She never looks back












 ―ひとひらの:後―










「仲直りは済んだようだな」

「ちょっとミケさん匂い嗅ぐのやめてください」


早朝。エルヴィンの指示で出発準備を整えた調査兵団一行は帰還するための帰路に着く。索敵陣形はまだ展開されておらず先導するエルヴィンの横ではハンジが鼻息荒く何かを喋っていた。 それを後方でリヴァイと共に見守っていただったが、ハンジが何を言っているのかは察しがついている。昨夜話していた件だろう、前を見据えながら逡巡するエルヴィンに内心で労りの言葉を投げかけておいた。


「よーし!じゃあ!行くよー!」


後ろを振り返り片手を挙げたハンジが元気よく高らかに宣う。やっぱりか、とは嘆息をひとつ。許可を出すエルヴィンもエルヴィンだ。何を考えているのやら。 まぁ手伝うと言った手前拒否はできまい。自業自得だ。それならばと並走するリヴァイを見遣るも彼は呆れた様子でハンジと目を合わさぬよう遥か遠方を見据えていた。


「リヴァイもどう。いっちょ森へとランデヴーなんて」

「これが壁内で普通の街中なら二つ返事で了承しただろうな。無論お前とふたりきりで、だ」

「じゃあ帰ったら買い物付き合って。日用品を買い足さなきゃならない」

「荷物持ちでも財布でもなんでもしてやるよ。あの奇行種が居ねぇならな」


そんな軽口を叩き合いつつは我さきにと隊列からそれて行くハンジを追って愛馬を走らせた。目的は少し離れた普通の森だ。一夜を明かした街から然程遠くない距離に位置している。 テンションの高い奇声を発しながら突っ走るハンジに追いつくとは隊列を振り返り大凡の経路を確認した。 距離はあるが隊列と並走する形で森の中を探索するだけとはいってもはぐれてしまえばリスクしかないからだ。目の前の事に意識を向けるハンジに代わりが警戒していなければふたり諸共迷子が確定してしまうだろう、慎重に行かねば。


「チッ……エルヴィン、てめぇ何を考えてやがる」


森の中へと姿を消すふたりを横目にリヴァイはエルヴィンに詰め寄る。


「いやなに、少しでも巨人の情報を得られればと思ってね。たとえ森の中だろうと並走するんだ、はぐれる心配はないだろう。何かあれば君率いる特別班に向かってもらうさ」


リヴァイを一瞥しただけで前を見据えるエルヴィンはいつもの調子で宣う。彼のことだ、様々な想定を踏まえた上でハンジに許可を出したに違いない。 だからと言ってしわ寄せを此方に押し付けるなと文句の一つも言いたくなるリヴァイであった。




 ♂♀




斯して平和に調査を終えられる訳もなく、何もない事へ不満を撒き散らしていたハンジの横からそれは姿を現すのだ。 木々の合間から顔を出し全力疾走してくる巨人、奇行種だ。一体ならば煙弾を上げるまでもない。ここは森の中なのだから条件は悪くないだろう。 しかしわらわらと出てきては合流していく団体さんにまるで市場のバーゲンセールにいきり立つ主婦のようだとは嘆息した。


「見てよ!巨人がこんなにたくさん居るなんて目移りしちゃうぜ!!」

「……どうすんのこれ。ふたりじゃ対処できない数だよ」

「それもそうだね!ある程度撒いてからじっくり観察することにするよ!!」

「間違っても隊列に向かわせないように」

「わかってるってー!!」


追随する大量の巨人を目にしても陽気なハンジに胃が痛くなってきそうだ。モブリットの苦労が伺えた瞬間である。 二手に分かれ各自木々の合間を縫って撒いていく。次々と木に頭を突っ込んでいくのを確認しながら巧みに愛馬を操るは残り数体になるのを見計らいハンジと合流することに成功した。

そして立体起動に移ったハンジが巨人と戯れ、が愛馬で駆けるというなんだか不思議な光景が展開されている内にあろうことか森を抜けてしまう。 ヤバイ。そう思うと共に横を見やれば遠いながらも隊列が丸見えで。乗馬に戻ったハンジも「あらまぁ」なんて口角を上げたまま固まる始末。 言わずもがな、引き連れていた半数以上の巨人が隊列へターゲットを変更すると駆け出してしまうのであった。


!よろしく頼んだ!!!」

「このバカたれ!クソメガネ!!」


慌てて巨人を追い討伐していく。背後でハンジが隊列に知らせるための信煙弾を打ち上げる。煙弾よりも先に巨人を視認できるほど開けた場所なのだが。


「どうやらリヴァイ、君の出番のようだ」

「クソがっ……!」


隊列内ではエルヴィンと青筋を立てるリヴァイ含め団員全員が平地で巨人と相まみえるふたりを確認し剣を構えたという。

兎に角リヴァイ率いる特別班が急遽編成され誰かさんたちのお陰で余計な労働を強いられる事となった一行は二手に分かれふたりの援護へ駆けつけた。 その数計20体。ハンジが3割他といったところか、リヴァイは部下にハンジの元へ向かわせ己はの援護に向かう。


「おいこのクソバカ。お前がついていながらこのザマは何だ」

「いやぁ……まさか森があんなに短いなんて」

「御託はいい。もっとマシな言い訳考えておけこのクソバカが」

「そんな余裕無い…しっ!?」


まるでバーゲンセールの籠を囲み商品を漁る様な勢いの巨人たちに苦戦を強いられながらは身を翻し確実に項を削いでいく。 その隣で鬱憤を晴らすように飛び回るリヴァイは相当腹を据えかねている。これは帰ったら己が財布にならねばなるまい、と考える余裕なぞあるはずもない。

隊列はお陰さまで進路を変更せざるを得ない状況に陥ってしまっており、たちからかなり距離を離し視認するのも一苦労な程小さくなっている。 責任は全部ハンジに押し付けようそうしよう。さすがのもお咎めなしとは言えないだろう状況下で冗談を口にすることさえ叶わなかった。 その時だ。


「兵長!分隊長!」


ハンジ側が片付いた事により合流する特別班の兵士たち。見慣れた顔ぶりである。ペトラとオルオ、そしてグンタとエルドだ。 討伐するふたりの足元まで駆けつけた彼らは巨人を調べていて出遅れたハンジの制止の声を聞かず残り数体となった巨人の前へ躍り出た。


「なっ――!よせ!!」


オルオがアンカーを巨人の背中へと射出し飛躍する。次いでペトラが横に並んだ。そこまでは良かったのだ。ただ、その巨人はが次の目標に選んだもので。 咄嗟に声をあげるリヴァイだったが時すでに遅く項目前にしたの視野が狭まる瞬間、彼らたちの距離が既のところまで接近する。


「おわっ……と!」


衝突する、そう思われたのだがどうやらリヴァイの声は功を奏したようだ。はオルオと接触する間際に彼の声を聞き届け躱す事に成功した。 しかしそれで済むはずもなく近くに居たもう一体の巨人が背後に忍び寄る。剥き出しの歯、その奥に見えるは闇。目標は体勢を崩したオルオだ。瞬時にリヴァイが向かうも間に合わない、そう思われた。 だがいち早く体勢を立て直したがオルオを庇うようにして巨人の前に躍り出る。そして。


「すみませ、んっ」


オルオの背を足場に跳躍するとは眼前に大きく開かれた巨人の口内へ頭から飛び込んでいった。次いで瞬きも許さぬ速さで閉じる口。


、分隊長……!?」


が自ら巨人の口の中へと飛び込んでいった。その事実は一同を動揺させるには十分なものだ。 まさか、そんな。に蹴られた事により空中に投げ出されたオルオがペトラに回収され地面に降り立つも、ゴクリと飲み下すその巨人から目を離すことはできなかった。


「まだ敵は来るぞ!!」


ただひとり冷静だったのはリヴァイだ。唖然とする特別班の面々を叱咤しながら残りの巨人を討伐していく姿はいつも通りで動揺なぞ微塵も感じさせないものだった。

頼もしいと思っていた人間が目の前で喰われるという衝撃は計り知れまい。庇われたオルオは勿論のこと、間近で見たペトラでさえもリヴァイの言葉を理解することが出来ず呆然と立ち尽くすばかり。 そんなふたりに迫る巨人を討伐したのはグンタとエルドだ。彼らは動揺を隠しきれないながらも決死に仲間を守ろうと剣を振るう。上官や仲間が喰われるのはさして珍しくもない光景なのだ。 しかしオルオたちは己の所為だと思っているに違いない。これでは暫く戦えないだろう。それを考慮して、そして先輩として行動しなくてはと発起する。

周りの巨人を倒し終えたのはその数分後だった。息が切れるのに構うことなく残す一体に目をやる一同。が腹の中に居る巨人だ。 奴は気味の悪い笑みを浮かべたままその場に立っている。の仇だ、そういきり立ち誰ともつかずトリガーに指を掛ける。と、その時。ハンジが目を光らせ叫ぶ。


「リヴァイ、歯だ!!」

「……あぁ、そのようだな」

「え……?」

「歯、ですか?」


全員が巨人の歯に目を凝らした。そこには何か太陽の光を反射する小さな光。エルドたちがその正体を見抜く前にリヴァイが飛び、上あご目掛けて横に一閃する。 するとどうだろうか。上前歯を削がれた巨人が下顎を下げ空を仰ぐ。リヴァイはそこに降り立つとキラリと光るそれを手に取り叫んだ。


「さっさと巻き取れ!!」


瞬間、ワイヤーが唸る。巨人の喉奥からガスを噴射する音と共に食われた筈のが口内から飛び出てきたのだった。 一体どういうことだ。部下たちは驚きに目を見開き太陽の光を浴びるその姿を仰ぎ見るも、彼女の顔を伺い知ることは叶わなかった。

その間ワイヤーが巻き取られるタイミングを見計らいリヴァイがそれを手放すと同時にの横腹に無事収まる。どうやら巨人の歯で光っていたのはアンカーだったようだ。 口内に飛び込むと同時に引っ掛けたのだろう、それに気づいたハンジ。そしてリヴァイも瞬時に察しが出るに出られない状況を打破してみせたというわけだ。

機転がきくどころの話ではない。常人なら恐怖に呑まれそのまま腹の中に収まってしまうだろう。しかしは人並み外れた生き残るという確固たる意志を持ち合わせているのだ。 だからといって到底真似が出来る芸当ではないというのが部下たちの総意だったという。命がいくつあっても足りない飛び方とはガスの残量未確認という意味ではなくまさにこの事だったのかとペトラは思い至った。 おそるべし単独部隊長、その身分に相応しい実力を垣間見せてくれるとは。


「あ。やっべ」


感動も然ることながら宙に躍り出たの背中から間抜けなガス欠音がひねり出された。本当に危機一髪である。 残りわずかだと本人は分かっていたのかどうかは定かではないも絶妙なタイミングでガス欠を起こすとは彼女らしいと言えば彼女らしい。そして同時に本当に悪運が強いと感心する程だ。


「馬鹿か……うわ汚ぇな」


落下していくをリヴァイが受け止め全身ぬめぬめする不快感に顔を顰めては一同の感動とやらを微塵も残さず吹き飛ばしたという。 余談だがかの巨人にトドメをさしたのはハンジである。





 ♂♀





帰路の途中にある補給地点で合流したたちは報告のためまずはエルヴィンの元に向かった。臭いしなんかヌメっとするとみなの距離はかなり離れているのが悲しきかな。 ハンジは一通り騒いだ挙句我さきにとエルヴィンが居る建物へ到着している。あの野郎マジで吹っ飛ばしてやろうか、が憤るのもわけない。

先を行くペトラたちが気遣うように頻繁に振り返るも喜ぶ余裕もなければむしろ放っておいてくれとさえ思う。こんな有様を見られるのは恥ずかしすぎるのだ。 小さな村だが近くには川もあることだ、後で水浴びでもしよう。そう決意した頃には目的地に着いていた。


「特別班の皆、ご苦労だった。ハンジはこの通り反省している。兎に角怪我がなくてよかった……約一名は悲惨な状態になっているが」

「……うるせぇやい」


安堵の笑みを浮かべるエルヴィンに迎えられ一同もぎこちなくはあるも笑みを零した。部屋の四隅で正座をしたハンジが項垂れているのは視界にいれずにおいておこう。 それを余所に室内に居た特別班以外の誰もが鼻を摘んでいる中、はいじける様に顔を背けるのであった。



その後、さしてお咎めもなく川で身を清めるため外に出ると背後から声が掛かる。振り返ればオルオとペトラが眉を下げ駆け寄ってきた所だった。


分隊長、すみませんでした!!」


涙ぐむふたりに困ったように一歩後ずさるはペトラに手を掴まれ微妙な体勢を余儀なくされる。それよりも汚いから離した方が良いのでは、と冷静な脳内で思う。 しかし頭を下げるオルオに目をやると真摯に向き合い口を開いた。


「ふたりが無事で何よりです。此方こそすみません……私の視野は狭いもので君たちを危険に晒してしまった。謝られる謂れはない」

「私たち、分隊長がひとりで戦う理由を存じてなくて……危険に晒されてしまったのは貴方の方です!本当に申し訳ございませんでした……!!」

「俺、あの後何もできなくて……!分隊長の仇も取れなくて……!!」


そりゃ自分を庇って目の前で人間が食われれば心中穏やかでは居られないだろう。彼らは調査兵団に入ってからの経験は浅いのだから当然だ。 もう少しそこら辺を考慮すれば良かったなと自己嫌悪。本当に頼りない上官で申し訳ない。それでも謝罪を重ねるふたりに内心顔がほころぶであった。


「まぁ……元はといえば私とハンジが蒔いた種ですしねぇ。自業自得と言うか……むしろ巻き込んでしまって申し訳ないです。はい」


己は何故かお咎め無かった訳だが、もしかすると先陣切ってエルヴィンの元へ向かったハンジが何かしら行動を起こしたのかもしれない。あの人はこういう所があるから憎めないのだ。 決しては責任逃れしようとしている訳ではない。少なからず己にも非があると思っている。しかし先ほど進言しようとしたらエルヴィンが無言で首を振り口を噤む結果になった。 それがまたなんとも言えない不甲斐なさを生むのだが、許されたのならばそれに甘んじよう。この気持ちが己に課せられた咎なのだと、はそう解釈する事にした。


「さぁ、ペトラさんも手を洗って休憩しましょう。いつ巨人が現れるか分からないのですからそう長く滞在しないでしょうし休める時に休むべきです」

「では水浴びをお手伝いします!ほらオルオ!あんたも手伝うのよ!!」

「は…?いや、水浴び……え?」


戸惑うオルオとやる気満々なペトラの申し出を丁重に断りは早々にその場を後にした。別に全裸になるつもりはないが手伝って貰うのは気恥ずかしい。 人気のない河川敷に降りそのまま飛び込み身を潜らせた。些かダイナミックではあるがこれが一番手っ取り早いと合理的な判断ゆえの行動である。

そう深くはない水底に手をつき身をせせらぎに任せ息を止める。このまま流れていけば水死体の出来上がりだ。そんな悪ふざけにしては笑えない事を考えながら目を開いた。 うっすらと砂が舞う底でゆらゆらと踊る苔。美しいほどに透き通る水に生を実感する己。緩やかに瞬きを繰り返す。

口内へ自ら飛び込んだあの時、ぬるりとした食道と思われる器官を滑り落ちていく不快感に身の毛が総毛立ったのははきと思い出せる。眼前に広がる闇を見据えては何も思わなかった訳ではない。 どんなに生にしがみつこうとも死というものはみな平等に降り注ぐ。それは一寸先かもれないし数年後かもしれない。死はそこらかしこに存在するのだ。壁外ならば尚の事、潜む量は壁内の比ではない。 たとえ壁内であろうが危険と隣り合わせな事に変わりはないとしても。それでも壁外の方がよっぽど怖いものは怖いもので。

こんなことでは命を賭していった者たちに合わせる顔がないな。内心苦笑を漏らしは水面から顔をあげた。のだが。


「まだ汚ぇ。もう少し潜ってろ」


その言葉を聞き届けると共に再び水中に押し戻される頭。息継ぎもままならなかったので苦しい。なんだこれは。拷問の一種だろうか。ぶくぶくと酸素を水中に吐き出しながらは身をよじる。


「ちょ、苦し――」

「うるせぇ。早く息を吸え。そして潜れ。洗ってやる」

「な、うぐっ」


ただのいじめか。そうか。これはパワハラというものなのだろう。息絶え絶えに再び水中に戻され髪の毛をかき乱される腕の強引さには抵抗するのをやめた。大人しくした方が懸命だと判断したからだ。 それは功を奏し直ぐに終わった。漸く肺にめいいっぱい息を吸い込み深呼吸を繰り返す。目の前には岸にゴロツキ座りをする股が見えるのだが後回しだ、更に顔を仰ぎ己を見下ろす視線とかち合うとは苦言を漏らした。


「これは酷い。折角生き延びたのに殺す気なの」

「こんな事で死ぬような鍛え方してるのが悪い」

「死んでない。生きてる。伊達に干物女代表誇ってないから大丈夫」

「見りゃ分かる」


それはどちらの意味でだ、と口に出す前に頭上でひらひらと風に靡くスカーフで顔を拭われた。顎は固定されどんなに間抜けな顔になろうとも逸らすことは叶わない。 これ以上の羞恥プレイを繰り返せば精神が底をつきそうだ。それに首が痛い。念入りに水滴を拭くリヴァイにされるがままなは兎に角早く終わればいいとその時を待つばかりである。


「お前というやつは……あのまま気づかずに倒していたらどうなっていたか、分からない訳ではあるまい」


顔面からスカーフが離れ、その先で予想外にも真っ直ぐ向けられた視線を受け止めた。仏頂面は相変わらずであり、声音には呆れが混じってはいるもその瞳は真摯そのもので。 この人も私を心配することがあるのだな、と知る。単独部隊を与えたひとりであるこの男が、己を慮り分かりづらいまでもそれを垣間見せているという事実に胸の奥が熱くなるのを感じた。


「……ハンジなら気づくかと思って。それにリヴァイなら的確に対処してくれると信じてたから」


だからだろうか。自然と口をついて出たのは本心そのものであり、真っ向から言うとこんなにも照れくさいのだと学ぶ。 博打だなんだと助かるか分からない策に打って出るも死ぬとは思っていなかった。恐怖こそ感じていたが、それ以上に持ってしまった確たる希望を捨て去ることができなかったのだ。 瞼裏に浮かぶひとひらのそれ。信頼のし過ぎもどうかと思う。無意識に口角が上がったとは自身、知る由もない。


「馬鹿が……」


コツリと額が合わさり鼻先が触れる感触にこそばゆさを覚え肩をすくめると目を瞑る。次いで離れたかと思えば両脇に手を差し込まれそのまま水面から引き上げられた。 いつもいつもベットに進入してはこうして抱きしめられたものだ。普段はなんとも思わない行為だとしても、この時ばかりは冷えた体に染み込むように与えられる温もりが愛おしいと思った。

――生きている。こうして生き延びたからこそ体温を感じることができ、再び戦う為に立ち上がれるのだと。全身で生を実感するはリヴァイの腕の中で生きる喜びに安堵するのだ。

何だかんだ言いつつも、たとえガスボンベを渡しそびれたとしてもその全ては自身を考えたものであり、単独行動を見送る瞳はいつだって憂慮の色を浮かべていたのだろうか。

表面にはおくびにも出さずただ淡々とした物言いで、それでいて努めて冷静に見極めて。巨人の口内へ飛び込んだを信じて口を削ぎアンカーを手に取った。 あののことだ、と。何の策もなく自ら身を投げ出すとは微塵も思っていなかったのだと力を込める腕が言外に伝えてくる。そして。


「いづれ死ぬ時が来たら――俺の目の届くところで死ね」


巨人の腹の中でもなく、遠い場所でもなく。


「……断言はできないけど、尽力はする」


その肢体を晒しながら息を引き取ればいい。でないと己は死んだと認めない。認められるはずがないのだと、その小さな呟きはにしか聞こえなかった言葉。 川のせせらぎも穏やかに吹き抜ける風音さえも差し置いて、直接脳内に叩き込まれたような感覚。これは反古にできないなとは人知れず微笑んだ。


「違えるなよ、絶対だ」

「だから断言はできないと……まぁ、私が目の前で死んだら貴方は、号泣するかもね」

「お前こそ俺が死んだら咽び泣くだろ」

「まさか。今後泣くことがあるなら嬉し泣きって決めてるからね。それ以外じゃ死んでも泣いてやらない」

「ほぅ、そうか。どちらにせよお前を泣かすのは俺だ。覚悟しておけ」

「言っておくけど財布になっただけじゃ泣かないからね」


遠くで兵士たちの召集を知らせる声があがる。音を拾い集めだした耳をすませながらふたりはもう少しだけ、と背に回す腕に力をこめた。







END.















おまけ


「命がいくらあっても足りない飛び方……本当、参考にはできないわね……」

「俺もたまげたなぁ。まさか自ら口に飛び込むなんて」

分隊長って命知らずと言うか怖いものなんてないんじゃないか?」

「ふん……俺だってあのくらいできる。まぁお前らには一生かかっても真似できない芸当だがな」


休息を謳歌しながら思考に耽るペトラ、空を仰ぎ見るエルド、しみじみと宣うグンタそして通常運行なオルオ。


「ねぇねぇエルヴィン……今なら良いもの見れるよ」

「よさないかハンジ。人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られると言うだろう」

「と言いつつ望遠鏡を覗き込むお前もどうかと思うぞ」

「リヴァイが知ったら削がれるからほどほどにね」


望遠鏡を覗き込み気色の悪い笑みを浮かべるハンジ、その隣で同じく望遠鏡を覗き込むエルヴィン、呆れるミケにナナバが居たとか、なんとか。











ATOGAKI

たたたたまには甘いのをば。そしてオルオたちの好感度を上げる話でした。前半では空気になってたからのでオルオ。申し訳ない。

ひとひらの『希望』