She never looks back
―閑話:リヴァイとハンジの対話―
「君も楽しそうだね、リヴァイ」
がペトラを探しに行った後、紅茶を啜るリヴァイの元にハンジがやってきた。ハンジはの指定席に座ると頬杖を付きリヴァイを見遣る。
「……あいつはどうしようもねぇほど普段は抜作だからな」
ハンジの言葉を否定しない所を見ると図星だったようで。しかし特に気分を害した様子もなくリヴァイはカップを揺らすと肘をついた。
「一応君の為に脳みそを行使してるみたいだけど?」
「自分の為、の間違いだろ」
「じゃあ何でちょっと『らしくない』行動ばかりするのさ。ほどの人間がこんなにバレバレになるわけないだろう?」
「ただ単に浮かれてやがるだけだ。あいつにとって兵士としての事柄以外は娯楽のひとつなんだろうよ。なんてったって自他共に認める干物女だ」
「それは今現在進行形の話で、私が言ってるのはそこじゃない」
「……どこだってんだ」
今日のはやはりどこかおかしい。詳しく言えば昨日、決定的瞬間を目撃してしまった後からだ。いつも冷静沈着で無表情を崩さない彼女。
頭の中は結構愉快な思考をしているがそれをおくびに出さない面も持ち合わせている。一部の人間の前ではその限りではないが。
「は執務に関して怠け癖はあるけど、流石に書類をばら撒いたまま去るほど不真面目ではないよ」
しかし今回は後輩の目の前でらしからぬ行動をした。たとえリヴァイもその場に居たとしても普段のからは考えられない事だ。
ペトラ達は別だろう。なんて言ったって以前、目の前でリヴァイに説教される姿を見られているのだから冷酷人間の面目も何もない。これはリヴァイの思惑通りではあるが。
「……びっくりしたんだろ。あいつは色恋沙汰に耐性がないからな」
「(多分)無頓着ではないけどね。まぁいとこに告白された時は流石にびっくりしちゃったみたいだけど」
「何故てめぇがそれを知ってやがる」
「あれ、知らなかった?はよく私に相談とかしてくれるんだよ。勿論今回の事もちゃんと聞いた」
「チッ……」
あの野郎、余計な事を。リヴァイは視線を流しながら舌打ちを零すと再び紅茶を啜った。巨人話以外の事を話ているなんざ初耳だ、そう顔が物語っている。
ハンジは人の悪い笑みでもなく柔らかな笑みを浮かべると、視線を落としてはしみじみぼやいた。
「ここ数年のは昔と大違いだ……いい傾向かな」
ハンジはが入団した当初から付き合いのある人間だ。それゆえに当時のという人間を知っている。
「昔はね、抜き身のナイフみたいな雰囲気だったんだよ。同期以外は近寄る事さえ許されなかった。まぁ実際はそんな事なかったんだけどね」
人の死も意に介さないという噂はあながち間違いではない様な雰囲気だったとハンジは語る。詳しい事は知らないが過去を聞いた今ではそれも致し方ないと思えると。
余談だが初めてナイフを投げられた団員はハンジである。それ以降はオルオしか被害に遭っていないが。それは兎も角、雰囲気は近寄り難かったが話してみれば分かりにくいまでも冗談を言う様な面白い人間だったわけで。
「……俺に対しては怖がっていたみてぇだが」
「そりゃあ君との初対面時が特殊だったからだろ?」
「……まぁな。手加減したつもりは、ねぇ……からな……」
「知ってるかい?任務から帰ってきたは青あざたくさんこさえてたんだよ。あれは痛々しそうだったなぁ」
「その話はやめろ」
「当時未成年だったいたいけな少女に対して酷いよね〜。『恐ろしかった……』ってしみじみ言ってた」
「…………」
「まぁ、当時は任務上での『敵』だったんだからしょうがないけどね。君が入団してからも近寄ろうとしない態度は面白かったなぁ」
だが今では添い寝する仲にまで発展するとは。人生とは何が起こるか分からないから面白い。歯を見せしたり顔に変わるハンジを忌々しそうに睨みながらリヴァイは居心地悪そうに足を組み替えるのであった。
「入団してエルヴィンに人徳を学んで……ここ数年では一部の人間にだけど人間性を見せてくれるようになった。これも君のお陰だよ、リヴァイ」
「……別に何もしちゃいねぇよ。その人徳とやらをエルヴィンから学んだ過程の方が重大だろう」
「いや、それだけじゃ駄目だったと思うよ。エルヴィンの事は敬愛してるけど添い寝するような類の信頼までには発展しなかったし。精神面でも支えになってるのはやっぱりリヴァイだ」
ハンジを見遣れば至って真面目な瞳とかち合う。冷やかすでもなくからかうでもなく、それはどこまでも真摯であった。
「あいつはまだ……俺に対してもどこか壁がある」
否定するようにリヴァイは言う。薄々感じては居たと。いくら添い寝の回数を重ねようとも、いくらが安堵を感じようとも魘されるのは相変わらずであり内容を話す事もなければ相談の類を受けた事もない。
壁外から帰還した直後の恒例行事でさえ弱音を吐かないばかりか平常を取り繕う。この状況を楽しんでいるとさえ宣う彼女にあの時は納得もした。
しかし、ぼっちではないと気づいただけで本当に真の心の支えになっているのだろうか。
「それは……私も君も同じ事が言えるだろう?誰しもが持つ心の最奥、砦の中にある真理。恐らくのそれだ。私はそう確信してるよ」
ハンジの言葉は恐らく間違いではないだろう。だが、リヴァイは既にそれを見せる覚悟は出来ていた。だからこそもどかしいと感じてしまう。舌打ちを零すそんなリヴァイにハンジは更に言葉を重ねた。
「は脆い。だからこそ強くあろうと殊更虚勢を張る……砦はより強固になってしまってるんだろうね」
過去の経験がそうさせるのだと。それゆえに壊すのは容易ではない。
「何が『難易度イージー』だ……『クソハード』じゃねぇか……」
「何言っちゃってんのさ。君以外だったらそれどころじゃないばかりか、砦まではたどり着けるけどそれはハリボテ以外の何物でもない。真理自体用意されていないんだ」
「そりゃどう言う意味だ、クソメガネ」
「だーかーら、君にしか攻略できないって言ってるのさ。その証拠に君と出逢ってからのは明瞭たる変化が現れてる。これは疑いようもない事実だ」
恐らく、あと一歩。何かきっかけさえあれば真理にたどり着けるのでは。ハンジの考察にリヴァイはやはり納得のいかない顔を浮かべた。
「……俺は最後まで付き合う覚悟はある。だが……あいつ自身望んで居なければそれこそ独りよがりのなんとやら、だ」
何より先日本人から戒めを頂いたばかりである。あれは『これ以上踏み込もうとするな』と言っている様なものではないのか。
ならばいくら砦の中に真理を用意されていようが此方の勝手で踏み込もうとするわけには行くまい。
「牽制されたと……一体何をしでかしたのさ……」
「それは聞くな」
「(まぁ大方の事は聞いたけど)」
「まさかお前……」
「いやいや、だって全部を相談してくれるわけじゃないよ?『押し倒された』だなんて……」
「…………」
机に落ちたカップから僅かに残っていた紅茶が飛び散ったのは言うまでもない。
「そ、それは兎も角……君も意気地ないよねぇ、押し倒したならそのまま一発ヤっちゃえば良かったのに」
「おい話が切り替わってねぇぞ。それに独りよがりは駄目だと話したばかりじゃねぇか」
「あっはっは。は『鈍感』だからね。それと同時に……本心を隠すのも上手い。どんなに親しい間柄だろうと、どんなに素を曝け出した抜作だろうとも……」
女は恐ろしいね。心底愉快そうに笑みを作り、ハンジはリヴァイがどう打開しようと奮闘するのか想像しては一層笑みを深めるのだ。
飛ぶ姿を見ていたいだとか、見ていて飽きないだとか。への想いを名状できないと宣おうとも、結局行き着く先は決まっているのだから。
「あーぁ。エルヴィンが楽しむ理由も分かるね、こりゃあ」
「……何の事だ」
「私たちは君たちの味方だよって事。それ以前に敵なんて居ないけどね」
「俺は兎も角、あいつは何も感じちゃいねぇがな」
そろそろ時間だ、そう言って立ち上がるリヴァイを見据えながら頬杖をやめるとハンジも研究に戻ろうとモブリットを呼びつける。
彼はリヴァイとすれ違いながらやって来ては不思議そうに首をかしげた。
「何だか兵長、楽しそうですね」
「言ったろ?興奮してるって。変態オヤジもここまで来ると重症だよね」
「どちらかというと……心底大切になさってる様に見受けられますが」
「なーんだ、分かってるじゃん。でも私は思うんだよモブリット」
「……?」
綺麗に片付けられた机を見遣りながらハンジは目を細める。疑問符を浮かべるモブリットは立ち上がり椅子を戻すハンジの横顔に言い知れぬ予感を覚え。
「一番鈍感なのは……リヴァイなんじゃないかなーってね」
何だかんだ言いつつも友人たちに対して思いやりを垣間見せるハンジにつられ、朗らかに微笑んだ。
END.
ATOGAKI
壁外直後の恒例行事と言うのは後々詳しく……必要悪のアレです。そういやこれ以降にしか書いて無かった。すみません。近々。