She never looks back















 ―さよなら―














「何の為にお前をの部屋の見張りを命令したと思っている」

「あいつが言いつけを守らないのが悪い」

「言い訳を聞きいているのではない。それで、その隈は番犬として働いた証か?」

「…そうだ」

「まぁいい…ともあれが無事で良かった。お前はいつも以上にに目を光らせてくれ。彼女に集る虫けらの進行を許すな」

「了解だ」


思い出すだけでも腸が捩れそうだ。先日から引き続きの任務であったために一任した今回の件だが、流石に豚野郎をあいつの隣室にするのは心配だったのだろう。

そう言外に告げるエルヴィンの指示通りの様子を伺おうと部屋に入ってみれば寝室へと続くドアに手をかける豚野郎。 何をするのかなんざ火を見るより明らかで考えるよりも先に足が出ていた。上ずる声を出した豚野郎に追撃しようにも逃げ足だけは早いらしい。 後ずさり俺から逃れようとしやがるから思わず執務机を蹴り上げる。その拍子に書類が散乱したが気にしている場合ではなかった。 その後すぐに戻ってきたはいつもの無表情を崩すことなく散乱した書類について口走るものだから憤りが増すのも道理だろう。

そんなこんなで胸糞悪い夜這いの件も相まって不機嫌絶好調な俺だったが腹の虫は収まらんし悶々と一夜を明かしエルヴィンから説教をくらい兵団本部の廊下を歩いている。散々だ。 すれ違う兵士たちには敬礼される前に逃げられるしなんだってんだチクショウ。別に上官に対して態度がなってない、なんぞ言う気は更々無いが今の俺には何をしても逆効果だと言うことは自負している。 食堂に行けばあろう事か昨日となんら変わりなく豚野郎に付き添い昨晩の事なんて無かったかの様に接するの態度が癪に障った。


「これが操作装置です。立体機動において何をするにもこの装置がなければ始まりません」


カチカチとふたつの引鉄を交互に引きながら機能性を説明している。管はボンベから取り外してありアンカーが射出されることはなかった。


「それとこれが巨人の項を削ぐ刀です。私のは腕の長さの関係上一筋分短くしていますが削ぐには全く問題ありません」


前々から長さに違和感があったがそういう事か。俺よりも15センチ程背の低いならではの工夫だったのだと理解する。別に長さを調節しなくとも抜けるようになっている筈だがこれはただの横着だろう。 収納ボックスの奥には詰め物でもしているのか。昔から後生大事に整備して新調する素振りも無かったので合点がいった。装備一式にも金はかかるがただの貧乏性ではなかったらしい。


「そして立体機動装置最大の要となる本体です。中はウインチが搭載されここにワイヤーが収納されています。内部はブラックボックス化され野戦修理では直しようがない」

「解体はしたことないのか!?僕だったら真っ先にバラすぞ!」

「バラしたら修復不可能です。即刻その場で廃棄。予備を使うか工場に新しいのを発注するしかありません」

「何故だ!構造を理解できれば自分たちで修理も出来るし複製だって可能な筈だぞ!」

「機密なのです。それに理解しようにも言ったとおりブラックボックス化されていて一兵士、ましてや一般人では到底理解できない。複製しようものなら敢え無く御用です」


おいおい、そんな事をこの豚野郎に教えても良いのか。奴は立体機動装置を偽造しようと企んでいると聞く。それなのにご丁寧に忠告してどうする。


「いいから貸せ!僕が解明してみせる!!」


そう言うと豚野郎はから無理やり本体部分をもぎ取り、解体しようと手をかける。それをただ黙って見守るは何を考えているのか。 終いには頬杖をつき豚野郎が四苦八苦しているのを静観していた。――あぁなるほど。


「開いた!…って、なんだこれは!ウインチさえ無いではないか!!」


道理で軽そうに見えた訳だ。豚野郎が必死こいて分解した外装部の中をのぞき見れば其処には空洞。即ち外見だけの模造品だったのだ。 確かこれは展示用の筈だがどっから調達してきたのか、疑問はエルヴィンの顔が思い浮かんでくると脳内に霧散した。


「兵士の機動力となる大事な装備、ましてや機密だらけの技術を一般人に見せられる訳ないじゃないですか。詳しく知りたければ訓練兵団にでも入団してください」


なんという底意地の悪さだろう。昨日から溜まりに溜まったストレスは相当なものらしい。 ちょっとしたお茶目心で済まされれば良いが流石ケツの穴が狭い豚野郎、羞恥心に塗れた顔は赤く染まり憤りを顕にしていた。 大きく振り上げられる腕。にはそれを掴んで止めることだって出来るだろう。しかしたかが腕や手だろうが触れ合うのは我慢ならん。 俺も触りたくねぇのは山々だが既に掴んじまってんだから手遅れだ。


「兵団内での暴力沙汰はいくら客人であろうとも御法度だ。懲罰房にぶち込まれたくなけりゃてめぇの面でも殴ってろ」

「こ、この女が悪いのだ!!貴族である僕を馬鹿にしたんだぞ!!!ここの新人教育はどうなってるのだ!!新兵風情が――」


喚くなうっとおしい。この軟弱な腕をへし折ってやろうか、と力を込めれば豚野郎は途端に大人しくなるのだからやはり躾には痛みが一番効果的なのだと再確認した。


「…そろそろ帰りの馬車が到着する時間ですね。私は出迎えがありますので兵長、この展示ひ…模造品は私の部屋の前にでも置いといてください。  私の装備も置いてありますので間違っても混合させないでくださいね」


後で訓練しようと思って出しっぱなしにしてしまいました、片付けは自分でやります。 なんて悠長に言うもんだから毒気を抜かれる。今までの俺と豚野郎のやり取りを見ていた癖に平然としてやがって。 誰の所為で俺が汚ねぇ豚足を触るハメになったと思ってやがる。後で覚えてろ、とは思うもののこの場で怒ってもしょうがねぇ事は理解している為渋々了承する。


「では門前で落ち合いましょう。兵長、模造品の運搬ついでに彼を部屋に連れていって差し上げてください」


あぁ腹が立つ。言外で告げる企みを然と理解した俺は豚野郎を引き連れて各自の執務室が設けられている棟へと足を進めた。 こんな子供騙し誰が引っかかるんだ、とは思うものの背後の豚野郎が浮き足立っているので気乗りしないながらもの魂胆を実行しようと重い腰を上げるのだ。

模造品をこれみよがしに置き、態々豚野郎の目の前で立体機動装置が収納されたケース中身の確認を装い開け見せびらかし、態とらしく足音を立てその場を去る。 これだけで全て上手く行くのだからちょろいもんだ。


「はい、ではお気をつけてお帰りください。今回は碌なおもてなしも出来なくて申し訳ございませんでした。 ですがこの見学を体験した事によりこれからハイドル家にとって有意義なものとなれば幸いです」

「ふん!こんな家畜小屋二度と来ることはないだろうが立体機動装置は素晴らしかった。次は訓練兵団にでも行くとする」

「…健闘をお祈り申し上げます……行けるならば」


と数名の兵員と門前で落ち合い不自然なほど多い旅行鞄を受け取った豚野郎が馬車に乗り込んでいくのを見守る。 が最後に呟いた言葉は届いていなかった様で今一度鼻を鳴らすと閉じられる馬車のカーテン。

最後まで気に食わねぇ野郎だったが昨日から続く茶番劇が漸く幕を閉じると思うと清々する。隣を見下ろせば仕上げだと言わんばかりに手を挙げるのが見えた。 御者が手綱を打つと同時に走り出す馬車を見届け頭の位置まで挙げられたの手が静止する。そして一言。


「確保」


その言葉を合図に後ろに控えていた兵員が一斉に動き出す。打ち合わせをしていたのだろうその洗礼された動きは見事なものだった。御者でさえも馬を止め構えている。 数人がかりで引き摺り下ろされた豚野郎は目を白黒させ、何が起こったのか理解できないでいる様子は心底無様だった。 更に目の前に立ったを見上げ魚のように口を動かす姿は貴族の威厳なぞ皆無だ。なんともまぁ呆気ないフィナーレなこって。


「ハイドル卿、窃盗の現行犯で逮捕します」

「草麸分隊長!荷物は如何なさいますか!」

「鞄…は開けなくとも言わずもがなですが広げて下さい。大事な証拠ですので細部まで確認を」

「ほぅ…まさか模造品と本物両方を盗るとは欲張りな奴だ」

「すり替えると思っていたんですがね。やっぱり予想外の事をしでかしてくれますねぇ」


何故気づかれたのだやら新兵ではなかったのかやら呻きながら力なく項垂れ、豚野郎はそのまま兵員に兵団本部の地下牢へと引きずられていった。 来た時より量が増えている荷物を見て何故バレないと思ったのか甚だ疑問だ。 それに新兵が個室、ましてや執務室なぞ与えられるわけがなかろうに今の今まで分からなかったのかよ。救いようのねぇ馬鹿だ。


「…おい、窃盗だけで良いのか」


一応一段落した現状だが今回の目的の大本命はブローカーとの取引に関する証拠も項目に入っていた筈だ。ただの窃盗だけで良しとする程生ぬるい任務ではないだろう。 拷問して吐かせるのも良いがエルヴィンの野郎がそんな手間暇かける訳が無い。こんなに苦労させられたんだ、それに見合うだけの対価がなけりゃぶっ殺してやる。豚野郎を。 俺の思考を正確に汲み取ったのだろうは押収品から一冊の本を拾い上げると僅かに口角を上げた。


「辞書に偽装してありますがこれは彼の父親の手記です。見学中の作戦も記してありました。他にも十分証拠になり得る事は昨晩の騒ぎに便乗した時に確認済みです」


そうか。俺の回し蹴りに伸された豚野郎を運びに行った時に盗み見たのか。全く末恐ろしい奴だ、と心なしか得意げに話すの抜かりのなさに唖然とするばかりだ。 貴方のお陰でピッキングする手間が省けました、なんて嘯くこいつの頭を小突きエルヴィンに報告する為踵を返した。茶番劇最後のカーテンコールを鑑賞するのも悪くない。


「良くやってくれた、。これで調査兵団は新たな進撃の一歩を踏み出すことが出来る」


オブラートに包んではいるが要は今回の件であの豚野郎を脅し金を搾り取るだけ搾って壁外遠征の資金にあてようと。そういうことだ。 気色の悪い爽やかな笑みで言ってのけるこの男の底が知れない。


「立体機動装置を偽造してまで金儲けをしようと企むぐらいです、搾り取っても大した額にはならないと思いますけどね」


折角暈した言い回しをしたのに搾り取るなんてハッキリ言うんじゃねぇ。


「資金というものは例え雀の涙ほどであっても無いよりはマシさ」


もう隠す気ねぇなこいつら。


「一連の任務は本当にこれで終りですよね?」

「ははは…そう疑ってくれるな。報告書の提出が済み次第2日間の休暇を与える」

「まだお昼前なんですけど2日間の中に今日も含まれていますか」

「もちろん含まれていないから安心してくれ」

「わーい。そうと決まれば善は急げです、早急に書類作成に取り組むので失礼します」

「ご苦労だった。また後ほど」


颯爽と足早に執務室を出て行くに疲労のひの字も見受けられないが恐らく午後から睡眠に勤しむのだろうと思うと笑いがこみ上げて来るのを感じた。 エルヴィンも同じ心境だった様で奴は隠すことなくニヤニヤしているのだから呆れる。巻き込まれたこっちの気も知らないで腹の立つ野郎だ。


「そうだな…全財産を巻き上げた後、憲兵に引き渡せば二度と顔を見る事もなくなるだろう。その前に何発か叩き込んで生殖阻止するか…まるで巨人だな」


物騒な独り言は聞かなかったことにし、俺も執務室を後にした。 が襲われたという事実が相当腹に据えかねているのだろう。未遂で済まなかったらと思うと冷や汗を感じせざるを得ない。









かくして窃盗の現行犯逮捕、更には手記によりブローカーとの裏取引きを暴かれたハイドル家の地位は瞬く間に地に落ち、全財産を調査兵団に搾り取られ見るも無残な姿に変わり果てる事となった。 元々没落していたようなものであっさりした幕引きだった訳だが、全財産の総額は今回の任務に見合ったものだったのかは知る由もない。 盗み見たエルヴィンの顔が満足げだったのでそう言う事なのだろう。もしかしたら把握済みだったのかもしれん。恐ろしい奴だ。 余談だが憲兵に引き渡される時に見たハイドル卿は豚野郎という名に相応しい醜悪な顔へと変貌を遂げていた。俺も一役買っていたとはここだけの秘密である。

報告書を提出し終え意気揚々と睡眠を貪ろうとしていた曰く。


「兵長のお陰で手記の確認もスムーズにいけたし、逮捕する材料を用意する負担も減って感謝してもしきれない」


との事だが恐らく俺が手を出さなくともコイツひとりで難なくこなせたのだろう。 どのタイミングから俺の行動を視野に入れそれさえも利用し、今回の一連の流れを構成し始めたのか定かではないが普段の抜け作な姿とは裏腹の腹黒さに戦慄さえ覚える。 これがあのエルヴィンを魅了する程の技量だと言うのなら単独任務を任されるのも頷けるというものだ。恐れ入る。

の口添えもあってか午後から半休をもぎ取った俺は、の謝辞を聞きつつ一緒にベットへ潜り込むと首をかしげるのを横目に目を閉じた。 ちゃんと下着も履いているし着替えも済ませたのだから文句は言わせねぇ。と尊大な心持ちでを抱き寄せる。 夜通し番犬と称した我慢大会を強いられたのだ。これくらいの勝手は許されるだろう。の意見なんぞ構うものか。ペアルックだぞ喜べ。

それにしても――いい加減下着を着けろ、この着痩せ女。










END.















ATOGAKI

ヒロインは普段ぬけさくな脳内をしているがこと仕事や戦闘に関しては予想外の出来事が起ころうともそれさえも味方に付け作戦の糧とし確実に完遂できるくらいには真面目。というお話でした。
こうやって頭が回るのは単独任務時のみであり、集団が関わってくる作戦立案などは不得意。一点集中型なので自分の事だけで精一杯なのかもしれないという補足。
兵長の事は無理のない範囲で利用する(悪い意味ではない)。