She never looks back







「――ぅうっわぁぁぁああああぁぁああああ!?」


それは何の前触れもなく轟いた。寝起きに水でもと食堂に向かう道中、リヴァイは階段の踊り場でそれを聞き届け身構えると瞬時に駆け出す。 嫌な予感がする。階層と方角からみてその予感は的中してまう事が何よりも嘆息する事柄であるのは明白で。

現場に駆けつけてみれば涙目で駆け寄ってくる己の部下。膝をつきジャケットに縋り付いてくる彼は安堵からか腰が抜けてしまった様でそのまま鼻を啜りリヴァイに助けを求めている。 抜かったか。昨日の指示を思い返しては心底嘆息し顔を覆う。何はともあれ未だ情けなく嗚咽を漏らす部下に詫びをいれる為、リヴァイは彼の肩に手を添えるのであった。









 ―聖域は危険地帯につき、―









『オルオ、明日の午前中までにこの書類を校正してにぶん投げてこい』

『りょ、了解です……』


昨日の夕刻。いつもの如くの書類不備に苛立ちを感じながらもリヴァイは積み上げられたそれを睨んでは己の部下に指示を与えた。 他の部下たちは各自忙しなく動き手隙の者はオルオしか居らず危惧しながらも頼んでしまった事自体がいけなかったのか。

未だに苦手意識を持つ彼は顔を引きつらせながらも了承し、今現在こうして泣いている。理由は分かっていた。 何故なら今は早朝だ。団員たちが漸く起き始めた頃だろうと思われる時間帯なのだ。即ちあの睡眠に貪欲なが起きている筈もなく。


「午前中までとは言ったが……何もこんなに朝早く来るこたねぇだろう……」

「は、早い方が良いかと思いまして……!!それにハンジ分隊長がっ」

「あのクソメガネ……今度こそ削ぐ」


まさかこの時間帯に部下が彼女の執務室に行くとは思わず、しかし原因は兵団内きっての奇行種ハンジだと言う。あいつは本当にろくなことをしない。 心底愉快そうに笑うハンジを思い浮かべては青筋が浮かぶリヴァイ。どうしてこうも朝っぱらから不快にさせられなくてはならないのか。 それに。

(自室で寝てて良かったと思うべきか……兎に角奴の思惑通りにならず済んだな)

もし己が今ではもうお馴染みとなったとの添い寝をしていたらと思うと。恐らくハンジはそれも考慮してオルオに邪な事を吹き込んだに違いない。 あわよくば添い寝を目撃されて楽しいことになれば、と。やはり削いでおくしかあるまい。リヴァイは決意新たに今一度嘆息しオルオを下がらせた。

の執務室に入ってみれば左の壁に深々と突き刺さるナイフ。寝室の扉は開け放たれておりその奥を見遣れば何事も無かったかのように惰眠を貪る聖域の住人。 ベットからは片腕が垂れ下がっており、いつもの奇妙な寝相の所為で布団が上半身へと集中している筈のそれは形を変え腹部に乗っかっているだけだ。 恐らく投擲する際に捲れてしまったのだろう。枕の上では寝顔を惜しげもなく晒す横顔が見えた。


「……お前のその危機察知能力は賞賛に値するな」


は気を許していない人間が聖域に足を踏み入れることを良しとしないきらいがある。寝ている時なんて先ほどのオルオの様に部屋の至ることろに隠されているらしい武器を投げつける程だ。 いつからこんな警戒心の塊になってしまったのかは定かではないが、兵団内の一部の人間の間では結構有名な話で。入室を許可されているのはリヴァイは勿論のこと分隊長クラスかエルヴィンぐらいである。 寝室を聖域と豪語するだけの理由はあるということだ。唯一無防備になれる場所。そこを侵略するものは何人たりとも云々。甚だはた迷惑な人間である。


「大層なナイフ投げやがって。もしオルオが怪我でもしていればエルヴィンの野郎にどやされんぞ」


立体起動装置の刃に匹敵する程の強靭さを持つそれは言わずもがな同じ材質で出来ている。相違点があるとすればしなやかさを破棄し硬化だけに特化された点だろう。 抜き身のタガーナイフのような姿をしており何度か目にした事はあるも流石にこれを出してくるのはどうかと思う。どんだけ本気だったんだ。オルオが気の毒でしょうがない。 普段はあまり使わず護身用として単独任務時にたまに持ち歩いているだけの代物。まぁ後生大事に持つ愛銃を取り出さなかっただけマシか。


「おいクソ寝坊助、起きろ」


どこか既視感を覚える台詞だがこれもいつも通り。無防備に小さく開いた口に呆れながらも頬に手を伸ばし軽く抓った。


「あと……5分は……寝れます……」

「その体内時計の正確さも賞賛に値すると言いたい所だがいい加減にしろ。お前のしでかした事は冗談で済ませられる程生ぬるいもんじゃねぇ」

「――ごめ、なさ……」

「……」


を見下ろすリヴァイの眉間に皺が寄る。徐ろに額へ指を這わせ、汗で湿る前髪を浚えばそこには同じく刻まれた皺。


「また魘されてやがったのか、お前は」


オルオが不躾にも上官であるの寝室を覗く訳が無い。大方うめき声が聞こえて心配になり様子を見に扉を開けたのだろう。だとすればの行いは恩を仇で返すようなものだ。 だが、これは致し方のないものだとも同時に思う。単独任務は常に危険と隣り合わせなのだからそれ相応の危機管理能力は必須なわけで。

もし。それが過去の生い立ちから来るものだとすれば。どこから入手したのか分からない大層なナイフも然ることながら未だに謎に包まれたままのそれはリヴァイの心中を騒ぎ立てるには十分な要素を含んでいる。


「抜作なのか複雑なのかどっちかに絞れってんだ。馬鹿が」


ほとほと厄介だ、という人間は。だからこそ目が離せない。哀れみでも偽善でもなくただ単に彼女の事が気になってしまうのは何故なのか。 恐らく、この感情を恋だの愛だのと一括りにする事は出来ないのだろう。周囲の人間からはわかり易いと言われているもののその実、それを鵜呑みにすることも認めることもできないでいる。 愛おしいとは思う。しかしそれは家族観のものなのか、それとも異性としてなのか。リヴァイはとの距離を詰めるにつれて分からなくなっていた。それと同時に抱く感情は――


「――うわっ。なんで居るの……昨日は添い寝していなかった筈」

「……寝ぼけたてめぇの所為でこちとら朝っぱらから仕事が増えた。この落とし前をキッチリ償わせる為にここに居る」

「すみませんもう一度言ってください聞き取れませんでした」

「そうか。直接体に叩き込んでやるから全身で感じろ」

「し、躾という名の暴力はご勘弁を――」


寝起きからの頭にたんこぶができたのは言うまでもない。





 ♂♀




、またやらかしたと聞いたよ」

「物凄く久しぶりですよえぇ滅多にありませんしうん」

「そうだね。君の執務室自体、誰も近寄ろうとはしないからね。珍しいね」

「そうでしょうそうでしょう。これは不可抗力なのです」

「始末書と顛末書、加えて食堂の清掃だ。心して行うように」

「はい」




 ♂♀




と言うわけでただっぴろい食堂の清掃を終えたは、そう時間は掛からなかったもののそこはかとない疲労感を抱え己の執務室に戻ってきた。 残すところ後はオルオへの謝罪だけなのだが如何せん気が重い。無意識とはいえ命に関わる事をしでかしたのだ、従って合わせる顔が無いというもの。


「ハァ……、ハァ……」


ため息は尽きない。


「危ない人かお前は」

「ハァハァ……ペトラたん可愛いよぉ……って何言わすの。私気持ち悪い人みたいじゃん」

「……その通りだが」

「引かないで。冗談なの、これはついノリで言ってしまった事なのお願いだから蛆虫を見るような目で見ないで」

「バカ言え、蛆虫見てもこんな顔しねぇよ。埃やカビなら兎も角な」

「まさかの一番嫌いな物。貴方は私が一番嫌いとでも言うの……」

「冗談だ。お前が埃やカビなら今頃削いで掃いて焼却炉行きだ」

「……私いま心底人間で良かったと思ったよ」


一抹の不安も然ることながらオルオが居るであろう執務室へとたどり着いた。隣には何故かリヴァイが居る事に疑問を持つも、気にしない方針でいくことにした。


「早く入れ」


ドアノブに伸ばされた手が躊躇いがちにうにょうにょと浮遊するもどかしさ。臆すな。お前はそんな意志の弱い人間だったのか。無言の圧力がの背後から迫る。 えぇいままよ。は意を決して扉を開け放った。やってしまった。とうとう来てしまったのだこの瞬間が。はゴクリと喉を鳴らし室内を見渡した。 そこに居たのは。


「ほんっとうにごめんよ!リヴァイが居ると――いやいや、まさかそんなに警戒してるとは思わなかったんだ!!」

「……あぁ、諸悪の根源がここに」

「知ってるか?あいつは始末書顛末書の他に便所掃除と訓練場の草刈を命令されたそうだ」


困惑するオルオとハンジがそこに居た。他の団員は出払っているのか人払いがされたのか定かではないが謝罪するにはうってつけの環境という事だけは理解できた。 幸か不幸かまさかハンジと鉢合わせするとは。やることはみな一緒であるという典型的なそれである。


「オルオ君……この度は本当に申し訳ございませんでした」


つかさずハンジの隣に立ちながらも重ね謝罪した。この期を逃してなるものか、ハンジに遠慮し改めて場を設けるなぞとそれこそ臆するというものである。これ即ち便乗という。


「ひぃっ!分隊長……!」


なんだか恐れられている気がする。まぁそれも致し方あるまい。それ相応の事をしでかしてしまったのだ。些かショックではあるが甘んじて受け入れよう。そう思いはハンジと共に頭を下げ続けた。 そんなふたりを余所に居た堪れないオルオに向かってリヴァイが茶々を入れる。


「良かったなオルオ。もしお前が調査兵でなければ今頃額に切り目が入ってたぞ」

「ひぃぃぃ!!」

「更に怖がらせるような発言は謹んでください謝罪の意味がありません」

、なんでひとりで寝てたのさ!!ドッキリが台無しじゃないか!!」

「クソメガネ、てめぇは黙っとけ。お望とあらば俺がお前の項に切り目を入れてやる」

「(もうやだここ怖いんだが!?怖いんだが!?)」

「オルオ君。許してくれとは言いません、何なら一発ぶってくれても構いません。それほどの事をしたという自覚はあります。さぁ思いっきりやっちゃってください」

「えー痛いのは嫌だなぁ。そうだ、とっておきの情報をあげるからそれで手を打って――」


ハンジの頭にもたんこぶが出来たのは言うまでもない。なんだか混沌とした場にオルオ、たじたじである。ペトラが居ればお気の毒と思ったことだろう。 そんな雰囲気の中で再び口を開いたのはリヴァイだ。おい誰の所為でこんな状況になったと思っている、とは凄むも彼はオルオと目を合わせ次いで宣う。


「すまなかったな、オルオ。元はといえば俺がお前に雑務を頼んだ所為だろう。ここはこいつらのたんこぶに免じて許してやってくれ。無論俺は今日1日お前の仕事を引き受ける」

「い、いえ……みなさんそんなお気になさらず……」

「たんこぶの方がきつい気がします」

「クッソ痛いぜ……」


もう一発頂いたのは言うまでもない。折角場の雰囲気が戻った矢先の失言に全てが台無しである。


「本当はこいつらの頭に林檎を乗っけて的当てゲームをしたい所だが……」

「たんこぶさいこう!!」

「いえーい!!」

「(もうなんなのこの人たち……)」


上官3人が漫才をしている。否、己は漫才を見せられている。面白くもなんともないのにも関わらず。これは拷問だろうか。謝罪云々どころの話ではない。 と言うかこの人たちは本当に自分に非があると思っているのだろうか、と疑いたくなってしまう光景にオルオの精神も限界に近かった。


「ここはもうハンジが全て悪い、で大団円だよね」

「それもそうだな」

「ちょちょちょっと待とうよ君たちさぁ!慈悲はないのかい!?」


そもそも、である。己はリヴァイに雑務を言い渡されその後直ぐに取り掛かり終わったところにハンジが現れ「それはに持っていくのかい?なら早朝に行くといいよ!」とアドバイスを受けたのが事の発端だろう。 何故、と問わなかった己をここで呪いたい。まぁ早いに越したことはないか、程度の認識でいつもより早起きしハンジの言う通りに実行。 の執務室は開いており「なんだ本当にこの時間で良かったのか」と安心したのも束の間。寝室から聞こえてきたくぐもるうめき声に何事かと思い扉に手を掛けた。 もしかしたら体調が悪いのだろうかなど純粋な気持ちだったのだ。しかしノックもせずに開けたのがいけなかったのか、瞬間に飛んできた『何か』。慌てて避けるもそれがナイフだと気づいた時には声が出ていて。


「……分隊長は……その……誰かに命でも狙われているんですか?」


そうとしか思えない。普通に生きていれば無意識下でナイフを投げるなぞという芸当が出来るわけがないのだ。しかしは否、と答えるのであった。


「ほ、ほら、私は寝穢いですからね。それに睡眠に貪欲なものでそれを阻むものは何人たりとも、です。ははは……」

「…………」


顔に納得がいかないと書いたオルオにはついと視線を逸らした。嘘が下手。その一言に尽きる。しかし本当の事を言うのも憚れるのだ。 そんな大層な生い立ちをしているわけではないのだが、言うまでもない事でもあるからして、だからと言って嘘をつくのもこれ如何に。 ぐるぐると思考が無駄に回る。どうして己はこういう時に限って抜作なのだろうか。自分自身に嫌気がさすである。しかしそんなの様子を見かねたのかはやりリヴァイが口を開くのである。


「オルオ、女と言う奴はな……男と同じだ」

「は、え……?」

「なに、男なら誰しもが経験することだ。それはいつ何時どのような環境下でも変わらん。それは女もまた同じことだろう……”生理現象”というものは」

「――!!!」


「これはひどい」

「これはひどいね」


かくして無事?に謝罪も終え何やら失敬な言葉で丸く収まった昨今の騒動。ちなみにちゃんと改めた謝罪は済ませた。そこだけが救いである。 壁にできてしまった切り込みを撫でながらはどう修復するか考えあぐねる夜10時。この日以降、の閑散とした質素な執務室に絵画が飾られたのはまた別のお話とかなんとか。

とにかく散々な日であった。一部の団員の間では常識となっている事柄、だがそれは新兵や後輩までに広まっていないという現実。 それは構わない。エルヴィンの言う通り冷酷人間の執務室に仕事以外で近づこうなんて後輩は居ないのだから。寝室ならば尚の事。 しかし今後同じ事が無いとは言い切れまい。寝ている時の事なぞどう制御しろと言うのか、どうにもならない事というのはほとほと厄介である。


「どうすれば良いのだろうか……困ったなぁ」


の脳内に『施錠』の二文字は無かったと言う。


「鍵をかけろ」


そしてそれを指摘するのはいつの間にか現れたリヴァイである。彼は壁と睨めっこするの背後に立ち腕を組みながらどこか腹を据えかねているご様子。 己の部下を危険に晒した事によるものなのか、はたまた。背筋を流れる冷や汗を感じつつもはぎこちない動作で振り返った。


「そうですね、どっかの誰かさんが無断で入ってくる事ですしそろそろ施錠を念頭に入れてもいい頃合かもしれませんね」

「……施錠しなくとも侵入者を排除できるという余裕があるのは分かる。だが実際に侵入者だとしてお前の攻撃を掻い潜り息の根を止めにきたらどうする」

「ふふふ私の武器貯蔵数は53万個ありま――」

「それだけじゃねぇ、以前の様に豚野郎ではあったが曲がりなりにも客人に怪我でも負わせてみろ、責任は誰が取る?お前の首だけじゃねぇ、エルヴィン果ては調査兵団全体を巻き込む事になるだろうよ」

「怪我を負わせたのは貴方じゃ……いや、なんでもありません結論をどうぞ」

「鍵をかけろ」

「はい」


こうしては聖域へ通ずる扉の施錠を余儀なくされたのであった。まぁ、たまに忘れるのだが。リヴァイ曰く横着者もここまで来ると呆れを通り越して”無”である。 それは兎も角、が施錠すると言う事は。


「これで貴方も侵入できまい」


やたら無闇にリヴァイが添い寝しに入ってこれないというわけで。だがしかし。


「バカ言え、兵団内にはスペアキーというものがあってだな」


どこからともなく取り出された鍵。それはが普段全くと言っていいほど使わぬ故に身に覚えがないものだがこれだけは分かった。――絶対にこの男の手に渡ってはいけない物なのだ、と。


「渡せ。その鍵を今すぐ私に渡せこの変態オヤジ」

「残念だったな、これはエルヴィンの野郎から直々に預かった物だ。即ち」

「トップ公認……だと……」


なんという事だ。の危機感は衝撃の新事実によって無に帰したのである。無防備に開いた口は塞がらない。一方、その実それなりの理由はあるのだがリヴァイは口を割る気は毛頭なく。

――リヴァイ、その他分隊長クラスそしてエルヴィンは入室を許された側の人間だ。それ以外の者はオルオの様に酷い目に遭うだけだろう。だからと言ってスペアキーをリヴァイが任される理由はなんなのか。

(つくづくエルヴィンの野郎はに甘ぇ……致し方のない事と言えばそうだが……)

もしの身に何かあれば。普段から魘されるを助ける事が出来るのは。その他諸々言うまでもない、リヴァイはの管理を任されていると言うわけで。 いつぞやではお守り役になった事もある。それがまた巡り巡ってくるとは夢にも思わぬリヴァイだ、好都合といえばそうなのだが。 先ほど受け取ってきたばかりのそれを懐に仕舞いながら思い返すのはエルヴィンとの会話だった。


の悪癖は今更どうしようも出来ない。むしろそれでいいと俺は思っている。何故だかわかるか、リヴァイ?』

『必要な事だから、としか答えようがねぇ』

『そうだ。彼女は……俺が使役する駒のひとつとして今まで過ごしてきた。これからもそれは変わらない。だからこそ自分の身を守る術と言うのは必要不可欠だ』

『そのフォローをする為に管理を俺にやれ、と。そう言いたいんだなお前は』

『適任だと判断した結果だ。彼女は俺よりもお前の方が良いだろう……不埒な行いはするなよ、合意の上だろうとも許さない。もう一度言おう、許さない』


いつぞやの番犬のようなものか、はたまた他にも意図があるのだろうか。些か大げさな気もするが犠牲者が出たとなればそれなりの対処をせずにはいられないだろう。 飽くまでも内密に。何故ならこの事実が兵団内全体に知られてしまえば『冷酷人間は無意識下で人を殺す』なぞと噂が立ち仕事や士気に関わる。 例え壁外では人殺しと罵倒されようがそれとはワケが違うのだ。後輩たちの憂さ晴らしのような言葉とでは。


『……一体お前らの間に何があったんだ?執拗にお前を敬愛するの態度、それに甘いお前の態度……正直嫉妬で気が狂っちまいそうだ』

『ははは。君も良く知る彼女の一面に関係している、とだけ言っておこう。それと男女の関係ではない事もな。強いて言うなれば……親子、と言ったところか』

『あ?気色悪い事言ってんじゃねぇよ。それじゃあ何か、俺はお前に挨拶しに行かなきゃならんのか』

『娘はやらんぞ』

『そこをどうかお義父さん』

『お前にお義父さんなぞと呼ばれる筋合いは無い』

『……』

『……』

『バカ言ってねぇで真面目に答えろ』

『お前から振ってきたと記憶しているが。まぁいいさ、親子と言うのは些か冗談が過ぎたな。彼女には正真正銘、保護者の方がいらっしゃる』

『ほぅ……”保護者”、な』

『……後は彼女次第だ。そう言えば明後日から3日間の休暇申請を出しているよ。君は明々後日に我々と共に会食の予定だがな』

『聞いてねぇぞそんな話しは』

『先方たっての希望でね。急遽決まった事だ、粗相はするなよ』

『フンッ……貴族のクソみてぇな面と王都のクソ不味い飯出されて笑顔では居れねぇな』

『不味い飯、か……お前のその仏頂面がどうなるか見物だな。詳しくは道中に説明しよう、この話は終わりだ』

『チッ』


後半から関係のない話にはなったが謎が謎を呼ぶとはこの事か。わけがわからない。なんだか無理やり話を打ち切られた気もするしで納得いかないのが正直なところ。 それは置いておこう、混乱する脳内に舌打ちしつつリヴァイは未だ唖然と立ちすくんでいるに意識を戻す。


「まぁなんだ、悪用はしねぇから安心しろ」

「未だかつてこんなに説得力のない発言があっただろうか。いや、無い」

「自己完結してねぇでさっさと寝るぞ」

「鍵は」

「かけろ」

「はい」


またハンジの悪巧みが待ち構えていないとは言い切れまい。それはそうと大人しくベットに入っていくを見てリヴァイは疑問を持った。 やけに素直じゃねぇか。視線で訴える。するとは逡巡した後、布団に潜りながら答えるのだ。


「……同じ過ちは繰り返さないように、と思って」


気を許している人間が居れば危機察知能力も発動しない。その特性を利用して予め防止しようと、そう言う事だ。


「殊勝な心がけだな。褒めてやらんでもない」

「何度も言うようだけど……不可抗力なのだからね」


きまりの悪そうな声音でぼやく彼女の様子に、やれやれと満更でもないリヴァイは口角を上げ己もベットに身を滑らせ。


「……世話のかかる女だ」


全く以て。何の因果か、めぐり合わせか。この一般兵という言葉で一括りに出来ない特殊な人間との関係はどうやら切り離すことはできないらしい。 リヴァイ自身も特殊だとは思うが、で十分特殊だ。それ故にろくな育ち方はしてまい。いい意味でも悪い意味でも。決して保護者を貶しているわけではないが、まともではないのは明らかである。


「見ていて飽きねぇがな――あぁ、そうか。そう言う事か」


哀れみでも偽善でもなく、気になってしまうその理由は単純明快なものだったのだと。


「独り言うるさい」

「なら話し相手になってくれんのか?」


飽きないのだ、という人間は。冗談を言うところも謎が多いところも、脆いと思えば強くあろうとするその意志も。楽しげに飛ぶ癖に冷酷さも持ち合わせる裏腹な姿も何もかもが。


「スヤァ……」

「おいこら擬音を口で言うな」


オルオを欺くのは赤子の手をひねるよりも容易なことだったろう、しかしは仲間に対して仕事の顔は見せないばかりか卑怯な手は使わないときた。気心知れた人間はその限りではないようだが。 無意識に使い分けているのだろう、そんなところも。抜作でいて複雑な思考回路も。全てがリヴァイを飽きさせない要因の塊のような、そんなが――


「おい、本気で寝ようとするな。まだ夜は始まったばかりだろうが」

「……貴方の話は長い。付き合っていたら夜が明ける」

「つれねぇな、よ。俺はこんなにも元気なんだがな……言わずもがなジャックナイフもだ」

「なら私は久しぶりに心のジャックナイフで対抗しようかな。切り取られたくなかったらさっさと寝ろクソ野郎」

「――悪くない」


頑なに背を向け続けるに手を伸ばし目元を覆う。今夜は魘される事がなければいいと切に願いながら、己より随分と小さな背を抱き寄せるのだ。 直ぐさま安心したように寝息を立て始める彼女から信頼を一身に受けリヴァイもまた目を閉じた。



彼らの関係は何と形容すれば良いのだろう。信頼は勿論の事、それ以上のものは存在するのか。適切な距離感、心地よい関係、よき理解者。そこはかとなく漂う依存心。 胸の内に燻る違和感を抱えながらお互い水面に流れる葉の様につかず離れずを保つまま行き着く先は。





END.
















ATOGAKI

主人公は特殊と言うか癖の強い人間だとは思います。銃は『路地裏のマント』で出てきた事もあるアレです。