She never looks back









 ―決定的瞬間:中―








午前中からリヴァイとの訓練に勤しみ午後には持ち込まれる書類を待ちつつ兵団内を闊歩しハンジに見つかれば昨晩の事を話した。 ハンジは予想通り笑い転げ何故かが相談を受けた事にも爆笑する始末。本気で削いでやろうかと思うも良心であるモブリットの巧みなフォローにより心落ち着かせ今に至る。


「まぁ人選は間違ってないだろうね。リヴァイの事ならしか適任がいない」

「今回の件は別にそう目くじら立てることでもないと思うのだけど……とばっちりは御免被りたいからねぇ。降りかかる火の粉は払いたい」

「ほら、やっぱり分かってんじゃん。リヴァイが大丈夫ってことも、自分に皺寄せが来るだろう事もさ」

「そりゃあ仲良しの自覚はあるけども。だからと言って人様の色恋沙汰に口出しするのはどうなのかと……」

「……一部分かってないところはあるみたいだ。さすが鈍感」

「何か言った?」

「いやいや」


ハンジはの話を聞いて腹筋を痛めるもあの凶悪ヅラを思い浮かべやっぱり腹筋を駆使した。 なにやら話題のマッサという女兵士が途轍もなく腹黒でリヴァイを狙うにあたって色々と画策するのでは、とペトラに相談を持ちかけられたのだとは言う。

ペトラ自身、猫かぶり形態のマッサに純粋に相談を受けただけなのだが、その前に彼女は一部で有名な性悪女ということは耳にしていたらしい。 しかし己に相談するマッサは可憐で純真な女の子そのもので。もしかしたら変な形で噂がたっているのかもしれない。でも本当だったら兵長が危ない。 自分が彼女を窘めれば何かしら報復があるかもしれないしどうしよう。ええいままよ、こうなれば冷酷人間に相談だ。そう言う事である。

ハンジももリヴァイに限ってまんまと引っかかり絆されるような事にはなるまいと踏んでいる。ハンジは確信していると言っても過言ではない。 しかしは何か面倒なことになればリヴァイから八つ当たりの様なものを受ける、所謂皺寄せが来ることを懸念しているのでとりあえず様子を見ると結論に至ったという。


「君なら報復されても痛くも痒くもないからね、やっぱり適任だ」

「ペトラさんがそこまで考えてるわけが無いでしょう天使なのだから」

……君ってもしかしてそっち系?」

「可愛いは正義。心のオアシス最高。眼福なり」

「苦手意識もたれちゃっててもめげないなんて相当なマゾヒストだね」


冗談はさて置きリヴァイの監視に戻らねば、と立ち上がるに結構ノリノリなんだなと呆れながらハンジは手を振り見送った。 珍しくも後輩に相談を持ちかけられたのだ、有頂天になるのも致し方あるまい。それで痛い目を見なければいいのだが。


「ねぇモブリット。リヴァイはどこまで分かってると思う?」

「分かりかねますが……実は全てご存知なのかもしれませんね」

「私もそんな気がするよ。が自分のために何か行動してくれるのを見て興奮してるんだろうね、きっとさ。鈍感相手にしてるんだからそれくらいは許されるだろうなんて思ってるのかも」

「……なんと言いますか……見ているこっちが切なくなってきます……」

「私は楽しくて仕方ないよ!!」


心底愉快そうな笑い声と鳩尾辺りを摩する音が廊下に漏れていたとか、なんとか。






 ♂♀






ハンジの執務室を後にしたはリヴァイを見つける前に資料庫に足を踏み入れた。話題の人物が入っていくところを目撃したからだ。そしてそれは――決定的瞬間の再来であった。


「あたし、今夜夜這いに行くわ」

「え、もう?早くない?」


音も立てずに忍び込み、様子を伺える位置に身を隠す。流石は単独任務を託されるだけはある。隠密行動は得意分野だ。 資料庫には他に人の気配はなくを合わせて3人しか居ない。話題の人物マッサとただの話し相手だろうその友人である。お目当てのふたりはに気付かず会話を続けていく。


「多分ちょろいよあの人。色仕掛けでもすればすぐ落ちるわ」

「女の噂聞かないもんね。冷酷人間とは仲良さそうだけど……あの冷酷人間だしありえないよねー」

「想像しただけでも気持ち悪いわ。それに昨日見られちゃったんだけど冷酷人間どうしたと思う?動揺して書類落っことしてんの、超面白くない?きっと恋とか経験とか無いわね。流石は干物女って感じ」

「なにそれ、言い過ぎー」


そうかそうか。邪魔して悪かったと反省した時間を返せこんちくしょう。はいつの間にか己への悪口に切り替わるふたりの会話を聞きながら内心口元をヒクつかせた。 別に悪口を言われるのは構わない。しかし事が事だ、反省を蔑ろにされては思うところもある。良心とはなんだったのか。


「そういう訳だから今夜……そうね、零時過ぎにでも行こうかしら。寝てるところを襲うなんて興奮しちゃうわ」

「いやらしい、さすが性悪女って言われるだけあるね!でもその気持ち分かるかも。あの兵長を手玉に取るとか羨ましい」

「そうでしょ?じゃあまた明日。報告楽しみにしてて」

「りょうかーい」


扉が閉まる音を聞いて嘆息。何と言うか。


「彼女……生きて帰れるといい……」


あのリヴァイの寝込みを襲うなんて勇敢を通り越してただの無謀。もしかして自殺願望者なのだろうか。はリヴァイが好き勝手言われている事よりマッサの身を案じる事の方が優先された。 今回の一件はどうなることやら。流石のも血の気が引くというもの。ともあれ寝込みを襲われる場面を見てみたい。そんな好奇心も同時に擽られるであった。

へっへっへっ。声を出さず内心で悪巧みするような笑みを浮かべ夕食の時間とあり食堂へ向かう。阻止しなければリヴァイの不機嫌ゲージが天元を突破するなんざ綺麗さっぱり頭にない。


「これは立体起動で窓の外に張り込むしかない……」


しょうもない計画を立てるくらいには面白がっている。バレれば八つ当たりではなく普通にお叱りを受けるハメになるのだが、やはりどこか様子のおかしいは人知れず単独任務時のような頭の回転の早さを無駄に行使するのだ。 まずはカーテンを駆逐してやる。食後の方針が決まったところでトレイを指定席よろしくな机に置き鋭気を養う為に匙を取るのであった。


「ヤケに楽しそうじゃねぇか、よ」


そこに現れたのはリヴァイだ。彼はいつも通り向かい側に腰をおろすと食事に手をつけ始める。


「お前のベットシーツだが、今朝洗濯に出しておいたぞ」


あんたはお母さんか。はひたすら無言で匙を運ぶも内心ではツッコミを入れた。いつもの事である。


「だがな……脱走したお前の馬がそのシーツを喰わえて行っちまって当番が取り返す際に破けたらしい」


それから数分後。漸く食事を終えたは口を拭い顔をあげた。何やら聞き捨てならない話だ。


「なんと。あ奴め……最近顔を出してないからって寂しがっているというのか」

「じゃじゃ馬の躾ぐらいしておけ。当番が泣いてたぞ」


の愛馬は脱走の常習犯だ。会いに行けばその日の夜に脱走し会いにいかない日が続くとやはり脱走するという些かはた迷惑な馬である。何度先輩に怒られたことか。 恐らくそろそろ来るに違いないが、すぐ報告しに来なかったところを見ると難なく捕獲できたのだろう。お咎めは無いかもしれないなんて希望を胸に抱いた。


「後で謝罪をしに行く。それで、換えのベットシーツは」

「今……リネン系は丁度大規模な取り替えをしてるからな。古いシーツは処分されてる。新しいのが来るのは明日らしい」

「即ち」

「予備がカラッ欠だ」

「なん、と……」


そりゃないぜ団長。どうしてこのタイミングで行う必要があるのか。そう言えば衣替えの時期か。肩を下ろし項垂れるである。


「予備も常備してねぇからこうなる。自業自得だ」

「誰かさんが頻繁に洗濯に出すからすぐ傷んじゃってゴミ袋に詰めたばかり。リヴァイのを貸して。洗って返すから」

「バカ言え、古いシーツは処分されたと言っただろうが。俺の予備も対象内だ。……まぁ新しいのが来ればそれも回収しに来る。むしろ手間が省けて良かったじゃねえか」

「いやいや、その所為で今現在進行形で困ってる訳なんだけども……どうしよう」


あのじゃじゃ馬め余計なことをしくさってくれたな。別にベットシーツが無くとも寝れるのだが後々マットレスまで処分されかねない。この潔癖症の男に。 なぜ己の寝床事情に介入されているのか甚だ疑問だがそれを渋々ながらも許してきたの過失でもある。結局のところ自業自得なのだが、まず普通の人間ならばありえない話であろう。 こんな部分も含めてお人好しと謂われる所以なのかもしれない。


「たまには俺の部屋で寝ればいい。いつも俺がお前の部屋に行くばかりだとつまらんしな」

「勝手に来といてよく言う。あそこの階層はできれば行きたくない」


ちなみに、リヴァイがの部屋に寝に来るのはそう頻繁ではない。週に一度あるかないかなのだがそれは都度変動し、そこにどのような基準が存在するのかは今のところ不明である。

それはともかくリヴァイの部屋で寝るのは何としてでも避けなければならない。あの宣言通り零時にマッサが夜這いしに来るのであればが居てはとんでもない事になる。 尚且つの計画がご破綻になってしまうのだ、それだけは阻止せねば。

かといっての寝床は無い。他に頼る人もいない。仲がいいとなるとハンジが居るが脳内会議によると「汚そう」のひとことで却下された。すまない。力およばないばかりに。

こうなれば。の思考はすぐさま回転し始める。零時前に窓の外で張り込みをして事が終わり次第リヴァイの部屋に行けば良いのではなかろうか。 そうか。そうすればいい。何故遅くなったのか聞かれたらペトラの相談の続きを受けていたとでも答えればいい。それに実際のところ今夜のことで中間報告もしなければならない為辻褄合わせも完璧。 まさに鉄壁の計画である。素晴らしい。は内心で拳を掲げた。どやっ。


「……しょうがない。仕事を片付けたら向かう。鍵は開けといてくれると助かる」

「了解だ。これから特に急ぎの仕事もねぇだろうしな……適当に過ごすか」

「寝ていてくれても構わない。そうでなくとも昨晩は十分に寝れてないのだから例え必要なくとも寝られるときに寝るべき」

「……そうか。明かりはどうする?」

「カーテンでも開けておいてくれれば良い。月夜の晩に忍び寄る影……私の得意分野」

「何だかんだいいつつノリノリじゃねぇか」

「兵士長ともなるとベットの大きさも質も違うからねぇ。交換してもらいたいくらいだよ」

「好きな時に寝に来ればいいだろうが」

「そこまでする程ではない」

「つれねぇな、よ」


完璧だ。カーテンの駆逐計画は嬉しい誤算により概ね予定通りと言えよう。マッサが夜這いしにくるにあたって鍵の心配もないばかりか、リヴァイが普通に起きていて失敗!なんて事にもならないだろう。 いやはやこんなにスムーズに事が進めるなんて単独任務でも早々あるまい。やはり天才か、そう浮かれながらはリヴァイと別れ、ペトラと洗濯当番だった兵士を探すべく兵団内を歩き回った。




 ♂♀




その頃ペトラはというと。彼女はひと足先に晩食を済ましと入れ違いで兵団内を歩いていた。途中で先輩と仕事について話し込んだりオルオに遭遇したりと時間を掛け今は兵士らが勤務する執務室へ向かっている。 監視対象であるマッサを見失ってしまったことに焦りつつどうか執務室に居て、と切望するばかりだ。

そして廊下の角に差し掛かったところで声が聞こえてきた。普段なら気にせず通り過ぎるのだが冷酷人間の名前が出てきた事により無意識に足を止めてしまう。


「大丈夫だ、はシーツが破けたぐらいでは怒らんさ。元気を出せ。それに犯人はあいつの愛馬だ」

「でも……俺が無理やり引っ張らなきゃ破けずに済んだかもしれないんすよ?どうしよ……会うのが怖いっす」

「恐らく兵長から事情は聞いているはずだ。あいつは理不尽な叱咤はしない。普通に接すればいいじゃないか。ひとこと社交辞令バリに謝っときゃなんとかなる」

「それはさすがにどうかと思っす」


どうやらベットシーツの事でなんらかのトラブルが起こったらしい。先輩兵士に慰められているその後輩が当事者のようだ。 彼の気持ちは分からないでもない。ペトラも冷酷人間に関する失態は御免被りたいところだ。

しかしは冷酷人間と言われている割には其の実、普通の上官な気がしてならない。きつい物言いではあるが自分の非はちゃんと認めるしその上謝罪だってする。 人を褒めるところは褒めるし夜分遅くに相談に乗ってくれる、むしろ良い人で。遠征中だって頼れる兵士であり仲間への危険を遠ざけ自ら危機に飛び込んでいくような。

(あら……?普通に優しい人、じゃないかしら……)

なんだか洗脳が解けるような錯覚に陥る。怖いという先入観ばかり持っていたがよくよく考えてみればそんなことはなくて。 あの崩れることのない無表情も冷酷な瞳もやっぱり怖いものは怖いけれどでも、だからと言って内面まで否定するのはどこか違う気がした。

それに先輩兵士は彼女をフォローしているではないか。彼は冷酷人間にとっても先輩ではあるが立場上、冷酷人間を恐れていないだけという態度でもない。 徐々に迫り来る違和感。その正体を理解するには情報不足と言わざるを得なかった。


「そういやあいつ予備のシーツ捨てたとか言ってたな。どうして備蓄倉庫に取りに来ないんだ?大規模な取り替えはまだ先なんだから補充すればいいのによ」

「持って行って差し上げればいいんじゃないすか?それを口実に俺、謝罪しに行ってきます!」

「いや、もう夜も遅い。は……まぁ壁外直後なら兎も角、勤務外のプライベートに介入されるのを良しとしないきらいがあるからよ。取りにこないところを見るとまだ残りの予備があるのかもしれないし謝罪は明日にしとけ」

「了解っす。はぁ……今日寝れるかなぁ……」

「まぁ悩め。そんで明日吃驚するくらい拍子抜けして今夜の分も寝ろ。これも訓練だと思えばなかなか面白いだろう」

「人ごとだと思って……普通の訓練よりきついっすよ……」


なんだか既視感を覚える台詞を聞きながらペトラは本来の目的を思い出すと彼らの横を挨拶もそこそこに通り過ぎ足早に執務室へと向った。

次いで冷酷人間の名前を聞き取り足を止める。なんだか今日はよく耳にするな、と思うもペトラが気にしていなかっただけで冷酷人間についての話は毎日のようにそこらかしこで囁かれているのだ。 恐らく違和感を感じ始めてしまった彼女がそれを敏感に感じ取ってしまうだけだろう。

場所は給湯室前。そこは廊下側からも執務室側からも出入りのできる部屋だ。良く新人兵がお茶を淹れているのを見かける。ペトラも経験済みだった事もあり当時を思い出しては懐かしく思う。 のだが、今でも人がいない時には自分で淹れることもあるので別段懐かしくともなんともなかったりする。


「てかさ、さっきも冷酷人間が兵長と晩御飯食べててさー」

「しょうがないよあの人可哀想なぼっちだもん。兵長も哀れんで一緒に居るだけだって」

「超面白くない。なんなの、そうやって可哀想な子アピールして気を惹こうとしてんじゃないの?」

「哀れすぎ。目も当てられないわ」


女性兵士が数人屯うそこからは聞くに耐えない罵詈雑言が漏れ出ている。彼女たちは恐らく新米兵だろう、それにリヴァイのファンということは明白であった。

冷酷人間を哀れんでいる。確かにそう聞こえたが実際はどうだろうか。彼は自ら進んで、というよりもうペットを構いたくてしょうがない飼い主みたいな印象を受ける。 自他共に認める大の仲良し、と見受けられだから彼についての相談を冷酷人間にしたのだ。ペトラ以外には気づかれて居ないようだが。 それに両人とも親しいですよね、と遠回しにでも確認したところ否定はしていなかったと記憶している。

それに兵士としてもお互い目に見えそうなほど信頼を築いている。これは断言してもいい。 だって目の前でふたりの様子を見たのだ。信頼し合っているなぞ紛うことなき事実他ならない。

どうしてこうも腹が立つのだろうか。どうして必死に彼女たちの言葉を否定しているのだろうか。理解しきれない違和感は徐々にペトラを蝕んでいく。そろそろ頭が破裂しそうだ、早くこの場を立ち去らなければ。 そう思い足を動かそうとしたその時だった。


「ペトラよ。そんな所に突っ立ってどうした、具合でも悪いのか?」


この声は似てもにつかないオルオのモノマネではない、本物だ。ペトラは背後を振り返ると正真正銘本人であるリヴァイを視界に入れた。 給湯室の彼女たちに聞こえてはいないだろうか、そんな不安を余所に彼は此方に歩み寄る。


「へ、兵長……。このような場所に何か御用ですか?」


兵士長ともあろうお方が何の用があるというのだろうか。ペトラは疑問に思う。


「今夜もあいつの所に行くと思って口止めをしに来た」

「口止め、ですか?」


どうやら己に用があったらしい。口止めとは何のことだろうか。恐らく相談内容のことではないのだろうと直感するも真意は分かりかねる。 しかし彼は途方もなくくだらない事を宣うのだ。顔は至って真剣なのだから余計なことは言わない方が賢明である。


「シーツの備蓄がある事をあいつには黙っていろ。今日から大規模な取り替えをしている事にしておけ」

「それは何故、でしょうか……差し支えなければ教えていただいてもよろしいですか……?」

「何やらよからぬ事を企んでやがるようだからな……ささやかな戒めだ」


それは嫌がらせと言うのでは。それはさておき先ほど出くわした先輩兵士らが言っていたことが脳裏を過る。 そうか、冷酷人間は大規模な取り替えが今だと嘯く彼の言葉を鵜呑みにして備蓄倉庫にシーツを取りに行っていないのか。なんてお気の毒なの。 と言うか大規模な取り替えがあるにしても備蓄がなくなる日なんて無い。そこら辺はうまく調節されているのだ、何故そんな分かり易い嘘を信じたのだろうか。 天然か?それとも抜けているのか?だとしたら可愛いなこんにゃろう。


「ご命令とあらば……しかし私は草麸分隊長に御恩があります。それを仇で返すような真似は……」

「そうか。お前はそう言う奴だったな。すまない、忘れてくれ」

「申し訳ございません……」


いくら冷酷人間よりも上官である兵長の命令だとしても心優しいペトラには素直に了承する事は出来なかった。人としてどうなのか。問題はもはや彼らふたりの域を出ている。 まぁこんなしょうもない事もまかり通ってしまうのだからやはりそれ程までに仲良しなのだろう。己の見解は間違っていなかったようだ。


「だが……自ら話題に出すな。聞かれて素直に答えるのは構わんが、そうでなければ隠せ」

「あの、兵長……?」

「分かったな」

「……はい」


あの憧れの兵長はいづこへ。こと冷酷人間に関してはありとあらゆる手段を用いてでも全力で構いたいとでも言うような彼の気迫に押し切られてしまったのは致し方あるまい。 なんだこれは。ペトラは去ってゆく彼の心なしかご機嫌な背を見つめながら立ち尽くすしか出来なかったという。給湯室にはいつの間にか誰も居なくなっていた。





 ♂♀





その後、漸くペトラを発見できたは彼女を自身の執務室に招き入れ紅茶を淹れた。昨日は突然のことでお湯がなかったのだ。 ハンジから拝借してきた実験用ランプでお湯を沸かしながらこれは常備品にしようと決意する。期限なしで借りるだけだ、決してパクるなどとそんな。


「おいしい……草麸分隊長が淹れる紅茶は絶品ですね。なにか特別な茶葉を使ってるんですか?」


いつぞやのおふざけ企画でてっきりハンジが吹聴したと思っていたのだが、ペトラの様子を見る限りのお茶汲み技術の事は知らないらしい。 ただお題を背負わされていただけなのか。それはそれで好都合だ、とは息をつきながら当たり障り無い言葉を紡ぐ。


「これは給湯室から許可を取って頂いてきたものです。皆さんと変わりないかと」

「別物としか思えません!こんなに美味しく淹れるなんてできないですよ……」

「経験の差、じゃないですか?新人の頃は良く淹れてましたし……まぁ、練習したのですよ」

「そうだったんですか」


雑談はさて置いて本題を話し合うふたり。夜這いと聞いた時にはペトラは顔を赤らめ大変驚いていた。可愛い。人知れず堪能するである。


「どうしましょう……止めなきゃ……!」

「そこら辺は任せてください。私が窓の外から監視しします。何かあれば追われている、とでも言って窓をぶち破ってでも阻止します」

「……え?」

「別にあれですよ、覗きじゃないですからね。決して面白がって出歯亀しようと思っているわけではありませんからね」


あ、この人よからぬ事を考えてる。ペトラは察した。それと同時にリヴァイの言っていた事を理解したという。 バレてますよ、とは言えまい。何故ならばこのぐらい派手な理由付けの演出をしなければならないのだ。恐らくが直接マッサに接触して普通に遠回しでも夜這いを妨害してしまえば恨まれるかもしれない。 の話によると本当にマッサと言う人間は性悪らしいので理不尽な報復を受けてしまう恐れがある。それは駄目だ。また先程のように彼女が悪く言われるのは耐え難い、そう思うペトラ。


「では……よ、夜這いの件はお願いします」

「結果は明日報告します。もう遅いですし今日のところは休んでください。落ち着かないのであればハーブティーでもソーサーに煎れてお渡ししますが……」

「だ、大丈夫です。そう頻繁に飲んでしまえば普通に淹れたものを飲めなくなってしまいそうで……」

「私も普通に淹れているんですけどねぇ」


視線を上方に流しながらぼやくは気が向いたら飲みに来てください、なんてちゃっかりペトラを観察するチャンスを増やそうと企むも、ペトラはそのような思惑があるとは知る由も無いのだからお気の毒である。


「草麸分隊長と兵長は本当に仲良しなんですね。普通の人なら怒られますよ、覗きだなんて」

「……覗きではないと言ったでしょう。まぁ……あの人は私の数少ない友人である事に違いありませんが……」


先ほどのリヴァイの様子や今目の前で垣間見たの様子を見るからに、やはり親しいのだと再確認したペトラ。 羨ましいと思う反面、どういう経緯でそこまで行き着いたのか興味が湧くのも無理はないだろう。


「兵長と出会う以前からのご友人は……?」


それはともかく、友人は数少ないと宣うの過去を知りたくなったのも本心だ。彼女にもお茶汲みをしていた経験などあるのだ、まさか最初から冷酷人間だった訳ではあるまい。 それなりに人間関係を築いていても不思議ではないだろう。そう思って口をついた言葉。なのだが。


「エルヴィン団長は気心しれてますが敬愛に近いもので除外するとして、後は分隊長の皆さんと、先輩……はちょっと違いますかね。あとは同期ですか。こう見ても私にも結構友人が居たのですよ」

「同期?草麸分隊長の同期の方なら私も顔を合わせる事もありますよね、どの方たちですか?」

「……恐らく、会ったことは無いと思いますよ。他の兵団ならともかく調査兵団の同期なら、もう見ることは叶わないでしょう」

「あ……」


しまった、と思っても時すでに遅し。今まで冷酷人間の同期の話なぞ聞いた覚えは皆無で。肝心なところで察することが出来なかった己をいまこの場て殴りたい衝動に駆られた。 多分、今の今まで対リヴァイの様子の印象が強すぎて見えていなかったのだろう。の『居た』という過去形の言葉も、薄らと細められた瞳でさえも。


「みんな壁を破られる以前に殉死しました。人数も多かったのですが……何故だか生き残りは私だけなのですよ。昔から悪運だけは強いみたいです」

「す、すみません……軽はずみにそのような、お辛い過去を……」

「何言ってるんです、親しかった友人が殉死するなんてここでは当たり前の事ですよ。誰しも経験しているでしょう。いちいちその事について感傷に浸っていたら――戦えなくなります」

「……っ!」

「私は冷酷人間ですからね。振り返るわけにはいかないのですよ」


あぁ、この人はなんて強い人間なのだろうか。ペトラははたと瞠目しを見遣る。彼女が言う『人並み』の経験をして、それでいて振り返ることを許さず前だけを見据える姿がそこにはあった。

冷酷人間だなんて自ら言えるだろうか。まるでそうありたいと、そう見て欲しいと言わんばかりに宣う彼女は一体どれ程の物を背負っているのか。 リヴァイ同様感じた敬意、そして憧れ。彼女は外面こそ冷酷人間そのものでありながら、其の実内面は普通の人間とそう変わりはないのでは。

何故ならば、目の前の彼女はこんなにも――優しい瞳をしているのだから。これが本心ではないと言えるはずがない。 冷酷人間という仮面から垣間見えた彼女の本質は、ペトラが先ほどから感じていた違和感の正体を理解させるには十分すぎるほどのものだった。


「さぁ、そろそろ夜這いの時間ですからね。おやすみなさい、ペトラさん」


空になったカップを視界の端に捉えながらは立ち上がりペトラを促す。時計を見れば零時まであと半刻と残っていなかった。急いで廊下へと出てペトラはに向き直り。


「おやすみなさい、分隊長」


閉じられる扉。室内には立ち竦むだけが残された。





To be continued.














ATOGAKI

敵が居ないこの場所で少しでもひとりで戦おうとする貴方の心の支えになりたいから。 ペトラが主人公の事を『苦手』から『慕う』に心が切り替わった決定的瞬間。