She never looks back
―今更何を宣う―
「、付き合え」
そう言われて赴いた場所はたまに利用する街のバーであった。普段は自室や誰かしらの部屋で飲むのが大半なのだが時たまこうして本部の外へ出向くときもある。
は任務を終えエルヴィンに報告してさぁ寝るかと自室に戻る道中、こうしてリヴァイに捕まり寝落ちしない為にちびちびと麦酒に口をつけているというわけなのだが。
「……些か飲みすぎでは」
「バカ言え、まだ5杯目だ」
「残念、7杯目でした」
「……んなもん誤差の範疇だ」
「そう……」
いくら酒に強いとはいえピッチも早ければ量も多い。こんなにも乱暴に飲む人間だったろうか。は隣を一瞥しては漸く空いた木樽ジョッキ片手に次は何を飲もうか思案した。
「マスター、ワインくださ――」
「ちったぁ女らしくカクテルでも呑め」
「……そうやって酔わせて乱暴する気でしょう、青少年のバイブルのように」
「それも良いかもな」
「……一体全体どうしたというの、らしくない」
心なしか目が据わるリヴァイに流石のもお手上げである。マスターの配慮か希望通りのワインを受け取りつつ10杯目を飲み終えたらお冷を飲ませようと心に決める。
「……一発ヤらせろ」
「クソして寝ろ」
「つれねぇな、よ」
「添い寝は許すけどそういうのを許した覚えはない」
「処女だしな……何なら優しく手ほどきしてやってもいい」
「女でも買えば。むしろ今すぐ行ってきなよ」
「イカせてくれんのか?」
「そうだねお望みなら逝かせてあげる」
「……身持ち硬すぎだろ」
「貴方の貞操観念の基準を押し付けないで貰いたい」
「……難儀な奴だな、お前は」
「貴方も大概ね」
8杯目のグラスの中で小気味よい音が鳴った。解けたそれはウィスキーと混ざり合い名状しがたい気持ちのようにゆらゆらと漂う。
どこか楽しむように彼はそれを揺らし、瞬きをひとつ。その横顔を斟酌するのは容易ではない。
「知ってるか?いくら体を重ねようとも満たされる事はねぇんだ」
「……貴方の性事情なんて知るわけない」
「何故だろうな。出すもん出せるくらいには気持ちいいと感じてるにも関わらず、だ」
「聞いといて返答を聞かないとはこれ如何に」
「恐らく……まったく知らん人間だからだ。俺はその場限りの使い捨てと深く関われるほど友好的でもねぇからな」
「最低だなあんた。いつか噛みちぎられるよむしろそうなればいい」
「ヤリ終えて残るのは虚しさ……それはもうどうしようもない事だ。どうかしようとも思わん。だから俺は今後も満たされることはないと思っている。何故だか分かるか?」
ごくりと喉が鳴る。飲み下されていく量と比例してグラスの残量も変動していく様を眺めてはあと2杯、と胸の内で密やかに行われるカウントダウンに目を眇めた。
リヴァイは空になったグラスの余韻にい浸るでもなく同じものを再度注文、その横でどこを見るでもなく頬杖をつき視線を漂わせ。
流し目で盗み見た先には受け取った9杯目を持つ右手の親指がグラスの淵を沿い、止まった。
「……心の最奥、その砦の中の真理を見せたくないから」
グラスに口をつけを見遣るリヴァイは、僅かに口角を上げるとひと口煽る。
「そうだ、誰しも持つ譲れねぇもんだ」
リヴァイが言いたいのは、体の関係を持つことは容易いという事。そして、真理とやらを見せられる相手と性行為をした方が満たされるということ。
しかし彼は今後満たされることはないと宣う。真理を見せてもいいという相手が居ないという事だろうか。
「漸く会話が成立したと言っていいのか――」
「俺はな、……真理を見せてもいいと思える相手が居ないわけじゃない。ただ、流石に無理矢理はできねぇからな。それに合意の上じゃねぇと独り善がりの自慰行為と変わらん」
「そうだね、今の状況がまさにそれだね」
「まぁ行動を起こさない俺も意気地無ぇもんだ……どうすりゃいいんだろうな?」
交わう視線の先に普段の鋭さとどこか恍惚さを垣間見ては目を逸らした。
「私に聞かれてもねぇ……待つか、ハッパかけてみるかじゃないの」
「気付かれなかったらどうする」
「諦めろとは言わないけれど……ともかく意気地無いとは言うけれど何だかんだいいつつ貴方はその相手を思いやってると思う。だから躊躇する」
「物は言いようってか。はっ……意気地無ぇのは事実だがな」
手を伸ばせば届く距離、されど伸ばさなければ届かない距離。今この場に腰掛けるふたりの様につかず離れずなそれが埋まることはない。
恐らく互いに望まないのだろう、適切な距離感はふたりを盲目にし感覚を鈍らせる。
「いつの間にか恋のお悩み相談みたいになってるんだけど何これ」
「愛だの恋だの……難しいもんだな、よ」
「……そうかもしれないねぇ」
9杯目を飲み干すまであと半分。カウンターの片隅で交わす会話は少しだけ間が空いた。相変わらずグラスの中の氷が溶けては音を立てる。
は先に飲み干してしまったワインのおかわりを頼み、今更ではあるがついでに何かつまむ物をお任せした。小ぶりの乾きものは直ぐに目の前に置かれ手を伸ばす。
「で、それが私を抱こうとする事と何か関係があるの」
リヴァイは一瞥する。それに気づかぬは遅れて視線を向けた。ふたりのそれは交わることはない。
「……言ってみただけだ、気にするな」
「そう。あまりにも執拗いなら添い寝禁止令でも出そうと思ったんだけど、杞憂だったみたい」
「酔っ払いを本気で相手にするな」
「酔っ払いねぇ……そう言う事にしておくよ」
とうとう10杯目がリヴァイの手に渡る。これで終いだ。恐らくこの飲みの場もお開きになるだろう。
そう予感するは襲い来る睡魔に抗いながらふたり分のお冷を注文してはそれを受け取り口をつけ煽る。
心なしか、お互い飲むペースが遅くなった気がした。
「これは外で話すことなの。自室で十分だと思うけど」
「強いて言うなら……自制も兼ねて、だな」
「飲みすぎはよくないからね」
「……そう言う事にしとけ」
あとふたくち。
「帰ったら飲みなおそうかな」
「珍しい事もあったもんだ」
「外で酔っ払いに介抱させるわけにはいかない」
「自室で飲んでも同じだろ」
「ベッドの上で飲めばいい」
「横着もんが」
あとひとくち。
「今日は俺の部屋だな」
「……なんで」
「先に言ったもん勝ちだ」
「未だかつて宣言したことがあっただろうか」
「ねぇな」
「………」
「………」
氷の音とグラスを置く音が終わりを告げた。
「水、飲みなよ」
「酔ってねぇよ」
「酔っ払いじゃなかったの」
「醒めた」
「……そう」
「口移しで飲ませてくれんなら――」
「支払いよろしく」
「……ハナからそのつもりだ」
月が少し傾いた頃、飲み屋が立ち並ぶその一角をふたりは歩き帰路に着く。厳しいとまではいかない寒さは照った体を冷まし、なんとも言えない心地よさがあった。
たまには悪くない、そう思わせるには十分で。徐に肩を組まれ重いと文句を言いつつその腕を手に取り腰に手を回した。
――どこか夢見心地で歩く街路は静かでいて、ほんの少しもの寂しさを齎すも傍らの温もりに安堵する。
飲み直すのはやめておこう、とは誰にいうでもなく飽くまでも心の中だけで呟いては僅かに目を細め。
「階段を登る事がこんなにも辛いと感じたのは初めてだよ」
リヴァイの自室に着きふたり並んでベッドに腰掛けてはため息をひとつ。酔いは醒めた云々言っていたわりには階段を自力で登れなかったリヴァイに呆れる他ない。
「いい運動になったろ」
「無駄に疲れただけ」
「干物女がそんなんでどうする。鍛え方がなってねぇな」
「一応私も酔っ払いであるからして――」
「なら、酔った勢いでヤるか」
しかし、全てが芝居だという事くらい分からないではなく。ベッドに押し倒され首元に顔をうずめるリヴァイを窘めては体勢を整え毛布を掛けて。
意地でも離れまいと引っ付いてくるせいでまたしても無駄に体力を消耗した。終いにはいつものように寝技をかけられその圧迫感に胃の中が逆流してきそうで。
「、」
頭上から聞こえてくる呼び声から逃れるように身をよじる。辛うじて動かせる頭部を目の前の胸に押し付けて。――そして、少し早い鼓動を聞きながらいつの間にか寝息を立て始めるリヴァイに戒めを。
「……急いては事を仕損じるぞよ」
言われなくとも分かってる。そんな言葉が聞こえた気がした。
END.
ATOGAKI
やっべ。氷とかあるのかこの世界。勝手に無いか貴重品だと思い込んでたんですががが。
飲みながら(兵長が)真面目に下ネタトークする話。