She never looks back




2015.02.18:シチューの作り方訂正しました。水→牛乳。間違えてた。






 ―話をしよう:1―









夜中に目が覚めた。特に物音がしたわけでも人の気配を感じたわけでも無いが、時々こうして起きてしまうことはある。今回もそれだろうと納得させ疲れの取れきれていない体を起こし部屋を出た。 肌寒い季節になり静まり返った廊下は寝起きの体を刺激するには十分で思わず身震いをしてしまう。ヤワな鍛え方をした覚えはないが寒いものは寒い。 丁度喉も渇いた事だ、何か暖かい飲み物でも飲もう。誰も居ないであろう食堂へと歩を進めた。


「何やっているの、こんな夜更けに」


食堂に入るや否や声をかけられ無人だとばかり思っていた俺は僅かながらに目を見開いた。びっくりしたわけではない。断じて。奥の厨房からカウンター越しに覗く顔は見慣れたものだ、相も変わらず無表情を携えたがそこに居た。 こっちの台詞だ、と返してやればはそれもそうだ、と納得し奥に引っ込んでいく。一体何をしているのだろう。湯を沸かすため厨房に足を踏み入れると何やら包丁片手に芋の皮を剥いている姿が。


「夜食は太るぞ」

「失礼な」


そんなヤワな鍛え方はしてない、なんて既視感を覚える台詞を吐きつつも手早く2つ目の芋を剥いていく。見事なものでその手捌きはプロの料理人並だ。干物女代表と言う割には料理が出来るなんぞそれこそ吃驚。 隣に行き湯を沸かしながら物珍しい光景を眺める。芋は3つで終わり次は人参、玉ねぎ、小さな鶏肉と捌いてゆく。小麦粉を出した所でシチューだろうと推測してみる。


「お湯を沸かすなら多めによろしく」

「バカ言え、俺の喉が干からびちまう」

「……そこのポットに紅茶の残りが入ってるからそれで我慢して」


目線で指し示された場所にはポットとの飲み途中であろう紅茶が半分程入ったカップがあった。まだ湯気が出ている所をみると淹れてから然程時間は経っていないのだろう、仕方ないこれで我慢してやるか。 ただこいつの手伝いをしただけになった気もするが手間が省けたという事もあり素直に紅茶を頂く。美味い。こいつの淹れた紅茶はいつ飲んでも絶品だ。安物の茶葉だろうとお構いなしに美味く淹れられるのだから大したものだと感心する。 普段滅多に淹れてくれないのだが。そういやこの間ミケが「の紅茶を飲んだぞ羨ましいだろ」とかなんとか腹の立つことを言っていた気がする。別に悔しくともなんともない。断じて。

それは兎も角一体どんなトリックを使っているのかと考えている間に小気味好い音が鳴り始め野菜を炒める香りが漂ってくる。焦がさないようにと手は忙しなく動き時たま見せる返しで食材は綺麗に弧を描く。本当にこれは鍋か、と疑いたくなる光景だ。 傍らに置いてあった牛乳を鍋へと注いでいく。その間に使い終わった調理器具を洗い調味料を別の容器に分量を図ることなく混ぜ合わせていき下準備は万全に整えられた。

手馴れている。これはどう見ても普段からやり慣れているそれだ。こいつは頻繁に夜食を作っているのだろうか。しかし何度か今のように起きて食堂に来ることはあったがが料理するところなんぞ見たことがない。 たった数年の付き合いだがそれでも遭遇しない確立の方が低いだろう。頻繁にやっているなら尚の事。


「久しぶりだと腕も鈍るねぇ……手抜きと言い訳しておく。玉ねぎの切り方間違えた」


まさか思考を読まれたのではと勘ぐりそうになる程、の呟きはタイムリーなものだった。そして先ほどの考えを否定された俺は今度こそ素直に驚きで目を見開くのだ。


「おい……まさかその手際で久しぶりなんてほざいてやがるのか?」

「……?かれこれ数年ぶりの料理だけどそれがどうかしたの」


は調味料を鍋に入れながら小首を傾げる。視線はこちらに向いているが手は休まず鍋をかき回していた。その姿もなんだか様になっていると言うかなんというか。


「いや……手馴れている様子だったからな。頻繁にやってんのかと思っただけだ」

「まぁ体に染み付いたものはそう簡単に忘れられないと言うしねぇ。不安だったけど勝手に体が動いて安心してたところだよ。間違えたのは大目に見て欲しい」

「……それだけ出来りゃ十分だろう」


お世辞は結構です、なんて逸らされた顔。鍋の中身を零した所をみると照れているのかもしれない。突慳貪な口調とは裏腹な様子が堪らなく微笑ましい思う。思うだけは自由だ。 寝巻きのロングシャツ、7分丈のパンツ、それにエプロン。脳裏になんやかんやな二文字が過ぎるも直ぐさま霧散した。


「良かったら夜食にどう。作りすぎちゃって」


不意に目の前に置かれる木の器。よそられたシチューからは出来立てを知らせる湯気、美味しそうな香りが鼻腔を擽り空腹感を刺激する。 次いで傍らにパンを添えられ無意識の内に匙に手が伸びた。本当に食べていいのか考えあぐねるも鍋を見ればまだ十分に残っていて。


「そんなに作って誰に食わせる気だったんだ?」

「未だ研究に没頭するハンジとモブリット君に差し入れをば」

「お前の分はどうした」

「もちろんあるから安心して食べるといい」


それを聞いてシチューを匙で掬い一口。美味い。係りの者が作るよりも格段に美味いそれは同じ食材を使っているとは思えないほどだった。調味料に細工でもしたのかと勘ぐるも全く同じ物を使っていると言う。 意味がわからない。やはり手品か何かだろうか。隣に腰掛け同じく夜食を貪るに視線を投げかけるも目を逸らされてしまい望む答えは返ってこないのだと落胆する。

暫く無言で食事していたのだが匙が皿を鳴らし食べ終わったと認識するまで随分と没頭していたのかと驚いた。不本意だが夢中だった。それを悟られるのが気恥ずかしくてふと思い出した話題をふっかけることにする。


「そう言えば明日から3日間の休暇を申請したらしいな」

「……ちょっとシーナの方で用事が。書類は粗方片付けてあるから負担掛ける事は無いと思う」

「別に構わねぇよ。そういう事じゃなくてだな……」


別にプライベートを聞く事に後ろめたさがある訳ではない。至って普通の会話だと思う。だがしかしこうも躊躇してしまうのは何故なのか。 むしろ俺は団員の休日の予定を聞く様な男だっただろうか。記憶が散乱する脳内で整頓したいもどかしさ。どうやら柄にもなく混乱してるらしい。


「何、寂しいの」

「……」


相手に何を、とは思うものの終いにはこの発言だ。いつもの様にノリで返せばいいものを舌が回らず思考回路も停止。こいつは俺をどうしたいんだ。言葉では言い表せない感情に息が詰まるなんてらしくねぇ。あぁ、らしくねぇな。


「いやーリヴァイがそんなに寂しがってくれるだなんて照れちゃいますなー」


はたと時間が動き出す。茶化すように棒読みな台詞に目が覚める感覚。さすが鈍感女、ナメた真似しやがってからに。そうは思うも救われた俺がいる。 何が救われたのかなんざ分からねぇが気づかれぬよう深く息を吐き声を搾り出すもいつも通りに言えたかは定かではない。


「言ってない上に思ってもねぇ。勝手に妄想すんな。呆れてモノも言えねぇ」

「まぁいいけど。リヴァイは明後日シーナで会食だと聞いた。多分恐らくもしかしたら会えるかもしれないね。楽しみにしてて」

「そうだな……あ?何言って――」

「やばいそろそろモブリット君が飢え死にしそう。じゃあおやすみ」


食堂にひとり取り残された俺。目の前には空の容器。冷め切った紅茶。気づいた時にはが2人分のシチューと沸かしたお湯で淹れた紅茶を持って出て行った後だった。 逃げ足が早いと言うかなんというか。どこまでも手際の良いに嘆息する。意味深な言葉の意味を聞きはぐった俺は舌打ちをし満腹感に睡魔が襲ってくると同時に部屋に戻ることにした。夜食に肖った代償はふたり分の食器の後片付けとは安いものだ。 昨夜聞いた予定は何やら一筋縄では行かないらしい。まぁいい、当日エルヴィンに聞けば良いかと思い至りそのままベットで意識を手放した。





 ♂♀





よくよく考えてみれば『多分恐らくもしかしたら会えるかもしれない』と『楽しみにしてて』という言葉には矛盾がある。そう気づいたのはエルヴィン、そしてハンジと共にシーナに向かう道中だった。 訳がわからねぇ。何やら訳知り顔のエルヴィンを問い詰めるも「直にわかるさ」としか返ってこない。もどかしさは蓄積されるばかりだ。

座り心地の悪い馬車に揺られ喧しい巨人話を聞き流しまがら外を見やれば、丁度エルミハ区と王都を区切る壁を通り抜ける所だった。


「そろそろ到着する。ふたり共、くれぐれも粗相の無いように」

「それは分かってるけどさ、今日は会食だろ?どっかのお屋敷でやるのかい?」

「……いや、王都の有名な高級レストランだ。君たちも行ったことがある場所だよ」


エルヴィンの言葉に俺は記憶を探る。以前会食で行った事がある場所となれば思い当たるのは一箇所だけだ。会食と言えば専ら貴族の下品な屋敷で行っていたのだが珍しくエルヴィンがオススメという事で指定した店。 貴族御用達の高級レストランだと言うからどうせ悪趣味な店なのだろうと期待していなかったのだが雰囲気も料理も結構なもので好感を持った覚えがある。そうかあそこか。それなら気乗りしない気分も少しはマシになるというもの。 先日エルヴィンが言っていた言葉の意味はこれか。なにも勿体ぶらずに教えればいいものを。

暫くの後馬車が停車し、御者が扉を開ける。降り立てば見覚えのある店の外観。高級レストランともあり華やかなそれは一庶民では到底入れないであろう雰囲気を漂わせながらも決して嫌味には見えず街の老舗と呼ぶに相応しい外装をしている。 悪くない。立ち止まるエルヴィンを避け目前の扉に視線を向ければそこには出迎えるレストランの支配人――


「お待ちしておりました、スミス様」


――オイ、これはどういう状況だ。俺にはレストランの支配人ではなくどこぞの『冷酷人間』と謂われる小柄の女にしか見えんのだが。


「……、――!?」

「え?っえー!?何で?何でなのさ!?」


思わず二度見したのは言うまでもなくそんな俺の様子にエルヴィンの野郎が気色の悪い笑みを浮かべている。ぶっ飛ばすぞこの野郎。その悪戯が成功したガキのような顔を今すぐ仕舞え。 ハンジのような盛大なリアクションを求めるでもなく俺の反応を楽しんでいる様をみれば悪意たっぷりだったのは言わずもがな、俺の舌打ちが違う意味での盛大なものとなったのも言わずもがな、だ。


「先にお飲み物はいかがですか」

「ではワインを頂こう。ヘルド卿が来るまでまだ時間もある事だ。君のおすすめを頼む」

「かしこまりました」


奥の個室に通された俺たちは席に着き支配人、改めが去っていくのを見送る。最初に口を開いたのは俺だ。早々にこの状況を説明してもらわねぇと腹の虫が収まらん、と言わんばかりに。


「おいエルヴィンよ……は休暇だと聞いた筈だが」

「そうだな。真偽は半々と言ったところだ」

「そりゃどう言う意味だ。説明しろ」

「あぁ、私はなんか分かった気がするよエルヴィン。これはの休暇のついでみたいなものなんだね」

「そういう事だ。察しがよくて助かるよ」

「俺は全く分からねぇ……正直に吐け」

が来てから話そう。彼女が答えてくれるなら、だが」


何故ハンジが分かって俺に分からないのか。それだけでも腸が煮えくり返りそうなのだががワインボトルを持ってやって来た事で我に返る。こいつはソムリエも出来るのかと感心してしまうくらいには冷静なつもりだ。 睨み上げる俺についと視線を逸らしたは3人分を注ぎ終えると察しがついたのだろう、ボトルを置き口を開いた。


「なんだか兵長の視線がおっかないので説明いたしますね」

「君のプライベートな問題でもあるからね。頼んだよ」

「隠す程のものではありませんが……兵長の珍しい顔が見れたので彼にお詫びも兼ねて失礼します」


そう言って向かい側に座る。なんだか癪に障る事を言っていた気がするが取り敢えず置いておこう。帰ったら覚えていろ。


「ここは一応私の実家です。たまに任務帰りに寄る時もあればこうしてお手伝いしに帰ってくる時もあります。単独部隊長になってからは忙しさゆえに疎かになっていましたけどね」

「ヘルド卿はこの近辺に住んでいるという事もあってに私が頼んだ。接客を装って色々と探る為にな」

「ついで、ですね。特別手当に期待してますよエルヴィン団長」

「安心してくれ。もちろんそのつもりだよ


実家の手伝いをする為に3日間の休暇を貰い帰省していた。なんとその実家は王都でも有名な高級レストランだった。それに目をつけたエルヴィンがついでに会食の相手貴族の調査をに頼んだと。そういう事か。 と、すんなり納得行く訳もなく。


「……なぜ一昨日の時点で黙っていた」

「エルヴィン団長、責任取ってくれるって仰りましたよね。兵長めっちゃ怒ってるんですけど」

「ははは……まぁ待てリヴァイ。私のちょっとした出来心なんだ。そうを睨むんじゃない」

「私はの実家がレストランだって知ってたからねー。まさかここだったとは思わなかったけど」


聞くところによれば俺がの実家を知らないと言う事を知ったエルヴィンがちょっとした出来心とやらで驚かそうと企みに口止めをしたと。 ふざけてるにも程がある。そう思いつつもの料理時の手際の良さだとか矛盾した言葉だとか疑問が解消されていく事に蓄積されたもどかしさが消えていくのを感じた。 思わぬところで垣間見るの過去。しかしこれだけで全ての謎が解明されるわけもなく。むしろ更に謎が増えたのでは、と眉間に皺を寄せた所でが席を立った。


「では、ある意味での潜入捜査を開始しますので失礼します。お帰りの際まで違う者が接客しますのであしからず」

「あぁよろしく。飽くまでもご実家の手伝いが優先だ、片手間で構わない」

「じゃあね。君の選んだワインは最高だったよ。頑張って」


軽く手を挙げ去ってゆくの足取りは心なしか早く店の忙しさを垣間見せた。胸元のネームプレートには支配人代理と書いてあったのだからやる事は山ほどあるのだろう。 それで本当に任務が遂行できるのか甚だ疑問だがエルヴィンが信頼しきっている所をみるとどうやら杞憂らしい。

暫くすれば約束の時間に遅れてヘルド卿が来た。料理は絶品だが楽しくもねぇ会話に嫌気がさすも舌触りの良いシチューを堪能して気分を紛らわす。少し違うが一昨日食べた味に柄にもなく心落ち着く俺がいる。 しかし目の前には下品に手と足をつけたような豚野郎だ、折角の料理だが食欲も失せそうになるというもの。どっかの誰かさんの予想を裏切り俺の仏頂面は終ぞ崩れることはなく。

そして便所へと向かう途中で見たは忙しさなんて感じさせないすまし顔で店内を闊歩していた。冷酷人間だなんだと言われているが接客中は幾分か表情が柔らかい。 あいつは任務内容によって顔が変わる。潜入捜査が多いならではの工夫なのか定かではないが恐らく兵団内にいる時が素なのだろう。任務明けに湯で顔を揉んでいる所をよく見かける。 こと任務に関しては真面目なあいつは器用なんだか不器用なんだか。その誠意を執務仕事に回せと言いたいところである。


「またのご来店を心よりお待ちしております」

「この後東通りのバーにでもと思っているんだが、どうかな今夜」

「まぁスミス様ったら。残念ながら9時から予定がありますので」

「うまく躱されてしまったな。ではまた日を改めて来るとしよう」

「ありがとうございました。お気を付けてお帰りください」


そんな会話が交わされて居たがの方は終始棒読みだったとここに報告しておく。茶番だ。これは酷い。待ち合わせ場所の指示だとしても見るに耐えないやり取りだった。 それは兎も角馬車に乗り込み丁寧に腰を折るに見送られながらもさすが支配人代理を任されるだけはあるなと感心する。


「ふたりとも、先にバーへ行って飲むかい?」

「それもいいね。会食中は全然飲めなかったし」


時刻は8時半を回ったところだった。特に治安が悪いわけでもないこの近辺だが憲兵は通りの所々を闊歩している。まさかこんな目立つ場所で不正を働いている訳もなくかと言って真面目に仕事をしている様にも見えない。 変わらねぇな、いつ来ても。そんなどうでもいい事を思いつつ小窓から視線を外した。

あいつは『一応』実家だとほざいていたから過去や生い立ちは叩けば埃がごまんと出てくるのだろう。 答えを聞くのはいつになるやら分からないがいづれ絶対に聞き出さねばなるまい。好奇心にも似た欲求を満たされる日が待ち遠しかった。


「遅くなりました。支配人が中々開放してくれなくて」

「久しぶりの帰省なのだから仕方ないさ。折角の里帰りだというのにすまないね」

「お疲れさーん!何飲む?私はあのワインがもう一度飲みたいんだけどここにはないみたいなんだ」

「あのワインは特注だからあそこにしか置いてないんだよねぇ。明日お土産に貰ってくるよ。取り敢えず麦酒で」


俺たちがバーに着いて1時間経った頃にがやってきた。あれから支配人が帰って来て引き継ぎをしたのだが忙しい故に手伝いが長引いたとの事。 軽く乾杯を済ませ麦酒を煽ったは些か疲弊しているも実家の手伝いは満更でもないらしい。昨日は着いて早々調理場だったから緊張した、と発言したの顔は否応なしに楽しそうだった。オールラウンダーかこいつは。 一昨日の夜食の件は腕ならしも兼ねて行ったのだろう。使っている食材も調味料も違うのにレストランと大差ない味を出せるのだから大したものだ。きっと元々才能があったに違いない。


「例の件ですが彼は黒ですね。昨日今日と彼らと繋がりのあるお家のお話を聞きましたけど近々手を切るとの事です」

「噂通り地下街で犯罪に荷担しているという事かな?」

「加担も何も主犯格です。不躾ではありますが彼がお手洗いに向かう途中、懐のお手紙を拝見させていただいたところそれらしき文面を確認しました」

「相変わらず抜かりないな」

「憲兵との不正取引が行われるのは二日後との事で……犯罪に荷担しているわけではないですが憲兵と関わりたくないお家の皆さんは潮時だと」

「所詮中流か……資金源がこれでは今後の壁外調査も心許無い」

「お家の繋がりありきの彼らですからね。周囲のお家が本当に関係を断ち切るかはまだ何とも言えませんが私の報告は以上です」


の報告はあの忙しい仕事の傍らで仕入れてくるには十分すぎるほどの情報量だった。それにはハンジも驚いている様で発泡ワインが入ったグラスを口につけたまま聞き入っている。俺も大概だがこいつはあからさま過ぎだ。


「ご苦労だった、今夜は私の奢りだ」

「わーい報酬だー」

「……安いもんだな」


エルヴィンが労りの言葉と共に報酬を提示すればは微かに瞳を光らせバーテンダーにワインを注文する。特別手当とは現金だとばかり思っていたから呆気にとられるもの返答はどこまでも真面目だった。


「正規の任務ではないとは言え確実性の薄い情報しか得られませんでしたしこれくらいが妥当かと」

「……そうか。お前がそれで良いなら口出しはしない」

「逆に上限のない報酬だと思えば良いんじゃない?奢るって言ったって金額は指定されてないワケだしさ」

「ハンジ、余計な事を言ってくれるな……ちなみにお前たちは自腹だ」


安いのか高いのか判断しかねるが、は元々酒に強くない。それも踏まえての妥当性なのだろう。エルヴィンの野郎はの事を完全に把握しているという事だ。 それよりも自腹は初耳だ、経費で落とせケチヴィンめ。


、明日もお手伝い?」

「いや支配人が不在だったのは今日だけでお手伝いは終わったから休暇を満喫しようかと」

「そうなんだー。私は憲兵団本部でエルヴィンとクソつまんない定例報告会議でさ」

「ご愁傷様。ワイン多めにもらってくるから頑張って」


今日の会食はご指名とあって俺も同行した。明日は以前から予定されている定例報告会議だ。出席しない俺はホテルに篭るか外に出るか考えあぐねている。 も休みだと言っているものの親子水いらずを邪魔できまい。それに地元なら顔見知りも多いことだろう、些か目立つ俺が居ては不都合が生じるかもしれないので黙って酒を煽るのだが。


「リヴァイも暇してたよね。と出かけてくれば?」


余計な事を言うハンジを睨みつけるのだ。気色の悪い笑みを浮かべる顔が心底忌々しい。酒に溺れて路上に這い蹲れ。 何だかんだ言いつつも午後から空いているらしいと約束をとりつけた事で俺の眉間の皺は絆されたのはここだけの話である。




 ♂♀




夜11時。朝が早いハンジの欠伸を合図に解散し、寝静まり始める街中を歩く。外套を羽織っていても寒いものは寒いもので、首元を撫ぜていく風に舌打ちしながら反対に熱を持った背中を一瞥する。 耳元では規則正しい寝息が聞こえ呑気なものだと呆れる他ない。酒に強くない癖して飲みすぎだとぼやけば悩ましい声が上がるのだから勘弁して欲しいものだ。 を落とさないようにと気遣う振りをしながら街並みを鑑賞するでもなく緩やかに歩いた。下手に揺らして吐かれたら困るからだ。そう言う事にしておけ。


「送り狼には気をつけろよ……このクソ呑んだくれが」


俺の預かり知らぬ所でこんな醜態を晒したらただじゃおかねぇ、なんて呟いている内にの実家に着いた。そして気付く。 エルヴィンに明日暇なんだからという建前を理由に押し付けられたもののいざレストランに着いてみればどこから入れば良いのか分からないのだ。裏口か。いやそれどこだ。 当然のことながら正面玄関は施錠されている。これ以上うろつけば不審者街道まっしぐらだろう。取り敢えず裏手に回ろうと脇道に向かうも人影を視認し杞憂だったかと足を止めた。


ちゃん!」


暗闇から現れた人物の顔が街灯に照し出されていく。こう言ってはなんだが冴えない青年、というのが第一印象だった。背丈はハンジより高く薄っぺらい体格をしている。 冷静に見定めている場合ではない、俺はを差し出された彼の腕に引渡し夜分遅くまで連れ回したことを謝罪しようと口を開く、のだが。


「良かった……またどこかに行ってしまったのかと思ったよちゃん……」


心底愛おしそうに抱擁する光景を見せつけられ喉まで出掛かった声を飲み込む羽目になった。オイこれはどういう状況だ。 俺のことなんざ気にも留めず未だ続く感動の再会シーンよろしくな光景は目も当てられない程で。驚き固まっていた俺に漸く気づいたのか男は顔を上げ照れくさそうにはにかんだ。やめろ気色悪い。


「す、すみません!お恥ずかしいところを……僕はこの子のいとこです。調査兵団の方ですよね?本日は当店をご利用頂きありがとうございました。僕はコックなのでお初にお目にかかりますですね」

「……調査兵団所属兵士長のリヴァイだ。今夜は遅くまで――」

「あぁ!貴方があの有名な兵士長様なんですか!ちゃんから話は聞き及んでおります。とってもお強いんですよね、僕なんてこんなもやしっ子でちゃんが帰ってくるたびに鍛えろなんて言われて――」


よく舌の回る男だな。感心さえする。どうやら謝罪は聞き入れてもらえないらしく諦めることにした。わざとでは無いのだろう、こう言う類の人間は不本意ながら知っている。 が聞き手上手なのはこの男の影響なのだろうか。相槌さえも打たなくなった俺に気づくこともなく話は続く。


「ここのシチューは召し上がられましたか?当店の看板料理なんですよ。ちゃんも得意でたまに作ってはお客様に提供する程の腕前で、」

「うるさい……」

「あぁちゃん!ごめんね起こしちゃったかい!?」


とうとうが起きた。こんな寒空の下で放置されていた挙句喧しい声が絶えず聞こえていたのだから当然の結果だろう。これで漸く解放されると嘆息をひとつ。 一刻も早く寝床につきたいは男の腕から逃れふらつく足取りで路地裏に向かい次いで男も背を向けた。その様子を見送り思わず舌打ちする。仲睦まじく肩を並べ歩く様は背丈的に親子に見えるも気に食わないのは確かで。

男の止め処ない話しに呆気にとられ頭から抜けていたが、あの抱擁を思い出すと腹の底から吐き気にも似た感情が湧き出てくるのを感じた。相手はいとこだ。家族のようなものだろう。落ち着け俺。出てくるな感情。 気遣う声と寝ぼけ声が遠ざかって行くのを聞きながら俺も踵を返そうと足を引く。だが、角を曲がる瞬間に垣間見た男の瞳が、押しとどめた感情を再び呼び起こすには十分すぎる程の威力を持っていたわけで。


ちゃん……心配したんだよ?駄目じゃないか、いくら仲間内だとしてもこんなになるまで飲むなんて」

「うぃ……ごむぇん」

「……僕の前では飲まないくせに。早く僕と結婚しに帰って来てよ。何処にも行かず……ずっと……」


従って――路地裏から聞こえる声を盗み聞きしてしまうのは致し方ない事だ。







To be continued.













ATOGAKI

料理が得意だとか過去だとかどうせなら徹底的に大層なものにしてしまおう、という遊び心があったり。ついで任務内容は適当です。