She never looks back
繁茂する樹葉から垣間見える月を眺めては痛む体にひとりごちた。
「またやってしまった……」
もはやお馴染みとなった背中から伝わる冷たい土の感覚が、打撲の痛みを和らげる。
ある意味応急処置だ、なぞとふざけた事をぬかしながら心地よさに甘んじて、月明かりを腕で遮断し目を閉じた。
ここで寝てしまえば風邪をひく。それとも団員に見つかってちょっとした騒ぎになってしまうのが先か。
寝る気は毛頭ないものの、来もしない未来を想像してはそこはかとない虚しさを募らせ。
「……痛い」
訓練場の一角に位置する森の中、何を隠そうガス残量確認を怠ったが為に落下した私は地面に寝転がっているというわけで。
流石に他の団員がいる前でこの様な無様な姿は晒さないよう努めてはいるが、如何せんひとりというのは私を盲目にする。夢中になりすぎてついうっかりである。
情けない事ではあるが誰にも見られてはいないのだから良しとしようではないか。訓練だからと言って戯れが過ぎるのは棚上げしておく。
『ねぇ、……君の飛び方は諸刃の剣だね。自由に戦うことで仲間の命は助かるけれど、ひとりになると直ぐガス欠をおこす』
『いつもそういうわけじゃない。私だってたまには残量を確認する。それに他の団員の前でだってガス欠になる』
『胸を張って言うことじゃないだろ……君は死に急いでるのかい? それともただのお間抜けさんなのかな?』
『……違う。守る対象がいる時はガスが無ければ守れないから残量を気にする。でもひとりなら、ガスが無くなっても私だけが危険に晒されるだけで――』
『いくら君が生き残る術に長けていても、しぶとい人間だとしても壁外では何が起こるかわからない。信じてはいるけど、心配してしまうのはまた別だ』
『…………』
『お願いだからさ、少しは自分を大切にしてくれ』
脳裏を過ぎるハンジとの会話。それを振り払うように腕を地面に放る。その先で触れた操作装置の無機質さを指先でなぞっては無意識に離した。
瞼を閉じていてもまるで蝕むように感じる月明かりが、煩わしい。顔を背ければいいのに。また腕で覆えばいいのに。
眩しさを遮る術はいくらでも思い浮かぶけれど、それでも体はまるで動かなかった。
――心配させてしまうのは、つまり私が『弱い』という証拠なのだろう。
情けない。生き残るだけで何も変わらない自分の弱さが。どんなに振り返るまいと強がっていたとしても所詮、ただの虚勢に過ぎなかったと。
自身に叩きつけられた事実は抗い様もない現実だ。こんな自分が自分を大切にできるだろうか。この忌々しい甘ったれの自分を。
無理だからこそ鞭打ってきたと言うのに心配される道理なぞ、どこにあると言うのか。
甚だ馬鹿げている。誰になんと言われようが私が大切にしたいのは――守りたい人だけだというのに。
― 彼女の想い 確認編:前 ―
「あ〜辛いわ〜マジ辛いわ〜……」
「とうとうイカレちまったか。いや、元からだったな」
「あるぇ〜? リヴァイじゃん? どうしたの、こんな所で。お手洗い?」
「ここでしてもいいならするが」
「すみませんやめてください後始末辛い」
「問題はそこか」
どこか既視感を覚える執務室の光景。ソファの背もたれに肘を置きつつ、横たわる体を見下ろすリヴァイは目を眇めた。
またしても体調不良か、それともただの気まぐれか。全面に怠惰を醸し出すにため息は尽きない。
「もっとさ〜なんかあるじゃん? また風邪でも引いたのか?とか、休日申請を出してきてやる、とかさ?」
「連勤中か」
「いや、連休明けです」
「ただ連休気分が抜けてねぇだけか」
「奇跡の2連休に慣れない私は切り替えが上手くいかない」
「お前という奴は……必要以上に休みが貰えんわけだ」
ほとほと難儀な人間である。なんて思うリヴァイではなく。むしろ連休明けな事も、この態度もただ単にふざけているだけだという事も知っているからにして忠告をひとつ。
「冗談もほどほどにしておけ。もうすぐ書類が運ばれてくる時間だ」
リヴァイの言葉を聞き入れられたらしいだったがその態度を崩すことはなく。往生際の悪い女だ、冷酷人間ともあろう者がこんな事では沽券に関わると言うのに。
は時たまこうして気まぐれにキャラが壊れる。演技のしすぎで本来の自分が分からなくなっているのでは、と心配してしまう程に。
「え〜執務したくない〜まだ休んでたい〜」
理由はあったり無かったり。どうやら今回は理由なしの気まぐれのようだ。
二人がけのソファはが寝転がる事によって何だか大きく見える。対比の問題か。
それはそうと、ゴロゴロと床に落ちるか落ないかの瀬戸際を楽しむかのようにうごめく様子を観察しながら、リヴァイは寄りかかる体の姿勢を正した。
何故なら廊下から足音が聞こえてくるからだ。書類を運んでくるであろう後輩団員の「行きたくないなぁ……でもくじ引きでハズレ引いちゃったしなぁ……サラッと置いて速攻で帰ろ」
と言わんばかりの鈍い足音が。
「そうこうしてる内に来たぞ。さっさと座――」
リヴァイは再びソファを覗き込んだ。しかし。
「分隊長、書類をお持ちしました」
「ご苦労様です、そこに置いといてください」
「(変わり身早すぎだろ)」
もぬけの殻となったソファ。振り返ればいつの間に移動したのか執務机の椅子に座る。後輩が来るなり冷酷人間に切り換えるとは器用なものだと賞賛を通り越して呆れる他ない。
「へ、兵長!? なぜ貴方がこのような所に……」
「…………」
「……エルヴィンからの使いだ。用が済んだのなら早急に持ち場に戻れ」
「失礼しました!」
扉が閉まると同時に机に突っ伏したを見遣るリヴァイのため息が深呼吸並に深くなったという。
さて置き、目の届かぬ場所でだらだらするのは構わないが仕事が舞い込んできてしまったのだ、怠慢よくない。
体裁を守れば『上官が怠けているなんてずるい』なぞと風紀が乱れることはないだろうがそうも言ってられない現状。
だが些か落ち込み気味な姿を視界の端に入れながら、今一度ため息をこぼすリヴァイであった。
「それで、貴方は何故 “このような所” にいらしてるのですかねぇ」
突っ伏す顔を横にずらし物言いたげな瞳を向けてくる。前髪の合間から覗くそれは冷酷人間の『れ』の字も見受けられない。
まだ続ける気なのか。それに後輩の言葉を持ち出すとは結構気にしちゃっているとでもいうのか。
些細な謗りなぞ言われ慣れている癖に。否、気にしてる風を装い遠まわしに八つ当たりよろしく嫌味として口にしているだけだと分からないリヴァイではなく。
「ほぅ……その口ぶりを聞く限りじゃ大方の察しはついてるようだな」
「昼前だとしても貴方が小休憩を挟むには早すぎるこんな時間にやって来た理由なんてどうせロクなことじゃない」
「及第点といったところか……良いだろう、答えを教えてやらんでもない」
「素直に教えるのが使命でしょうに。無駄に引っ張るんじゃあない」
普段ならば一服する為に来る男が紅茶を催促するでもなくここに居る理由。先ほど後輩へ言った言葉『エルヴィンからの使い』とは方便なぞではないのだ。
は伏せていた顔を上げ、次いで背もたれに寄りかかる。頬に服の跡がついていようが構わず勿体ぶるリヴァイを一瞥し書類に手を伸ばした。
それを目で追いながらリヴァイは口を開く。決して勿体ぶっていたわけでもましてや意地悪をしているのではない。ただ言い淀んでいたのだ、エルヴィンからの言伝を。
しかし伝えそびれる事は許されまい。というわけで正直に告げるべくに向き直り言伝の内容をば。
「近々全員強制参加型の懇親会が催される。今まで逃げてきたお前の年貢の納め時が来たらしい」
書類のひしゃげる音が、室内に木霊した。
♂♀
本部のとある会議室にて。黒板に書かれた白文字の羅列を流し読みながらは右から左へ視線を走らせ、そのまま窓の外へと放り投げた。そんな午後のひと時。
昼食も半刻ほど前に済ませいい具合に眠気が襲う、そんな穏やかな時間になる筈だった。のだが。
「懇親会特別企画班、食材管理担当分隊長。首尾はどうですか?」
進行していく報告会の直中に置かれた立場は昼寝を許さず、当然だが発言を強いられる。チラリと黒板の方へ視線を向けてみれば
「ハリボテ決め込んでんじゃねぇぞ」、そんな聞き覚えがあるようなないような台詞が聞こえた気がした。
「……概ね予定通り予算内に収めることは可能です。余った資金は我々懇親会特別企画班の打ち上げ費に回せるでしょう」
「流石です。後は調理担当に任せるとして食材はいつ頃到着の予定ですか?」
「そうですね……当日の午前に指定しましたが天候によっては遅れが出るかと。諸々踏まえて作戦開始は昼食後が妥当ではないでしょうか」
万年筆を器用に指で回しながら再び明後日の方向に顔を向け、書記であるエルドの質問に答える。予定を思い返しながら発言していると見受けられるがところがどっこい、である。
何を隠そう進行役のエルドの隣、教壇の椅子に座る男の威圧を直視しまいと目を逸しているというわけで。
明らかに雲行きが怪しくなってきた雰囲気に、肝が冷える思いで透かさず隣席のモブリットが小声で話しかけてくるのもわけない。
「さん、兵長が物凄く睨んでおいでです」
「そのような事実は先刻承知。私の足は今にも逃げ出そうとしている」
「貴方がそんな態度だからですよ……いつもの冷酷人間はどうしたんですか」
「私を怖れる後輩はこの場に存在しないもので、つい」
「(兵団内の集まりに強制参加も然ることながら、あろうことか企画班に任命されては嫌にもなりますよね……)」
モブリットはの心境を汲み取ると、乾いた笑いをこぼしながら周囲に目線を泳がした。室内には数人の団員が集い、各々が担当する役割の中間報告を行っているのだ。
班長は言わずもがなリヴァイであり、ほぼエルヴィンの指名した者達で構成されているらしい。
「(それに……さんを指名したのは兵長だからなぁ……言うなれば “道連れ” か)」
聞くところによればつい先日、リヴァイがの執務室へ赴く前のことだ。エルヴィンに呼ばれた彼はなんの脈略もなく懇親会特別企画班班長に任命され数秒固まったのち、の名を出したという。「やってもいいが、その代わりあいつも入れろ」。
モブリットの予想通り “道連れ” である。まぁ物資に関して商会などのコネがある上に、食材の目利きに定評がある(らしい)人材だ。エルヴィンも快く了承したというわけで。
「そうだな。彼女にとって仔細ない顔ぶれだ、構わないが……ははは、また嫌味を言われてしまうな」。このやり取りをは知らない。
そんな裏事情はさて置き、心底解せぬと全身で訴えるの態度は目に余るものがあるも、やる事はちゃんとやっている為下手に注意することもできずにいるモブリットである。
「各自最後まで責任のある行動を怠るな。何かあれば早急に報告しろ、解散」
兵士長という立場の人間が何故このような事をしているのか。何も下っ端に押し付けておけなぞとは言わないまでも、人選に首をかしげるのも道理である。
しかし当の本人はだがなんだかんだ言いつつも使命を全うしている。渋々ながら同じく使命を全うする然りふたり揃って律儀なものである。流石です。
「モブリット君、私は食材が届いてしまえばお役御免。会場のセッティングで何かお手伝い出来ることがあれば遠慮はしなくていい」
散開し会議室を後にしていく班員を横目にモブリットを慮るは、食材リストの最終調整を紙上で行いながら口を開いた。
乗り気じゃない癖によく気の回る人だ。モブリットは嬉しさを噛み締め苦笑をひとつ。
「ありがとうございます。ですが、それよりも調理担当なのでは?」
「……あちらは人数を大勢確保している。私の出る幕は皆無。それにしゃしゃり出るのは趣味じゃない」
「ですよね……」
の言う通り調理担当は十分な人数が存在する。会議に出席していたのは代表者だ。彼女は己の技術を公表しておらずその上誇示する気も毛頭ない為、余計な言動は慎むのが常例である。
だがやはり秘密を知るひとりであるモブリットは分かっていても聞かずにはいられなかった。同時にちょっとした優越感に浸ったという。
「調理担当よりも君の方が大変でしょう。其方を手伝う方が道理というもの」
「なぜ会場担当は俺ひとりなんでしょうか……せめてもうひとり欲しかったです」
「その為の私です。高級レストラン並のセッティングをしてみせる」
「さん、心強すぎです」
あのただっ広い食堂にテーブルクロスも無ければお洒落な装飾品も在るはずも無いのだが、なりの気遣いなのだと分からないモブリットではなく。
緻密に文字が綴られている食材リストに目を落としながら、普段の執務もこのくらい真面目に取り組めばいいのにと今一度苦笑をこぼすのであった。
♂♀
――時は遡りとある街のとある建物内にて、はそこの店主と顔を突き合わせていた。
「だーかーら、ぼかぁ無理を言ってるわけじゃねぇんでさぁ。ちーっとばかし食材をまけてくれてもバチは当たんねぇだろぃ? そうでなくとも大量に発注してんだ、サービス精神バッチコイ」
薄暗い店内のカウンター越しで交わされるやり取り。どうやらは店主に交渉を持ちかけているようだ。兵士に志願する以前の格好で。
キャスケットを目深にかぶっていないところを見るにどうやら厳重な変装をしているわけではないらしい。
「おめぇよ……調査兵団の仲介人だかなんだか大層な仕事にありつけた事は喜ばしいが、それとこれとはまた別だろ。俺はお前に恩義もあるし仲間だと思ってるが……だがなぁ、いくら昔のよしみだとしても半額は無理だバカ野郎」
無理難題な提案に店主は呆れ混じりに頬杖を突きながら新聞に目を走らせ、前のめりに主張を続けるを一瞥する。数年前と身長も容姿もそう変わりない小童が喚き散らしていると見えているのだろうか。
しかし門前払いをするどころかまともに商談を交わしているところからして、狂言じみた交渉自体だけを非難しているようで。昔のよしみと言うだけあり、本気であしらう素振りは見受けられない。
「なんでぃなんでーぃ。半額つってもあんたらにしてみれば通常の仕事50件分の金額に相当するんだ、贅沢ぬかすもんじゃねぇぜ」
いじけた様に椅子に腰を下ろしたは物言いたげな視線を店主へと向けるも、返ってくるのは依然小馬鹿にする笑みだけだった。
「ちったぁ頭のキレる奴だと思ってたんだが半額ってなんだよ。50件分ドブに捨てろって言ってるようなもんじゃねぇかふざけろチビスケ。大仕事に目が眩んで脳みそパッパラパーになっちまったか?」
「一気に大金を手に入れるんじゃなくて、まずは目先の利益に目を向けろってーの。欲をかいた奴の行き着く先ぐれぇあんたも沢山見てきた筈でぃ。その点で言えばあんたは勝ち組だ、こんな大層な仕事が舞い込んで来たんだからねぃ」
の小生意気な物言いを聞いていた店主だったが、突如として笑みから一転し憤りを顕にしてはカウンターに拳を叩きつける。
「言うじゃねぇかチビスケェ……ここの稼ぎはおめぇの稼ぎよりもチンケだから50件相当の金額なんぞ目くじらたてる程のもんじゃねぇってか? 収益は文句ねぇ額だが利益は見込めねぇ、そうやって詐欺じみた要求して糞みてぇな恩を押し付ける奴ぁこっちから願い下げだバカ野郎!!」
目の前の小童は歳を重ね成人しているはずだが身長と同じく頭は成長していないのだろうか。むしろ衰退しているのでは。信用していた己が馬鹿だったのだ、と落胆する店主。
商人にしてみれば『信用』なぞ冗談と同義。お得意のそれだ。しかし彼らには培ってきた『関係』がある。
昔はときに従業員として、ときに商売敵として腹を探り合い頭脳戦に興じたのではなかったか。恩を着せ、恩を着せられ。短い間だったが信用に足る人間だったと。
まぁ勝負どころでは小童なんぞに負けたことは無かったが技術は確と盗まれたものである。
――こいつは態度も減らねぇ口も変わらねぇな。そうだ、『変わってない』んだ。
思わず頭に血がのぼり興奮してしまったが、はたと正気に戻る店主。感情任せに怒鳴ったものの、とうのは落ち着いているではないか。
この肝の据わり方は記憶と寸分変わりない姿で。
「はっ……兵団に夢見てんじゃねぇやぃ。憲兵なら兎も角、調査兵団は慢性的な資金不足……今回の仲介料だってここの給料よりチンケでさぁ」
怒声を浴び怖気づくでもなく、店主の手から落ちた新聞に目を落とす表情は落ち込んでいるのではない。どこかまた別の憂いを感じさせるもので。
いつも影が見え隠れしていたとは思っていたが、こうも明瞭に醸し出した事があっただろうか。いや、無い。
――もしかしなくともこの界隈から離れて相当苦労を重ねたのだろうか。黙って行方を晦ましたと思えば数年後になった今、なに食わぬ顔で仕事を持ってきたものの、かと言って出戻りというわけでも無く。
随分ご無沙汰にも関わらず、剰えヤケにでかい案件を引っさげて一体何を考えているのやら。昔よりも逞しささえ見受けられるのその思考を店主に汲み取ることはできなんだ。
「……おめぇも仕事ぐれぇ選べや。こんなご時世だ、手に職つけるか安定した収入がねぇといつおっ死ぬか分からんぜ。その前に巨人に食われちまうかもしれねぇがな」
息を吐き握り拳を解いた店主は、そのままの頭を小突き笑う。今度は小馬鹿にしたものではなく信用する仲間に向けるそれ。が失態を犯した時よくこうして慰めたものだ。
は微笑みなぞ浮かべたことは終ぞ無かったが相変わらずの無表情、そこに嵌め込まれた瞳は口ほどに物を言う。向けられたそれにはいつか見た情けなさが見えた。そう、何も変わっちゃいなかったのだ。
「慰めはよせやぃ。ぼかぁ喧嘩を売りに来たってーのに随分な待遇なこって……」
「あぁそうかい、半額なんざ狂気じみてるとは思っていたが、お得意の冗談だったとはな。おめぇとの言い合いは久しぶりすぎてマジになっちまったじゃねぇかよ」
特有の冗談。会うことも無かった今ではもう過去のものとなっていた。当時は嫌というほど目にしてきたというのに、時の流れとは残酷である。
しかしそうと分かれば溢れ出てくる記憶に安堵すると共に本来の調子が戻ってくるのを感じた。心にもゆとりが生まれ無意識に強張っていた体が緩み。
ついと逸らされる視線に店主は今一度笑を浮かべ。
その照れる仕草は一体どこで覚えてきたのか、昔よりも苦労している割には環境に恵まれたのだろうと悟る。
金にがめついだけで大義名分も無くただ徒に月日を過ごしていた頃とは大違いだ。熱心に新聞を読む瞳には真摯な意志が宿り。確と心身共に成長しやがって、と腹が癒える店主であった。
「こちとら馬車馬の如く働かされ色々と経験を積んでるところなんでぃ。ちっとばかし羽伸ばしに来て怒鳴られるなんざ御免でさぁ」
「すまんかったな、チビスケ。2割引で手打ちといこうじゃねぇか」
「へーんだ。もうあんたの所になんざ頼まねぇやぃ、他をあたらァ。あばよオヤッサン」
「待て待て待て、せめて3割だ。これ以上は譲らねぇ」
「……麦酒と燻製追加。それで我慢してやんよ」
「気前イイねぇ。酒と肉が高ぇこた知ってんだろ?」
「バーカバーカ。手切れ金だちくしょうめ」
「可愛げのなさも健在かよ。ま、手間賃はサービスしといてやんぜ」
小切手に4割引かれた金額を書き込み、店主は新聞を畳むにそれを押し付ける。もまたその1割増しの金額を店主に押し付け踵を返した。
恩の押し付け合いともとれるやり取りはふたりの『関係』を表しているようで。
「またのご利用お待ちしてんぜぇチビスケ。次に会うのは何年後だかわかんねぇがよ」
どんなに憎まれ口を叩こうが、何年も顔を見せまいが一度抱いた信用は消えることなく彼らの中に鼓動と共に息づいている。
はそれを確かめたかったのかもしれない。己の守るべき人たちの一部である彼との繋がりを。
巨人に食われるかもしれないという言葉を内心で否定しながら、は僅かに口角を上げ背を向けたまま手を振り『何か』を匂わせ――
「チビだって高く飛べば大きく見えるんですよ、オヤッサン。私の勤務先をよろしく。ではまた後日」
「あ? なに言って……まさか、な……?」
――折りたたまれた新聞には、自由の翼が描かれていた。
To be continued.
ATOGAKI
懇親会特別企画班は声くじにあやかってみました。特別打ち上げ班。なんつって。値段は適当なので深く考えませんように。硬貨と紙幣(確か)があった気がするのですが単位わからんし。
一匹狼根無し草はただのフレーバーなのでお気になさらず。最終的に「もう……ひとりじゃない」とか言い出しそう。ぼっちじゃないって気づいたネタ(『立ち位置おまけ』)の二番煎じ回避。むしろただの死亡フラグな件。突っ込んだら負け。
これ書いたのその声くじ出た時ぐらいなのでもうほんと……自分で何書きたかったのか曖昧です……すみません……でも頑張って矛盾とか生まないように頑張りました……気持ちは。おい。
※主人公は持ち前の変装術で姿かたちを変えて渡り歩いてきましたが、全部が全部別人だったわけではないです。同一人物でも問題ない界隈ではそのまま、とか。
憲兵に見つかりそうになったりバレそうになった場合は違う人間になりすましますが。そんな感じです。蛇足だよ!