She never looks back
―見守る会:前―
緩やかに雲が青空を流れ行くそんな良く晴れた日。合間に顔を出す太陽の光を浴びることなく調査兵団の厩舎で僕は馬の世話をしていた。
ネス班長の愛馬シャーレットに髪の毛を貪り食われまいと回避しながら糞を掃除し干し草を各馬に配る。
こんなただっ広い敷地内をひとりで行き来するのは正直大変だけど、他の仲間は仕事に追われ手が空いているのが僕だけなのだから仕方ない。
日と時間によっては先輩方の姿もちらほら見えるも現時点で僕ひとりしか居らず、小さく零した嘆息は誰にも聞かれずに済んだ。
昼食まであと一時間弱といったところか、早く終わらせてしまわないと間に合いそうもない。残る途方もない部屋数を見て今一度嘆息する。
手を抜くわけにもいかず只管ブラシで床を擦っていたらヒヒーンと馬の嘶きが聞こえてきた。ここに居ればさして珍しくもない声だけど何となく目を向ければそこには嘶きとは違って珍しい人物が居て。
「…………」
正直吃驚したのはここだけの話。だってそこに居たのは冷酷人間と謳われる分隊長だったからだ。なんで冷酷人間が此処に、と疑問に思うのも道理で。
だってあの人はどこかに出かける予定も無ければいつもなら執務仕事をしている時間帯であり、フラフラと出歩けるほど暇な立場の人では無いのだから。
そんな唖然と立ち尽くす僕に気がついていない様子の冷酷人間はいつもの無表情のまま馬を撫で顔を寄せる。確かあの馬はこの人の愛馬だったか。
兵士が自分の馬と触れ合う事は普通だ。壁外調査という過酷な状況下でなくてはならない相棒、信頼関係を築くのは大事な行為であるという事は常識だろう。
だけど『あの』冷酷人間が馬を愛でるのは違和感しかない。天変地異の前触れか、そんな失礼な考えが脳裏を過ぎった。
「……君、ひとりなのです?」
背後のシャーレットが僕の髪の毛に触れたのを察知して身をよじれば足元にバケツ。気づく間もなく派手な音を立てて転がるそれに心臓が飛び出そうになった。
はたと冷酷人間を振り返れば目が合い息を飲むも、意外なことに話しかけらて。
「は、はい!手隙が僕しか居なくて!すみません!!」
「……そうですか。ご苦労さまです……此奴の所も掃除してくれてありがとうございます」
僕は幻でも見ているんじゃないかと思った。冷酷人間の口から労わりと謝辞が出てくるなんてやはり天変地異の前ぶりかもしれない。
冷酷人間は今一度流し目で此方を一瞥すると愛馬の胴体を軽く叩き踵を返す。一体何をしに来たのだろう。怪訝な瞳を向けていたらその背に愛馬が噛み付くのが見えた。
ジャケットの裾をまるで引き止めるよろしく咥え、冷酷人間が窘めればそこに涎が染み込んでいて。
なんだか可愛いな、と思ってしまう僕はきっと目がおかしい。ありえない光景に思考回路がショートしてしまったのかもしれない。
「此奴め……まだ暫く帰らないからやめい。君の部屋は掃除してもらったでしょうに」
鼻筋を撫でたと思ったら遠ざかっていく冷酷人間。その姿を追う馬の瞳は心なしか切なさを帯びていた。
だけど数秒と経たず戻ってきた姿を再び捉えると嬉しそうに嘶き、母に甘えたな子供のように首を伸ばす。
別におかしいものではないと思うけれど相手があの冷酷人間なのだから異様に見えてしまうのも致し方ない。
「そろそろ昼食ですね。さっさと終わらせてしまいましょう。私はもう半分をやります」
腕を捲り三角巾を装着したと思えば冷酷人間は此方を振り返り告げる。僕はその言葉の意味が理解できなくて素っ頓狂な声を出してしまった。
「えっ……!?」
僕が居るからここを出ていこうとした訳ではなく、かと言って愛馬に引き止められたから戻ってきた訳でもなく。もしかしなくとも手伝ってくれる為に戻ってきてくれたのか。
さっきの労わりや謝辞の言葉を口にした事といいこの人の行動は予測が出来ない。噂で培われた冷酷人間のイメージが曖昧なものとなって脳内でぐるぐると回る。
「突っ立っていないで手を動かしなさい。食いっぱぐれたくはないでしょう」
「は、はい!!」
このきつい物言いはイメージ通りだ。でも行動は裏腹で。現状を脳が処理できず固まっていると冷酷な瞳で睨まれた。怖い。
兎に角掃除に取り掛かかろうと逃げるように部屋に入った。隔たり越しに聞こえてくるデッキブラシの音に複雑な気持ちになりつつ居た堪れなさはそのままになんとなく、本当になんとなく胸の閊えが取れていく。
視界の端で何かが揺れていて、ふと視線をやれば冷酷人間のジャケットが厩舎の入口で風に靡いていた。
暫く経ちあとひと部屋で終わりといったところで冷酷人間が愛馬にブラッシングしているのが見えた。どうやら掃除は終わっている様で持っていたブラシとバケツは厩舎の隅に置かれている。
隊長となると掃除も早いのか。吃驚しながら僕は時間を見て早々に終わらせようと最後の部屋に足を踏み入れた。
厩舎の部屋は区切られ一頭ずつ収容されている。普段は狭くて掃除も億劫だと思っていたけれど、今回ばかりは冷酷人間に気を使わずに済むのだから感謝したいくらいだ。
しかしながら手伝ってくれるのは嬉しいもやっぱり気まずさは拭いきれなくて、この数十分が長く感じてしまったのも無理はない。
一体あの人は何を思って手伝ってくれたのだろうか。まさか気まぐれではあるまい。かと言って僕ひとりなのを慮ってくれている、と考えるには冷酷人間のイメージはあまりにも強く。
ただ愛馬が寂しそうだから少しでも長く触れ合う為に留まっているのだろうと解釈するのも憚りがあった。たとえ愛馬を見つめる瞳が心なしか柔らかく細められていると分かっていても。
「おいクソ長便所。クソに行くと言っていた癖に何故ここに居る。お前は厩舎でクソをするのか?」
複雑な心境で只管ブラシを動かしていたら兵長の声が聞こえてきた。途轍もなく酷い事を言っている気がするのは気の所為じゃないと思う。
一体誰に向けて言っているのだろうと外を覗けばやはり冷酷人間しか居らず、その背後に兵長が立っているのだから言わずもがな。
「やっべ見つかっちまった。――貴方は乙女のお手洗いを覗きに来たんです?変態だとは思ってたけどここまでとは接し方を考え直す必要がありますね」
顔だけ向けた冷酷人間は僅かに眉を潜め苦言を漏らす。恐れ多くも兵長相手にそんな不遜な物言いをして大丈夫なのだろうか。
そう言えば兵団内では冷酷人間の方が先輩だと誰かが言っていた気もするが、暗黙の了解として詳しい事は聞けなかった事を思い出す。
多分、僕の記憶は正しい。何故ならそれを証明するように兵長はさして怒ることなく腕を組むといつも通りの冷静さで冷酷人間の質問に答えを返したからだ。
「バカ言え、一時間近く経っても戻ってこなかったらぶちまけちまって後始末に手こずってんのかと気になって覗きに行きたくなるだろうが」
やっぱり今日の僕はおかしいのかもしれない。もしかしたらまだ夢の中なのかも。冷酷人間に次いで兵長の幻を見るだなんて。
身を引く冷酷人間に兵長が「冗談だ」と宣えば「知ってる」と返す。そんなやり取りが繰り広げられる厩舎内で僕は自分の頬を抓る事しか出来なかった。
――それはその日の夜の事だった。見回りの先輩兵士が何とも言えない顔で食堂にやって来た思ったら、異様な雰囲気を携え無言で晩御飯を食べる冷酷人間に耳打ちする。
すると心なしか剣呑な顔つきになった冷酷人間は食堂を後にし、疑問に思いつつこっそり後を尾ける僕は自分の行動に驚いたり。
先輩に導かれた先は厩舎だ。いくつも並ぶ建物の奥まった場所に到達すればそこにはもぬけの殻となった部屋。
事情を把握するのは容易だった。どうやら冷酷人間の愛馬が脱走したらしい。普段から問題のある馬ではないと記憶しているけれど目の前には超問題な光景。
慌てた様子もない冷酷人間の背中を伺っていれば小さく嘆息が聞こえてきた。もしかしたら密かにあの愛馬は脱走の常習犯なのかもしれない。
「……大抵の居場所は分かりますので貴方は見回りに戻ってください。ご迷惑をお掛けしました」
「全く……またちょっかい出しに会いに行ったんだろ。こうなる事は分かっていた筈だぞ」
「何故分かったし。たまには世話焼くくらい良いじゃないですか。私だって愛馬と戯れたいです」
「ジャケットの裾を見れば分かるに決まってんだろ。詰めが甘いんだよ。それにサボる口実に使うのはやめろ。お前も立場というものを弁えたらどうだ」
「はいはいすみませんでした。以後気をつけます」
「貴様……終いにはひっぱたくぞ」
冷酷人間も先輩には頭が上がらないのか。僕は普段誰に対しても平等に冷酷な物言いをする姿しか知らない。
今朝の事なんて夢として処理したくらいだ。どうしても同一人物とは思えず根強く培ったイメージはそう簡単に覆せなかった。
「ではこれで。見つからなければまぁ……そこら辺に居る団員さんにでも協力を仰がせていただきます」
チラリと此方を一瞥する瞳と目が合った。しまった、と思うも時すでに遅し。むしろ最初からバレていたに違いない。
「おちおち雑談も出来ねぇなこりゃ。まぁいい。騒ぎが大きくならない内にとっとと見つけて来い」
じゃあな、と後ろ手に手を振り先輩は見回りに戻っていった。僕は逃げようにも足が竦み動けない。静かに此方に歩み寄る足音が何かのカウントダウンに思えて震えは一層大きくなる。
盗み聞きした上に見てはならないものを見てしまった後ろめたさと恐怖に視界が滲んだ。どうしようどうしよう誰か助けて。
そして遂に冷酷人間が僕の隣に並ぶと口を開いた。
「という訳なので一緒にあ奴の捜索を頼んでもよろしいでしょうか」
「ももも申し訳ございません!!っては、え…?」
「……怒ってませんから泣かないでください」
もう何が何だか分からない。誰かこの状況を説明してくれ。潤む目を白黒させる僕を見据えては嘆息する冷酷人間に恐ろしさが消えていくのを感じた瞬間だった。
♂♀
あれから数週間後の壁外遠征当日。無事に愛馬を保護し厩舎にしっかりと繋いだ後、冷酷人間とは特に接触する事もなく開門を待つ中で僕はいつも通り冷酷な瞳で前を見据える彼女を見つけてはあの日を思い返す。
本当に夢だったのではと疑ってしまうのも致し方ない。何度も何度も考えた違和感を払拭できず今日まで来てしまった。いい加減認めろと自分でも言いたいが出来ないのだからやっぱり致し方ないもので。
僕の班は右翼後方の伝達を任されている。何が起こるか分からない壁外だけど巨人と接触する機会は比較的少ない位置。だからと言って油断は以ての外だ。
緊張し凝り固まった全身を解す間もなく馬を走らせては、今頃中央にはあの愛馬に跨る冷酷人間が門前に居た時と同じく無表情に冷酷な瞳で前を見据え手綱を握っているんだろうなと思い馳せた。
「あれは……奇行種だ!!こっちに向かってくる!煙弾早くしろ!!」
班長が奇行種を発見した。物陰に隠れていて見逃してしまったのだろうそれは左側から走ってくる。入団から一年弱の僕が巨人と相まみえるのは何度も経験したこと。
だけど恐怖を覚えないと言えば嘘になる。いつだって巨人と対峙するのは怖い。小刻みに震える手を駆使して何とか煙弾を打ち上げられたことに胸をなで下ろすも巨人は目と鼻の先にまで迫っていた。
「ばか、避けろ!!こっちだ!!!」
声を頼りに手綱を右に引く。巨人の進行する直線上に来ていたらしく、接触間際で転換に成功するも巨人が歩む振動で落馬してしまった。
最悪だ。横たわる馬を確認すれば絶望感が湧き上がる。もう一体の予備の馬は潰され息絶えていて。思考が凍りつく中、僕は班長たちが交戦する光景をただ呆然と見ていることしか出来なかった。
――と、その時だ。背後から蹄の音が聞こえてきた。襲歩するそれは振り返る間もなく僕を飛び越え巨人に立ち向かっていく。
その背にはあの冷酷人間が乗っていた。風に靡くマントの下に垣間見たジャケットの裾には湿った跡が見えて思わず笑いが漏れる。
また噛まれたのか、なんて考えている間にふわりと飛んだ冷酷人間は、巨人の至近距離を舞い項を一閃。班長たちが苦戦していたなんて忘れそうになるくらいの早業だった。
「ありがとう、。みっともないところを見せてしまったな」
「いえ、たまたま通りかかったもので。無事でなによりです」
愛馬の背に飛び乗った冷酷人間は班長たちと言葉を交わす。どうやら彼女にとっても先輩だったらしく、厩舎と同じ調子でやり取りをしていた。
もしかして年功序列に重きを置く人なのだろうか。だけど先輩たちの様子はそれとはまた別の雰囲気を醸し出している様に見える。普段みんなの前では冷酷人間を避けている姿と裏腹な態度が気になった。
そんなことを考えていたら未だ座り込む僕に気づいた冷酷人間が息絶えてしまった馬の鬣を切り取りつつ此方に向かってきた。班長たちは手を上げ挨拶も程々に隊列に戻っていく。
あれ?もしかして僕置いてかれた?見捨てられたのか?思わず泣きそうになるも、手を差し伸べてくる冷酷人間によって涙腺は押し止められた。
「立てますか?君を他の馬の元へ送りますから後ろに乗ってください」
恐らく班長たちはこのまま隊列を乱さないように進むのだろう。もし僕を他の馬に送り届けようとすれば隊列に穴が空く、もしくはどちらかひとりで巨人と対峙する可能性が高くなってしまう。
それに相乗りしたまま巨人に出くわしたら戦闘に支障が出かねないと判断し冷酷人間に託したと。彼女はある程度自由を許された立場だから引き受けたという事か。
でも、冷酷人間が僕を乗せたまま巨人と出くわさないとは限らないじゃないか。そんなリスクを知りながら何故――
「君のことはしっかり送り届けます。安心しろとは言いませんが何があっても此奴に乗っていれば大丈夫ですので」
理解する事ができたのは再び巨人と対峙した時だった。最悪の想定が現実のものとなってしまった現状に冷酷人間は言い放つ。
「君は手綱を握っているだけでいい。あとは此奴が勝手に動いてくれます」
そう言ってアンカーを巻き取るままに空中へと踊り出た冷酷人間を見送り、宣言通り勝手に走る彼女の愛馬の足取りが適切な方向へと向かっていく事に驚いたものだ。
つかず離れず、被害が及ばない位置。決してご主人様の邪魔をしない馬は賢いと言うより化け物じみている気がする。いくら知能が高い生き物だと言っても常軌を逸してないか。
僕の思考を読んだのか嘶きをひとつすると鼻を鳴らす、そんな馬に慌てて謝罪した。
この馬の思考回路はどうなっているのだろうか。巨人と相対せば恐れる馬も居ると言うのにこの落ち着き様で、あろうことか適切に判断し距離を取って走ったと思えば止まったり。
それ程までに冷酷人間との絆は強いということなのだろうか。ここまで来るには相当献身的に世話をしないと無理だ。分からない。あの一件から冷酷人間に関して混乱するばかりだ。
そして巨人を討伐したのを見計らい駆け出す馬。真上を見上げれば冷酷人間が降りてくるところだった。タイミングも息もピッタリだ。
僕は少し身を後ろに倒すと彼女は静かに降り立ち鞍に腰を落とすのだった。
「この子に馬を。先の戦闘で予備も潰されてしまったようです」
「、分隊長……分かりました。ほら、早くこっちに飛び移れ!」
「すいません、ありがとうございます!」
暫くして他の伝達班と無事合流し馬を分けてもらう事ができた。冷酷人間を見て眉を顰める先輩はどうやら彼女にとっての後輩にあたる人物らしい。顔には「貴方の事が苦手です」と書いてあるのがはきと見て取れた。
――なんだろう、この違和感は。冷酷人間の態度は変わらないも、彼女に対する後輩と先輩の態度の差が歴然としていて。たとえ冷酷人間が年功序列に重きを置いているとしても本人の態度はあまり変わらないと思う。
だけど先輩は親しげに冷酷人間と接するし、反対に後輩はあからさまな距離を取っている。後者は分かる。だってあの冷酷人間を相手にしているんだ、苦手意識を持つのは当然だろう。
でも先輩たちはどうだろうか。冷酷人間とは忌み嫌われている存在だ。何故かと言うと彼女はその名の通り冷酷で非道、仲間の死も意に介さない最低な人間で近寄るのも御免だと言っている兵士が大半で。
そんな冷酷人間に先輩という立場だからと言って親しげに接する事ができるのだろうか。普通なら嫌悪感を覚え距離を取り、話をする機会があろうとも何かしら拒絶を示すだろう。
きっと先ほどの様子が真実を見出すための鍵だ。彼らは大勢の前では冷酷人間を避けて居る。しかし先ほどの僕を含め少数で居るときはそんな様子をおくびにも出さず親しげに接していて。きっとあれが素なんだ。そうに違いない。
僕は新たな馬に飛び移ると冷酷人間に向き直る。考えるのは後回しにしてお礼を言わねば。
「分隊長、ありがとうございました!」
「次はちゃんと周囲を警戒しなさい。馬はただの道具ではありません。一緒に生きて帰るという事を忘れてはいけない。訓練兵団でも習ったでしょう」
「――!すみませんでした……」
「馬を大事にすれば必ずそれ以上の物を返してくれます。馬だけじゃなく君も生き残る為に尽力してください」
これは馬と絶対的な信頼感を築いている人間だからこその言葉なのだ。重みが違う。それにきつい物言いだけど僕自身も慮ってくれる――そうか。
彼女は優しいのだ。馬は頭がいい。そんな馬が異様に懐いているのだから考えずとも結論は出ていたのだと。先ほど切り取った鬣を差し出された僕はその『重み』を受け取り握り締め、左の胸ポケットに仕舞った。
壁外での命綱も絶たれた僕に嫌な顔ひとつせずリスクを犯してまで相乗りさせてくれた。その前だって僕ひとり果のない厩舎の掃除を手伝ってくれたりしたのに、どうして気づかなかったんだろう。
何度も目にしていたのにも関わらず、だ。何程冷酷人間というイメージはしぶといのだろうか。こんな単純な事なのにそれが僕を盲目にしたと、まるで洗脳が解かれたみたいに僕の頭の中に今までの事柄が駆け巡った。
きっと先輩たちはそれを知っているんだろう。どういう経緯があってこんな状態になったのか詳しい事は分からないも、彼女に対する僕の気持ちは紛うことなく本物だ。今はそれが分かれば良い。
そして再び現れた巨人を視認し、僕たちの間に緊張が走る。
「くそっ!殺ってやる!!」
「待ってください。通常種は避けて通る。それにあれは前方の班が撒いた後でしょう、力尽きている今相手にする必要はない」
「でも後ろにも仲間が居ます、ここで倒さなきゃ今後どうなるか分からないですよ!!!」
「なら私が行きま――」
彼は冷酷人間の指示に従うことなく馬を走らせて行ってしまった。あんな反抗的な態度、壁外では命取りになる恐れがある。それに上官に対するその態度は咎められて当然のものだ。
巨人に向かっていく背を見て冷酷人間は何を思うのだろう。僕からは彼女の後ろ姿しか見えず今どんな表情をしているか確認する術はなかった。
「君は周囲の警戒を怠らず適切な距離で待っていてください。何かあれば全力で逃げて……煙弾は任せます」
「は、はい!ご武運を!!」
どうしてあそこで彼を止められなかったんだろう。そう後悔したのは、冷酷人間が彼を庇い負傷した瞬間を目にした時だった。
ちょっと雑ではあったが彼に迫り来る巨人の手から守るように空中で突き飛ばしそのまま剣を薙ぐ。そこまでは良かったのだ。
突き飛ばされた彼はそれが気に食わなかったのか負けじと巨人の前に躍り出て項を削ぐためアンカーを脳天に突き刺さす。
その時、巨人が頭を振るった。予想外だったとは言えない。だって巨人は未知なのだ。次にどんな行動をするのかなんて誰にも分からない。だからといってそれを言い訳にするにはあまりにも軽率な行動で。
冷酷人間が咄嗟にバランスを崩す彼を抱きとめる。彼は混乱の最中、とにかく無我夢中で項を削ごうとしたのだろう。あろうことか剣を持つ手を振り抜き彼女の足を切りつけてしまったのだ。
まさか人間が人間を不本意とはいえ傷つけてしまうだなんて。こんなのって……あんまりだ。巨人相手ならまだしも、誰にも悪意が無いのだから責める事すら出来ない。
恐らく彼女は誰が全面的に悪くとも責めないのだろう。だって、唖然とする彼に対して何も言わないのだから。むしろ気遣いながら地面に降ろすと再び巨人に向かって行った。
真っ赤な血が弧を描くように宙に舞っていて、僕は早く治療をしなければと焦燥感ばかりを募らせた。
――To be continued.
ATOGAKI
長くなったので分割。愛馬と任務時の馬は別です。労り。まだ氷山の一角ですが愛馬チート?