She never looks back
そこに年明けとかの概念はあるのだろうか。
※おふざけ回です。
―運試し:表―
世間は年がなんだかんだと騒ぎ立てているそんな中。年末の大掃除という1大イベントを終え清々しい余韻も然ることながら、年の瀬を過ごし新年を迎えた今日この頃。
培われた掃除スキルも相まり舐め回しても苦ではない聖域――実際にはそんな事はしないが――の一角、そこで向き合う俺とは別に見ようとしていたわけでもない初日の出とやらを拝みながらいつも通りのノリで年明けに生を実感していた。
調査兵団という死と隣り合わせの環境に身を置いていながらも、生きて年を重ねられた喜びを噛み締めるように。
「年が明けましたね」
「そうだな」
「今年は何年ですか」
「84――」
「皆まで言うまい……問題は新年を迎えた、それだけです」
「問題……? さっさと結論を言え」
「リヴァイ、是非ともその人類最強のお力をお貸し願いたく存じます」
「あ……?」
こいつはまたろくでもない事を考えている。これは確信だ。新年早々何をたくらんでいるのか正直見当がつくようなつかないような。
しみじみと生きている喜びに対して感傷に浸るわけでもなく。新年くらいまともにやろうと真面目な導入にしたはいいものの、それをことごとく台無しにしやがった張本人に連行されるがまま俺は朝の見ず知らずな郊外の街に踏み入れる事となる。
「やはり年始の市場は活気があって良い。此処は壁内有数の大規模市場、人類領域各地の名産品と新鮮な食材や物が揃う言わば楽園(エデン)でありこの日だけは全てが特別大特価、更には――」
「……まぁ、落ち着けよ。要は年に1度のバーゲンセールでまたとない買い物日和って事だろ」
「貴方が人の発言を要約するとは珍しい」
見渡す限り人。人。人。すれ違うなんて次元ではない。行き交う人間全員が押しのけるように歩く事を余儀なくされる人混み。
そんな壁内人類の数割が集っているのではないかと疑うような密度にもかかわらず、飄々とそれを縫い進みながら露店に意識を拡散させる。
会話は続いているものの、こいつは本当に相方の存在を認識しているのか甚だ疑問である。
いつぞやの様にはぐれないよう着いて行くのも一苦労な俺は些かゲンナリとキャスケットの下で眉を寄せた。
同じくキャスケットを被るは小柄さも相まりひと度目を離してしまえば見失いそうだ。
「オイ、よ……手を貸せ」
もはや露店に並んでいるのか街路を進んでいるのかその境界も混沌と化している中、行く手を阻まれていたのだろう立ち止まるに手を伸ばす。
恥を忍んで。この人混みに乗じた救済処置だと誰に言うでもなく言い訳を心中で念じながら。
「私は貴方の力を貸して欲しい」
「それは分かった。いいからはぐれる前に掴ま――」
此方に見向きもしないに痺れを切らし垂れ下がる腕をとろうとした。のだが、既のところで躱される。
こいつは分かっててやっているのかどうなのか。ショックを受けながらも腕の行き先を目で追う。そこには。
「はい、これ持って」
何やら食材が詰め込まれた紙袋が。なるほど。そういうことか。露店を見遣れば普段じゃ考えられない金額がなぐり書きされたプレート。
大特価とは伊達ではない。それはさて置きこいつは店主から荷を受け取る為に腕を動かしただけであって決して俺の手を躱したわけではなかったらしい。
代わりに此方へ伸ばされた手には購入したての紙袋が握られているのが何とも言えない気持ちにさせられるのだが。
「次はあそこかな。良質なお酒が安い。今夜はみんなで宴会する事を考えると多めに買わなければ」
「…………」
「ほら、はぐれちゃうよリヴァイ。ちゃんと付いて来て」
背伸びをして周囲を確認する仕草は微笑ましいの一言に尽きるが如何せん言動が可愛げのないもので。何より俺の台詞を取るなと言いたいところだが残念な事にこの場ではが主導権を握っているのだから素直に付いて行く他ない。
一度だけ振り返ったこいつの目が色々と本気だったのも後押ししていたとはここだけの秘密である。
器用に体の接触を避けられるはずもなく、もどかしさを募らせながら次から次へと露店を巡る。活気が溢れているのは大いに結構だがどこからともなく怒声が聞こえるのは気のせいではあるまい。
人が集まる場所なのだからアクシデントもトラブルも付き物だ。新年早々巻き込まれたくはないが、それはそうと前を行くはいつぞやのはぐれる原因とも言えるトラブルに見舞われる事なく難なく進んでいる。
人の波に上手く乗れていると言うべきか、あの時は馬を連れていた事もあって手ぶらの状態では話が別らしい。かくいう俺はの巧みな先導によって難なく進めている。良かった。しっかり俺の存在を認識してるんだな。
「……ついでに普段入手しづらい食材の吟味という大前提は皆まで言わず置いておくが……何故宴会の買い出しってだけでこんな大規模市場に足を運んだのか……」
律儀にすみませーんだかなんだか言いつつ人の合間をすり抜け、スリに遭えばその手を掴み何も言わず取り返し何事もなかったかのように歩みを止めず、そのまま流れるように露店の店主に代金を支払い品物を紙袋に入れていく。
手馴れてやがる。人混みとは無縁そうな、どちらかというと人気の少ない路地裏を縄張りとしているような奴の行動とは思えない程の手際の良さを見て疑問に思う。
宴会の買い出しはともかくとし、いくら特売目当てだとしてもよりによって年間で最も混み合うであろう壁内有数の大規模市場を選んだのか。
噂には聞いていたがいくらなんでも足を運ぶには甚だ遠慮したい場所にもかかわらず。剰え滅多にもらえない連休中だというのにこの干物女が引きこもらないなんて。
「勘違いするでない……年始限定の大規模市場は私にとって年に1度の一大イベント。即ち赴くことは恒例行事。ついでなのは買い出しの方、頼まれただけ」
「毎年出向いてんのか? 意外にも程がある」
「この日だけで1年分の外出する気力を根こそぎ持っていかれるといっても過言ではない。普段引きこもっているのはこの所為……というのは大げさかな。
ちなみに大規模市場は壁内の各地で催されている。私は年毎に東西南北行く場所を変えて……そろそろ制覇できる予定」
なるほど。どうやらこいつは人混み自体に好悪はなく自ら進んで大規模市場に足を運んでいるらしい。普段の買い物なぞ足元にも及ばない程のルンルン気分で。
「今年はどこに行こうかな、買い出しも頼まれたし近場のここにしよう」そんな感じか。余談だが各地で開催されているこの大規模市場の明確な数は不明である。
「唯一の嗜好が年に一度の市場巡りとは……ある意味規模が違うな」
「……この際だから言っておくけれど、私だって他に趣味を持ってる。節約とか」
「そりゃ趣味とは言わん。根付いちまった性分だ」
いつの間にか俺の両腕にはが買い付けた物で溢れている。何が人類最強の力を貸せだ、ただの荷物持ちじゃねぇか。ふざけやがって。
なぞと今更の事を悪態つきながら甘んじて付き添っている現状、ちゃっかり自分の分も買う俺も俺である。
「今日は私の奢りである。なんでも好きな物を買うといい」との事で恐らく荷物持ちへのお礼であろう言葉にこれまた甘んじる事にした。
そんなこんなで道中の一部始終をお見せしよう。
「おう! お揃いの帽子かぶったそこの坊主ら! 兄弟でお使いか?」
「そうだよ。母さんが風邪をひいちゃったから代わりに来たんだ」
「偉いじゃあねぇか! そんな坊主らにジンジャーティーをまけてやるよ! カーチャンに飲ませてやんな!」
「ありがとうお兄さん! じゃあそこの奥にある可愛い缶が良いなぁ」
「お兄さんだなんて口がうまいねぇ! 特別にダージリンもつけちゃる! 持ってきな!」
「本当に良いの? ありがとう! これで母さんも元気になるよ」
俺は知っている。風邪をひいているのは母さんなんかではなくエルヴィンだということを。そしてまけて貰ったジンジャーティー(容器:缶)は相当上質な物だということを。
何より抱き合わせであろうとこの露店自体高級茶葉を取り扱う事もありタダで貰ったダージリンも高級品だということも、だ。
流石に声をかけられたのは偶然だろうがそれでもこの一連の流れに持っていく手練手管は見事である。「あそこの店主は子供に弱い」というまるで下調べは完璧と言わんばかりの呟きは聞かなかった事にしておくがな。
「どう、リヴァイ。どんなじゃじゃ馬も手懐けれられる手綱だって」
「よせ。眉唾すぎる」
「これなんてひと掃きで塵も残さない箒だって」
「ほぅ……悪くない」
「汚れも激落ちマイク□ファ○バーク□ス……」
「バカ言え、雑巾は布に限る」
「ふわふわの腹巻……そろそろ交換時期かな……」
「もしかして腹巻してる所為で体の凹凸が無いのか?」
「禁則事項です。それよりも湯たんぽ欲しい」
「俺が居るだろうが」
「暑苦しい」
「…………」
「これを見て。どう思う」
「すごく……デカイが……」
「貴方の夜のお供、抱き枕で――」
「てめぇまだそのネタ引っ張んのか連休の全てを聖域で過ごしてやる」
「ナマ言ってすみませんひとりの時間プリーズ」
特別大特価と言うだけあり値段は普段の半額以下。どさくさに紛れて日用品やら服やら買い込む様子はそこら辺の人間と大差ないが、量は段違い。
これを抱えて持ち歩く身にもなれと言いたいところだが悲しきかな、滅多に見れない一面を目にして絆されちまう俺の負けは確定している。
それはともかく。節約が趣味という割に金遣いが荒いと思うのは気のせいだろうか。否。年に一度の一大イベントとあって財布の紐も緩んでいるんだろう。今のこいつなら「金は天下の回り物」なんて言い出しそうだ。
市場の端から端を横断し、時には大特価の更なる値切り(あの交渉術は勉強になった)、時には顔見知りの店前でさくらを(迫真の演技だった)、時には冷やかしめいた見物エトセトラ(他人の振りも辞さない)。
この広いようで狭い街中で何度顔を変えたのか。人口密度が高いからこそ出来る技と言うべきか何はともあれ大変楽しそうだったとここに報告を添えておく。
「さて、リヴァイ」
いい加減小休憩を挟みたいと思ってた矢先に突然名を呼ばれた俺。なんだ。朝飯の提案か。立ち止まり此方を一瞥するにそこはかとない期待を抱く。が。
「数時間前に新たなる年が幕を開けた。これが何を意味するのか。そして、今何をすべきか……お分かり頂けただろうか」
「お前の機微は分かる俺だが分からないこともある」
「察しの悪い男ですねぇ……いやなに、私は毎年この日に欠かさず行う重大な事柄が存在する。年初めに恒例となるそれは何か……」
「オイ……嫌な予感しかしねぇぞ」
「それはズバリ―― 新年一発目の ”運試し” である!!」
意気高々に言い切ったのなんともキレの良い動きで指差すその先に見えるは、広場の一角に設置された特設会場。
その壁にでかでかと掲げられた横断幕、そこに書かれた文字は今朝方の嫌な予感を的中させるには十分で。
「『毎年恒例・巡業賭博場in壁内南部』……だと……?」
「そう、この日だけ出現する行き先不明の巡業賭博場、これに参加するのが毎年の楽しみといっても過言ではない。とある筋から情報を入手するのも一苦労なのだけれども何はともあれ賭博場ある場所に我あり」
「そうか。市場巡りの行き先はこれで決まるのか」
微笑ましい筈の市場巡りが不純に成り下がった瞬間である。
「これも軍資金集めの一貫」
「どうせ入団前からやってたんだろ」
「まぁまぁ、この巡業賭博場で動くお金は市場の交易総額をも凌ぐのだから参加するのもわけないのだよ」
相変わらずな無表情だとは分かっている。分かってはいるのだが、何故だろう。今真横に居るの顔を見たら後悔しちまう気がする。
安いとは言うものの柄にもなく懐を気にせず大量に食材やらなんやらを買い漁っていた理由が十二分に理解できた瞬間である。
「今年の種目は……なんと『子豚レース』だって。大番狂わせ来るか来るのかどうしようどの子も可愛い。競馬なら脱糞した馬は選ぶなとか言われているけれども流石に子豚は分からない。
お腹すいてそうな子を選ぶべきか元気な子を選ぶか迷うどうしよう迷う」
既に余興は始まっているらしい、背の低い柵で出来たパドックを周回する数匹の子豚たち。それをしゃがみ覗き込む。どうやら相当浮かれているらしい。
無表情ながらも饒舌に語るその様子に既視感が。なんだかんだ言いつつ賭博も然り純粋に市場で買い物する事も趣味に違いないというわけか。本当に賭博目当てだけなら呆れるところだ。
「レッディースエーンジャントルメェーン! 今年もやってきました年明けの大勝負! 1年の門出を祈願するこれぞ運試しと洒落込もうじゃないかー!!」
ノミ屋もコーチ屋も存在しない平々凡々、言うなれば和気あいあいと老若男女が参加する子豚レース。その主催を務める司会が声高々に開催を宣言するのを皮切りに歓声が湧き上がる。
こんな地味、というかそこら辺の牧場でやってそうなレースのどこに市場の交易総額を凌ぐ金が出回って居るのか疑問に思ったものだが辺りを見渡せば大勢の買い物袋を引っさげた人間たち、それに加え露店の店番も揃って参加しているようで。
こりゃ大金が動くわけだ。納得するのに時間は掛からなかった。
「さてさてさーて、賭けに参加する人は掛け金を持って受付で発券してくださいよっと!」
競馬と違い単勝のみが取り扱われるらしい。要は1着になる豚を1匹だけしか予想出来ないのである。がいくら賭けたのかは知らんが何故か俺までせっつかれ参加させられた。
オイ、その財布が誰のだか分からん俺じゃねぇぞ。こんな所で財布の紐を握られるとは思わなんだ。
「ふふふ……『ぼくのかんがえたじんるいさいきょうのぶた号』に全てを賭ける……!」
「……名前に文字制限は無いのか。それよりも何故俺のもお前と同じ豚に賭けてあるのか……」
「そろそろ発走する。さて今年も儲けさせていただくとしよう」
「なんだその無駄に溢れる貫禄は……始まったぞ」
スターターによって小旗が振られ(俺の持ち合わせ全額の)命運をわかつ火蓋は切って落とされた。
最前列でガキと一緒になって(目はマジだが)勝敗を見守る姿に何も思わないわけではないが数少ないらしい趣味を満喫する時ぐらい好きにさせておこうと心に決める俺だった。
――結論を言おう。『ぼくのかんがえたじんるいさいきょうのぶた号』は道中、道草したりと危なっかしいところもあったが見事1着に踊り出てそのままゴールテープを切った。これ即ち賭けに勝ったというわけで。
人気も上場、オッズはそれなりだったが掛け金は数倍に化けの顔を見るに文句なしの結果になったのだ。今回の買い物やらなんやら出費を大きく上回る収入に戦々恐々するばかりである。
流石に背負えるほどの布袋を抱える羽目になったわけではないが、財布に入りきらない量なのは言わずもがな。
まさかイカサマをしたのではと勘繰るも八百長のしづらい子豚レースで出来るはずもないと結論づける。その証拠に全匹は終始元気だった。
「さてと。黒字になった事だし朝食だか昼食だかに洒落込むとしようかね」
後から知った事だがもしレースに負けたらすかんぴん――所謂一文無しになっていたらしい。予備も残さず持ち合わせ全てを賭けるなと説教したのはまた後の話。
節約が趣味という割に後先考えないとはとんだ腐れギャンブラーである。
かくして年明けを満喫する相方にまさかこれが前半戦でしかないと発覚するのは今の俺が知る由もない。
To be continued.
ATOGAKI
まさかの続き物。あとがきは次回にて。日記も同様に。