She never looks back
信頼に足りる情報を仕入れた。約束も取り付けた。これで何の気兼ねもなく謳歌できるというもの。しかし相手はあのノリの良すぎる馬鹿だ。
何かトラブルでもあればその高すぎる順応性を遺憾なく発揮させるだけに留まらず全く以てお呼びでないノリの良さをも嬉々として混ぜて来るに違いない。
即ちとんでもねぇ相乗効果をもたらすと言うわけで。頼むから悪ふざけも大概にしてもらいたいところだ。巻き込まれる俺の気も知らねぇで。
――果たしてその悪ふざけを乗り越えられるのか、百歩譲って乗り越えられたとして本来の目的を達成させる事ができるのか。正直不安しかない。誠に遺憾である。
まぁいい、目的を達成さえ出来れば後は過程も結果も気にするまい。心構えはできている。あの馬鹿に付き合うのも一興、と言うわけで俺は来る日に備えとある単語を脳内で反芻するのだ。
それよりも初めて行く街の地図ぐらいちったぁ確認しておけ、とこの時の俺に誰か指摘してはくれまいか。
―友達以上=恋人未満=χ―
不運なことに遠出した先の街で不良に絡まれた。
「おいおいそこのちっせぇあんちゃんらよぉ……見慣れねぇ顔だがここは俺らの縄張りだぜぇ?なに平然と歩いてんだコラァ!」
厳つい団体さんはふたりの行く手を阻むよろしく通路を塞ぐ。特段急いでいるわけでもないが非常に面倒であることは言わずもがな。
これでは折角の休日が台無しであるからして何も言わないリヴァイにやれやれ、とは瞳を剣呑に染め上げては一歩前に出た。
「親分……殺っちまっても?」
「待てなぜお前がキレる。それにその設定はなんだ」
「こういう連中を見ると血が騒ぐんでさぁ」
「是が非でもその設定を押し通す気なのか。……好きにしろ」
やれやれ、はこちらの台詞だと言わんばかりにため息を吐くリヴァイを横目に、は意気揚々と厳つい不良に向き直り言葉を吐き捨てる。
「俺たちだって好きでここに来たわけじゃねぇ、退きな」
「(そうだな、道に迷ったなんぞバカ正直には言えねぇよな)」
「んだとコラァ!やんのかコラァ!!このチビガキが!!!」
「おいおいすぐキレんじゃねぇよ、その無駄にでけぇ図体は飾りか?随分と肝っ玉のちいせぇ野郎だなチクショウめ!!」
「(結局お前もキレてんじゃねぇか)」
ガンを飛ばし合う、もといバチバチと目線で火花を散らすふたりを腕組みしながら傍観していたリヴァイ。こいつの演技は幅広いな、と感心しているようで。
彼よりも小さい身長にも関わらず彼よりも大きい身長の不良に食ってかかる姿はまるで巨人との対峙を連想させるも、の威圧感は不良を上回るほど凄まじい。流石度重なる壁外調査を生き抜いてきた以下省略。
だがも本気ではないようで、ただ小柄な子供が威勢良く突っかかってくるだけと不良には見えてしまう。
「このチビガキャー言わせておきゃナマ言いやがって!!痛い目みせてやらぁ!!行くぜ野郎ども!!」
なにやらヒートアップしてきた場の空気に潮時を見極めながらリヴァイは、臨戦態勢を整え始めた彼らを止めるでもなくやはり傍観者に徹する事にしたという。
「おうおうやったろうじゃねぇか!……さぁ親分、殺っちまってくだせぇ!!」
「俺かよ」
だがしかし。そうは問屋が卸さないよろしく親指を不良に向けながら振り返る。そう言えば複数戦闘は得意ではなかったか。いや、対人格闘が苦手なだけだったか。まぁいいどちらもさして変わりは無いだろう。
なんて冷静に考えている場合ではない。どっかの誰かさんのお陰で大男に囲まれてしまった四面楚歌なこの状況をどうにかしなくてはならないのである。
「親分、取り敢えず腰を折って手を膝にそう、馬跳びの要領で――」
「俺を踏み台にしてお前だけ逃げる気だな」
「そんなわけねぇっすよ……親分を見捨てて逃げるなんてそんな薄情なマネ……ただちょっと小腹が空いて――」
「ほぅ、そりゃ一大事だ……しょうがねぇな、お望み通り『飛び越えさせて』やる」
「ぐぇっちょ、胸ぐら、掴んで何をすっ――!?!?」
軽々と投げ飛ばされたはお望み通り大男たちを飛び越えられたという。
「もっとこう……やり様があった、はず……ゴホッ」
「俺を足蹴にしてトンズラここうとしてた奴が贅沢ほざくな」
仰る通りでございます。ともあれくるりと無事に着地したは咳き込みながらも立ち上がり。
「はっ!!でかい図体も大した事ねぇな!!」
「(何だこのそこはかとなく漂う小物臭は)」
「あぁん!?おちょくってんのかコラァ!!おいてめぇらはあのチビガキを追え!!」
すたこらさっさだぜ、なんて言いながら逃亡した。残るリヴァイたちはというと。
「……オイ、あいつはどこに行きやがった?」
「いや、知らねぇよ」
♂♀
路地を進んで大通りに出て小道に入る。逃げ足だけは早い、とリヴァイに褒められるだけあって不良を撒くのにそう時間は掛からなかった。
乱れた息を整えつつは偶然行き着いた市場区域にそのまま足を踏み入れる事に。何か忘れている気がしないでもないが整列された色とりどりの食材に心奪われてしまっては致し方あるまい。料理人の血が騒ぐと言うもの。
「おっ!あんちゃんお目が高いねぇ、そりゃあ今朝採れた奴だ」
「(なんてみずみずしい……ハンジの夜食用に買って帰ろうかな)」
「こっちもどうだい?ここらの芋は格別に甘いんだ」
「(土が良いのだろうね、皮も柔らかく蒸しても難なく皮ごと食べられそう)」
「……そろそろ会話しないかい?」
「……人見知りゆえに、つい」
余談だがの作る夜食の材料は全て自腹で買ってきたものである。個人的な料理なので兵団の食材を使うことに引け目を感じるそうだ。律儀である。
「毎度ありー!」
ひと通り買い物を満喫したは大きな紙袋片手に市場を後にした。お次は雑貨屋や洋服店が立ち並ぶ街路を進む。そう言えば近々ある単独任務は女のまま就けと命令された気が。
致し方ない、スカートでも買うかと入店。服を選んでいる間に周囲のお客さんから訝しむ目を向けられていることは先刻承知。
「こちらのスカートは当店の新作でして大変人気なんですよ〜」
「(これは店員さんに話しかけられるという人見知りにはハードルの高い試練……!)」
「……どうなさいました?」
「す、すいません……あの、えっと……試着、を……」
「(女装が趣味な男の子なのかしら。むしろ男の娘?)」
「私、一応女です……それに成人しています……」
「……こちらへど〜ぞ〜」
余談だがは一応私服のスカートも持っている。1枚くらいは。他は専ら潜入捜査用のドレスなどが大半であるからして買っておいた方が良いと判断したのだ。必要経費である。
「ありがとうございました〜」
久しぶりのスカートにてんやわんやしていたら元々履いていたズボンを踏み破ってしまいそのまま着て歩くハメになるというアクシデントも然ることながらは再び街路に出た。
一体全体なんの計らいか薄化粧だった顔に店員さんが今流行り(らしい)化粧を施してくれたお陰で以降男性と間違われなくなり、些かご機嫌になった干物女は足取り軽く街を散策する。
しかしふと立ち寄った靴屋で再開した男を見て機嫌は急降下、同時に漸く思い出すのだ。本来の目的と道中に遭遇した出来事を。
「あ……不良さん」
「なんだぁ?……ねぇちゃん可愛いな。どうだ、俺とお茶しねぇ?」
「…………」
この世の不条理に絶望した瞬間である。
ともあれ何故か横を歩く不良さんに靴を買ってもらってしまったばかりか荷物を持っていただいている現実から逃避する。元の服に合わせた靴はスカートと不釣り合いだなんだと靴屋に入ったのが運の尽きと言うべきか。
いや、まさか先程まで罵り合いをしていた不良さんにナンパされるとは思いもよらず。これが試練だというのなら乗り越えた先に何があるのだろうか。何もないだろうな。
「さっきよぉ、ちいせぇふたり組と喧嘩してたんだがあいつら尻尾巻いて逃げちまってな。ありゃお笑い種だぜぇ。ねぇちゃんもそう思うだろ?」
「はぁ……(そうだね、無傷で済んでよかったね。生きながらえたって事だよ)」
「チビガキの方は威勢だけはイッチョ前だったが可愛いもんだ。今頃ボコボコにされてそこら辺にのたうちまわってっかもしんねぇがな」
「ひぃ……(私チビガキ、貴方の目の前に居るの)」
「もう片方の奴はありゃただの腰抜けだな。終始何もせずつっ立ってただけでよ。逃げ足も早いもんだぜ」
「ふぅん……(そりゃそうだろうね。傍観するよう仕向けたのは私ですし)」
「あいつら次見つけたらただじゃおかねぇ。特にあの腰抜け野郎……ギッタギタにしてやる」
「へぇ……(返り討ちですね、わかります)」
「見つけた暁にはねぇちゃんに俺の勇姿を見せてやるぜぇ」
「ほぅ……(それは楽しみですね)」
ひっきりなしに喋りかけてくる不良さんに心の中で会話をしつつ相槌を打っていたらいつの間にか目的地(強制)である飲食店の立ち並ぶ区域へとたどり着いていた。
本当にお茶をしなくてはならないのだろうか。会って間もない人と向かい合って『普通に』会話ができる気がしない。演技するのも面倒であるからにしてかと言って靴を買ってもらった義理もある。ほとほと困ったものです。
色々と考えあぐねているのだが、そんな事より何よりもである。共にこの街に来た相方を差し置いて暢気に他の男とお茶をするなぞ『非人道的』ではあるまいか。これ即ち。
「どうしてこうなった……」
「ここのオープンテラスがオススメなんだけどよ、入ろうぜぇ」
誰か助けて。その一言に尽きる。着慣れないスカートにおろしたての靴。荷物は不良さんの手の中。逃げることも叶わない状況。絶体絶命の窮地である。
内心で冷や汗びっしょりなを余所にメニュー表を見ながら不良さんは口を開いた。
「あのよぉ……もしかして俺と居て、楽しくねぇか?」
「えっ」
強面を悲しげに歪ませる不良さん。痛い。いろんなところが。強いて言うなら主に心が。ここでこの不良さんを蔑ろにして良いのか。彼は兵団内ならいざ知らず至って平穏な壁内に暮らす守るべき対象である人類だ。だから何だ。
どうする、どうするんだ。あぁ本当にどうしよう。暫しの葛藤。何故こういう時に限って任務時のように頭が回らないのだろうか。
――いや、待てよと。面倒だなんだと却下してきた演技こそ今使うべきなのでは。そうか、そう言う事か!は腹を括った。
「ふふふ、そんなことはありませんよ。貴方とこうしてお茶をすることが出来るなんて光栄です」
清々しいまでの微笑み、まるで純真無垢な街娘のような振る舞い。完璧である。道中キョドっていた人間とは思えぬ程の恐ろしき変貌ぶりはもはや別人だ。詐欺だ。
今流行り(らしい)化粧も相まって演技に拍車が掛かり、それを目の当たりにした不良さんは満更でもない様子。しかし、何かが違う気がする。
「(いやいやいや、なんで肯定しているのだろうか。用事がある体で退散するはずがついいつもの癖であばばばば)」
単独任務での立ち振る舞いがアダになった瞬間である。男装でも女としても貴族などを相手にする時や人を欺く場合『良い顔』をするのが主であるからして。
演技は時に諸刃の剣となりやたら無闇に行使するべきではないと学んだであった。この役立たず。私のクソ野郎。
いやはや女のままで演技するのは久しぶりだから、という言い訳は通用するだろうか。しないだろうな。間違いない。何故ならテラスの柵越しに凄まじい威圧感が。
「相方をほったらかして他の野郎と小腹を満たすとはいいご身分じゃねぇか……なぁ、よ」
言わずもがなリヴァイの登場である。彼は組んだ腕を柵に乗せもたれ掛かりながら剣呑な瞳でを見据えていた。無論、目元は影で覆われている。
グッドだかバッドだか、いや明らかに最悪のタイミングで見つかってしまうとは厄日か。そうか。それなら致し方あるまい。
なぞと悟っている場合ではない。
「……あら奇遇ね、リヴァイ」
場を取り繕おうと些か引き攣る微笑みをそのままに取り敢えずお姉さん系の挨拶をかましてみた。
「そこに跪け、躾の時間だ」
結果。心なしか剣呑さに磨きがかかった気がします。
「イッツ・ア・ショウターァイムッ!!――申し訳ございませんでした」
「その洗礼された潔の良い土下座だけは賞賛に値するな」
公衆の面前である事も厭わずひれ伏すに呆れる他ない。躾をする気も失せるというもの。まぁ、最初からやろうとは思っていなかったが。
ここが遠出した地で良かった。近場なら間違いなく団員の誰かしらに目撃されていただろう。そうなれば大変だ、面目もクソもなくなる。
否、そもそも土下座する事態にまで陥いる事はなかったとは言うまでもない。
「恥をも忍ぶ誠意に免じて言い訳を聞いてやる」
「偶然再会したそちらの不良さんに靴を買って頂きましてお礼にお茶をば、と」
「オイ……俺は真実を知りたいだけで別に虚偽説明を求めちゃいねぇよ。いい子ちゃん振らずバカ正直に言ってみろ」
「よしきた。先ほど喧嘩を売られた不良に何の因果か店先で出くわしちゃってうわー最悪だわーと思っていたらびっくり仰天!ナンパされさっき罵り合いしてた相手だけど気づかないとかマジウケるんですけどーみたいな、それはさて置き
かっこつけだかなんだか知らないけど選定していた靴を強引に買われ剰えドヤ顔で押し付けられた挙句恩着せがましくもお茶しよう、と強制的に連行されましてさして面白くもない話を聞かされていた今現在心底辟易していたところです」
「容赦ねぇなお前」
「お褒めに預かり光栄です」
ところどころ強がりと冗談が含まれてはいたが許容範囲だったらしい、リヴァイはため息こそ吐くものの憤慨している様子は見受けられなかった。その代わり呆れ顔であるのは皆まで言わず。
その上徐ろに脇にあるテラスの出入り口からの元へやって来ては腕をとり引き起こす、という実に紳士的な態度。一体全体どういう風の吹き回しか、恐ろしいことこの上ない。後ずさっては自分に正直なである。
――これは何か、時間差で雷が落ちるパターンなのか。後々小言を言われるフラグなのか。分からない。どこをどう見てもいつも通りな表情であるリヴァイの本心を窺い知ることはできなんだ。
の訝しむ視線を意に介せずリヴァイは不良さんに向き直ると財布を取り出してはテーブルの上にお金を置き言う。
「ツレが世話になった。詫びと言ってはなんだが靴代だ、受け取れ」
「あぁそうか代金渡せば良かったんだね」
こんな簡単な事も考え至らないとは不覚なり。リヴァイの行動になるほど、と手を打つ勢いで納得したも次いで財布を取り出した、その時である。
「何なんだお前ら――って、よく見りゃてめぇさっきの腰抜け野郎じゃねぇか!!ふざけんなコラァ!!てめぇの金なんざ要らねぇよ!!!」
しまった。そう言えばちょっとした因縁があったわけで。不良さんが勢いよく立ち上がり吠える。
周囲に居た人たちからは悲鳴が上がり完全なる営業妨害へ、そしてリヴァイはを振り返るとあっけらかんとした態度で疑問を投げかけるのだ。
「、腰抜けとは誰の事だ?」
睨まれ吠えられているのだからリヴァイ以外に誰が居ると言うのか。まぁと不良さんの会話を聞いていないのだから分からないのも無理はない。
「貴方の事らしいよ」
「ならそれ相応の態度でもとっておくか」
彼は憤るでもなくあっけらかんとした態度を崩すでもなく本当にただ確認をしたかっただけの様で「腰抜け野郎としての振る舞い方が分からん」なぞとぼやいた。暢気なものである。
仕方ない、ここは私の出番か。とは意気揚々といつぞやかと同じく一歩前に出るのであった。
「そう。じゃあこっからは俺に任せてくだせぇ、親分!!」
「またそれか。そのナリだと女装趣味の小僧設定に成り下がるが」
「……なら、あたいがあんたを守ってやんよ!!」
「引き出しが多いのも考えものだな」
結局はこうなるのか。いつも以上にノリノリで演技をするに本日何度目か分からないため息を吐くリヴァイ。
どうしてこうも血気盛んな設定をしたがるのだろうか。もしかして近い内にそういった任務が入っているから練習も兼ねているのだろうか。
ともあれ普段では見れないこんなも悪くない。なぞと考えている間にもふたりのやり取りは続いていく。
「ねぇちゃん……あんたさっきのチビガキだったのか?ってこたぁそりゃ女装か!?」
「そうです!」
「肯定しちまうのか」
「騙されたぜぇ……仲間からどうやって逃げ果せたのかは知らねぇがこの俺が直々に今ここでぶっ殺す!!」
「分かりました。受けて立ちましょう」
しかし。腰抜けなりに傍観を決め込むなぞするわけもなく、リヴァイは任務モードに切り替えたの肩を掴み。
「まぁ待て、。折角めかしこんでんだ、女らしく淑やかに座ってろ」
先程までが座っていた椅子に押し込んだ。ちなみにテーブルを挟んだ向かい側には相変わらずな不良。明らかに座らせる場所を間違えている気がしてならない。
テーブルを囲む様に立ったままのリヴァイと不良と座る。なんともシュールな光景である。これはあれか。男ふたりがひとりの女を取り合う図、即ち。
「私のために喧嘩はやめて」
「その言葉、確と噛み締めておけ。冗談だろうと言う機会は二度と来ねぇだろうからな」
「貴方も容赦ないよね」
事実だろ、と鼻で笑う。はいつもの無表情、というより何かを悟った様な『無』へと成り果てた。グウの音も出ないとはこの事か。そうか。
「腰抜けには用はねぇんだよ!いや、お前もギッタギタにするんだったなぁ!!」
「ほぅ……よく分からねぇがさっきから腰抜けだなんだと喧しいくてかなわん、受けて立つが」
「あの、す、すみません、紅茶ひとつ……あっはいストレートで……はい、お願いします」
こうなったらヤケだ、と言わんばかりに暢気に注文し始める。正直店員さんを呼ぶ事も苦手なのだが目が合う好機来たる。喧嘩をおっ始めそうな不良たち、しどろもどろなと慄きながら注文を取る店員さん。中々のシュールさである。
こんな見世物小屋の様な現状に勘弁してくれと嘆息をこぼすリヴァイはどうしてこうなったのか回想をし始めるのだ。
「なんだぁ?さっきみたいに逃げねぇのかぁ?親分だかなんだか知らねぇがどうせ腰抜け組織、俺が壊滅させてやるぜぇ!!」
「壊滅も何もハナから存在しない組織の親分なんざ好きでなったわけじゃねぇが……好きにしろと言った手前、俺にも責任の一端はあるからな」
「え?サンドもオススメ、と……あっじゃ、じゃあお持ち帰りで……紅茶?……はい今、えぇ飲みます」
地図の確認を怠ったばかりに道に迷い不良に絡まれ、事を大きくした張本人ではあるが取り敢えずだけでもと逃がした。しかしふと気づくも時すでに遅く、前述の通り土地勘もないこの街で落ち合う場所も指定しなかったのだから当然の如くはぐれ。
漸く見つけたと思えば何故か珍しくもスカートに履き替えていたは顔も変わり、靴屋に出入りする合間に罵り合った不良と合流しそのまま肩を並べてデートをおっぱじめる始末。これはどういう状況だ。その言葉に尽きる。
(何より、俺が探し回ってる間に暢気に買い物とはいただけない。しかもでかい紙袋抱えてるなんざガッツリじゃねぇか。まぁ俺も買い物してたけどな。迷いはしたが店名を覚えておいた甲斐があった)
憤りは無い。嫉妬はあるが態々予定を取り付け本部から離れたこの街に来たのは一体何の為だと思っているのか。
「こっちから行くぜぇ!!歯ぁ食いしばれや!!!」
言うまでもなく、相方は近場だと冷酷人間ゆえに気兼ねなく羽を伸ばす事も出来ないばかりか、堂々と逢瀬を楽しむ事も叶わぬその実状を考慮したからに他ならない。
「それだけでは無いがどいつもこいつも俺の気も知らねぇで……てめぇら全員鈍感なのか?」
不良が拳を繰り出す。が紅茶を啜る。店員さんが悲鳴を上げる。道行く人々が固唾を飲んで見守る中、リヴァイは勢いに任せたそれを難なく躱しては何事も無かったかの様に佇み。
背後のテーブルからけたたましい音が響き暫しの沈黙。何が起こったのやら。一瞬にして決した勝敗はむしろ勝負をしていたのか疑いたくなる程に呆気なかったという。
一部始終を見ていた人々曰く。リヴァイは繰り出された拳を横に避けまさかの空振りに気が動転し縺れた不良の足に、まるで地面に転がる石ころをそっと退けるが如く足を突き出しただけ、と。即ちただの足掛けである。
単純明快な一連の流れはスマートと言わざるを得まい。
ともあれただ人とすれ違っただけだと言うようにリヴァイは振り返ることなくの向かい側に着席した。
「この紅茶美味しいよ」
「ならよこせ」
まるで白昼夢のような出来事だった、とお持ち帰り用に包んでもらったサンドを受け取りながらは素知らぬ顔で懐中時計を確認するのだ。そして紅茶を飲み干すリヴァイを眺めそろそろ帰ろう、と促して。
一体全体誰の所為だと文句のひとつでも言いたい所だが押し留め、大きな紙袋を腕に抱えたリヴァイは颯爽とテラスを後にするに続くのであった。
♂♀
――夕暮れ間近な時間帯。夕食の食材を買いに行く主婦、仕事帰りの労働者、駆け回る子供たち。
様々な人々が各々行き来するその街路を歩くふたりは預けた馬の元へと向かう。今日はたった数時間の内に色濃い目に遭った。
そうぼやきながらも不思議と不快感はなく、肩を並べ歩くお互いを意識しては歩調を緩めるのだ。
「あれ、いつからその紙袋持ってたの」
大きな紙袋を抱える腕とは反対の手に持たれた小ぶりのそれに目を遣り問いかける。テラスに居る時は持っていなかった筈なのだが、一体どこから湧き出てきたのだろうか。
リヴァイは僅かに腕を上げてはそれを目で追うまるで動物の様な仕草のを堪能しながら疑問に応えた。
「お前を探し回ってる合間に買った。柵に引っ掛けてたんだが気付いてなかったのか」
「そんな前から……下向いてたからね。見てなかったよね」
「そうだったな」
の買い物した紙袋とは異なる紐のついたそれはシンプルながらも小洒落た物で。珍しい事もあったものだ、と意表をつかれながら中身が気になるもついと視線を外す。
だが、今度はの視線を追うように紙袋が視界に入ってきた。
「……なに」
「やる」
「えっ」
「チョコレートのお返しだ」
「あぁ……そう言えばホワイトデーだったねぇ。律儀にどうも」
「素っ気ねぇ反応だな。『嬉しくなんかないんだからねっ』とツンデレ解釈するが」
「いや、普通に嬉しいと思ってるのだけれども」
「……そうか」
「そんな照れないで……こっちまで照れる」
「照れてねぇよ」
「……そう」
受け取ったそれに書かれたロゴはこの街で人気なお店のものだとが知るのはもう暫く後のお話。そして、遠出した先がこの街だった理由を知るのもまた同様に。
赤く染まる顔は夕日によるものなのか、はたまた。いつぞやの様に頬を掻くを盗み見ただけで無意識にも手が伸びてしまうのは致し方ない事で。
無抵抗とは言え些か強引に繋ぎ絡めた指に力を入れ、リヴァイは誰に聞かれるでもなく口を開く。
「またはぐれでもして探し回るハメになんのは御免だからな……掴まっとけ」
――とんだ羞恥だ。街中でただ手を繋いだだけで、年甲斐もなく相手の反応が見れなくなるなぞと。頑なに前を向き、遣り場を失くした視線を横に流しては言い訳がましい言葉を口にするなぞ、羞恥以外に何だと言うのか。
普段飄々とセクハラをしている人間が今更何を恥ずかしがる必要があるのか甚だ疑問ではあるが、恐らく心が汚れている分この様な初々しい行動に対して後ろめたさを感じてしまうのかもしれない。これだから変態は。
こんな30代にはなりたくないな、なんて笑いを堪えながらは普段通りの振る舞いに徹するのだ。己も照れ隠しをするように。
「……どちらかと言うと掴まれてる気がするのだけど……入念に腕を絡めるとかどう」
「それはアレか『当ててんのよ』的なアレか」
「やだ何この人妄想気持ち悪い。冗談だよ」
「…………」
「痛い痛い痛い痛い力籠めすぎ折れるごめんなさ――!!」
見ている側が恥ずかしくなるようなやり取りをするふたりの帰路は普段と何ら変哲もないもので。だからこそ、先ほどの不良と肩を並べ歩いた時よりも比べようもない心地よさには力の緩む手を確と掴んだ。
折角誘ってもらったにも関わらずふざけすぎた事を詫びるように、そしてこれから先もこうして共に歩きたいと願いながら。
――握り返された力は、この上なく優しかったという。
かくして無事に帰り着いたのち、紙袋の中身を開けたはひとり呟き。
「マカロン、ねぇ……飴でもクッキーでもないところがあの人らしいというかなんというか」
人知れず口角を上げては笑声をこぼすのであった。
END.
おまけ
「リヴァイ……私は重大な問題に気付いてしまった」
「……なんだ、言ってみろ」
「スカートのままでは馬に乗れない」
「確かにそれは重大な問題だな」
「そこで私は考えてみた」
「あぁ、俺の前で横乗りすりゃ――」
「『荷台を調達しよう』と。一頭用なら安いし荷物を置くにも申し分ない」
「目を覚ませ、。傍から見りゃシュールこの上ねぇぞ。帰ったとき団員たちも驚く」
「ならリヴァイの馬も一緒に2頭用を――」
「よせ俺を巻き込むな」
「ならどうしたら良いと言うの」
「……服買って着替えてくりゃ良いじゃねぇか」
「その手があったか……!」
「珍しく女らしい格好してると思ったんだが中身は相変わらずとはな。流石干物女と言うべきか……興奮した俺がバカだった」
おわり
ATOGAKI
反省はしている。それはもう色々と。ホワイトデー大遅刻然り。途中からあれ?これ何シリーズ書いてるんだったっけか?と混乱しました。おふざけ満載ですが甘くできたはず(当サイト比)。
ゴロツキではなく不良と銘打ったのは兵長とかぶるからです。「ゴロツキさんが」「……昔の話だ」「いや別に貴方の事を言ったわけじゃないのだけれど」というのを回避するために。なんつって。
有名なお返しの意味的なアレ。
マシュマロ=貴方が嫌いです
クッキー=貴方は友達です
飴ちゃん=貴方が好きです
マカロン=貴方は特別な人です