She never looks back










 ―決定的瞬間:後―









午前零時。月夜の晩に忍び寄る影――もとい兵舎の屋根にひとりの女が現れた。その正体は言わずもがな単独部隊隊長、通称冷酷人間のである。 彼女は団長直々に単独任務を託される程の腕利きな兵士だ。そればかりか壁外調査時には部隊名通り単独で動ける唯一無二の存在。

そんな彼女は只今絶賛浮かれ中。後輩に名を呼ばれ、これから面白いものが見れるというダブルパンチに内心ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべる始末。 そろそろ痛い目を見るのでは、と何処からともなくハンジの危惧する声が聞こえた気がした。

アンカーと手動で伸ばしたワイヤーを適当な場所に括り付け音もなく壁を伝って降下していく。さながら特殊部隊のようでいてその姿ははたから見れば不審者そのものだ。 数メートル下には見回りの兵士が通り過ぎていくもに気付くことは終ぞ無かったという。仕事しろ。


「ここか……」


とある階の窓の横を通過する手前でワイヤーを滑らせていた手を止める。チラリと室内を覗けばカーテンは開いており中を一望できた。 影が落ちないようにと位置は調節済みだ。窓際にはベット。その上ではリヴァイが仰向けに横たわり身動きしないところを見るとどうやら寝ているようで。 顔に乗せられた腕は煌々と輝く月光を遮断していた。

カーテンを開けておけと指示したのはだ。眩しかったんだろうな、と思うと些か罪悪感が沸き上がる。半分だけでよかったのにとは口が滑っても言えまい。 と、その時。リヴァイの腕が小さく動いた。待ち望んだ瞬間がやってきたのだ。は罪悪感なぞ忘れ念入りに位置を調節し直すと室内に目を凝らす。


「………」


午前零時過ぎ。目標を捕捉。室内に侵入してきたのはリヴァイを狙うという性悪な女性兵士、マッサだ。 事前に夜這いをするという情報を入手しこうして不審者に成り下がっているは覗き見、もとい出歯亀もとい夜這い阻止と銘打つ監視をする為ここに居る。

それ即ち、この瞬間を待っていたというわけで。マッサがリヴァイの傍に歩み寄り顔を覗き込む。彼は恐らくと勘違いしているのだろう、腕をそのままに口だけ動かしただけで動く気配は無かった。

マッサの手が掛布越しにリヴァイの体を這う。どこか欲情をそそられる手つきにの心中にモヤモヤとしたものが蔓延り始めるが目の前の光景に夢中で気にする余裕はない。 そしてリヴァイの手がマッサの腕を捉えた瞬間。あ、これ彼女終わったな。瞬時に確信する。

瞬く間に引き寄せられるマッサ。次いで起き上がるリヴァイは己の体の上に垂直に横たわるマッサを徐に掛布と共に転がすと綺麗な簀巻きの出来上がり、と言わんばかりにそれを床に放り投げた。 彼は確か『俺は紳士だ』とかなんとかほざいていた気がする。これのどこが紳士なのだろうか。戯言はマジ勘弁、は冷めた瞳でその一部始終を見ていたという。

なのだが。

床に降り立ったリヴァイはゆっくりと、否、そう見えていただけかもしれない。背を向けていた彼は緩慢な動作で頭部のみをあろうことか窓の外、即ちの方へ振り向かせ――視線を合わせた。



ば れ て い る 。



なんてこったい。下手なホラーよりも怖すぎる。何より首が。180度までは行かないまでも人間業ではないばかりか向けられた瞳は血走り呼吸を忘れるほどに恐ろしい。 思わず失禁しそうになるも我に返り咄嗟に機敏な動きで身をよじりながら足を踏み外しそうになるのを堪え操作装置の引き鉄を絞りワイヤーを巻き取る。 流石は度重なる壁外調査を生き残ってきた以下省略。急いで屋根をよじ登りワイヤーとアンカーを回収し終えると早鐘を打つ心臓ともつれる足を必死に動かし自室へ駆け込んだ。


「これはヤバイ。何がヤバイって吹き抜けの階段上から聞こえてくる不穏な足音が死へのカウントダウンに聞こえてしまうくらいヤバイ」


もはや何を言っているか定かではない。刻一刻と緩やかに迫るカウントダウンとやらに戦慄しながらあわあわと狼狽えるを未だかつて見たことがあるだろうか、いや無い。そんな感じ。 おぼつかない手つきで装備を一部固定ベルトごと外し証拠隠滅でもしようとしているのか、執務机の裏に隠すと寝巻きに早着替え。その間20秒。 最速記録を叩き出すも今後一切二度と同じタイムは出せないだろうと場違いにも確信した。

カウントダウンはすぐ傍まで迫っている。あと何歩だ、5歩くらいか。


「あわわわわ悪霊退散悪霊退散」


完全完璧予想打にもしていなかった危機的状況はの思考回路を雁字搦めにしていく。その証拠に施錠の二文字さえ頭にはない。普段から頭にないのだから語弊があるかもしれない。 が、ドアノブに手をかける音を聴いて漸く冷静に戻るのだ。こういう時はアレだ。崩れ落ちるように両膝をつき、額を床に打ち付け――


「申し訳ございませんでした」


扉が開くと同時に謝罪を口にする。お得意の土下座である。すると次の瞬間、後頭部に衝撃が走り床に打ち付けた額が沈んだ。痛い。かなり痛い。 退けられる様子もない頭に掛かる重みは如実にリヴァイの憤りを表しているようだ。蹴りの一つや二つは覚悟していたがまさか頭を踏まれるとはいやはや。予想外です!と思っていたのだが。


「なっ……お前は何故そんな所で蹲ってんだ、汚ねぇだろうが!」


すぐさま退けられる重み。そして慌てた様子のリヴァイの声。一体全体どうしたというのだ。は恐る恐る顔を上げると僅かに目を見開きながら見下ろしてくるリヴァイの顔を捉えた。 すると手が伸びてきての額を柔と撫で始めたではないか。おいそこの三白眼、これはどういう状況だ。言外に訴える。


「すまない、気付かず踏んづけちまった。今医務室から湿布持ってくるからその間に風呂にでも入っておけ。汚ねぇ」


撫ぜる手は優しいのに最後の一言は辛辣だったと報告をここに添えておく。何はともあれバレていた理由やらなんやらを早く知りたいであった。






 ♂♀






答えはこうだ。リヴァイは最初から告白してきた女兵士の噂を知っていた。エルヴィンがミケから聞いて次のターゲットはお前かもな、なんて冗談めかして話していたからだ。


『今年のマドンナが一部で風紀を乱しているらしいが……に処理させるか悩みどころだな』

『あいつにそんなくだらねぇ事をやらせるな。団員の性欲も処理できて結構なことじゃねぇか』

『ミケのところにも来たんだぞ?香水がきつすぎて追い払ったらしいが……もしかしたら次のターゲットはお前かもな』

『バカ言え、俺にだって選ぶ権利くらいはある』

『そうだったな。お前は『鈍感な女性(と書いてと読む)』が趣味だと――』

『おい固有名詞を出すな。それは趣味とは言わねぇ』


まさか本当に実現するとは露ほど思わず。抱きつかれたのは予想外だったがこれが手口なのかと冷めていたのは本当だ。その後はの想像通り制服は速攻洗濯に出した。香水の残り香を付けたままで居るわけにはいかない。

そしてに抱き合う所を見られあらぬ誤解をされているなら早急に訂正する必要がある、と兵団内を駆けずり回っていたのだが結局見つからず。 ハンジの研究室に居たとは盲点だった。そこまで頭が回らないほど動揺していた事は認める。

精根尽き果てたリヴァイはの執務室で帰りを待ち、必死に冗談ぽくならず嘘くさくならないようにどう伝えるか言い訳もとい弁解を練に練り、ランプも付けずソファで頭を抱えていたというわけだ。


『アレは事故だった……いや、お前ほど胸は無かった……いや、好みではない……いや、ワンナイトならアリかもしれん……ハッ!俺は一体何を……』


その後練ったはずの言葉は意味をなさずを震え上がらせる結果となってしまったのだが噛み合わない会話と素に戻ったの冗談めかした物言いに冷静になるというか少し腹を立てつつ決死の思いで誤解を解くに至る。


『もしかしてホラー系が苦手なのか?可愛いところもあるじゃねぇか……今度試す』


そしてペトラをゲストに冷酷人間のお悩み相談室の始まりだ。つい聖域への扉を開けてしまったのだが気づかれていない様子に安堵の胸を下ろすリヴァイ。 も下手に突っ込めば藪蛇だと思ったのだろう、何はともあれ物音を立てず過ごす他ない。


『流石に盗み聞きは人徳を欠く……ん?これは……の手記か。暇つぶしには丁度いい。小封筒?何に使うんだ……これは暗号か?いや、図解説だな間違いねぇ。あいつはこれで分かるのか?いかん頭が混乱してきた眠気が』


そしてがお悩み相談室を終えて寝室に戻ってきたかと思えば珍しいことをほざきやがるもんだから何かあると勘づくのは当然だろう。 ペトラは告白してきたマッサと食堂で話していたのだ。その内容も察している。それに冷酷人間のお悩み相談室開始直後に追い出されれば確信できた。 リヴァイ自身に関係する事、もしくは間接的ではあるがリヴァイが関わっているのは明白でまぁそんなところだろう。


『兵長と冷酷人間が訓練してるぞ!これは見ものだ……!』

『おい……なんか抜刀してるぞ?ありゃ本気じゃないか?大丈夫かあのふたり』

『……すげぇな……まるで本気の殺し合いだ……』

ー!リヴァイー!悪ノリに発展する前にやめるんだー!!』

『分隊長!!声が大きすぎます!!』


朝から、それは共に訓練していれば当たり前のものだがそれ以降も執拗に感じる視線。何を考えているのかは筒抜けだったがそれを証拠付たのは資料室での一件である。 リヴァイは資料室に入っていくを見て次いで忍び込んだのだ。は音を立てないよう慎重に入っていくのだから何かあると思うだろう。そしてマッサらの会話。


『零時になんだ、夜這いだと?ふざけるな簀巻きにしてやる。掛布は犠牲になるが香水の匂いは最低限に抑えられるばかりか風呂に入り直す手間も省ける。一石二鳥だ』


腹を立てるもこれを聞いたが何を考えるのか。

夕食を共にし確認も含めてカマをかけてみる。そしたらなんだ、鍵を開けておけやら寝ていろなどと当たり前のことを必要以上に釘を刺しにくるし、終いにはカーテンを開けとておけと。 普段ランプを付けてても何も言わない人間が何を。そこでの魂胆が分かった。窓の外から夜這いシーンを覗き見もとい(以下省略)するつもりなのだと。 計画に関わる話を終えた途端に堅苦しいタメ口からいつもの親しい間柄などに使う口調に戻ったのがいい証拠だ。〜だよねぇ。少し間延びしたそれだ。仕事が片付いたら、なんて戯言はツッコミを入れるまでもない。


『まぁあいつにとってはある意味仕事なんだろうがな』


どうしようもない悪巧みに呆れる他ないリヴァイはシーツが破れたのは事実だが備蓄がカラッ欠という嘘を訂正する気も失せ、愛馬脱走事件の被害者ふたりに口止めをし偶然見つけたペトラにも口止めをするという用意周到っぷりを発揮しつつその時を待つ。


『かくかくしかじか。にシーツは届けるな』

『まるまるうまうま。だとよ、良かったな』

『(これでいいんすか調査兵団)』


ペトラが考えていたことをリヴァイも考え至ったからを止めることはしなかった。それに何はともあれがリヴァイの為に動くのが嬉しいというかなんというか。悪い気はしない。とのことで。

興奮も然ることながらベッドに横たわり目元を腕で覆いながらもその実、完全に目を塞いだわけではなかった。窓に頭を向けている状態なのでからは見えなかっただろう、腕の下から覗く瞳には室内が映し出され。 即ち月明かりに混じりチラつく影も確と視界に入っていたわけだ。僅かなものだったがそれはそうと単独任務のプロフェッショナルが痛恨のミスを犯しているのだが本当に大丈夫なのかと心配になったとか、なんとか。


『(これは絶好のチャンスだ……ホラーを演出するにはまたとない、な)』


首は犠牲になったが固まり次いで狼狽する様を見届けたリヴァイはこの上なく満ち足りた顔をしていたという。それはさて置き簀巻き状態のマッサを見下ろし暫しの警告を。


『今回は見逃してやるが……これ以上兵団内でふざけたマネしやがったら容赦はしない。理解したならさっさと帰れ』


エルヴィン曰くに処理させるとの事で彼女の負担を少しでも軽減させたいのである。だからこそこうして自ら体を張り掛布も犠牲にして芝居を打ったと、そういう事だ。 無論、楽しんでいたのは否定しないが。

そんなこんなで今に至る。風呂から上がったの額に湿布を貼りつつリヴァイは事の真相を話終えると呆れ混じりに彼女の頭を軽くチョップした。


「最後まで騙され続ける姿は滑稽だったな。……お前の気配じゃない事ぐらい分かるに決まってんだろうが」

「じゃああの時なんて言ってたの」

「『乱暴する気でしょう、青少年のバイブルのように』」

「はいダウト。真面目に答えて」

「『書類なら明日にしろ』と言っただけだ」

「割とまともとは……」

「折角の余興だ、楽しまずにいられるか」

「はいダウト2回目。そろそろ手札も怪しくなってきたところだね」

「換算すればお前の方がダウト取られてるだろ」

「今必死に消費してるの。続けてどうぞ」

「その手に乗るか。大人しく寝るぞ」

「負けっぱなしは趣味じゃない」

「未だかつてお前が俺に勝てた所を見たことがない」

「……ポーカー弱い癖に」


勝手に勝負事に持ち込み終いにはナメた事をほざくを冷めた目で見据えながらリヴァイは嘆息する。何はともあれ彼が終止符を打つ事で窓をぶち破られずに済んだばかりか丸く収まったのだ。 それもこれも誰の為だと思っているのか。態々くだらない茶番に付き合い手を這う感触に不愉快な思いをしてまでここまで来たと。口にしないまでも少しは労われと言いたいところである。


「それで、マッサさんはどうするの。まさか簀巻きのまま放置とはいかないでしょ」

「今頃抜け出して帰ってるだろう。……恥の上塗りは性悪女のプライドが許さんと思うが」


釘も刺した事だ、恐らくこれ以上マッサは何もしないだろう。従って余計な情報をに与えるまでもない。何故ならエルヴィンの憂いを取り除こうと発起しそうであるからにして、そうなれば今までの苦労が水の泡になってしまうのだから。


「なら早急に寝る。流石に眠い」

「やけに素直じゃねぇか、よ」

「……からかうなら今からシーツ貰ってくる」

「まぁ待て落ち着け早まるな安眠はすぐそこだ」


まったく可愛げのない癖して義理は確と分かる奴だ。それに自分の非は認めているのだろう、ついと逸らされた視線は全てを物語っている。 たとえ動機が不純だとしても悪い気はしなかった。微笑ましい恋人を見守るような――いやいや待て、と。リヴァイははたと我に返る。

(まさか……な……)

その実、浮かれていたのは己だったのかもしれない、と。楽しんではいたが己は同様『らしからぬ』行いをしていたのでは。団員に口封じやら剰えいつもなら億劫な行動でさえも。 一体誰の動機が不純だったのだろうか。

(こんなオチがあってたまるか……俺は認めねぇ絶対に認めてなるものか)

何やら思い詰めたように固まるリヴァイに対して訝しむ目を向ける。当の本人は終ぞ気付くことはなかったという。





 ♂♀





早朝。ふと目が覚めたリヴァイはカーテンから漏れ出る朝日に目を瞬かせ次いで懐中時計を見遣った。短針は普段起きる時間よりも少し遅い場所を指している。 そろそろ仕度せねば就業時間に間に合うまい。いつの間にか下半身を曝け出されている現状に呆れながらも上半身に集中する布団を捲り、そこで漸く隣で寝ている筈の存在が居ない事に気が付いた。 奇怪な寝相の持ち主だ、ベットの下にでも落っこちたか。そう思い至り床を覗く。しかし予想を裏切りそこには昨夜の簀巻きの抜け殻しかなかった。


「どこ行きやがった……」


流石は単独任務を以下省略。リヴァイに気付かれず抜け出すとはやりおる。なぞと感心している場合ではない。 怪訝な表情を浮かべながらリヴァイは床に降りるとそのまま洗面所に向かった。も仕度しに戻ったのだろう。 起きたなら一声掛けろとお叱りは後回しにするとして時間も無いことだ、早急にお風呂に入ろう。そう思い扉の取っ手に手をかけた。


――言い訳をしよう。寝起きで頭が回りきっていなかったのだと。


開け放たれた扉。そこに見えるは。


「……オ邪魔シマシタ」


どこか既視感を覚える台詞と共に扉を閉めた。気配を察知することができなかったとは不覚なり。沈まれ俺のジャックナイフ。これは生理現象だ。なんてったって寝起きなのだから致し方あるまい。再び言い訳を脳内で繰り返す。 むしろ行動を起こさなかっただけ褒めてもらいたいものだ。とは思うものの罪悪感からは逃れることは出来なかったという。


「気分はどうです?」

「……強いて言うならあまり良くないとだけ」

「人の裸同然の姿を見たというのに失礼な野郎ですね」

「バカ言え、俺にも事情と言うものがだな……」

「言い訳は結構です。まぁ、タオルで隠れてましたけどね。目くじら立てるほどの事でもありません」

「……その敬語が如実に心境を表しているが」

「そこは深く突っ込まないのがセオリーと言うもの。デリカシーを持って。私は傷心した」

「……すまない」


それはもう、色々と。疚しさ半分、罪悪感半分と言ったところか。扉から顔だけを覗かせたに背を向けたままリヴァイは額に手を当て項垂れた。 そもそも何故は風呂に入っていたのだろうか。昨夜入ったばかりの筈。それに彼女はリヴァイの部屋の風呂なぞ一度も使ったことがないと記憶している。 別に勝手に入るなとは言わない。ただ珍しい事もあったものだな、と驚いているだけで。


「まったく……誰かさんのお蔭で恐ろしい者に追いかけられる夢で寝汗が半端ない事になった。勝手に入ったことは謝るけど覗きはそれの対価とでも言うつもりなの」


洗面所から出てきたはいつもと変わりない寝間着姿だった。恐らく以前リヴァイが借りた1枚だろう。洗うために持って帰ってきて返すのを忘れていた。故意であったのは言わずもがな。 そしてあの体を覆っていたバスタオルを頭に被りガシガシと髪の毛を拭くという聊か雄々しい姿である。子供向けのお化けみたいになっているのだが前は見えているのだろうか。 なぞと思いながら一瞥するに留めリヴァイは窓の外に視線を戻しどこか遠い場所に思い馳せた。背中に突き刺さる圧力に気付かないふりをしながら。


「事故だ。お前に対して風呂を使うことも他の事も制限してねぇよ。対価も要求しない」

「そうだね。要求されたらどうしようかと思った。だって貴方は私に対してツケがありすぎる」


対価を要求されたら普段の寝室を我が物顔で使っているリヴァイは何だと言うのか。そういう事だ。しかし無論彼はとやかく言うつもりは毛頭ないわけで。


「なぁ、よ」

「……何」


も今更な事、と言うより無意味な論議をしたいわけでもない。すなわち。


「『恥じらい』の表現法はもっと他にあった筈だ。顔を赤らめるでも俺を殴るでもやりようはいくらでも、な」

「…………」

「まぁ、色気も減ったくれもないのは今に始まった事ではないが……」


なりの『恥じらい』。恐らく憤りも確かにあったのだろう、だがそれを醸し出しながら敬語の裏に潜む感情。 いつものロングシャツに生足という大層な格好をしているというのにいまいち色気がないのは彼女の言動の所為である。

なぞと失礼な事を宣うリヴァイは押し黙るを怪訝に思い振り返った。いつもの辛辣な突っ込みが入ると予想していたのだが彼女はその場から微動だにしない。 これは相当怒らせてしまったのかもしれない。口が過ぎたか、リヴァイは再び謝罪しようとの頭に手を伸ばした。のだが。


「――っ」


ハラリと落ちるバスタオルをつい目で追い、何事だと窘めるようにの顔に視線を戻す。しかしそこで目にしたものとはリヴァイの想像を遙かに超える光景が。


「……お、ま……てれ、て…………は……?」

「私だって女としての恥じらいは持ち合わせているのだけど」

「耳まで……これは夢か?俺はまだ夢を見ているというのか?それとも天変地異の前触れ――」

「一か月添い寝禁止。バーカバーカエルヴィン団長にセクハラされたって言いつけてやるさようならクソ野郎」

「ガキかお前はってオイ待て早まるな――」


彼女の足は無駄に早かったという。目の前で閉じる扉に手足を打ち付けたリヴァイは暫くの間動けず目を瞬かせひとりごちるのだ。


「ありゃ反則だろうが……」


顔どころか耳まで赤く染め、無表情といっても過言ではないがそれでも僅かに眉を顰めては唇を噛みしめるそれのなんと物珍しい事か。未だかつてのあんな変化にお目にかかったことがあるだろうか。いや、無い。 普段から際どい寝間着姿を恥じらいもなく晒していたに限って、そんな、馬鹿な。しかしつい今しがた目にしたものは見紛う事なきリヴァイ自身が望んだ『恥じらいの表現法』であるからにして。 流石に演技でだってこうも赤くなることはできまい。という事は。


「夢ではない……やはり現実か!」


頬の痛覚を噛み締めるようにまるで世紀の大発見をしたと言わんばかりに驚愕するリヴァイがその後何度も同じ場所を抓ってみても真実が覆される事はなかったという。 こうなるなら捕らえその顔を余すことなく堪能すれば良かった、とその前のラッキースケベも思い浮かべながら残された部屋でただひとり立ち尽くすのである。


――かくして今回、決定的瞬間を幾度となく目の当たりにした彼女らの騒動は幕を閉じたのであった。





END.










おまけ

「どうしよう。私はもうお嫁に行けない」
「あー……『痛い目みた』んだね。まぁでも自業自得と言うか何と言うべきか……」
「兵長は最後まで美味しいとこ取りですね。羨ま――けしからんです」
「こうなったらエルヴィン団長にチクるしか……!」
「それだけはやめておいた方がいいと思うよ」
「兵長の命が危ないですからね」
「じゃあこの悲しみはどこに向ければいいと言うの」
「バスタオルで隠れていたんだろ?いつもの寝間着とそう大差ないじゃないか。恥ずかしくともなんとも無いって」
「俺も最初見たときは驚きました……過激すぎます」
「たかが布一枚、されど布一枚。バスタオルで隠れていたのは前だけ。後ろは丸見えだったこれは重大な問題」
「あぁ、それはちょっとね……干物女には耐え難い羞恥かもしれない」
「それならばさんも兵長のを見てしまえば良いのでは?」
「――!!その手があったか。よし早速見てくるふたりともありがとう」

「……モブリット、私と立体起動で屋根に登る気はないかい?」
「兵長のあの逞しい鍛え抜かれた筋肉は興味はありますけど流石に専門外と言いますか……」
「そっか。ふたりの様子をスケッチしてもらおうと思ったんだけどなぁ」
「分隊長、悪趣味すぎます」

おわり








ATOGAKI

たまには大好きな王道路線。だが進展はしないというもどかしさ。 うわ〜とうとうペトラ攻略しちまった〜もっと蔑まれたかったのに〜と言うわけでペトラも冷酷人間の本質の一角を知る人間の仲間入りを果たしました訳ですが。なんだかむず痒い。蔑まれたい。うずうず。 回答編と言うわけで一部長ったらしくなってしまいましたが決して手抜きではry兵長の独り言をお楽しみください。
マッサさんの夜這いと実は浮かれていた自分に気付いてしまった兵長と主人公の恥じらう決定的瞬間。