She never looks back









 ―今更だな―









いつもの様に聖域へ足を踏み入れる。鍵を開け、と思ったら閉まりやがった。あのクソ無用心また施錠し忘れてやがるな。 今度という今度は許さん。逃げようが上手く口上を並べ立てようが泣き喚こうが許してなるものか。まぁ、流石に泣きはしないだろうがな。 あいつが泣いたところを親族以外で見た人間がいるなら面を拝んでみたいものだ。すぐ身近に居るということはこの時の俺が知る由もない。

無駄に捻るハメになった手首の骨を軽く鳴らしながら扉を開けばそこにはいつも通り奇妙な寝相のお陰で上半身にまとまる掛け布団。 それに生える生足。いつか歩き出しそうな布団だな。自分で考えておいて思わず笑いそうになるのを堪えながらそれを捲った。


「………起きてたのか」


予想外にもバッチリと目が合う事に驚いた。不躾にも捲られた側のは急激な明暗の差に瞳を瞬かせながら僅かに目を据わらせ。


「お帰りください」


つれない事を宣う。よ、俺の顔を見るなり追い出そうとするのはやめろ。 傷ついちまうだろうが。そう口にするものの言葉は返ってこなかった。


――あぁ、今日は冗談が通じない日か。昨今の様子を思い返し納得する。


壁外から帰還したその日には冷酷人間本来の役目を果たす。仮面を自ら被り始めた所以であるそれだ。 仲間を亡くし負の感情で雁字搦めになってしまった後輩の捌け口として慟哭を受け止める。必要悪として。 正直、どのような口車をもってして感情を引き出しているのかは知らない。の事だ、自分を犠牲にして巧みに悪役として振舞うのだろう。

そして罵詈雑言の嵐の中で自らも叱咤し奮い立たせるのだ。自分のせいだと、仲間を死なせたくないからもっと強くあろうと言い聞かせる。

とんだマゾヒストだ。優しさの使い方を間違えている気がしてならない。だが、はそれ以外の方法を知らない。 否、別の方法では意味がないと分かっている。普通の優しさを全面にさらけ出し親しい間柄を増やしてしまえば失った時の衝撃が大きいのだから。 そしてその死に対して立ち続けられる自信が無いのだ、この強くあろうと殊更虚勢を張り続ける人一倍脆いと言う人間は。

だからこそ、後輩らから受ける負の感情で己を叱咤し奮い立たせる。それを逃げだと捉えるか、卑怯だと捉えるかは好きにすればいい。俺はただ。


「馬鹿が」


そう、ひと括りにしてしまう事しかできない。

布団を剥ぎ取り身じろぎひとつしないを跨ぎ組み敷く。乱れた寝巻きのボタンに手を掛けゆっくりと外していくも、は反応を示すことはない。 シーツと同色である白いそれの合わせ目から覗くきめ細やかな肌に目を晦ませては思わず舌舐めずり。

ラッキースケベだかで垣間見たことのある肌色は今目の前にある。手を伸ばさなくとも触れられる距離に。 だがまだその時ではない。全てのボタンを外し終え控えめにはだけさせては恍惚と見下ろした。

決して大事な部分は晒さずその着衣なんちゃらを堪能するように視線で舐め回す。下から上へ。上から下へ。 下着と下腹部の境目から臍を辿り引き締まる腹筋、薄らと浮かび上がる肋骨の間の鳩尾、そして。

着痩せする胸は重力に従い本来の膨らみがなりを潜めていた。本来ならば谷間にあたる場所がもの寂しさを訴え掛けてくるも、俺だって両側から寄せてみたいのは山々だが我慢しているのだ。 誘惑するのは勘弁してくれと今はただ遮る白に隠れたそれを想像するだけに抑える。

だが情けないことながら目の前のご馳走に我慢できず視線をそのままに顔を寄せた。寝汗でしとるそこからは鼻腔を擽り兆発的な香りを発する。 生意気なやつめ。お望み通り口を開け躊躇うことなく舌を伸ばしてはその淫乱な肌に這わせた。 胸元から鎖骨へ、鎖骨から首筋へ、顎下を沿うように耳元へたどり着けば徒に吐息を混ぜその名を呼ぶ。


「……


やはり反応を示さないは虚空を眺め思い耽る。不感症なのだろうか。答えは否。外界から意識を切り離し五感は全て遮断されているだけだ。 そうか、慟哭を浴びただけでは無かったのかと思い至る。今朝本部の入口ですれ違ったのは遺品を届けに向かう為だったというわけで。

それならば思うところもあるだろう、は直属の部下を持たないゆえに遺品処理の経験が不足している。恐らく殉死した先輩班長の代理だ。 あの班はとは真方位の場所で奇行種と対峙し駆けつけた時には全滅していたと報告を聞いた。 間に合わなかった、と小さく零した言葉は俺とエルヴィンに届くだけで周囲の慌しい騒音にかき消され。

律儀と言えば聞こえはいいかもしれないが間に合わなかったのは何もだけではないと言うのに、責任を感じ遺品処理を引き受けるなんぞこいつに限りやはりただの馬鹿だと言う他ない。 特殊な役割を担う業はあまりにも難く、それゆえに鋭利な刃となってその切っ先を心に食い込ませるのだろう。

それに甘んじて痛みに悶えるは正真正銘の大馬鹿者だ。





今一度、名を呼ぶ。まるで人形だ。いつかみた夢のように身じろぎひとつしないその身体に健在する温もりだけが唯一の救いか、確かめるようにされど味わうように舌を滑らせ時に唇で啄み目標を捕捉。 視野を定めその浮き上がる鎖骨に歯を立てた。早く起きろ、食いちぎるぞ。血の滲むその場所を舐めてはの顔を見遣るも無防備に薄く開いていた唇を貪りたい衝動を抑えなくてはならざるを得ない。藪蛇だったかと目を逸らそうとしたのだが。

――は俺の葛藤をまるで嘲笑うかのように徐に瞬き漸く反応を示した。ゆるりと視線を此方に向け意識が浮上すると共に感情が現れる。 こいつはその瞳が俺を煽り立てているとは知らないんだろうな。悪戯心からか迸る高揚感からか思わず口が滑った。


「抱いちまうぞ」


そして、この時の俺もまだ知らない。好き勝手嫐り弄んだ身体を衝動のままに抱かず、むしろ意気地無いと言われても道理な範囲でしか触れられなかった理由を。

心中に燻らせておいた感情に目を背け、愛だの恋だのとひと括りにする事は出来ないのだと嘯いた愛おしさと共に抱いた感情を。 飽きないからと至極真っ当な理由で誤魔化し、今はただこのままで居たいという建前と虚勢の裏にひた隠した感情を。 信頼からくる距離感、関係性、理解者、そこはかとなく滲ませる依存心それら全てをひっくるめ丁重に胸の内に閉じ込めた時に這いよる感情を。

温もりを手放さんとし、ひしと抱きしめ眠る度に責め立てるように襲うその感情を、俺は。


「……変態」


――今この瞬間に身を震わせる理由なぞ、まだ知らない。



END.







ATOGAKI

_人人人人 人人人人人_
> 突然のカンノウ要素 <
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