She never looks back








 ―決定的瞬間:前―








あぁ面倒くさい。は手首から肘まで積み上げられた書類を両手で持ちながら幹部の執務室が並ぶ階層を歩いていた。廊下にはひとっこひとり居らず静かに時を刻んでいる。 先程まで溜りに溜まった書類を三日に分けながら片付け、それも最後のひと束となった現在。その束が手元にあるそれだ。

窓の外からは沈みかけた太陽が廊下を照らし、直視してしまったは密かに目を眇めた。 よりにもよって最後にリヴァイ宛の書類が埋まっていたなんて不覚。遅い、と文句を言われるのかと思うと面倒くさがる足は更に枷をつけたように重くなっていく。

そして目的地、扉前。心做しか重厚感漂うそれに舌打ちしたくなりながら書類を片手に持ち替えてはドアノブに手をかけ開け放つ。 外出中か夜以外は施錠されていないそれはそのまま無抵抗に開きを室内に招き入れた。次いで些か薄暗くなりかかっている空間が視界を埋め尽くし、お目当ての忌々しい男を捉える。のだが。


「……お邪魔しました」


足元で紙が散乱する音が聞こえた気がしたがこの際シカトだ。扉を締めれば紙が挟まって締まりにくかった。


「まぁいっか」


一応書類は届けた。本人ではなく執務室というまあ許容範囲内、別に手渡しをしろなんて指示はなかったし問題はないだろう。 咎められる謂れもない筈。そう自身に言い聞かせながらは来た道を戻るのであった。





「――と、いうことがあった。癖でノックしなかったのが悪いよねぇ。邪魔しちゃって悪かった」

「感想はそれだけかい、

「いやいや、本当に申し訳ないと思ってる」

「そう言う事じゃなくて……まぁいいや。は鈍感と言うより無自覚なのかな」


リヴァイの執務室から帰るその足でハンジが籠る研究室に赴いたは目撃してしまった決定的瞬間とやらを報告し猛省するに至る。 ハンジは休憩中という事で紅茶を飲みながら資料を眺めていたのだが、が来た事により己のデスクチェアからソファへと移り向かい側に腰掛けていた。 の分の紅茶はモブリットが淹れてくれて彼はそのままデスクに戻るとこっそり耳をそばだてている。慕っているが来たのだから話をしたいとは思うものの会話の内容が内容なので輪に入れないといったところか。


「まぁ……いつ死んでもおかしくない状況だからね。意中の相手に思いを告げようって子は少なくはないさ。でもあのリヴァイが抱きつかれて大人しくしてるなんて……」

「きっと両想いだったんだと思う。そんな感動的なシーンに水を差してしまうなんて……馬に蹴られるべきかもしれない……」

「真顔で何言っちゃってんのさ。いや、いつも通りの無表情だけど」


内容は言葉通りのものだ。ノック無しに開けたら目の前に抱き合うリヴァイと女性兵士が居た。それだけ。さすがのも不意打ちの光景に書類をバラ撒いて来てしまったという。 動揺するのも分かるが本当にそれだけなのか勘繰るハンジ。しかし平常通りのにそれ以外の衝撃は無かったのだと見て取れ面白くないと肩を落とした。


「どうよモブリット君。自分のラブシーンに水を差されたら誰でも腹が立つよねぇ」

「お、俺ですか?いやぁ……事故ですし……そりゃあ吃驚しますけど何と言うかその後に来る気まずさの方が重大かと」

「あっははは!それリアルすぎじゃね!?もしかして君は経験者なのかい!?」


突然話を振られ吃るモブリットだったが控えめに意見するもハンジに茶化され必死で否定をする、そんなふたりのやり取りを見て面白いなとは僅かに口元を綻ばせるのであった。


「まぁとにかくさ、後でリヴァイに謝っておけば良いんじゃない?彼はどんな反応を示すだろうねー?」

「分隊長、悪趣味すぎます」

「いつ謝りに行けばいいのやら……まぁその内あるよねきっと。相談に乗ってくれてありがとうふたりとも」


ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮べるハンジをモブリットが窘めつつは謝辞を述べるとそのまま3人は研究内容へ話題を変えて行く。 ハンジが満足する所で切り上げた時には既に消灯時間を過ぎておりリヴァイの件は3人の頭からすっぽりと抜け落ちていたという。



軽く夜食を作りハンジとモブリットの分を研究室に届けたは己の分を手に自室へ戻ってきた。室内は真っ暗だが住み慣れた室内ともあり難なく執務机にトレイを置きランプを付ける。 早速食べようと椅子に座るため机を回り込み出入口側に体ごと向いた瞬間、の体は大きく跳ねた。


「――○×△□※!?」


珍しく声にならない声をあげ椅子に脛を強打するも視線は来客用のソファに釘付けだ。何故ならそこには居るはずの無い人物が座っていたからに他ならない。 まさか己以外に人が居ると思っていなかったのだからその衝撃はかなりのもので。油断していた。食事に気を取られて油断していたとは不覚なり。 ソファに腰掛けるその人物は項垂れているようだ。膝に肘をつきそこから伸びる手で顔を覆っているのでそう判断したまでだが。


「あの……リヴァイ、さん……?」


恐る恐る名前を呼んでみる。初対面以降の短い期間だけだった『さん付け』を口にしてしまったのはそれ程動揺していたという証拠だ。 そう言えばつい数時間前にも吃驚した出来事があった気がする。抜け落ちていた記憶を手繰り寄せその時の光景を思い出した。まぁそれは今現在体験した出来事よりは可愛いものだったが。


「…………よ」

「っ……!」


不意に紡がれた声にまでも吃驚するくらいには気が滅入っている。実のところは心霊現象というか『この世ならざるもの』的なものがあまり得意ではなかった。 スプラッタ系は(慣れもあるだろうが)全く平気だがこう精神的に吃驚する系のホラーは特に。散々単独任務などで暗がりの中を闊歩しているもそれとこれとは話が別らしい。 仕事中かプライベート中かの差だろうか。気を抜いていた事も要因なのだろう、しかし明確な発動条件は解明されていない。

それはともかく完全に勤務外で食欲を迸らせるは完全に無防備でとんでも吃驚な状況下に立たされてしまったのだ。 心臓が早鐘を打つのも無理はなく、ビクつきながらリヴァイの言葉の続きを待った。その頭の中からは夜食のことなど消え去っている。


「見た、だろう」

「……それは何、お約束の『見〜た〜な〜』的なものなの」


そろそろホラーを頭から消せ。頭の隅っこから幻聴が聞こえた。


「誤魔化すな……バッチリ目が合ったじゃねぇか、よ」

「だから私の息の根を止めに来たと……目が合った人間を片っ端から始末する系か……困った退散方法が分からない……」

「さっきから何言ってんだお前」


さすがのリヴァイも会話の食い違いに気付き思わずツッコミを入れる。数年来の付き合いだがホラーが苦手とは知る由もない為、疑問符を浮かべるばかりだ。


「ハッ!……リヴァイ、なんの話をしているの」

「いきなり素に戻るな話聞いてたんじゃねぇのかよ。まさかこのまま有耶無耶にしたいのか?」

「……?」

「……?」


いきなり素に戻ったと思えば誤魔化すように(みえるだけだが)問いかけるにリヴァイはそれ程までにショックだったのか、はたまた気を使われているのかと勘繰ってしまう。 しかしの反応はやはり素でいて純粋に分からないと言外に訴えている。お互い首をかしげる様は傍から見ると些か滑稽だった。


「いいか?お前は夕刻前に俺の執務室に来て決定的瞬間を目撃した。その事について話している」


何が悲しくて一から己が説明しなければならないのか。羞恥プレイにも程がある。はそんなリヴァイの説明を聞いて合点がいったのかあぁ、と声を漏らすと思い出したかのように椅子に座った。 意識は記憶を取り戻した目の前の夜食に向けられているなぞリヴァイは知らない。


「そう言えば目が合った。あの時は申し訳ない、折角思いが実った瞬間に水を差すようなマネをして……後で馬に蹴られてくる」

「やはり勘違いしていたか……あれはそんなんじゃねぇ。断じて違ぇ」

「なに、照れてるの。気持ち悪いから隠さなくてもいい。だいすきな仲良しなのだから遠慮せず相談してきなよ」

「干物女からのアドバイスなんぞ聞いても無駄だ……ってそうじゃねぇ勘違いするなと言ってんだ」

「勘違いしないでよね!的なあれね。わかってるわかってる。貴方が素直じゃないのは今に始まったことじゃない。いただきますもぐもぐ」

「話を聞け。飯を食い始めるな」

「…………」

「食事中は無言という心掛けを今この場で発揮するな。頼むから俺の話を聞け。いや、聞いてくれ


晩御飯を食べはぐって漸くありつけたのだ、食事の手を止めるはずもなくひたすら無言で匙を運ぶはリヴァイの話なんて聞いちゃいない。 何だこの浮気現場を見られた彼氏が彼女に必死こいて言い訳している、みたいな光景は。ハンジあたりがこの場に居れば大爆笑していただろう。何処からともなく大口をあけて愉快そうに笑う声が聞こえた気がした。


「……ご馳走様でした」


いつもより早めに食事を終えたの様子はどれ程空腹だったかを物語っている。そんなこんなでフキンで口を拭い背もたれにもたれかかると漸くリヴァイと向き合った。 勿体ぶられているみたいだとリヴァイが項垂れたのは言わずもがな。


「で、思いが通じあった貴方達は熱い抱擁を交わしその瞬間を私めに目撃されてしまった訳だけど……その後居たたまれない空気になったの」


徐に口を開いたかといえばモブリットの意見を忠実に取り入れた言葉を紡ぐ。背もたれから背を離し机に両肘を付き組んだ手を口元に持っていきながら彼女なりに心苦しく思っているのだろう、そこから覗く瞳は真摯なもので。


「まだ続けんのかその勘違い妄想。そろそろ否定されている事に気付け」

「もしかして……リヴァイ、貴方まさか彼女を無理やり抱きしめたと言うの……」

「違う。否定してるところはそこじゃねぇ。根本から違うと言っている」

「……結論を聞こう」

「ハナからそうしておけばいいだろうが」


無駄に話をこじらせやがって。今までのやり取りはしょうもない事この上ないと嘆息したリヴァイはが望むまま経緯を話始めるのであった。 話は至って単純、脈略なしに告白された挙句いきなり抱きつかれその瞬間をに目撃されたと。そう言う事らしい。


「お互いに抱き合っていたと記憶している」


ノリノリで冗談言ってとぼけていた癖に突然痛いところを突いてくる。さすがは幾度となく壁外を生き残ってきた兵士、その観察眼に迷いはない。なんて感心している場合ではない。


「突然飛び込まれたからな、バランスを崩しかけた拍子に腕を添えただけだ」


事実をバカ正直に話しているだけなのにどうしてこうも言い訳がましくなってしまうのだろうか。まるで真面目な会議中かのような芝居を打ち始めるに辟易しながらも目の前に立つリヴァイは些か居心地が悪そうである。


「結果は」

「断った」

「勿体無い……あの子確か今年の一番人気だったような気もしないでもない。ペトラさんしか眼中にない私の言葉はアテにならないと添えておく」

「興味ねぇよバカ。それとペトラを気持ちの悪い目で見るな。気の毒すぎんだろうが」

「陰ながら見るだけはタダなのだよ」

「タダより怖いもんはねぇって言葉知ってるか?」


何はともあれ誤解が解けた事に胸をなでおろしながらリヴァイは執務机に腰掛けた。何故そんなに必死だったのかはこれまた言わずもがな、である。


「はぁ……恋する女の子は機動力がケタ違いだねぇ。リヴァイに抱きつくなんて勇敢すぎて尊敬に値する」

「……何が言いたい」

「だって極度の潔癖症が壁外でもない平和な日常下で親しくもない他人に触れるなんて……相手をぶん殴っても無理ない」

「バカ言え、俺はこうみても紳士だ。あの後優しく引き剥がした」

「どうせその後速攻で洗濯したでしょ」

「当然だ」

「酷い……」


彼女が出ていってすぐ制服を脱ぐ姿は想像に難くない。気の毒なのはペトラではなくあの子の方じゃないか。は干物女代表とはいえそのくらいの感慨は持っている為、脳裏に浮かぶ光景を掻き消しては嘆息を漏らす。 本人は無自覚なのかその潔癖症と一緒に睡眠を貪った経験があるのだが指摘する人間はこの場に存在しないので今一度嘆息する始末である。


「早く風呂に入れ。眠い」

「……帰ってどうぞ」

「そうか脱がせて欲しいのか素直に頼めばいいじゃねぇかよ」

「わかったから今すぐ入ります入ればいいんでしょこの変態」


足早に風呂場へ向かう背を見送りリヴァイは人知れず溜め息を漏らす。表情は変わらないまでもその纏う空気は些か重い。 執務机の上に置かれたトレイを手に取ると食堂に向かった。女の癖に己と同じくカラスの行水よろしくなが出てくる前に片付けるべく。


「兵、長……」


なんというタイミングだろうか。食堂の扉を開ければ告白してきた女性兵士が居り声を掛けられた。向かいの席にはペトラが座っている。 相談だかなんだかしていたのだろう、その内容は容易に想像がつくも何かを言えた義理ではないリヴァイはいつも通りの兵士長として彼女に向き直った。


「……なんだ」


そんなリヴァイの様子に顔を歪ませる彼女は今にも泣きそうで。きっと己の想いは届いてないどころか意に介されてないのだろうとそう解釈する心の傷は深く。


「ご、ごめんなさい……なんでもありません」

「そうか。明日に響く、早く寝ろ」

「は、はい!」


瞳に涙を浮かべ走り去るのを見届けることなくリヴァイは厨房に歩を進めた。それを止めたのはペトラだ。彼女はふたりのやり取りを固唾を呑んで見守っていたらしい。


「あの、兵長。兵長は草麸分隊長と親しいとお見受けしています。だからその……あの人は……」

「何が言いたい。簡潔に述べろ」


もしかして勘づかれているのだろうか。ペトラを見据えるリヴァイは普段からと接触し過ぎているとは自覚しているのだが、だからと言ってそこに『特別な何か』が存在していると悟られぬよう振舞っていた筈だと逡巡する。 一部の人間にはバレバレだと指摘されたことはあるが部下にまで気付かれるようなヘマをした覚えはない。それにとの接し方は友人のそれだ。ただ仲良しというだけで特別な何かがあると勘違いするなど物好きなのか。 こんな閉鎖された兵団という空間に身を置いていれば恋バナとやらは極上の話題かもしれないが己がその話題の中心人物だと思うと良い気はしない。

――なんて瞬時に脳内で考え至るには動揺しているのかもしれないリヴァイである。


「その……ご相談がありまして……」

にか?あの冷酷人間に……珍しい事もあるもんだな」


これは予想外だった。ペトラは冷酷人間を苦手とする側の人間だと記憶している。しかし彼女はそんな冷酷人間に相談があると。先ほどの逡巡は杞憂だったと喜ぶべきかさすがのリヴァイも信じられないといった様子で見開いた目をペトラに向けていた。 大変失礼である。


「いま、草麸分隊長は起きておられますでしょうか……」

「……さぁな。風呂に入ってる可能性があるとしか言えん。そこまでプライベートを共有するような仲じゃねぇから分かりかねる」


しかしここは念入りに『深い関係ではない』と主張しておかねば変な噂が立ってしまう恐れがある。そんなことになればが気にして物凄い距離を置くかもしれないのだ。もちろん物理的に。 考えただけでもゾッとする。ベットに潜り込めなくなるなぞ壁外に無装備で放り込まれるより辛い。いや、飽くまでも比喩なので実際に無装備で壁外に放り込まれた方が辛いのだが。 どちらにせよベットに潜り込めなくなる事には変わりないだろう。全身全霊を以てしてでもそれは回避しなければ。


「そうですよね……あの、こんな事兵長に頼むなんて不躾かとは思いますが……草麸分隊長の執務室まで一緒して頂けませんか?ひとりではその……ちょっと……」

「……この食器を片付けてからで良いのなら構わん」

「私がやります!ささやかではありますがお礼として!」

「好きにしろ……」


健気なペトラの様子にどっかの誰かさんも見習えばいいんだがな、なんて悪態つきながら作業が終わるのを待った。ちなみにその食器を使用したのはあの冷酷人間なのだがそれを告げてしまえば先ほどの言葉が全て無に帰すだろう。 それに彼女の好意を無碍に出来まい。そう結論づけたところで厨房から戻ってきたペトラと食堂を後にした。


「まずは扉の前で一旦待っていろ」

「ナイフが飛んできたら避けられる自信がありませんしね……」

「……流石にノックをすれば平気だが……それも含めあいつは勤務外のプライベートに介入される事を良しとしないきらいがある」

「そうなんですか……。じゃあ今からでは無理なのでは?」


一応念には念を。恐らくこのままペトラと共に行けばは素を見せてしまうだろう。冷酷人間の本性を見せてしまうのは今までの事が水の泡になりかねない、そう判断した。 自ら曝け出す分には問題ないだろうが不本意となってはそうはいかない。何よりリヴァイが怒られる。


「いや……事前に伝えておけば大丈夫だ。無防備な姿を見られたくないだけでアポを取ればいつ何時でも喜んで対応する」

「喜んで……?」


なんだか語弊があるような気もしないでもないが相手がペトラなのだから少しくらい構わないだろう。それに今回は壁外調査直後のように罵詈雑言を浴びせられる訳でもなく、それどころか珍しくも相談を持ちかけられるのだ。 もしかしたら咽び泣くかもしれない。なんて冗談を心の中で呟いた。


「おいよ。とりあえず下を履け。来客だ」

「え。眠い……何なの勝手にクローゼットを漁らないで分かったから取り敢えず執務室に入ってもらってて」

「制服は着なくていい」

「うぃ……」


何処へ行っていたのかと思えばいきなり寝室に入ってきてズボンを履けと指示されるし終いには来客だと。訳が分らない。 は疑問符を浮かべながら寝巻きのロングシャツの下に七分丈のパンツを履くと薄手のカーディガンを羽織り執務室に入る。来客用のソファにはリヴァイ、その向かいには客人であろうペトラが座っていた。 彼女はに気付くと立ち上がり謝罪をしつつ会釈をしが席に着くと腰をおろす。


「何かあったんです?」

「相談したいことがあるらしい」


罵詈雑言ではなく相談なんて珍しいな、なんて驚きながらはペトラを促すも、チラリとリヴァイに視線を投げる様子に察し口を開く。


「兵長、退席願います。女同士の会話に野郎が居ては弾む話も弾みません」


それもそうか、と納得し執務室を後にするリヴァイ。背を向ける形になっているペトラからは見えていないが彼は廊下ではなく寝室へ通じる扉の向こう側へ消えた。 下手に突っ込めば藪蛇か、見なかったことにする。申し訳なさそうに居住まいを正すペトラをやんわりと励ましつつ声が聞こえてしまうかもしれないので、深夜だからと理由付けて声を潜めるよう忠告しておくのを忘れずに。


「夕刻、兵長に告白した子の事なんですが……」


聞くところによればペトラはその子から相談を受けていたらしい。従ってが決定的瞬間に運悪く遭遇してしまった事も把握済みというもので話の入り方が直球なのも頷けた。


「あれは悪いことをしました……明日にでも馬に蹴られてこようと思っていたところです」

「それはただの蔑み言葉ですよ!?死にはしませんけど大怪我しますからね!?」

「……それはそうとその子に関して相談される意図が分かりかねます。もしかして恨まれてるとか……」

「ち、違います!そうではなくて……兵長に直接言うのは憚れるので兵長と親しい草麸分隊長に協力を仰ごうと、判断してしまいました!申し訳ございません!!」


いやまだ何も言ってないんだから謝らなくて良い、とは口にせず宥める。リヴァイと親しいというのならばハンジやミケ、エルヴィンだって居るだろう。 まぁ団長は置いといて取っ付きにくそうなミケも置いといて、ハンジの方が友好的で頼みやすい筈。それなのに選ばれたのはだ。 消去法でいえば分からなくもない人選だがペトラは冷酷人間を苦手とする側の人間であるからにして違和感は拭えまい。協力とは一体なんだろうか。皆目見当もつかなかった。


「告げ口しているようであれなんですが、彼女……マッサはちょっと性格に難有りで……」

「私から兵長に忠告しろと言う事です?」

「なんと言いますか……こういう事って他の分隊長に言うには違う気がして……それに草麸分隊長が一番兵長と親しいとお見受けしております。貴方ならば兵長の事も理解していると思いますし的確な判断をしていただけるかと……」

「そうですか。ペトラさんの話を聞いてそれをどうするかは私の判断に委ねる、そう言う事ですね。これもあの人の為と、素晴らしいご決断だと思います。 まぁことこういうことに関しては全く自信がありませんが……その辺りは話し合っていきましょう」

「あ、ありがとうございます!草麸分隊長!」


恐らく、ハンジの敗因はあの高すぎるテンションとちょいちょいリヴァイをからかっている姿を目にする機会が多いからだ。普段は頼りがいのある分隊長として尊敬されてはいるものの対リヴァイになると告白された事もからかいかねないと。その通りだが。 真面目な時は真面目であるが団員にはからかっている時ばかり目撃されているのだから致し方あるまい。既にハンジも告白のことを知っているとは話の流れ的にペトラには言わない方が良さそうだ。

そのような理由があるにしろ苦手に思いながらもよく来たなと感心する冷酷人間はペトラのお眼鏡に適った事に内心喜んだとか。


「――なるほど。人気者には様々な人間が集まってくるものですね。まぁ彼は気にしないタチだとは思いますけど」


ペトラの話を聞き終え、は顎に手を添えながら思案に耽る。男女の色恋沙汰なんて専門外ではあるが、その中心に居るのはあのリヴァイだ。 興味がないと言ったら嘘になる。彼にしてみれば完全に巻き込まれている立場、だからと言ってそれを面白がって見ているだけで良いのだろうか。


「このまま放っておけば彼女の行動もエスカレートしそうで……それに兵長が不機嫌になりでもしたら……」

「それは流石に御免被りたいですね」


駄目だ、傍観者決め込めば絶対に皺寄せがに来るだろう。それだけは阻止せねばならぬ。人にはあたらないとはいえには遠慮なしに何かしら動きがあるに違いないのだから。


「とりあえず少し様子を見て判断しましょう。ペトラさんは彼女を、私は兵長の周りを監視してみます」

「はい。では、よろしくお願いします。夜分遅くに申し訳ございませんでした」


そんなこんなで話に区切りがつき執務室を後にするペトラを見送れば冷酷人間のお悩み相談室開始から1時間が経ったところだった。


「遅ぇ……」


予想通り寝室に入ればベットから苦言が聞こえてくる。些か声が掠れているところをみると待っていたというより眠ってしまっていて気配で起きたのだろう。 指が挟まれた本は今にもベットから落ちそうだ。はそれを仕方なしに手にとった。良く見ればが使う小ぶりのメモ冊子で。何勝手に見てんだこいつ。軽く窘める。


「リヴァイ、明日は久し振りに訓練でもどう。今日まで書類漬けだったから体を動かしたい」

「今からでも運動はできるが」

「暗闇の中を走るのはちょっと……」

「…………」


いつもの寝巻き姿になり、いきなり腕を引かれるままベットに入れば急激に睡魔が襲ってくる。今日は驚き詰めだったのだ、いい加減心身共に休まりたい。そう思いながらは意識を手放した。


「何企んでやがるかは知らねぇが……俺をそう簡単に欺けると思うなよ馬鹿が」


リヴァイの独り言はの寝息とともに静寂に霧散した。







To be continued.

















ATOGAKI

たまに薄暗い場所で『怖い』的な表現してたのは実は主人公が怖がりだったからという。怖がるモードは仕事中とプライベート時の違いなのかそこは決めてない模様。 兵長の決定的瞬間に遭遇してしまう話。
今回はペトラ攻略回。なんつって。