもあれはやりすぎだと思います」
「バカ言え、やるからには徹底的に息の根止めねぇとさらに微妙な空気になるだろうが」
「優しいんだかサディスティックなんだか几帳面なんだかどれかにしてくださいよ……」
「どれも俺だ、知ってんだろ」
「そうでしたね。……私は冷静ではありませんでした……すみません。あの子にも大変失礼な態度をとってしまいました……」
「……きちんと謝罪だけはしておけ。ちなみに俺はもう済ませた」
「この裏切り者め」
なんだかんだ言いつつ優しいリヴァイは情にあつい所もあり、なんだかんだ言いつつこの面倒な性格をしているや己の部下達を気にかけてくれている。
きっとそういう人だから自然と人が集まるのだ。もその内のひとりなのは言わずと知れたこと。年齢は別として私の方が先輩なのに憎いなこの野郎、なんて茶化してみたりして。
「ありがとう……リヴァイ」
全てをこの一言に籠める。呼び方はその意思表示だった。
この街の憲兵が利用する兵舎ではなくわざわざ宿をとったのは、調査兵団外の兵士の中でも悪目立ちしているのこの有様を見せないため。冷酷人間になる決意を無駄にしない為だ。
ならば説教などしなければいいのだが前述の通りと、そしてのこんな意外な一面を部下の彼女らに見せて冷酷人間だなんだと言う蟠りを少しでも解消させたかったから。
矛盾こそしている考えだが、その真意は彼女の本質を極一部だけでも理解してくれる味方を増やしたかったから他ならない。
冷酷人間という仮面は目に余るものがある。悪いとは言わない。だが幾度となく仲間を失くし大切な部下まで失った精神は途方もなく傷だらけだ。そんな彼女に至らずとも救いの手を伸ばさずにはいられまい。
彼女にとって親しい仲間を作るということは酷な事かもしれないが、このままでは耐え切れなくなりいつか壊れてしまうだろう。どんなに前向きでも、強がって居ても限界は誰にでもあるのだから。
「……世話のかかる奴だ」
の意思を漏らさず受け取ったリヴァイは、普段もこう素直になれという言葉は飲み込んで彼女の頭を叩き撫ぜる。からかえば今度こそ本当に面倒になるのだろう。それもそれで構わないが、今はただこの雰囲気を壊したくはなかった。
髪の毛をサラリと滑る感触がどこか現実味を忘れさせる。単に慰めるためだけに撫ぜていた手が勝手に動いてしまうようになったのはいつからだったか。
昔から不器用で素直じゃなくて、だからこそ目が離せなくて。いち戦闘になればまるで別人のようになるのに、なかなかどうして普段はこうも抜け作なのか。つい頭を撫ぜたくなるのは、きっとその所為だ。
冷酷人間に自らなると決めた日もこうして手を伸ばした。目を隠す為だけではない、彼女の一番の理解者であり受け止めるのは己の役目だと望んだからだ。これだけはいくら他の親しい仲間が居ようと譲れない。
この小さな頭には簡単に手が届くし立っていても背が低いからいつでも撫ぜ放題だ。いっそのこと掻き抱きたいと衝動に駆られる時もある。そんな事をしてしまったらこの関係は崩れてしまうのだろう、そう思うと理性が歯止めした。
いつまで現状を維持していられるかは分からないが、そう遠くはないと予感している。自ら壊したいと思うのだから尚の事リヴァイは人知れず苦笑を漏らす他なかった。
今はただ、が認識しているであろうリヴァイという人間像を崩さない事に徹しよう。それが最善であるとわかっているからこそだった。
「そろそろ私の空腹も限界です。食事にしましょう、どうせ何も食べていないのでしょう?」
「あぁ、どっかのぼっちが手間取らせるからな」
「それは言わない約束」
「ふん……まぁ今日は一応働いたからな。許可する」
「はいはい。働かざるものなんとやら、ですね。みんなにご迷惑もおかけした事ですし食事代は払いますよ」
「ここの宿は食事付きだ馬鹿」
軽口を叩きながら食堂へと向かうふたり。後輩と合流すると今一度謝罪をし驚かれるも、終ぞ気まずい雰囲気になることはなかった。秘密裏にリヴァイが口添えをしたのだとペトラに教えてもらうのはもう少し後の話である。
なんだか後輩との距離が縮まった気がする。複雑な反面嬉しいと感じてしまうは、少しずつ新たな進歩へと踏み出し始めている事実に気づく事はなかったという。
END.
ATOGAKI
ペトラ:−3→0
オルオ:−5→−3
リヴァイ:?→?
冷酷人間禁断の恋愛シュミ●ーションゲーム近日発売。
ちなみに兵長は隠しキャラ。メニュー画面でも好感度が表示されない為BADエンド行きになる人続出間違いなし。(※嘘です)
前半部分はただ単に思いついてしまった兵長の蹴りの避け方を書きたかっただけで実は後半がメインという。ひたすらペトラに怖がられる話しでした。すみませんご褒美ですすみません。
絶対零度になったのはただ単にため息を吐かれてしまった事による悲しみです。