She never looks back












 ―立ち位置・おまけ―












「俺…聞いちまったんだ」


オルオは顔面蒼白になりながらも食堂の片隅で食事を取るペトラに告白する。ただ事ではない雰囲気に思わず彼女は匙を握る手を止め顔色の悪い目の前の彼を凝視してしまう。 急に駆け込んで来たと思えばガクガクと全身を震わせ懺悔の如く手を組む始末だ。ただの悪ふざけにしては悪質すぎる。相当な事なのだろうと顔色をうかがうもその真意はわからなかった。


「な、何よ…どうしちゃったの、オルオ?」


恐る恐る声を掛けるが彼はペトラを一瞥しただけだ。ただ単に言いづらいのか、はたまた勿体ぶっているだけなのか。口を開かなくなったオルオにもどかしさを覚え彼女は次第に物凄く気になって仕方なくなってしまった。 そして十分にためて出てきた言葉に絶句することとなる。


「草麸分隊長と兵長が…仲良くタメ口で雑談してるところを…聞いちまったんだ…!!」

「な、なんですって!?それは確かなの?オルオ!?」


思わず声を荒らげてしまったがそんなもん些細な事に過ぎない。興奮、というよりは焦りがペトラを支配する。とんでもない事を聞いてしまった。その思いでいっぱいだ。


「あ、あぁ…さっき半休だった兵長が草麸分隊長と買い物から帰ってきたらしくてな…それも驚きだが何よりタメ口で…!!あの兵長にタメ口なんだが!?団長とかなら分かるがあの草麸分隊長なんだが!?」

「なんてことなの!?恐れ多い…!!草麸分隊長は命が惜しくないのかしら!?」

「生意気だ…ってそっちかよ!」

「だって生意気以前に削がれそうじゃない?私には真似できないわ…後輩という身分であの兵長にタメ口なんて…」


騒ぎに興味を持った兵士たちが見守る中、ふたりの会話はただよらぬ方向へと進んでいく。各々背後に漂う殺気なぞ気付かず、盛り上がるふたりを除いて皆は地獄に叩き落とされる瞬間まで硬直していたという。


「ほぅ…随分面白そうな話しじゃねぇか…もちろん、俺も混ぜてくれるんだろうな?」


地獄の釜が開いた、と隣に立っていたはいつぞやの展開に既視感を覚えた。これはアカン奴ですわ。その後、食堂が瞬時に凍りついたという予想通りの展開には顔を引きつらせる事しかできなかった。

瞬く間に人が捌けた食堂の定位置に座るとリヴァイ。ふたりはただ只管に無言で食事をしている。は食事中は喋らないと決めている為いつもどおりに見えるのだが、それだけではないと無表情ながらも額に流れる汗が物語っていた。 対面に座るリヴァイが心なしか、というより確実に剣呑な雰囲気を纏っておりそれが原因だと思われる。非常に気まずい。先ほどの心地よい雰囲気はいずこへ。 たった数分の合間に180度ひっくり返った状況を取り繕うも吝かではないが、どうにもならないのだと悟ると気持ちを切り替え食事に専念する。もうそれしか手立ては無いと言わんばかりに無心で匙を口に運ぶ。 考えたら負けだ。は食べ物を摂取するだけの人形と成り果てた。のだがリヴァイが徐に口を開く事により人間味を取り戻した。


「おいよ…」

「……」

「敬語に戻るのは無しだ」

「………」

「お前はやりかねんからな…釘を刺しておくに限る」

「…………」

「まぁ、営業妨害になる可能性は今ので立証された訳だが…ちょっとやそっとじゃ崩れるイメージでもないだろう。そう気にするな」


いや、気にしてるのは貴方だけです。とは言わずは摂取し終わってしまった空の食器と睨めっこしたのち、降参とでも言うように匙を置いた。 なんと声を掛けたら良いのだろうと考えあぐねるも、僅かな緊張感が留め思うように言葉が出ない。いやはや困ったものです。あのふたりは余計な事をしてくれたな。そう思うも不思議と怒りは湧き出てこなかった。


「…安心するといい。私は特に気にしてない」

「いやに堅苦しいタメ口じゃねぇか。素っ気無さ過ぎて落ち込んじまうだろうが」

「そんなタマか」

「ばか言え、俺は元々結構繊細だ」

「はいはい」


思うに、下手な言葉は逆効果なのだろう。こうして道化に興じた方が何よりのフォローだと、はそう考えに至る。冗談でごまかしているわけではない。こんな事で冷酷人間というイメージが崩れるなんて見縊ってもらっては困るのだ。 伊達に長年培ってきたイメージではない。それに途中から嘘が本当になるよう努めてきた事で『冷徹人間像』というのは確かなものとなった筈である。


「兵士らの思っている事は兵士長にタメ口をきく後輩…これは異常な事だとそう言いたいらしい。私が楽しげ?に話をしているなんて、そのインパクトに比べれば些細なこと」

「どう見れば楽しげ?に見えるのかはこの際置いておくがお前のほうが兵団内では先輩だと知っているのは古参だけだろうな…だから騒がれる」


実力も地位も歳もリヴァイの方が上であり目立つ存在だ。先ほどの騒ぎもが楽しげ?に話していたという事実よりもリヴァイにタメ口という部分の方が盛り上がっていたと記憶している。 それを逆に利用してやろうとの魂胆に気づくとリヴァイは深々とため息を吐くのだ。


「冷徹人間があの兵長の先輩である事をそこはかとなく流せば…私のイメージにハクがつくというもの」

「試してみる価値はある、か…」


買い物の帰り道で言ってた『みんなの前で兵長にタメ口をきいて目立ちたくは無い』という言葉。しかしそれはこの短時間で潰えた主張。ならば目立つ目立たないは諦めて更なるイメージ向上に費やそうではないか。 兵長よりも冷徹人間が先輩なならどんな悪行も許されるに違いない、最悪だと。恨みつらみを買っているからこそ後輩たちの反感は大きくなるだろう。


「言っておくけれど貴方の威厳を揺るがすことはしない。安心して」

「心配も何もねぇよ。お前が俺を顎で使う訳でもあるまい…ただ上下関係への認識を改めるってだけだろうが」

「顎で使ってあげてもいいけど」

「地位は俺の方が上だ。そんな事したら問題だろうが」

「リヴァイ、食器を片付けろ」

「そのナメた口を削いでもいいと言うなら従おう」

「ノリ悪い男め」

「お前のノリが良すぎるだけだ」


そう言いつつも本当に食器を片付けてくれるリヴァイは満更でもなさそうで。実はドMなの?なんて冗談を心の中に仕舞い、はお礼に食後の紅茶を淹れる。 ただの役割分担だと思えばこの異様さも自然に見えてくるから不思議だ。


「へーちょうには敵いませんな」


徐にが口を開く。淹れたての紅茶に口を付けこくりと飲み込めば茶葉の旨みと香りが全身を駆け巡るようだった。


「…お前に遅れを取る程落ちぶれちゃいないと自負はしているが…いきなりなんだ」

「貴方が居なければ冷徹人間なんてただの痛い人になり兼ねないから…私の信念が貫き通せるのは貴方のお陰なんですって話し」


思わず口に含んだ紅茶を吹き出しそうになるリヴァイ。こうも直球に言われるなんぞ思ってもみなかったからだ。それを悟られぬよう尽力しながらを見据えた。


「お前はどこに向かってやがる」


口を紡いだ疑問は純粋な好奇心からだったのだろうか。自ら嫌われ畏怖の対象として望んだ彼女の立ち位置は彼には到底真似できない代物だ。 今まで憎しみを受けてきた事はある。貴方の所為で、何故、どうして、そんな言葉は耳にタコができるほど聞いてきた。顔も知らない人間に蔑まれた事もある。 だが彼女はリヴァイとは比べられない程、罵詈雑言を浴びせられてきた事だろう。戦死した兵士の親御さんは勿論のことあろうことか兵員でさえも直接でも裏でも絶える事はなく毎日のように囁いているに違いない。 だからこそ何故彼女はそれに耐えることが出来、むしろ望むのか。ドMではあるまい。そんな冗談は胸に仕舞い答えを促するように彼女の瞳を凝視する。


「知らなかった?この状況、結構楽しんでるんだよ」


まるでいたずらっ子の様には答えた。


「…ぼっちを極めると頭もおかしくなってくるのか」


そんなの口ぶりにリヴァイは冷静に言葉を返す。これは予想外の展開だった。シリアスになるとは思っていなかったが、まさかこうも愉快そうな答えが返ってくるとは。 だが次に出てきた言葉はその愉快さを納得させるには十分で。


「嫌われ者ぼっちという立場はあの日以前なら流石に思う所もあった。だけど今の私にとってメリットしかない。挫けそうになった事もある。でも…もう真のぼっちではないから」


両手でティーカップを包み込み親指で淵を撫ぜる様子はいじらしい。伏し目がちに紅茶の水面を見つめる瞳は心なしかキラキラと光が反射し瞬いている。 自ら冷徹人間になると決めた当初は痛いを通り越して殺してあげたほうが救いではないのかとさえ思う時期があった。毎日鳴り止まない言葉の暴力に涙を流すことなく泣く彼女を見ていられなかったのだ。 しかし、今の彼女はどこか吹っ切れたようで。否、漸く理解できたのだろう。


「ほう…自覚はあるんだな」

「嫌でも思い知らしめる存在がいらっしゃるもので。ちなみに言うと、目の前に」


ぼっちだ何だと言われても、すぐ近くに誰かが居ることを。彼女はリヴァイの存在に気づいたのだ。ここまで来るのに何年費やした事か、リヴァイは人知れず満足げに微笑んだ。


「いい気味だ」


この会話を交わした暫くの後、古参達に協力を仰ぎそこはかとなく流してもらった噂はたちまち効力を発揮し『冷徹人間は兵士長より先輩』という事実は新たに囁かれることとなる。 しかしながら、むしろ恐れられ誰もその事に触れてはいけないと暗黙の了解になったのはそのまた後の話である。そんなこんなでとりあえず事態の沈静化は成功したと言えよう。 リヴァイの中に『兵員の前では敬語』という姿勢は変えないに不満が残ったのだが。


「結局のところ…ハクはついていない様に見受けられるが」

「団長、これはこれからの話の大きな布石となるのです」

「何が布石だ。四の五の言ってねぇでさっさと溜まった書類を片付けろこのクソぼっち」

「やめて団長の前でその話はやめてホントやめて」

「…もしかしてまた期限を過ぎるという事態になるのか、?」

「いえ、締切までには間に合いますからその笑顔やめてくださいお願いします」

「エルヴィン、こいつが間に合わなかったら俺も呼べ。失禁するところを見ておきたい」

「この変態…!」






END.










ATOGAKI

おまけ?でした。冒頭のオルオとペトラを書きたいが為にry