She never looks back








「ゴホッゴホッ……こんなおめでたい時に風邪とはついていないな……忘年会の後に全裸で寝たのが悪かったのか……に理由を知られてしまえば俺の預けたお金全てをすかんぴんにされてしまうな。墓まで持っていくとしよう……ゴホッ……仕事も一段落した事だ、少し休むか……」







 ―運試し:裏―







ともあれ人気の少ない小道を進み隠れ家的な店に入る。下調べをしたのか元よりこの街を知っているのか定かではないにしろさぞかし美味い飯が食えるのかと性懲りもなく期待を抱き後に続く。 何やら店主と無言のやり取りをする後ろ姿に再び嫌な予感を覚え、奥の扉に通されるがままに階段を下り地下に到着。この展開に既視感が。 席に着き漸く此方を向いたを視界に入れ問い詰めようと口を開く――が、既のことろで遮られた。


「最初に言っておきますよ、リビさん」


あぁ、これだ。この偽名には聞き覚えがある。いつぞやにエルヴィンから与えられたしょうもない任務時に使ったそれだ。 なればと俺も空気を読んでこいつがよく使用する偽名で呼ぶ事にした。


「……なぁ、ジンよ……まさか今回も秘密裏の任務とやらを押し付けられているなんて言わねぇだろうな?」

「まぁまぁ、話は最後まで聞いて。多少の裏はあれどこれは飽くまでも私自身の趣味、その一環に他ならない」

「ガキも参加できる真っ当な子豚のレースは前振りに過ぎなかったと……」

「そう、あれはお遊びのようなもの。本番はここからです」


くどいようだが『遊び』という言葉に後々執行される『すかんぴん未遂事件説教』の怒りのボルテージが増幅されたのは言うまでもない。

兵団の食堂とまではいかない中々の広さを誇るバー。意外にも天井は高く地下の息苦しさは感じられない。給仕には美人な女が生足やら胸元を惜しげもなく晒している色々な意味で開放的な場所だった。 、何故お前が鼻の下を伸ばしてやがる。俺の視線に気づいたのか咳払いをしたこいつは取り繕うように真面目な口調で言葉を紡ぐ。


「……まずは運ばれてくる食事に一切手を付けないでください。飲み物も然り、持ち込み物も然り」

「随分厳しいじゃねぇか。その厳重さは善悪どちらに捉えるべきだ?」

「いえ、厳しいのではありません。強いて言うなれば『悪』でしょう……毒が盛られている危険性を考慮した私独自の処置です」

「毒……? ただ事じゃねぇな。命に関わる非合法な賭博ってところか」

「安心してください。毒と言っても大半は下剤。こんな所で生死に関わるハイリスクな賭け事はしない主義です。昔ならともかく……」


聞くところによればこんな怪しげな場所にもかかわらず行われるのは非合法な賭博ではないらしい。毒とは仰々しく言い表しただけでそれ以外にも軽い妨害工作は常識、持ち込み物に関してはドーピング防止という徹底ぶり。

胸を張って白とは言い難いが黒ともつかないグレーな賭博。それがここで開催されるという。ちなみに主催は先ほどの子豚レースを行っていた巡業賭博場だ。 表で一般人向けのイージー且つ清い賭けを、裏で適当な場所を間借し真のギャンブラー向けに本格的な賭けを。これも醍醐味のひとつだそうだ。


「……俺を連れてきた理由はこれか」

「とある筋から今年の種目情報を仕入れた時にこれはもう協力を仰ぐ他ないと思って。騙すようなマネをして申し訳ない」

「いや……ロクでもねぇ事を考えてやがると確信はしていた……問い詰めなかった俺が悪い。まさか二段構えだったとは……」

「そう自分を責めないで欲しい。何もただ労働をさせるためだけに連れてきたわけじゃない、貴方にもそれ相応の報酬は存在する」

「報酬……?」

「そう。この賭博は賭け事だけに留まらず、なんと競技に出場し優勝した者にも賞金が用意されているノーリスク・ハイリターンなエンターテイメント。ちなみに参加賞もある。小遣い稼ぎには持って来いな千載一遇のチャンス。目指せ一攫千金」

「下剤が出てきた時点でノーリスクとは一概に言えねぇが説明乙。市場の交易総額をも凌ぐ金回りは……」

「無論、この裏賭博を含めてのもの。表で稼いだお金とそれ以上の金額がここでは動く」

「子豚レースに俺の金を使わせた真の理由……汚ねぇさすが金の亡者汚ねぇな」


勘の鋭い人間ならば察しが付いているだろう、俺を連れてきた理由とは。競技、出場者、配当とは別の賞金、優勝、参加賞、エトセトラ。この場に子豚のレースのような舞台は無い。 これ即ち、賭けの対象は人間だ。この場にいる何人かがトーナメント制の『競技』とやらに出場、それ以外のギャンブラーが優勝者を予想し賭ける子豚のレースも真っ青な見世物小屋のような――クソッ。

なぜ今年に限ってこの巡業賭博場が本部から然程遠くないここに拠点を構えたのか。いや、こいつはどんなに遠かろうが買い出しばかりか宴会を蹴ってまで出向くに違いない。無論俺を連れて。 いやいや、買い出しを頼んだのはあのエルヴィンんだ。……もはや何も言うまい。

あぁ。今年も俺はこいつに振り回されるのか。年始早々このザマだしな。どうせなら俺にも運を試せる機会が欲しかったよ。


「情報によると今年の競技種目は『腕相撲』……貴方しか適役が居ないのだよ」

「そういや茶葉目当てに腕相撲勝負した事もあったな……こうなるならお前に話さなきゃ良かった……」

「聞かなくとも貴方を連れてきたから大丈夫」

「何が大丈夫なのか甚だ疑問だよ馬鹿が」


ちなみに過去の種目では牧場を貸し切った競馬、酒の博識選手権、嗅ぎ分けバトル、男装コンテスト、蹄鉄投げ、盤上のゲームその他もろもろが行われたらしい。 誰がこいつの協力者に選ばれたのかは想像に任せる。種目に対するこの手当たり次第な関連性のなさはツッコまない方が良さそうだ。

余談だが競技の出場者は賭けに参加できない決まりになっているが、初戦敗退者は賭け側に回っても良しとする例外が存在するという。 そうか。は配当金に留まらず参加賞も手に入れる気なのか。俺は考えることをやめた。

昔は小規模且つ賞金額の方が高かったとの事で、当時は協力者を連れ自分に賭けさせたりと工面しながら出場していた。 だが競馬やらなんやらが種目になるにつれて賭けに参加する人口が増えそれに比例して配当金も跳ね上がり当然のごとく賭け側に転身、協力者を出場側に変え金の亡者さに磨きをかけたと。

毎年優勝賞金と配当金を持ち帰るのが楽しみで仕方ないという。報酬分は差し引くがそれでも儲けはどれほどなのか聞かない方が良いんだろうな。むしろ知りたくもねぇ。

運試しとは一体。というか『賭博』のやり方を間違えているのでは。いや、こいつの事だ。協力者を連れてくるのは一攫千金を目論むこの日だけで普段はこっそりとひとりで楽しんでいるに違いない。想像したくはないが。


「この賭博は初戦敗退者も参加できるのが売りであり、したがって賭けの締切は2戦目の直前……即ち、貴方は勝たなくてはならないのだけれども強さを誇示してはならない」

「手を抜きながら勝てと……」

「ちょっと苦戦しました感を出して欲しい。さすれば自ずと貴方のオッズは高まり、反対に人気のある出場者に賭ける人間は増す。お膳立ては頼んだ」

「…………」


作戦会議に勤しむのは良い。だがこいつの思考を聞けば聞くほど感心を通り越して引いちまうのは致し方ない事だろう。まぁと同じ事を考えている人間は他にも存在するだろう、賭博とはそういうもんだ。 流石に主催側の八百長はないとしてもこいつならばそれさえも無力化するのではないかと思わせるこの心強さは何なのか。状況が違えば印象も変わるだろうに、こんなことに全力を出すなと言いたいところである。


「ふふふ……正直貴方の強さは二の次。この策を考案する瞬間……否、賭けに対して思考を巡らす時が一番面白いというもの……」


対戦者に危害を加えないだけまだマシか。こいつはどんなに不正行為スレスレを行おうとも結局のところ純粋に『賭博』というものをこよなく愛しているだけで。 いや待て。つまりはただのしょうもないギャンブラーじゃねぇか。オイこの博徒。新たに発覚した趣味がギャンブルとは如何なるものなのか。 いつぞやは任務とはいうものの『渋々』ポーカーで勝ちにいっていた気もするが……あれは興味のない戦利品だったからか。そうか。


「いくらつぎ込んでやがんのかは知らねぇが……ほどほどにしておけ。いつか痛い目見るぞ」

「……心配には及ばないよ。私だって煮え湯を飲まされたこともあれば負けた時の苦汁を舐めた事もある。 昔は賭博場のディーラーとして路頭に迷う人間を嫌というほど見てきた……無駄に経験を積んでいる分、限度は弁えられる」


俺は思う。恐らくこういった事柄に関して心配は野暮なのだと。人命を賭ける壁外ではないのだ、自分の金だけ?を賭ける趣味ぐらい大目に見ようじゃねぇか。 それがどんなにしょうもない事であろうとも。節度さえあれば。不純と知っててやるのはタチが悪い気もするが。というか俺の金も巻き込むんじゃねぇ。

そんな俺の呆れを察したのか、は言葉を続けた。


「それに――誰かを貶める為にやるわけじゃない博打は素晴らしい」


そうしみじみとこぼした本音。どこかに思い馳せる瞳は柔らかく。俺の脳内に『不純』という言葉は消え失せた。過去にも任務でも、手を汚し続けるこいつがまともな趣味を見つけられたという事にしておこう。そう思わずにはいられまい。

今更だが前半戦の冒頭に言っていた「更には――」の言葉の後には「めっちゃ稼げる」が続く。


「リヴァイ、絶対に正体を明かしちゃ駄目だよ。かの有名な人類最強が出場するとあってはこの場の全員が貴方に賭けて全てがおじゃんになってしまう上に勝負にならない」

「その人類最強とやらを差し向けるなんて運試しとは一体……。第一、俺が優勝すると決まったわけじゃねぇのに随分な自信の持ちようだな」

「これは自信じゃない、私は貴方を信じているだけ。絶対に勝ってくれると唯一無二の信頼を寄せているんだよ」

「……そうか」


なんだか良い様に乗せられた気もするが恥じることなく面と向かって言い切るに感動した俺はこいつ以上にちょろいのかもしれない。と、一瞬でも考えたちまった事は死んでも言わん。


「スンッ……この匂いはリヴァイか」

「……何してんだミケお前」

「1年間生き抜いた自分にお年玉という名のご褒美をと思ってな。ちなみに毎年出場してるぞ。優勝は全てに持っていかれるが……フン」

「ただの参加賞目当ての小遣い稼ぎじゃねぇか」


人でごった返す店内で相席は仕方がないと思っていたがまさかミケが来るとは思いもよらぬ。奴は何食わぬ顔で大柄の体躯を椅子に落ちつかせ、運ばれてきた料理を嗅いでは「これは問題ない、食べられるぞ」なんて宣う。 対戦相手になるやも知れん相手だ、信ぴょう性は薄い。のだがは馬鹿正直に受け取り食事に手をつけ始めた。


「まったく、相変わらずの適材適所だ……毎年選りすぐりの精鋭を連れてくるなんてな」


俺が頼んだ食い物をつまむミケに声を発することも面倒になったのは言うまでもない。


「そりゃそうですよミケさん。この日だけは特別です。情け容赦なんて以ての外、貴方も例外ではない」

「前に一度だけ協力したのにつれないな」

「毎年私の手札を開示してるじゃありませんか。そのお陰で甘い汁を吸えているのは誰です?」


何の疑いもなくミケの言葉を信用する理由を理解するには十分な会話に降参しては俺も食事に手を付けるのであった。


「リビ、絶対に勝ってくれ。俺は全財産をお前に賭ける」


俺が負けたらどんな顔をするのか興味があるがこいつらの目は本気である。忘れているようだが俺は今の今まで数時間にも及び大荷物を抱えていた事実があるんだが――。


「リビさん、腕を出してください」

「肩も揉んでやろう」

「あからさまなゴマすりが痛い。色々とな」


いかん。こいつらが駄目人間にしか見えなくなってきた。


「さて、始まりますよ。出場者は全部で10人。実質賭けの対象は半分といったところですか……まぁ一択しかありえませんが」

「俺とは初戦であたらない限り2回戦目には賭け側に回る。もしあたったとしても掛金的に俺が勝つしかないか」

「その時は私の分を分けてあげますよ。協力してくださった謝礼金として」

「スンッ……そうならない事を願うばかりだ」


平穏無事な食事をそこそこにいつの間にか店内の中央に設置された競技場、というよりだたの机と2脚の椅子が置かれただけのその傍らで先も見た司会者が些か怪しげな雰囲気で開催を宣言し始めた。 さながら闇の賭博場そのものだ。重ねていうが雰囲気だけだがな。


「さぁ行きますよふたりとも」

「あぁ」

「…………」


奇妙な活気を見せる店内の隅で神妙な面持ちになったとミケは立ち上がりまるで今から死地に向かうかのような以下省略。 屈強な野郎どもがこぞって出場の列に並びくじを引き始めた。トーナメントの順位が決まれば司会者がプレートに名前と割り振られた番号を書き込みそれをを掲げ、賭けの参加者が受付で発券していく。 最終的にオッズやらなんやら数字の羅列がプレートを埋め尽くしていた。


「さてさてさーて、皆様お待ちかねの勝負が始まりますよっと。初戦はこの不人気ナンバーワンの小柄な少年と人気ナンバーワンの筋肉もりもりマッチョメンだ!  最悪な組み合わせだがこれも運! 一体どちらが勝つのか、まさか大番狂わせで小柄な少年が勝つのか!? 壮絶な漢の戦いが今始まる――!!」


血気盛んなことだ。司会者も結局は盛り上げる方向で事を進めている。喧しい掛け声と共に湧き上がる歓声、いきり立つ強者ら。というわけで年明け初日の後半戦が幕を開けた。


「まぁこの私があんなゴリマッチョに勝てるわけがありませんよね」

「バカ言え、勝つ気もなかっただろ」

「大健闘だったぞ、ドンマイドンマイ気持ちを切り替えていこう」


ほんの僅かでも力を込めろと言いたくなるような瞬殺さに分かっていたとは言え呆れる俺に対しミケが励ましの言葉を投げかける。参加賞目当てだと気づかれない為の処置とは言わずもがな。 「相手が悪かった……」としょんもり項垂れるの表情がしたり顔だったのは見なかったことにしておく。オイ周囲の嘲笑する奴らよ、こいつの悪巧みにまんまとハマってるぞ。

店内の一角で蔓延る思惑はさておき滞りなく1回戦目を終え、結果はとミケ両者ともに初戦敗退。2回戦目が始まる直前に賭けは締切られふたりの手には俺の番号が書かれた券が握られることとなった。ここからが本番である。


「さぁて、この運試しも佳境を迎え会場も掛け金も最高潮! 決勝戦に挑むはスレンダーな体のどこからそんな力が出てくるのか不思議な人気ナンバー4の青年!  対して会場内の大半の注目を集める人気ナンバー1のマッチョメンだ!! これは戦局が分からなくなってきたぞー! 財布の中身をスっちまった奴もこのふたりのどちらかに賭けてる奴も全員声援をよろしく!!」


かくして順当に勝ち進んじまった俺は最終局面を迎え、一方計画通り一攫千金を目論むとミケは割と近い位置で勝負の行方を見守り。


「疲労は見受けられない。このまま戦っても何ら問題はないでしょうね」

「頼むぞリビ……ここで負ければ3人とも徒歩で帰る事になる」

「てめぇらあろう事か俺のも含め有り金全部つぎ込んだのか? 後で覚えてろよ腐れギャンブラーども……」

「ちょっとミケさんそれは言わない約束。芋ずる式で表博打にも全額賭けていたとバレたらどうするんです?」

「…………」

「…………」


こいつは本当に学習能力のない馬鹿だ。ここで説教が確定したのであった。


「おいおい、ちっせぇ兄ちゃんよ……お前がどんな卑怯な手を使ったが知らねぇがこの俺様には無意味だぜ? 全部力でねじ伏せてやるからなぁ!」

「…………」

「おおーっと! ここでマッチョメンからの宣戦布告だ! どうする青年! 強敵相手を見事打ち負かせるのか!? 無言を貫く姿勢はまさに人類最強! どこぞのクールガイ兵士長にも勝る貫禄っぷりだー!」

「ふふふ……リビさんに挑発はそれこそ無意味です。服の下に隠された鋼のような清く逞しい筋肉……なんなら脱いで見せつけちゃってください。いや、でもここでかの有名なクールガイだとバレてしまっては……」

「確かにあいつの筋肉は素晴らしいが……、その辺にしておけ。お前が口を開くとロクな事にならない」


これは何だ。茶番か。そうか。冗長な前振りにゲンナリしながらもさっさと始めろと視線で訴える俺は別に自分の実力を驕っているわけではないがただ馬鹿が口を滑らさん内に終わらせたいだけである。 それに――流石にあんな大荷物を抱えたまま徒歩で帰りたくはないからな。


「ではでは! 両者睨み合ってー! 最終決戦、レディ――」






 ♂♀







職権乱用と言うべきか、むしろ特権と言うべきか真夜中に会議室を使い粛々と執り行われる宴会。そこには幹部は勿論の事、ほんのひと握りの団員のみが存在するその中に俺は居る。 机上には大盤振る舞いよろしく手製の料理が並び、値切りの限りを尽くした良質な酒がところ忙しと置かれ各々ほろ酔い気分で宴会に興じ。

どっから拝借してきたのか机を取り囲む革張りのソファの一角にはエルヴィンが、その向かい側にはとミケが座り勝利の杯を交わす。それを横目に俺はハンジの高説を聞き流しながら酒を飲み下した。


「ゴホゴホ……今年の収穫は近年稀に見ぬ金額だ……参加出来なかった事が悔やまれるな」

「エルヴィン団長、貴方から預かったお金もたんと増やしてきましたよ。それよりもジンジャーティーをどうぞ」

「参加は兎も角だが最後の戦いは見ものだったぞ。リヴァイの奴、わざと手を抜いてからの大逆転劇……あれはファンサービスを熟知しているな」

「そうか……あのリヴァイが……ゴホッ……まったく、誰に向けてのサービスだったんだろうな。ん? このジンジャーティー美味しいじゃないか。風邪も早く治りそうだ」

「儲けの7割を軍資金にあてるとして食材費、交通費諸々残りは貯金に回そうそうしよう」

、俺の小遣いは残しておいてくれよ」


帰る間際に姿をくらまし説教を逃れた貴方に渡すお金はありませんだかなんだかな一蹴はさておきお主も悪よのぉ、なんて聞こえてきそうな会話にうんざりしては料理をつまむ。 漸く賭博から解放されたと思った矢先の報告会を聞かされてみろ、自棄酒に溺れたくなるというものだ。何より本人を前にして俺の話題を出すなと言いたい。これ切実。


「あ〜ぁ〜。研究室に引きこもってないで私も一緒に行けば良かったかも。研究費用の足しにしたかったなぁ」

「ハンジ分隊長、そう言って去年大負けしたんですからいい加減懲りてください……」


毎度のことながら俺の預かり知らぬ所でこいつらときたら……些かのけもの感が否めない新事実に何も思わないわけではないがもういい。考えても無駄だ。 この楽しいことは何でもトライ!なノリの良い連中に付き合いきれる気がしねぇ。別に羨ましくともなんともないしな。


「ホラホラ、お酒が進んでないよ〜? この大量の収穫も料理も戦利品も全部の功績なんだから思いっきり堪能しなって」

「いや、今回の最優秀選手はリヴァイ。えぇい皆の者、頭が高い。控えおろう」

「よせ、担ぐな。静かに飲ませろ」


やはり巻き込まれるのは遠慮したい。「はは〜ぁ」だかなんだか頭を下げる奴らにゲンナリする俺。この際世界観は置いておくが注目が集まる居心地の悪さを隠すようにグラスを傾けた。


「そうだったね。大盤振る舞いも全部リヴァイの為だ、味わって食べなよ」

「俺はジンジャーティーだけで我慢しよう……ゴホッ」

「最後まで存分にこき使った後の褒美……スンッ……身に覚えがあるな」


事実はどうであれ自棄食い自棄酒上等、眠たそうに瞼を擦り始めるを横目に多すぎる程の大盤振る舞いとやらを胃に詰める俺が冷やかされるのは言うまでもない。





 ♂♀




――ふと、目が覚めた。ここ数日睡眠を疎かにしていた事とは関係なく、習慣付いた睡眠時間に倣い睡魔が息を潜めたのだろう。 どこか気だるい体を仰向きに変え額に腕を乗せた。

ここはどこで今は何時なのか。まず初めに脳裏を過るのは自分の所在と時間把握だ。真っ暗な室内、その一角に設えた寝台の上での確認は困難ではあるが、時間はさておき寝心地とそこはかとなく感じ取れる空気で判断する事は容易だった。


「…………」


間違いようがない、ここは自室だ。そして脳が起きると共に蘇る記憶。 俺は美酒だなんだと結局のんだくれた挙句さっさと寝落ちしたを解散後にお持ち帰りした。聖域でも良かったのだがは酒を飲んで寝落ちすると寝相が悪くなる傾向があったからだ。ソファから何度落ちた事か……従って聖域のベッドよりかは幾分か大きいここに運んだ次第で。そのはずなのだが。


「うぅ……」


何やら洗面所の方から聞こえるうめき声。あいつは寝相であんな所まで転がって行ったのか。そんな馬鹿な。 流石に心配になった俺は声のする方へ向かう。そこには首が扉に挟まっているしょうもないの姿があった。


「……まるでホラーだな」


床に這いつくばっている事は大目に見るとして、何がどうなればこんな醜態を晒すハメになるのか甚だ疑問である。 頭が寝室側にあるという事は便所帰りに挟まっちまったのか。そうか。アホかこいつは。

呆れつつも救出すれば薄らと開かれる瞼。次いで咳き込むこいつは言う。


「美酒と名産品が全て旅立ってしまわれた……もったいない……」


ちゃんと流したんだろうな。無論、口も濯いだ。ならいい。かたじけない。このやり取りを聞けば分かるようにこいつは便所で吐いて洗面所で口を濯ぎ扉に挟まったと。いやだから何故挟まったのか重要な部分が分からないままである。


「どうしてこうなった」

「口を濯いだあと力尽きて倒れた拍子に扉に巻き込まれた」

「なるほどわからん。まぁいい……」


もしかして俺が起きなければ朝までこのままだったのだろうか。世話のかかる女だ。まったく。

頭が痛いだなんだと喚くこいつをベッドへ放り投げ再び布団を被る。なんだかどっと疲れが押し寄せてきた。 昨日の事といい今の出来事といい、振り回されっぱなしの俺。やはり今年もこんな感じなのだろうと頭の端で考えては蹲る体を引き寄せ目を瞑る。

どこか活き活きとしていた姿、悪巧みを企てる人の悪い顔、こうして二日酔いに苛まれだらしのない様子。全て同一人物なのだから驚きだ。だがこれがという人間であり見ていて飽きないと言わしめる程のしょもない干物女で。


「そういえば……言ってなかったけれど……」

「……なんだ。まさか今日も何かあるのか」

「いや、そうじゃなくて……昨日はありがとう、リヴァイ」


そして、馬鹿がつくほど律儀な性格をした馬鹿だ。


「礼には及ばん。だが次はない。協力を仰ぐなら最初から素直に頼め」

「えー……」

「『えー』じゃねぇよ……」

「いや、だって最初にネタばらししちゃったら面白みがないじゃん?」

「サプライズのつもりだったのか」

「完全完璧おふざけですすみません」

「んな事ハナから知っているに決まってんだろうが」

「楽しかったでしょ」

「そうだな。新鮮ではあった」

「作戦成功なう」

「そのしたり顔を今すぐ仕舞え。頭揺らすぞこの二日酔いが」

「まぁまぁ。それはさて置き、明けましておめでとう」

「おめでとう」

「来年もよろしくお願いします」

「今年すっ飛ばしてもう来年の話か」

「さて来年の種目は何かなぁ……誰に協力してもらおうか悩む」

「協力者が居れば俺が行く必要は無いはずだが……」

「せやかてリヴァイ……付き合ってくれないというの」

「……気が向いたらな」


何はともあれ、だ。こんなしょうもない1年の幕開けではあったが満更でもない俺がいる。いつの間にか再び寝入る横顔を堪能しながらこの場で吐くんじゃねぇぞと心の中で念じ、今度こそ瞼を閉じた。


「引き続きご芳情を賜りますよう……こんな感じか。悪くない」


今年ばかりか来年まで変わらないこの関係を続けていく事を確約された俺は安堵するとともに物足りなさを感じるのであった。冗談キツいぜこの馬鹿が。

それにしても――いい加減財布を返せ。




END.








嘘おまけ


「という初夢を見た」

「そう。なんだか面白そうだね。して、リヴァイ……物は相談なのだけれども」

「……何だ」

「人類最強のお力をお貸しください」

「――あ?」


おわり









ATOGAKI

裏編のホント運試しとは一体……感。
腕相撲は悔い無き番外編『知られざる勝負』繋がりで。

最初はモロ初夢オチにしようかと思ったのですが、内容があまりにもしょうもなギャグになってしまった(というかやりすぎた感が強すぎた)ので敢え無く却下されました。なので少しはまともなものに。 前後編にするつもりもなかったし。子豚レースではなく最初から腕相撲で賭博場の主催が主人公だったとか。夢の話なので物凄くはっちゃけようと思ってた。備わってて良かった理性。ボツ案はどこかでいつか公開するかもしれません。

ともあれ。遅くなりましたが新年明けましておめでとうございます。皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。