She never looks back
※貴方様のその寛大なお心でお読みください
――それはとある人物の一言から始まった。
「私はさ、思うんだよリヴァイ」
「……なんだ藪から棒に」
「いやね、が『満面の笑み』になる事ってあるのかなぁって」
「……」
「興味あるだろ?見てみたいとおもうだろ!?ねぇそうだろリヴァイ!!」
「うるせぇな……笑顔なんざ何度か見てる」
「マジかよ!!クッソ羨ましいな!!私もの満面の笑み見てみーたーいー!!笑わしてみたいんだよー!!」
向かいの席で喧しく喚き散らすハンジに嘆息しながらリヴァイはふと思う。そう言えば『満面の笑み』は見たことが無かったな、と。
控えめな微笑みは何度か目にした事はあるもそれは満面の笑みとは程遠い。むしろ親譲りの無表情ゆえに、生きてきた中で大いに表情を崩した事はあるのだろうか。そこが問題である。
「……悪くない」
試してみる価値はある、と珍しく賛同したリヴァイはハンジの挙げ連ねていく作戦内容に耳を傾けながらの顔を思い浮かべるのであった。
―丸1日―
数時間後、夜の食堂にて。はいつも通り黙々と匙を口に運んでいる最中、隣に腰掛けてきたリヴァイに不思議に思いながらもその手を緩めることはせず晩御飯にありついている。
壁際ゆえに他の団員たちの好奇な視線を直に浴び、己の目の遣りどころを見失いつつも只管食事に集中した。
「水だ」
「……ありがとうございます」
たとえリヴァイ相手では無言で食事をするであろうとも好意を無視する事はない。ついでに何故に向かい側ではなく隣に座ったのかを問うてみるか考えあぐねるも食べ終わってからで良いか、と結論づけた。
さして気にすることでもあるまいと、それがいけなかったのだろうか。グラスを傾け水を口に流し込んでいるその時である。
「ど、どーもー夫婦漫才ボケ担当オルオでーす!」
「夫婦じゃないわよーツッコミ担当ペトラですー!」
「ブフォッ!!」
突如として目の前に現れたふたり。油断していたは思わず口に含んだ水を吹き出した。グラスの中で。当然顔はびしょ濡れである。
「フッ、俺の女房を気取るにはまだ必要な手順をこなしてないぜ?」
「私否定したよ」
「まぁいい、お前がそう言うならそういう事なんだろう。まったく可愛い奴だ」
「ねぇオルオ……アドリブはやめてくれない?」
「最初が肝心だ……あの分隊長は吹き出していやがったぜ」
「流石に突然目の前で漫才始まったら分隊長でもびっくりすると思うよ」
「……何にせよ俺の思惑通りだな」
「舌を噛み切って死ぬ一世一代の一発芸なら大爆笑してくださるんじゃないかしら」
隣人から差し出されたハンカチで顔を拭いながらはいつも通りの無表情でふたりを見据えている。少し取り乱してしまったが、なんというか。
「……なんだか険悪な雰囲気ではありませんか」
「……」
ペトラの本当に嫌そうな表情が如実に物語っている。こっそりとリヴァイに耳打ちしつつはのっけからただよらぬ雰囲気のふたりに先行き不安に駆られた。
漫才とは言うものの笑いどころが何一つ見いだせない現状に静観する他ない。流石のも普段のノリもツッコミでさえ発する事は出来なかった。
「じゃあモノマネ行きます」
「やめて。あんたの兵長モノマネは分隊長じゃなくても笑えないから」
「つれねぇな、ペトラよ」
「本当に……やめてくれない?」
これ以上は本気でやめて差し上げたほうがいいのでは。この一連の流れは本当にアドリブらしい、雲行きが怪しくなっていくふたりに冷や汗が止まらない。
そんなを余所にふたりは徐ろに向かい席に腰を下ろす。ペトラはの食器の乗ったトレイを引き寄せ匙を手に取り、オルオはリヴァイのティーカップを持ち片腕を背もたれに掛けた。
まるで鏡を見ているような再現度に空いた口が塞がらない。そして。
「なぁ、ペトラよ」
「……なに」
「お前は台本通りに事を運ばねぇと気が済まないらしい。それについて文句を言うつもりはねぇ」
「なら黙ってて」
「だがな、こんな流れだ。台本通りに行かない事もあるだろう……兵士ともあろう奴がアドリブもろくに処理できなくてどうする」
「台本めちゃくちゃにした張本人がよく言う。オルオこそアドリブばかりで少しは台本通りに進行させたらどうなの。お陰で収拾つかない事になってる」
「バカ言え、これも俺の思惑通りだ。きっと今頃ふたりは笑いを堪えるのに必死だろうよ」
「ねぇ、オルオ……目の前を見ても同じことが言えるかしら」
「なに、見なきゃ良いだけの話しだぜ……撤退するぞ!!」
「おふたり共すみませんでしたぁぁぁ!!!」
小芝居を始めたと思ったら目にも止まらぬ速さで走り去っていった。何を言っているか分からないと思うが以下省略。残されたとリヴァイの間には気まずい沈黙が降りた。
どうしたものか。少し離れた所に行ってしまった食べかけの食器を乗せたトレイを眺めては動けずにいる。おまけに食堂全体でさえも静寂に支配されていた。
「……まぁ、なんだ。気にするな」
「そうですね、その方があのふたりの為かもしれません」
これは何と名状すればいいのだろうか。あれか。俗に言う『シュール』というものか。そうか。
は静かにトレイを自分の所に戻し食事を再開させた。スープが少し冷めてはいるが気にするほどではない。彼女らが感じていただろう羞恥心を讃えては再び匙を手に持つのである。
そんなふたりの前に次いで食堂に入ってきたのはハンジとミケだ。彼らは異様な空気が流れている事に気付かずペトラたちと同じくの前に来ると小道具を机に置いた。
よく見れば試験管立てだ。そこには試験管が4つ程並べられている。ハンジが徐ろにその内の2本を手に取ると口を開いた。
「これからミケを使って実験するよ!今回はなんと嗅覚に関するものだ!」
そりゃそうだろうよ。誰もが同じ事を思ったという。
「まずはこの液体とこの液体を……調合!するとどうなる、おーっと無臭だ!ほらも嗅いでみ?」
「……無臭、ですね」
鼻先に突きつけられる試験管。否応なしに嗅ぐハメになりながらもは感想を述べる。おっかなびっくりになってしまったのは致し方あるまい。
「でもこれをミケに嗅いでもらうと――」
ハンジはそれを今度はミケの鼻先に差し出した。すると。
「スンッ……これは……リヴァイの下着洗濯時に流れ出た水の匂いだ」
「変なものを嗅がせるんじゃない!最悪だよ!!」
「お前らなんつーもんを……いや、これも一種のプレイか」
「あーっはっはー!!正解だよミケ、流石だねー!!ちなみに片方はただの水だ」
これはなんだ。嫌がらせか。拷問か。何が嬉しくてリヴァイの下着洗濯時の水の匂いを嗅がさられなくてはならなかったのか。疑問よりも憤りの方が勝るである。
思わず匙を落としてしまった。しかし拾うことを許さずハンジは残りの試験管を手に取った。嫌な予感がする。
「じゃあ最後にこれだ。まずは右手の方を……リヴァイ、嗅いでみてよ!」
「無臭だな」
「そうなんだ、ちなみに左手の方も無臭。こっちはミケに嗅いでもらおうかな」
「スンスン……フンッ、そうか……リヴァイの入浴後の水だな。言うなればリヴァイ汁か」
「正解!この前の遠征訓練時のものなんだ。じゃあ右手のと調合するよ〜」
「ちょっと待ってください右手のはまさか――」
リヴァイに嗅がせた理由、そしてミケの答え。予感どころではないこれは確信だ。この際どうやって入手したのか問うまい。全く身に覚えはないがハンジならありとあらゆる手段を用いて入手する事の出来る人間だ。
それが例えの入浴後の水であろうとも。だからこそ調合を阻止しなければならなず、は脊髄反射で手を伸ばした。のだが。
「おーっと。止めようったってそうはいかないよ?ミケ、リヴァイ、を取り押さえてて」
予想していたのだろう、ハンジは軽やかなステップで後ろに下がると指示を出した。両脇に大男とマッチョ。、絶体絶命である。
無表情ながら顔面蒼白になるの反応に満更でもないハンジは気色の悪い笑みを浮かべゆっくりと、それはもうパラパラ絵を丁寧に捲る様に緩慢な動作で右手の試験管を左手の試験管に傾け――遂に。
「ジャッジャーン!!リヴァイ汁とエルヴィン汁の調合完了だー!!」
「あ?」
「え?」
「は?」
杞憂だったと胸を撫で下ろせばいいのか、傍らで開く地獄の釜の蓋を閉めに取り掛かればいいのか。どっちにしろ笑えない。それはもう両脇を擽られても笑えないぐらい笑えない。意味不明な事を考えてしまうくらいには笑えないということだ。
――これ即ち、恐怖という。
「あー……ハンジ、ご愁傷様」
「スン……自業自得だな」
どこか既視感を覚える俊敏さで走り去って行くふたりの背中を見送りながらは食事を再開させ、その向かい側にミケが座る。食堂は何事も無かったかのように穏やかな時を刻み始めるのであった。
そんなこんなで行く先々で笑いの刺客は現れ続けた。『笑い』というより全てにおいて『シュール』だったのは言わずもがな、である。
はすでに食堂から続く不可解な状況を察しており、こうなったら最後まで付き合ってやろうじゃないかとどこか辟易しながらも待ち構えていた。
何故『笑わせに来ている』と理解できたのかというと一番最初に漫才があったからに他ならない。
「、見てみろ」
ずっと隣に居るなとは思っていたが「あぁこの人もグルだったんだ」と納得。初っ端からモノマネされ、カップを使用されていた上にハンジの一件でリヴァイも『こちら側』かとは思っていたのだ。
噛ませというより生贄感が拭えない夫婦漫才は讃えるとして、あの実験?クイズ?は仲間割れだったのだろうか。結論は出ない。
そして案内役?のリヴァイに導かれるがまま兵団内を歩けばエルドとグンタによる曲芸に始まり(これは単純に凄いと思った)
いつの間にか執務室の椅子と机が先輩たちにすり替わっていたり(思わず空気椅子をする膝に座ってしまった)ナナバがハンジに首輪とリードをつけて散歩してたり(あぁアレがハンジに課せられたお仕置きか)
トーマが馬でウィリーをしていたり(だから凄いんだって)ゲルガーがお酒を使って火を噴いたり(凄いと言うか危ない制服が焦げた)
ネスが手ぬぐいをシャーレットに取られてたり(なんだいつもの事か)それをシスが笑っていたり(貴方が笑ってどうする)モブリットが涙目でハンジを探していたり(本部の外に向かって行きましたよ)。
終いにはエルヴィンだ。
「、実は私は……ヅラなんだ」
「これは絶対にくると思った。だけど笑わないですよ私は笑いませんからね」
「……一世一代のボケだったのだがね」
「こんな所でそんな大層な晴れ舞台を披露しなくてもいいじゃないですか」
終始、シュールであった。
♂♀
翌日。まさか24時間体制だったとは思いもよらぬは些か寝不足気味である。原因は言わずもがな就寝中のが尽く笑いの刺客の手によって睡眠妨害をされ続けていたというわけで。
真夜中にオルオが聖域へ駆け込んできては当然ながらナイフを投げてしまい、咄嗟に目を覚ましたらそこには何やら『的』を模した板が。
『ひゃ、100点です!!』
『…………わ、わーい』
『お邪魔しましたぁぁぁぁ!!!』
彼は恐らくくじ引きか何かでハズレを引いてしまったのだろう。以前酷い目にあったと言うのになんとお気の毒なことか。
一応喜びを表現するの優しさが更に虚しさを煽ったのは言うまでもない。それ以前に人の悪癖を利用するなと言いたい。
二度寝するも肌寒さで起きれば何故だかハンジによってセクシーポーズをさせられている己。開け放たれた扉の奥には困り顔のまま震える手でスケッチするモブリット。
『ハンジ……いい加減にしないと怒るよ』
『モブリット急いでスケッチするんだ!!これをリヴァイに高値で売りつけて研究費用に――』
『早く帰れこのばかたれ』
真顔で叱る冷酷人間。その瞳は気心許した親しい間柄に向けるものではなかったと言う。
ハンジのは絶対に笑わせる体ではないと断言できる。流石にお人好しと言われるでもあれは怒るしかない。ちなみにスケッチ途中の紙は燃やした。
次いで我が物顔で侵入してきたリヴァイ。遂に案内人としてではなく己自身で笑わせに来たか、と思ったのだが彼は極々普通に布団に入ってきた。そしていつもの様に寝技をかけ。
『なに、漸く寝れ――ぬおっ!擽りは!卑怯!!』
『さぁ存分に笑え』
『まさかの!強制的な!笑いへの誘い!!……だけどね、リヴァイ。私に擽りは効かないんだよねぇ』
『なんだと……』
『スペアキー、悪用しないって言いましたよね』
『……すまなく思うがこれはエルヴィンの許可を――』
『私の睡眠を妨害した事……心底後悔させて差し上げます』
今朝、ワイヤーで椅子に括りつけられたリヴァイが廊下で発見されたのは言うまでもない。彼の表情は”無”であったとここに報告を添えておく。
ともあれ再び案内役、もといリヴァイと共に訓練場へ赴いたは新たなワイヤーをウィンチへ取り付け直した立体起動装置を装着し万全を期している。
どうやら今度は自身も何かやらされるらしい。同じく装備を整えたリヴァイが信煙弾を取り出すと説明を始めた。
「今から行うのは鬼ごっこだ」
「わりと王道路線きましたね」
「だがただの鬼ごっこじゃねぇ。お前以外全員が鬼だ」
「……まさか」
「察しの通り、捕まればその鬼特有の罰ゲームを受けてもらう」
「もはや笑わす気がないですよね」
「10秒やる。煙弾が合図だ。まぁせいぜい……悔いが残らないよう頑張って逃げろ」
「(突っ込んだら負けなのだろうね)」
カウントが始まる。笑いの刺客、24時間体制、果ては鬼ごっこだ。一体誰がこんなしょうもない事を考えたのか。そして何故リヴァイまでもがノリノリなのか。疑問は尽きない。
しかし罰ゲームは御免被りたいところなのでは颯爽と立体起動に移ると逃げるべく訓練場の森を奥へと進んでいった。ちなみに武器の使用は許可されていない。
「……この発想は無かった」
煙弾が上がると同時にどこからともなく現れる鬼たち。まさかの待ち伏せ。ここは普通鬼もスタート地点から出発するものではないのか。最初の10秒とはなんだったのか。やはり疑問は尽きない。
「!日頃の恨み!!」
「先輩……私は貴方になにかしましたか?」
「ノリだ!」
「さいですか」
木の陰から飛び出してきた鬼(先輩)の手から難なく逃れ追いかけられる。彼のマントには『スリッパ』と書かれており、絶対に捕まってなるものかとは必死に逃げた。
「捕まってくれる気はないかな?」
「残念ながらありませんねぇ」
「そっか。じゃあ本気で行かせてもらうよ」
「なになに……『団長の髪の毛を毟る』……それって私への罰ゲームではない気がしますよナナバさん」
「ちなみにこの企画は全部ハンジが考案したよ」
「あの人えげつないな」
全てはハンジの作戦だったのだとここで漸く理解した。あの人お仕置きを受けていた気がするけれどそれはまた別なのだろう。あれは明らかにハンジ自身が悪い。そう言う事だ。
タッチという名の突進を既の所で回避し撒きながら来たる刺客を待ち受ける。こうなれば一気に相手してやんよ。珍しくガスの残量を確認するは大木の枝に立ち止まり周囲に目を凝らす。
すると――四方から彼らは現れた。
「分隊長、ご覚悟を!!」
「うおっ」
「よし体勢を崩したぞ!!」
「ここでケリをつけるわ!!」
「クソ分隊長に報いを!!」
「オルオ君は私にめっちゃ恨みありますね」
ナイフの件は本当に申し訳ないと思っている。毎度お馴染みエルド、グンタ、ペトラ、オルオたちは止まることを許さず次々と攻撃?を仕掛けてきた。これでは背中の文字が見えまい。しかし。
「貴方の手料理が食べたいんです!!」
「貴方の紅茶が飲みたいんです!!」
「ウェイトレス姿を拝みたいんです!!」
自ら罰ゲームを教えてくれるのはありがたい。のだが、ハンジめ余計な事を吹き込みやがってと悪態吐きざるを得ないお題である。バレンタインの一件で隠しと通せたと思ったのにこれでは台無しだ。
「俺は――貴方で的当てゲームしたいんです!!!」
「オルオ君めっちゃ私情じゃないですか!?貴方自分で考えましたよねそれ!!!」
どうやらオルオには相当恨まれているようだ。悲しきかな。「これが冗談でした!」だとしても立ち直れまい。は流れてもいないエアーな涙を拭った。と言うか、何故全てその場でこなせるお題ではないのだろうか。
ともあれ見事なチームワークを発揮する彼らの攻撃を掻い潜る。複数戦闘が不得意なにとって中々に苦戦されられるも、持ち前の反射神経で躱し彼らの包囲網を突破することに成功した。
「ここまで来たか……」
「鬼ごっこではなく四天王戦か何かだったんですかこれ」
次いで立ちはだかるは大男、ミケだ。彼は特に構えるでもなく枝の上に立ちを待っていたご様子。油断させ隙を突く作戦なのだろう、なれば距離を取るべきだと判断し隣の木の枝に着地した。
「そう警戒するな。俺のお題はお前にとっても有益なものだ」
そう言うとミケは背を向けしゃがむ。そこに書かれた文字とは。
「『肩車』ですと……!?」
「そうだ。さぁ、俺の肩に飛び乗ってこい」
なんということでしょう。ハンジも粋なことをする。これはきっと寝る間も与えず刺客を送り続けられ疲弊した己への配慮に違いない。
青天の霹靂と言わんばかりに仄かに瞳を輝かせた自他共に認めるちょろいは飛び込もうと足に力を入れた。
――と、その時。一陣の風が吹く。ミケのマントが風に靡き捲り上がるその下に現れた制服の背中に垣間見た文字、それは――『ブレーンバスター』。
「えげつないぃぃぃ!!??」
説明しよう、ブレーンバスターとは相手を逆さまに抱え上げ頭部から落とす技である。こんな高い木の枝からやられてしまったら大変危険なのは言わずもがな。
まさかのトラップ。危うく引っかかる所だった。
「ワタシモウ誰モ信ジラレナイ」
足に籠めた力をそのまま利用しは跳躍する。そして両足を揃え。
「スンッ――飛び蹴りの匂いだ」
「私の喜びを返せぇぇぇ!!」
と言うわけで来たる次なる刺客。
「ー!私のお題は『リヴァイと混浴――」
「ハンジ、落ちてください」
射出したアンカーを弾かれたハンジは地面に落ちていったという。
あらかた鬼共を撒いたは森の更なる奥深くにたどり着いた。この場所は久しぶりだ。何を隠そう、リヴァイと共に特別訓練なるものを初めて行った場所である。
今ではもう巨人に見立てたハリボテは撤去されており刃で傷ついた幹が佇んでいるだけで。なんて思い出に浸っている場合ではない。何故なら今この瞬間、空気が変わったのだから。
「……とうとうラスボスのお出ましですか」
さらりと頬を撫でる風、張り詰めた空気。気配を消し這いよる人物。どこだ、一体どこから仕掛けてくるというのか。
はまるで壁外時のような緊張感を纏い念入りに周囲を警戒する。そして危機察知能力が――捉えた。
「――っ」
機敏な動きで回避した。元居た場所には2本の刃が刺さっておりまさかの投擲攻撃である。
「武器は使用禁止って言ってたじゃん!?」
「お前はな」
「不公平か!」
「まだ一度も捕まっちゃいねぇんだろ?ならあってもなくても一緒だろうが」
「貴方を相手に素手はちょっと……」
「チッ、仕方ねぇな。まぁ俺が素手だろうとお前が勝てる見込みはクソ程もねぇがな」
「すみません例えの基準が分かりかねます」
「うるせぇ。まったくあのクソメガネ……しくじりやがって」
「やっぱりあのお題を考えたのはあんたか。この変態オヤジ」
もうなんというか全体的に酷い。自由すぎる主催側の人間共に嘆息以外に出てくるものは無かった。
それはさて置き、ラスボスであるリヴァイは一体どんな罰ゲームを用意しているのだろうか。いつの間にか始まってしまった追いかけっこに対応しながらはリヴァイの背中を確認しようと四苦八苦する。
だが流石は人類最強、立体起動装置を兵団一使いこなすと言われるだけはある。全く背後を取らせない彼の巧みな立体起動にもどかしさが募るばかりだった。
「そろそろお前のガス残量も心許なくなってきた頃か……一気に方をつけてやる」
「捕まってたまるか!」
「ほぅ……相変わらず逃げ足だけは早ぇな」
に背中を見られまいと逃げつ追いつを繰り返していたリヴァイだったが、瞬時に鬼ごっこ本来の目的を果たそうと立体起動の速度を上げた。
これはやばい。本気の目だ。死に物狂いで逃げねば捕まってしまうだろうリヴァイの様子に危機感を覚えたは逃げる事だけに集中する。
だが、お約束と言うべきかなんというか。期待を裏切らず立体起動装置本体部分から捻り出されたガス欠音は、を空中へ放り出すには十分な無情さを響かせた。
「――っこんな時まで、楽しそうに笑ってんじゃねぇよ」
咄嗟に片腕での体を受け止めたリヴァイは心底嘆息する。いつぞやの再現かこれは。アンカーを打ち込んだ木の幹に足をつけながら見下ろせば性懲りもなく笑うが居た。
恐らく彼女はどんなに己が危機的な状況に陥ろうとも楽しんでしまうのかもしれない。苦戦すれば苦戦するだけ、難易度が高ければ高いだけ追求心という名の本能が優ってしまうのだろう。そう思わせるには十分な表情で。
「……なんでだろうねぇ。多分恐らくもしかしたら、リヴァイと一緒に飛ぶのが楽しいのかもしれない」
そして、ふわりと笑うそれをそのままに宣うがこの上なく――愛おしくて。この笑顔だ。この笑顔が何よりも見たかったものに他ならない。例え満面の笑みでなくとも控えめでいてそれで、リヴァイだけに見せる花が咲いたようなその微笑みが。
以前にも望んだ無表情を崩すほど喜び飛び回る姿。今まさに己の腕の中で見せる楽し気の貴重なそれに満足したリヴァイは鬼ごっこ終了の合図である信煙弾を打ち上げるのであった。
♂♀
24時間体制と言う事はやはり開始から24時間きっちり行われると言うわけで。への笑いの刺客は晩御飯の時間まで現れ続けたとは皆まで言わず。
一向に笑わないに臍を噛むハンジだったが、尽く笑わせに行った場所が大衆の面前、もとい他の団員たちの目の前だったのが敗因なのだと気づいたのは終わって暫く後である。
「……勝ったと言うべきかある意味負けたと言うべきか」
笑いの刺客に笑わさられたのではないのでやはり勝ったのだろうか。は何故勝敗を決めようとしているのか疑問に思いながら頬杖をついた。
「最後まで誰も笑わせられなかったなぁ。なーんか主催者その2のリヴァイは鬼ごっこの後から急に非協力的になっちゃうしさ。あーぁ、満面の笑みが見たかったのになー!」
本当は鬼ごっこの最後で笑ったという事は伏せておこう。あれは俗に言う『ノーカン』だ。そう言う事にしておく。折角落ち着いたのに今更狡いだなんだと騒がれるのは正直面倒くさいのである。
「満面の笑み……?一応目的はあったんだねぇ……ただのハンジお得意の悪巧みかと思ってた」
「悪巧みには違いないかも。お仕置きはされたけど企画はクッソ楽しかったし!」
「そう。それは良かったね」
と、そんな時。反省会も兼ねて食卓を囲むそんなふたりの傍らにエルヴィンとリヴァイがやってきた。食事の乗るトレイを置くところを見ると彼らもここで晩御飯を食べるようだ。
は頬杖をやめ斜め向かいに座るエルヴィンの頭部を視界に入れないよう努める。そんなの心境を察したエルヴィンはいつもの爽やかな笑みを浮かべお返しだと言わんばかりに口を開いた。
「私はの満面の笑みとやらを見たことがあるよ」
「なんだって!?」
落ち着いたはずの雰囲気をぶち壊すような言葉である。
「まぁ、単独任務時の演技ではあるがね」
しかし興奮するハンジの期待に沿えない一言を添えた。一体全体何がしたいんだこの男は。呆れるは今一度嘆息を零す。
「この際演技だろうが何だろうが構わないよ!私はの満面の笑みが見たいんだ!!」
「、これは命令だ。ハンジの前では絶対に演技でも満面の笑みをしてはいけないよ」
「……エルヴィン団長、罰ゲームのお題に相当腹を据えかねていらっしゃいますね」
道理である。ハンジをやきもきさせる理由はの言った通り、鬼ごっこ時ナナバに背負わせた『団長の髪の毛を毟る』というお題が発端であるわけで。
爽やかというよりどこか人の悪い笑みに変わったエルヴィンを見遣っては納得する他ない。今となっては頭部を見ても何も感じなくなったである。
「それよりも。君はまだリヴァイのお題をこなしていないようだが」
「まさかの飛び火ですか!?やめてください本人も忘れているみたいなのですから蒸し返さないでくださいお願いします」
「ははは。私の一世一代のボケを笑わなかった罰だ」
「これは酷い」
笑わなかったのは何もシュールだったからというだけでは無い。曲がりなりにも己の上官ましてや調査兵団を束ねるトップなのだ、笑える道理がないというもの。
しかしどうやらその気遣いは見当違いだったらしい。それならば遠慮なく笑えば良かった。だが仮に笑ったところで何かしらの報復はある気がしてならなず、どちらにせよ結果は同じだと思えば素直に諦める事が出来たのは皆まで言わず。
「リヴァイのお題は知らないなぁ。自分で考えてたよね。なんだったの?」
緊急事態だったとはいえ捕まってしまった事に変わりはない。甘んじて受けよう、終始謎だった疑問をハンジが代弁し問いかければとエルヴィンも耳を澄ませた。
3人から熱烈な視線を浴びながらリヴァイは暫し逡巡した後、言い放つ。――とびきり引いてしまうお題内容を。
「『クソを見せる』だ」
「は?」
「ん?」
「え?」
一同、絶句である。
「何だ、聞こえなかったのか?『クソを見――」
「いやいやいやいや」
「それは流石に」
「引くマジドン引きごめん無理触らないで近寄らないでください」
はたと我に返ったは瞬時に距離を取った。椅子がひっくり返るのもお構いなしにそれはもう脱兎のごとく目にも止まらぬ速さで。流石のハンジとエルヴィンも体を暫し仰け反り怪訝な表情を浮かべている。
混浴よりも酷い。というより最低だ、最低最悪だ。なんとタチの悪い下ネタなのだろうか。直接的すぎる。主催側のハンジにでさえ教えなかった理由にしては納得行くが内容自体納得できないお題であるからして云々。
正直、見損なった。ハンジが己とのトレイを、エルヴィンも己のトレイを手に取ると3人は速やかにリヴァイとは真方位、即ち一番離れている席に移ったという。
取り残された変態オヤジクソ野郎ことリヴァイは何事も無かったかのように食事を再開させては鬼ごっこでの光景を思い返し口角を上げた。
流石にクソを見せるは言い過ぎたか。己の虚言に自嘲しながら、その実お題は既に受け取り済みであるからして大いに満足しているというわけで。
――マントの背に書かれた『笑う』の文字はリヴァイだけが知る真実。
END.
ATOGAKI
人を笑わせるのは難しい、という教訓を学ぶ話(嘘)ありがちな展開になってしまった。
そこはかとなく原作の台詞を入れながら。何か面白い事を、というよりシュールな物を作ろう企画でした。キャラの皆さんすみませんでした。
鬼ごっこではルールを簡要なものにしておきました。長くなるので。既に長くなっているような気がしますけれどもそれは言わない約束。
オチは悩みに悩んだ結果です。悩んだ割には最低すぎてすみません。なんかしれっとした顔で言いそうだなという妄想。兵長の冗談は分かりづらいです!とか言われてそう。