She never looks back
―路地裏のマント―
今日はすこぶる運が悪かった。突然のスコールに見舞われ全身濡れ鼠になるし水分を含んだ衣類が肌を擦れる度に不快で、いっそのこと脱ぎたくなる程に鬱陶しさが極限にまで達しようとしている。
任務中なので脱ぎはしないがマントくらいはとっぱらってもいいんじゃないか、そんな考えが脳裏を過るも背後から近づいてくる気配に気持ちを切り替えた。
「てめぇ!俺たちのシマァ荒らすなんざいい度胸してるじゃねぇか!!」
リーダー格の大男が叫びながら右手に大振りのナイフを振り回し駆けてくる。騒がしい奴だ、雨の音よりもやかましい怒号に眉を寄せ思い切り掴まれた肩が痛くて更に眉間の皺は深まった。
乱雑に振り向かされた私は待ってましたと言わんばかりに懐の銃を抜き男の顎下に突きつける。濡れては使い物にならなくなってしまうのでマント越しだ。
「そんな玩具が通用すると、――っ!?」
男が言い終える前に右手を蹴り上げまずは武器の無力化に成功。続いて二撃目、左足に向かって容赦なく発砲する。
本当は単発式の銃なので脅しの為だけにお飾り感覚で持ち歩いて居た訳だが、予想以上に筋肉質な男を見て生身の取っ組み合いは無理だと悟ったのだ。
私、兵長より背が低いですから。そしてれっきとした女の子…そんな歳じゃ無いって?失礼な。そうですけど。
「これ以上痛い目みたくなければ降伏してください」
「くそっ!!野郎ども、やっちまえ!!」
なんてお約束な展開なのでしょうか。紙芝居屋さんから訴えられそうな程に王道な流れで呆れる他ない。
わらわらと群がってくる男達に囲まれまさに四面楚歌、か弱い私はめんどくさいと思いながら両手を上げる。巨人相手ならいざ知らず、対人格闘は得意ではない。反射的に避ける事はお手の物だが誰かさんのようにムキムキでも超人的な心得もないのだから。
下衆な笑いを浮かべる野郎どもを見渡してみれば多勢に無勢。明確な数字にしてみれば1対15。この人たちどこから湧いて出たのと言いたくもなる人数にゲンナリする。
「なんだ、さっきの威勢はどうした?ビビっちまったかぁ?」
しかもこれまたお決まり文句。女相手に寄って集ってどの口が言うんだ。そりゃあビビりたくもなるでしょうに。私はここからどうやって抜け出せばいいのやらとか気持ちの悪い男連中に囲まれた事も相まってイライラは募るばかり。
あぁ腹が立つ。そろそろハンズアップした腕が疲れてきた。顔を見ようとフードを取ろうとする汚い手も肩に回す毛もくじゃらの腕も全てが逆燐に触れる。致し方あるまい、そろそろ時間稼ぎも頃合だろう。
私は肩あたりまで上げていた両腕を更に伸ばし一度だけ頭上で合図の意味を込め交差させるとその勢いを利用してフードを取ろうとしていた手を叩き落とした。
いきなりなんだ、と狼狽える男に目も呉れず踵を返し、肩に手を回していた腕を捩じ上げると男は上半身を折る。その背中を踏み台にして跳躍し、奥に立っていた男の肩をも足場にし15人という野郎どもの壁を飛び越えた。
結構軽々と飛んでいる様に見えるかも知れないけれど実は足元が滑りそうでヒヤヒヤしたものだ。
「確保!!」
屋根の上から部隊長の声が聞こえたけど私は振り向くことなく路地を駆け抜ける。あとはすたこらさっさと撤収するだけだ。
「囮役ご苦労だったな」
角を曲がれば壁に背を預けるリヴァイが。足音で分かって居たのだろう、彼は顔をこちらに向け労りの言葉をくれた。
「へーちょは良いんですか…貴方は確保部隊だった気がするんですけど」
「作戦内容くらいそのちいせぇ頭に叩き込め。俺は退路の確保だ」
「あぁそうなんですか、お手数おかけします」
おらよ、と目線で指し示された先には私の立体機動装置一式。嵩張るし目立つので持ってきてもらった訳だが、こういう時中央第一憲兵団のようなスマートなタイプが羨ましく思う。
まぁ、慣れない事はするもんじゃないと散々教訓として叩き込まれているので扱ってみたいとは思わないが。
慣れたもので謝辞を述べながらものの1分も掛からず装着し、やっぱこれだなと満足気に操作装置を握る。使い慣れたものほど体に馴染むもので重量感は拭えないけれど何だかんだ一番動きやすいと思う。
この装置一式には幾度における戦いでお世話になっている。結構無茶をさせているが幸運にも壊れたことは無く、手塩にかけてメンテナンスも怠らず綺麗に磨いているつもりだ。これからもよろしくね相棒よ。
そんな事を思っているといきなりマントを剥ぎ取られた。予想外の事でびっくらこく私を意に介する事なく剥ぎ取った張本人は、自分のマントの下から洗いたてと予想される新たなマントを取り出し着せ替えてくれる。
なんだどうしたんだいきなり、と目で訴えるも華麗にスルーされた訳だが少しくらい説明くらいあってもいいと思うのは私だけではあるまい。どういう風の吹き回しなのか、背を向け行くぞと言われてしまっては問うことさえできなんだ。
それにしても暖かい。まるで全身が温もりに包まれているような錯覚に陥る程にお日様を浴びたマントは私を優しく包む。ほのかにリヴァイの温もりも残っていてなんだか気恥ずかしい。
ここの路地は屋根はあるものの一歩踏み出せばまた濡れてしまうのだろう、勿体無いという気持ちもあるが多分この温もりは消える事はないのだろうと思った。要は気持ちの問題である。
「汚ねぇな…」
そう小声で呟いたのはもちろん聞こえていて、ぐしょ濡れのマントを徐に捨て去ったのを見たときは思わず吹き出しそうになった。道端に捨てるな、と言いたいところだがそれよりも『汚い』の意味が分かってしまったのだから尚の事声を抑えるのが大変だ。
「洗って使おうと思ってたんですけどねぇ」
「落ちねぇよんなもん…とっとと捨てちまった方が手間が省ける」
「さいですか」
ふふっと出てしまった声は聞こえていたのだろう、舌を打つ音がうるせぇと言っているようなので素早く口をつぐむ。なんか可愛いなとまた笑いそうになったが、次は絶対に怒られるから必死に抑えた。
雨は小雨になっていた。そんな街中でジワリジワリと湿っていくマントが濡れ滴る前に兵団本部に戻れたら良いなと、温もりを逃さないように胸に引き寄せて私は体のもっと奥底に灯った熱をどう処理するか考えあぐねる羽目になるのはもう少し後の話し。
遠くの空には虹が見えた。――いつの間にか、運気は急上昇していたようだ。
END.
ATOGAKI
小話その1
マントは無地です