She never looks back









 ―今更だね―








微睡みの中でひやりとした感触が背後を覆い身震いをひとつ。またか。寝たふりを決め込みいつも唐突に這いよる男に背を預けては固定されていく息苦しさに呻き声を上げた。 ひとしきり抱きしめる腕に力を入れたと思えば瞬時に緩み苦しみから解放される。この一連の流れに一体どのような意味があるのか、いつからか習慣化されたそれについて問いかけた事はない。

何かを確かめるように、温もりを与えるように。むしろ奪われている気がするけれどこの男、リヴァイは基本的に体温が高く真冬には有難いのも事実。真夏にやられると本気で殺意が沸くのだが。 そんなにひっつかなくとも私はどこにも行かない。何故なら寝るからだ。それ以外に何をすると言うのか、リヴァイはまるで縋る様に身体を絡めては退路を断つ。

不定期にこうしてやってきては床に就く。最初は月に数回。時が経つにつれ今では週4日と順調に回数を増やしている。嘆かわしい事だ。確かスペアキーを預かってから格段と増えた気がする。 エルヴィン団長は何を考えてリヴァイに鍵を託したのか分からないでもない。ただそれが添い寝の数が増える理由にはならないと思うのは私だけだろうか。


「……


不意に名を呼ばれ思わず反応しそうになる。寝たふりを決め込んだ手前奥歯に力を入れるだけに留めては次いで発せられるだろう言葉を待った。


「いい加減学習しろ……」


いつの間にか向かい合わせにされ薄らと瞼を持ち上げれば寝巻きから覗く鎖骨。思わず噛み付きたくなる衝動を抑えては再び目を閉じる。


「下着をつけろと何度言えば分かる……誘ってんのか」


何を言っているんだ、この男は。勝手に侵入してきた挙句私の習慣にケチをつけるとはいただけない。終いには物騒な事を言うなんて本気で然るべきうんぬん。 ピクリと眉が動いてしまったのは致し方ない事だ。そして密着する胸元に意識が持っていかれるのも言わずもがな。

一度だけ態とらしく身じろぐ身体に翻弄されながら項に触れる指がこそばゆいのなんのって。さわさわと撫ぜ次第に脊椎を沿い降下していく名状し難い感覚。 腰椎周辺で留まり意地悪くまさぐられてしまえば耐えられる筈もなく。


「どうやらお前は寝ていても感じるらしい……おもしれぇな」


頭上からどこかふしだらにされど無邪気に紡がれた囁き。ゾクリと背筋が震え快楽に染まるような錯覚。翻弄されながら迫り来る快楽に身をよじる。


「物欲しそうによじるんじゃねぇよ……」


心底愉快だと、揶揄う声音。低く。地を這うそれは鼓膜を震わせ脳内に反芻し何度も犯しては弄ぶように響いた。 逞しい彼のおみ足にすり合わせる足が、下腹部が、胸が更なる快感を、と。歯止めが効かなくなると続く呟きに自ずと求めそうになるのを堪えるのが精一杯で。


「なぁ、よ。お前は俺を――」


リヴァイは何を思い、何を感じ唐突にその言葉を紡ぐのか。私に分かることはただこの人は『生』を『存在』を確かめたいだけなのだと言う事。


「――いや……なんでもない」


この人は多くを語らない。無駄に長い話はするくせに、大事な部分は察せと言わんばかりに口を閉ざす。私なんて比ではない程に。 いつぞやに立て直したと思った危うい均衡が少しだけ傾く瞬間。やはり私はこの人を理解できていないのだと実感するこの瞬間こそが今更だと思うのだ。

何故ならば。


「俺の砦も強固になっちまってるんだろうな」


どんなに真理を見せても良いと宣おうとも、彼もまた偏に砦を護るひとりなのだから。

それが浮き彫りになるのは単独任務直後はさて置き、それとは別に壁外から帰還した翌日の晩。今日のような、静かな夜。帰還直後ではなく必ず一日置く理由は考えなくとも分かる。 冷酷人間である私への配慮と、何かしら思うところがある彼ならではの時間を過ごしているに他ならない。

一線への侵入、傷の舐め合い、弱みの共有。それを良しとしない互いの砦。その真理を共有する事は理性が歯止めをする。恐らく、私たちが性行為をする時はそれを捨てる覚悟が出来た時だ。 自分の全てを曝け出しても良いと、生まれてから今まで必死に守り続けてきた最奥の砦である真理を見せても良いと思えたその時こそ。

躊躇いがちに嬲りまるで私の葛藤を嘲笑うかのように喉を鳴らすリヴァイは、挑発するように指を腰から骨盤、足の付け根へと滑らせていく。 そのもどかしさが更に私を煽り立てているとは知らないんだろうね。寝巻きの裾をたくし上げるように下から上へ手のひらが這い、捲られ顕になる下着に指を掛けられた時―― 無意識にも上げていた顔をそのままにはたと目を開ければ視線が交差した。


「っ……」


そして私は知っている。このまま快楽に溺れ貪り尽くしたい衝動に駆られては臆病にも手を伸ばせず耐える理由を。 鈍感だなんだと思わせただ只管心中を悟られないようにと足掻けば足掻くほど泥沼に引きずり込もうとする感情を。 好意を突っぱねては強引に抱きしめてくる腕に甘んじその温もりに包まれながら安堵の息と共に吐き出す感情を。 信頼からくる距離感、関係性、理解者、そこはかとなく滲ませる依存心それら全てをひっくるめ丁重に胸の内に閉じ込めた時に這いよる感情を。

温もりを手放さんとし、身体を委ね眠る度に責め立てるように襲うその感情を、私は。


「起きたか、狸寝入り」


――今この瞬間に背を震わせる理由を、知っている。








END.
















ATOGAKI


_人人人人 人人人人人_
> 突然のカンノウ表現 <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄