She never looks back







単独任務で疲弊した体を駆使し長蛇の列に並ぶは、既に他店舗で当初の予定の人数分購入済みの『それ』を腕に携え見下ろしては嘆息する。 毎年一定の人間には渡している『それ』。しかし今現在己が並んでいるのは予定外の人物へ贈る為で。我ながらにらしくない。これもハンジが彼の前で余計な話題を持ちかけた所為だと言い訳しながら己の順番が回ってくるのを待つ。

もしかしたら突き返されるかもしれない。もしかしたら怒られるかもしれない。無表情ながらに内心不安を抱えたはそれでも特殊な男のニーズに合った『それ』を再び入手しようとふらつく足に力を入れるのであった。








 ―甘さ控えめ―








優雅なお茶会、とは程遠いひと時。部屋の主が執務仕事をこなす目の前の来客用ソファに腰掛けるリヴァイとハンジは、の淹れた紅茶を啜りながら各々一服を満喫していた。


「この間、訓練兵たちが料理バトルしたらしいよ。ピクシス指令が審査員として参加したって」


何故に仕事中の己がお茶汲みをさせられたのか疑問に思いながら手を動かすはハンジの言葉に一抹の不安を抱く。余計な話題を持ち込みやがって、と次に続くリヴァイの言葉に備え構えた。


「暇か奴らは…………、」

「やらないよ」

「まだ何も言って」

「やらないよ」


断固拒否である。お察しの通り料理云々に関してにそれを振られるのは目に見えていたわけで。ノリが悪いと言われようとも賛同することは出来ない。 何故なら己は兵団内で冷酷人間と謂われる人間であるからして、レッテルが剥がれかねないマネなぞ進んで行うわけにはいかないのだから。

別に料理の腕前について自惚れているわけではない。ただ高級レストランのシェフとして何年にも渡り修行を積み提供してきた実績があるのだ、流石に一般人よりは出来ると自負していなければただの嫌味になってしまうだろう。 だからと言ってそれを誇示しようとは思わず、たとえ命令されたとしてもそれはいつぞやのようなデキレースになりかねないので断固拒否すると言うもの。

視線、ましてや顔さえも上げず言葉を紡ぐの様子を見てハンジは落胆するように肩を落とした。


が過去を話さなかった理由が分かる気がするよ」

「チッ……ただの横着だろ」

「何とでも言えばいい。私はやらない」


恐らく兵士でと対等に渡り合えるのはかつて存在したという伝説の料理兵団の初代団長を務めたキースぐらいだろう。ブランク故に勝てる見込みは低いのだが。 冷たくあしらい黙々と書面に羽ペンを走らせる。そこにいつものノリは存在していなかった。


「じゃあさ、バトルじゃなくて普通に作ってよ!そろそろバレンタインも近いことだしさ!」

「……お菓子を、作れと言うの」


の手が止まる。それは書類に必要な文字を書き終えたからではない。


「そうそう、ガトーショコラとかならリヴァイも食べれるでしょ?甘さ控えめのやつ!」

「あぁ、問題は無――」

「やらない」


決して食いついたわけでもなく、やはりはハンジの提案に相変わらずな拒否を繰り返した。心なしか先ほどより拒絶の色が濃い気がするのは何故だろう。


「……それは何か、俺に『菓子をやりたくない』と言う意味かよ」

「違う。『お菓子作りをしない』と言う意味だよリヴァイ」


言葉を遮られたリヴァイが目元に影を落としながら問えばここに来て初めて顔を上げたが真摯な瞳で訂正する。機嫌を損ねたというより傷つけてしまいかねない誤解は解くという律儀な性格をしているだけだ。 それを見てハンジは「君たちはたまに恋人以上に恋人してないか」と今までのやり取りを鑑みてはやれやれと苦笑するのであった。



――というわけでその数日後、夕飯も終え明日の下ごしらえも完了し誰も居なくなった食堂にて。先ほどの3人は勿論のことエルヴィンやミケその他数人を加え小規模な集会の様な光景がそこにあった。 主催は言わずもがなハンジであり、調理場には女性兵士が食堂には男性兵士が各々甘やかな香りに包まれ時を過ごす、そんな中。


「……私はやらないと言ったはず」


ひとりだけが浮いていた。彼女は団欒とお菓子作りに励む女性陣を視界の端に捉えながらハンジに冷酷な瞳を向けている。 そんなに怒らないでよ、とハンジは冷や汗を流しながらも笑みを浮かべ宥めるというある意味不穏な空気が纏う調理場の一角。

何故にこのような状況になっているかと言えば、は「実験の為に篭るから保存の効く夜食を作ってよ」というハンジの要望に応えるべく食堂へ赴いたのだ。以前にもこうして作っては労いを込め提供した事もあり快く了承した。 だがこの状況は何だ。食堂の扉を開いたらマッチョと大男に捕らえられ女性陣が集う調理場に押し込まれ。終いには遅れてやってきたニヤニヤと気色の悪い笑みを携えたハンジがお菓子作りの開始を言い放つ。 考えなくとも分かる。これ即ち、騙されたと言うやつで。


「どうせ私はちょろいけれども……」


流石のも嘆く他ない。目を伏せ手で顔を覆いながらひとりごちた。


「ごめんごめん。たださ、に高級レストランの料理を教えて貰いたいだけなんだ。今日はバレンタインデーだからね」


ならもっと他に方法はあったのでは。と疑問を持つも数日前に頑なに拒否し続けた己の態度を鑑みて強行突破する気持ちも分からない事もなく。 否、無理やりはいただけないだろう。自身嫌がる事を他人に強要はしない。

それは兎も角、である。はゆるりと目を開きながら視線をハンジに向け嘆息を零す。

(……ちゃんと説明をしておけば良かった……これなんてデジャヴ)

以前にもこんな事があったような無かったような。まぁいい、は己がこんなにも頑なにお菓子作りをやりたがらない理由を伝える事にした。


「期待させてしまって申し訳ないとは思うけども、実は私……お菓子作りが大の苦手なんだよねぇ」

「え、えぇー!?マジで!?あのが!?」

「……うぃ」


その実、は高級レストランのシェフとして第一線に身を置いていたのだが唯一苦手なものと言うものが存在する。どんなに難解なレシピでさえも平然とこなしてしまう様な才能があったとしても、だ。 それが今回、話題の中心とも言える『お菓子作り』というわけで。決してレストランのキッチン内で万能とは行かず、シェフとは違いパティシエという領域はの専門外であった。


「私は戦闘時と同じく完全な感覚派だから指先や舌で味の調節を得意とする。まぁそれはシェフになるにあたって必須なものなんだけどそれが色濃かったのかな……お菓子作りのような繊細な作業を求められるパティシエには向かなかったんだよねぇ」


シェフとパティシエは違う。中には修行を積み両立できる人間も存在するのだがはその限りではないと言う。


「私にはその違いがよく分からないよ……」

「まぁ大抵料理の得意な女性はどちらも出来るイメージが強いけれども。言っておくけど私はただ高級レストランで働いていたから一般人と感覚が違う、というわけではないよ」

「レベルが違うって話じゃないという事かい?」

「そう。あまり人に言いたくないのだけど……昔挑戦した時、当時料理長謙パティシエだった祖父に『お前は一生やるな』と言わしめる程の失敗をしちゃって。それからと言うものの一切やった事は無いんだよねぇ」


それに芸術的センスも無いし可愛い飾り付けや繊細なものは本当に苦手である。料理の盛りつけは専ら違う人に頼んでいたという。まぁ長年に渡りやってきたのだからからっきし出来ないわけではないのだが。 それはそうとあの5歳児に包丁を持たせるような人間が止めたとなるとその失敗は物凄かったに違いない。恐らく火事一歩手前にでもしてしまったか、そう思っていたハンジだがの言葉に戦慄が走る事となる。


「ちなみに厨房丸々駄目にした。修理工事中の一週間はそれはもう……ご飯が喉を通らなかった……」


あの人気有名店にも関わらず一週間休業を余儀なくさせてしまった罪悪感はたまに当時の光景を夢に出すほどだ、と。ぼそりとがつぶやいた。


「やっぱりも人の子って事か……うん、ごめんよ。君が珍しく断固拒否する理由を考えないばかりか終いにはこんな無理やり……」

「言わなかった私が悪かった。ハンジの性格を考えればこうなることは想像できた筈。だから謝る必要はないよ」


ハンジもまた、罪悪感に苛まれたと言う。



――そんなこんなで極々普通にお菓子作りを行い完成した品々。愛情たっぷり誠意たっぷりなこれぞバレンタインと言ったところか、ケーキに始まりトリュフ等々乙女の想いを詰め込んだそれらは待ち望んでいた男性陣の手に渡っていく。 義理もあれば本命なぞ……それは本人しか知りえないものである。


「ペトラよ……本命をよこすとは」

「それ義理だから」


人数分あるお菓子たちを机に並べればちょっとしたパーティの出来上がりだ。最後にホットチョコレートを配り終え女性陣も席に着くと男女問わずお菓子に手を伸ばし和気藹々と時を過ごした。


「スンッ……ハンジのやつに怪しい物は入ってないな」

「失礼だなミケ。私だってこんな時にふざけたりしないよ」

「私が止めたのでご安心ください」


各自材料は持ち寄ってきたのだがハンジの調味料を見て青ざめたのは記憶に新しい。何が、とは明確に言わないが全て厨房に寄付した。まだ口にできるもので良かったと捉えるべきか、はたまた。


「おい、。お前の作ったやつはどれだ」


お菓子が甘いので甘さ控えめに作られたホットチョコレートを飲むにリヴァイが問うた。彼、ましてやハンジ以外はがお菓子作りを不得意とする事を知らない。 しかし過去を知っているリヴァイは当然並べられた品々の中にの作った物があると信じて疑わず質問を投げかけているわけで。同じくカップを持つ彼には平然と答えるのだ。


「貴方が今まさに手にしているものがそうだけど」

「……あ?」

「ミルクにチョコを溶かしただけの……みんなのように凝ったものでは無くて申し訳ない。美味しくなかったら残して良いよ」

「いや、悪くはないが……」


何故、と質問を重ねて良いものか。は先日の会話で冷酷人間のイメージの為に料理ができる事を隠したいと言っていた。 ではキースはどうなるのかと思うのだが彼はまた別だろう。むしろ伝説の料理兵団初代団長という肩書きは自身の凄みを助長させている気がする。

それは兎も角、この少人数の中で『人並みに』料理をしても怪しまれる事はあるまい。少なくとも口止めをすればいい話だが決して『人並みに』料理ぐらい出来ると知られても問題は無い筈だ。 しかし彼女は料理が出来る云々の事実を巧妙に隠せるホットチョコレートを選んだと。そう捉えるリヴァイは不機嫌になるでもなくただ眉根を寄せた。


「残念だったな、リヴァイ。どうやらの本命チョコは今年も貰えないようだ」


先ほどの『ハンジ以外は知らない』という言葉は訂正しよう。何はともあれの過去を一番最初に聞き及んでいるエルヴィンはその限りではないのだ。 勿論お菓子作りが不得意なことも知っているわけで。毎年義理だなんだとお店で買ってきたチョコレートを貰い続けている彼は爽やかに笑う。


「……何やら訳知り顔じゃねぇかエルヴィンよ」

「他意は無いさ。今年こそ本命を作るのではと期待していただけだ」


まぁ作れないが、と言う言葉をホットチョコレートと共に飲み込むエルヴィン。この状況を大いに楽しんでいるようだ。 面白くない。リヴァイは舌打ちをひとつすると余すことなくお手製ホットチョコレートを飲み干すのであった。






 ♂♀






密やかなパーティもお開きになり自室に戻ってきた。その傍らには何故かリヴァイの姿もある。そんなお馴染みの光景に丁度いいと思いつつは寝室に置いておいた紙袋を持ってきてはリヴァイの鼻先に差し出した。


「……何だ、これは」

「昨日任務帰りに買ってきた」

「何だ、と聞いている」

「エルヴィン団長とかには今朝渡したけど、貴方にはまだだったと思って」

「おい質問に答えろ」

「察しの悪い男ですねぇ……バレンタインのチョコレートに決まってるでしょうに」

「なんだと?ホットチョコレートで終いじゃなかったのか」

「あれは予想外の出来事だった。いつもはみんなの分は別個で買ってくる」

「俺は初めてだが」

「あまり甘いものは好まないと記憶していたゆえに」

「……」


今まで貰えなかった理由がらしいといえばらしい。そんな彼女の言い分に絶句するリヴァイは恐る恐る紙袋を受け取り中を取り出した。 どこか既視感を覚える外装に戦慄走る。


「お酒のゼリーが入ってるから貴方も食べられると思う」

「お前も懲りねぇ奴だな。あんな事があった上に俺は断固拒否した筈だが」


何を隠そういつぞやかとエルヴィンが買ってきたお店のチョコレートに他ならない。以前ではそれのお陰で大変な目に遭ったにも関わらずまた買ってきたというのか。 外装も中身も差異があるようだが前回同様お酒のゼリーが入っているチョコに変わりは無く。思わず抗議を含む視線を向けてしまった。


「文句があるなら食べなくていい。自分で食べる」

「食わないとは言ってねぇ」

「なら素直に受け取って」

「……あぁ」


リボンを解き蓋を開ければ綺麗に並ぶ一口大のチョコレート。バレンタインとあって様々な形のそれは普通であらば難なく口に放り込めるだろう。 しかしあの一件の後だ、躊躇うのも無理はない。膝の上に置いた箱の中身を見下ろしながらリヴァイは動けず只管からの視線を一身に受けるばかり。 それを見かねては嘆息しながら口を開いた。


「まぁ、躊躇う気持ちも分かる。けどあのお店は毎回長蛇の列が並ぶほどの人気店で前回も入手するのに苦労したわけで誰かさんが甘いものを好まないから態々並んで買ってきたと言うのに……――ハッ!」


しまった、と口を押さえるも時すでに遅し。随分と長い失言だったがそれは扠措きリヴァイは既に瞠目しを凝視している。言わずもがな一文字一句漏らさず聞き取ったと言う事で。


「『前回も』だと?」

「いや何でもありませんお気になさらずただの独り言ですから」

「お前……もしかしなくとも前回買ってきたのも、俺の――」

「自惚れないでください。何故貴方にお土産を買ってこなくてはならないんです理由が見当たりませんそれに甘いものは疲労回復に良いとか信ぴょう性の欠片も無い事を信じる程ちょろくはありません」

「……そうか」


と言う人間は、この上なくちょろい。色々な意味で。それは騙されやすいだとか、乗りやすい他にもそう言われるだけのものが存在する。 それが今まさにこの時だ。問うてもいない事を照れ隠しゆえか勝手に口にしていくその姿そのものがちょろいと言われる所以のひとつである。

リヴァイはの真意を正確に汲み取ると手を口に添えた。やだ何この子クッソ可愛ぜ。ハンジの声が脳内で再生される。

は以前、任務帰りにチョコレートを買ってきた。ふた箱も。彼女は食堂でリヴァイに食べるか否かを問いかけ否を答えたので自分で食し、あのような惨事になった。 それは置いといて彼女は何故ふた箱も買ってきたのだろうか。イベントでもないその時期に。ハンジにお見舞いとは言っていたがチョコを買った後にハンジが意識を失ったのだから買った時点ではまた別の意図があった筈だ。

流石にふた箱も自分用なわけがあるまい。これ即ち、はハンジが意識を飛ばしたと聞いて急遽チョコの行き先を変更しただけでそれが無ければ恐らく――リヴァイに渡していたのだろう。 その証拠に『お酒ゼリーが入ってるから食べられると思ったんだろう』と言うエルヴィンの言葉。『甘いものを好まない云々』というの言葉。そして、『疲労回復』という言葉。食堂で『自分用にも関わらず』勧めてきた態度。

まったく、素直でなければこの上なく不器用な女だ。これが自惚れではないとすれば何だというのか。リヴァイは先ほどとは違ってどこか輝いて見えるチョコを今一度見遣り手を伸ばした。


「……悪くない」


態々長蛇の列に並んでまで己の為に買ってきてくれたそれを口に含み心ゆくまで堪能したのは言わずもがな。 そしてそんなリヴァイの様子を視線から外し頬を掻くは前回の事も今回の真意も、言い訳を納得したらしい彼の様子に悟られてはいないようだと勘違いしながら安堵するのであった。


――どこかで「君たちはたまに恋人以上に恋人してないか」という言葉が聞こえた気がした。






END.




















ATOGAKI

いや、恋人以上の事はしてないと思う。『まだ』恋人ではない。まさかの否定。そしてバレンタイン大遅刻に戦慄走る。

兵長は甘いものが苦手なのか好きなのか。個人的に後者も萌える。飲んでる紅茶実はめっちゃ甘いとか。なんなの。食堂で勧められた時はただ気分では無かったというだけという後付け。 シェフとかパティシエだとかの話は間に受けませんよう。本職の方にお叱りを受けそう。すみません。 進撃の世界にバレンタインとかあるのか良く分からないので番外編という事で何卒。設定も過去の失敗の話もただの思いつきですみません。まさか『お人好し』に繋がるとは自分でも思いませんでした。行き当たりばったり。