She never looks back








 ―彼女の想い 確認編:後―







「――かくして食材の調達は成功したという。お手伝いが遅くなって申し訳ない。あの後ちょっと私情の用足しに行っていたもので」


時は過ぎ、昼食後。食材などは滞りなく搬入を終えていたが、肝心の担当者が作戦開始時刻よりも2時間程遅れてやってきた事を咎めるでもなく、会場担当であるモブリットは事のあらましを聞きながら作業を進めていた。


「そんな事があったなんて……お疲れ様です、さん。それで必要以上の収穫とは何だったんですか?」

「今まで賊さんたちが盗んできた金品財宝その他諸々小屋のいたるところに隠してあったありったけの物を――」

「(これがケツ毛まで毟り取るって事なら)容赦なさすぎです」


あの短時間で大層な濃ゆい時を過ごしていたなぞと誰が想像できようか。しかも予定通りの時間で収めるには些か出来過ぎな話である。 事実は小説よりもなんとやらと言うべきか、それともという単独任務を任される人間だからこそ為せる業なのか。リヴァイが共にしていた事も幸いしたのかもしれない。 追い剥ぎ行為は扠措いて。いや、追い剥ぎは賊の方か。もはや何がなんだか。


「さぁ早急に準備を終わらせて懇親会に挑もう。お肉が私たちを待っている」

さんと兵長が汗水流して奪取してくださったお肉です……味わって食べずにはいられませんね」

「汗は流してないけれども、気持ちは受け取っておく。ありがとう」


手早く準備に取り掛かる様子は疲れを感じさせないもので。今しがた話してくれた事柄はにとって然程大したことでは無いのだろう、とモブリットは思った。 それでも労わりたいと心に決めたが、とうの本人は準備を終えてからというものの懇親会の開始時刻になっても姿を現すことはなかった。


「兵長、さんは……」


幹部たちが集う卓で酒を片手に座るリヴァイにこっそり問いかけるモブリット。 は限られたメンバーによる宴会を別とし過去に一度としてこの様な全団員が集う場に参加したことがないと記憶しているが、今回ばかりは気になって仕方がない。 居ても立ってもいられなかった。思わず、である。


「……兵団内の催し事のバックレはあいつの十八番だ。分かってはいたが、今回の為に働いたとしても参加を辞退する方を選ぶとは意固地にも程があるな」

「自分が参加しては場の空気を壊すと思ってらっしゃるのでしょうか……」

「……かもな。団員にどう思われているかなんてあいつ自身が一番理解している筈だ。例外は除くが」

「いつもは何食わぬ顔で過ごしておられますが……やはり思うところもある、と……」

「好きでやってんだ、放っておけ。どうせ明日の打ち上げには顔を出す」

「そうだといいんですが……」


リヴァイがはぐらかせるでもなく答えてくれた事に安堵するも、また別の懸念が生まれてしまった。折角自身の手で食材を調達し、剰え予想外の事だったが事件解決に尽力したのだ。 少しくらい報われてもいいはずだと。そう思わずにはいられまい。

些か素っ気ない口ぶりのリヴァイを疑っているわけではないが、慮ってしまうのは致し方ないことで。モブリットはすっきりしない表情のまま渋々自席に戻っていった。


「なになにー? モブリットはの事が気になるって?」


モブリットの後ろ姿を見送りながらハンジが茶化すように口を開く。何かを含む物言い。リヴァイの反応を伺っているという事は言わずもがなである。


「……どうやらあいつから午前中の事を聞いたらしい」


しかし返ってきたのは面白みのないもので。だからといって興ざめだと一蹴できるような話ではない。ハンジは木樽ジョッキを置くと頬杖を突き、どこか憂う瞳を覗かせた。


「あぁ、そっか。そういう事なら納得だ。食材を調達してきたのはですーって言えばみんな感謝こそすれど下手な態度はとらないと思ったんだろうね」

「分からんでもないが、生憎後輩たちはあいつの名前を出すだけでいい顔しないのが現状だ。お陰で食材管理担当の肩書きはエルドにせざるを得なくなった」

「道連れにしたのは貴方だ、ちょっとばかし残念そうな顔するもんじゃないよ」

「バカ言え、自分がやったわけでもねぇのに感謝されて後ろめたく思っちまってるエルドを気にかけてるだけだ」

「それが本心なんだから、貴方も大変だね」


広い食堂内を見渡せば陽気に酒を煽る者、談笑を交わす者。そこには日々の疲れや悲しみを忘れハメを外す団員たちが居る。 そんな彼らに水を差すまいと身を引く

いつもそうだ。いくら誘おうとも強引に連れていこうとしても、彼女が兵団内の催し事に顔を出したためしがない。昔は極希に参加していたのだが。 逃げるのが上手いと言うべきか、一瞬でも目を離してしまえば忽然と姿を消す。大男やマッチョが捕まえても、いつかの大人しくなっていたのが嘘だったかのように腕をすり抜け逃亡する。

理由は明白。それゆえにムキになって捕まえることはしない。頑ななの反応は悪戯心を擽ぐるのだけれども。


「いつか……参加できるようになるといいね」


なんの気兼ねもなく、この幸福を味わって欲しい。ハンジは賑やかな場を肌で感じながらしみじみと宣う。大きなお世話かもしれないが、思うだけはタダだと思うから。 もハメを外すぐらい許されると。

リヴァイもまた、の意志を尊重するからこそ懸念も何も感じないのだろう。しかし抱く思いはハンジと同じなのだと。何も言わないそれが肯定であると確信を齎した。


「考えても見ろ、酒飲んで寝ちまったら血の雨が降る」

「リヴァイが隣に居ればいいじゃないか」

「……俺はお目付け役じゃねぇぞ」

「現在進行中でその役目を全うしてる人間が口にする台詞じゃないね」

「チッ……世話のかかる女だ」


冗談めいた言葉の裏に潜む本心。垣間見えたそれに満足したハンジは懇親会と銘打っているからには他の団員と交流するべく席を立つ。 開催時間も中盤に差し掛かった今、ほどよく緊張がほぐれているであろう一同に溶け込むように歩を進めていった。


「……参加出来るようになったとしても、友好的でもないあいつが馴染めるとは思えねぇがな」


次第に席を離れていく幹部たちに代わり、自然と周囲に集まってくる部下たち。特段盛り上がるわけでもないが、そつなく会話を交わしながらリヴァイは人知れず息を吐いた。 今頃ひとり静かに酒を煽っているであろうに飲みすぎて寝るなよ、と届きもしない戒めを心の中でつぶやきながら。







 ♂♀








深夜。賑やかさも大分落ち着き、食堂から引きあげてきたリヴァイは静かな廊下をひた歩く。先ほどの喧騒とは真逆の静寂が耳鳴りを引き起こし現実味を遠ざけた。

酔っているわけではない。足取りもいつも通りだ。思考もはきとしている。しかし地に足がつかないこの感覚は何だと言うのか。 恐らく余韻を引きずっているだけだろう、そう結論づけて目的地へと歩を進める。

階段をのぼり廊下へ。ランプの明かりを踏みしめたどり着いた場所は、行き止まり一歩手前にある今となってはお馴染みの扉の前。 自室ではないそこは今回の懇親会で唯一欠席した団員の執務室だ。まるで主の不在を告げるように立ちはだかる扉の無機質さに少しだけ、躊躇した。

もし施錠されていたらどうするべきか。生憎と聖域への合鍵しか持ち合わせていないリヴァイは、らしくもない思考に自嘲しながらノブに手をかける。

開けば眼前に広がる薄暗い執務室。その最奥に位置するカーテンから漏れ出る月明かり。廊下との明暗の差が目を眩ませ瞬きをひとつ、ふたつ。気配も無ければ人影を視認する事も出来ない。 それもその筈、無人なのはこの執務室であり、されど隣接する聖域からは確と気配を察知することが出来た。言わずもがな部屋の主のものだ。

待っていたとでも言うつもりか、はたまた。抵抗なく開いた扉、敷居を跨ぎ足を踏み入れればお気に入りらしい自前のソファに鎮座する人影。


「随分と早かったねぇ、リヴァイ。二次会には行かなかったの」


振り返ったその人物は、いつもとなんら変哲もない無表情で此方を見上げた。片手にはグラス。ひとり酒とは干物女もいいところだ。いや、熟練のそれか。 なぞと失礼な事を思うリヴァイをよそに立ち上がり窓辺にグラスを置いた干物女代表、もといは些か眠たそうにまぶたを瞬かせベッドに向かう。 さっさと寝たいのだ、と言外に訴えているらしい。そうか。

ところがどっこい、無言の訴えに素直に応じるわけもなく、リヴァイは今しがた置かれたグラスを手に取りソファに腰を下ろすのだ。半分ほど残された中身を傾け味わうように口に含み。

こんな上等な酒は考えるまでもなくエルヴィンからの差し入れだと気づかないリヴァイではない。 が懇親会を辞退する事を見越し、開始前に寄越したのだろう。彼はつくづく甘い奴だ。この酒のように。なんて。どうせ今回の詫びの印だろう事は容易に想像がついた。

度数の低い甘味のある舌触りのそれをコクリと飲み下し、思い浮かぶ顔を振り払うようにグラスを揺らす。団長様は太っ腹らしい、これ目当てでバックレたのではと思わせる程の美酒だった。


「今日は無駄な労働を強いられた挙句、どこぞの馬鹿がバックレやがったしな。それに明日は打ち上げがある……飲んだくれるのはその時で十分だ」


今夜はこの酒で終いといこうじゃないか。シメには些か勿体無い気もしないでもないが、そう多くはない残りを飲み干しグラスを元の場所に置く。 ついでに中途半端に垂れ下がるブラインドを下ろそうと紐に手を掛け、ふと月明かりを遮断する前に布団を引き寄せる姿を見遣った。


「そうだね。貴方には私を聖域まで運ぶという役目を全うしてもらわなきゃだからね」


飲み終わるまで待ってくれていたのか、場所を譲る。こういう些細な心配りが些かむず痒い。干物女の癖に。内心で悪態吐くも照れ隠しなのは言わずもがな。 それはさて置き、聞き捨てならない言葉に動揺するリヴァイが居る。


「……飲んだくれると言ったはずだが」

「ザル男が何を。冗談きついぜ旦那」

「そりゃこっちの台詞だ、馬鹿が」


懇親会に出席することなく打ち上げには出ると。それは構わない。少人数で尚且つ冷酷人間だと怖れる人間が存在しない面子なのだ、むしろ欠席する理由が見当たらない。 問題はそこではなく、彼女は酒の弱さを最大限に発揮し剰えその介抱をリヴァイに一任すると言っている事が意外で。

が寝落ちするまで酒を飲むのはそう滅多にない。弱さを自覚しているが故に加減して限界の手前で飲むことを止める。 ハンジなど気心知れた人間の前でしか寝顔を晒す事もしない。 それなのに何故、幹部の人間なぞリヴァイしか存在しない中で飲んだくれると言うのか。冗談にしか聞こえないのも致し方あるまいて。


「たまには飲んだくれたい時もあるってだけだよ」

「今からでも構わねぇが」

「このお酒は渡さない」

「そんなにエルヴィンの野郎から貰ったもんが大事か」

「違う。ザル男に飲ますには勿体無いというだけ。これは私が1週間掛けてじっくりこってり味わって飲むべき美酒」

「……せめて悪くなる前に飲み干せ」


何を思って飲んだくれると宣うのかは知らないが、立ったままだった事を思いだしを壁際に追いやりながらベッドに身を沈めた。 もしかして寝床を温めていてくれたのか、なぞと望み薄な考えを振り払いの心なしか不満げな顔をも布団で遮る。精神衛生上、必要な処置だ。そう言う事にしておこう。


「あぁ、そう言えば今朝の賊さんたちはオヤッサンの所で働かせて貰うらしい」


間を置かずもぞもぞと布団から顔を出し突拍子もない報告をする。話が飛躍しすぎではなかろうか。思わずツッコミを入れずにはいられまい。


「あからさまな話の変え方をどうにかしろ。……どうせお前が口利かせたんだろ? つくづくお人好しにも程がある」


いつの間に事を運んだのやら、の得意分野である内密且つ迅速な対応に呆れる他ない。 事件は今朝起きたばかりだというのにも関わらず、たった数時間で彼らの間に何があったのか。 リヴァイの疑問は次いで紡がれた答えによって解消されることとなる。のだが。


「無法者を野放しにするよりかはマシだと思うけれど。これも罪滅ぼしの一環だよ」


解消されたかと思えば疑問が増えるとは思わなんだ。は自身が良しとしない賊どもの悪事を許容し、あろうことか自ら贖罪の機会を与えるという。 どういった風の吹き回しか。普通なら憲兵に引渡し、然るべき段階を踏ませなくてはならない案件だ。 彼女は変なところで甘さを持ち合わせてはいるが、この件は冷静さを欠くようなものでもない筈で。

なれば考えられる事はひとつ。リヴァイはまるで試すように、問う。


「そりゃ賊どものか? それとも――お前のか?」


あの時、は冗談を口走る最中にほんの少し、本音を顕にした。滲み出る嫌悪感。酒の肴にもならない茶番は好きではないと断言したその瞬間。 滅多に見せない感情の起伏。店主が賊に襲われ攫われたと聞いても尚、努めて冷静な態度を崩そうとしなかった彼女が垣間見せた明瞭たる負の感情。

どうやら賊たちの欺騙が大層不愉快だったらしい。ならば尚の事、何故こうも寛容な処置をとることができるのだろうか。大切な人にあるまじき仕打ちをしたというのに。


「……前者という事にしておいて」


少しの間を置き返答を口にするは、後ろめたさ有りきに目を伏せた。掘り下げるなと拒絶する態度。どこか刺々しい冷めた声音。

リヴァイも人に胸を張って言えるような人生を歩んできたわけではない。それゆえに彼女が後ろめたさを感じる事は致し方ないと思う。 これ以上の詮索は止めるべきなのだろう。そう、思うのだが。


「お前はどこまでも意固地な奴だ。贖罪の機会を欲しているのはお前自身だろうに……奴らに与える前にまずはてめぇの贖罪を済ませるだろ、普通ならな」


の拒絶、その理由。心の内に踏み込む度に行き着く砦の存在が再び立ちはだかる。途方もなく分厚い強固なそれ。 ゆえに、リヴァイの確信を突く言葉は砦を守らんとする『誤魔化し』の標的になる。


「いやはや……賊さんたちという人手をオヤッサンに献上した事でチャラになるかな、と……」

「……心にもないことをほざくな。まぁ、店主の態度を見る限り杞憂だと思うが」


だが、リヴァイも慣れたものだ。伊達に砦と対面していない。誤魔化しの対処法も心得ていた。

誤魔化しにも度合いが存在する。本当に隠したい事柄ならばそう簡単に悟られぬよう振る舞うの事だ。 味方さえも欺く手法を取る時のように、誤魔化されているという違和感さえも感じさせない巧妙さで。 しかし今まさに垣間見せている後ろめたい気持ちは紛うことなき本心だ。即ちリヴァイが悟る事に対して本気で拒絶はしていないということ。

カマをかけるでも何でもいい。このチャンスを逃さずつけ込み暴く事ができれば。 の様々な一面、それをひとつでも多く受け止める事は彼の本望とするところなのだから。


「……自分から行かなくては、と思って幾星霜。どの面下げて会いに行ったのか」


聞き取ることも容易ではない小声で紡がれた自虐。誤魔化そうとしていたそれを漏らすのは希だ。 それはリヴァイ以外には決して教えることは無いのだろう。そう思えば思うほどに微笑ましく。


「突然行方をくらました事か? 今回の件は好機だった、そう言う事にしておけばいい。 “きっかけ” とも言えるそれを利用したことは、疑うべくもない誠意だ」

「誠意……」

「食材を発注できる商会は他にもあった筈だ。それでもお前はあの店主の店を選んだ。それなりの大口の案件を持って。それで十分だろうが」

「そうは言うけれど、実は昔……オヤッサンの下を去る間際にあの店を潰しにかかったんだよねぇ」

「…………あ?」

「次の停留先に行くにあたってあのお店の存在が不都合だった。徹底的にお店の息の根を止めようと……半年の営業停止を余儀なくさせた」

「オイ、本当にどの面下げて行ったんだお前……」

「これが事の真相。オヤッサンは犯人が私だと気付いていなかったみたいだけど……再起不能にするつもりがやっぱ手強かったなぁ」


まさかの非道さに絶句せざるを得ない。オヤッサンは一枚も二枚も上手だった、とぼやく彼女は心底悔しさを醸し出していて。 後ろめたさの理由が予想以上に酷い。関係がどうのこうの、信頼し合う間柄だったにも関わらずそれを自ら壊し、恩を仇で返すようなマネをしたと。 そら何年も顔を合わせようとしないわけだ。

彼女のどこが “義理堅い” のか甚だ疑問である。これを受け止めたいと思えるのかさすがのリヴァイも頭を抱えたものだが、続くの言葉に安堵する事となる。


「他人に情けを掛けられる程、自分の実力を驕ってはいないつもりだったんだけどねぇ……無意識にも手加減してた」


あぁ、昔からこいつは心の底から冷酷無慈悲にはなれないのだと。『存在が不都合』が故に『敵』とも言える立場になろうとも、一度気を許してしまった相手には甘いのだ。

手心を加えるなんてそんな傲慢な考えなぞ毛頭ない。慈悲をかけたわけでもない。ただ彼女は、根っからのお人好しなのだ。 だからこそ再起不能にする事に失敗したとはいえ、悔しさだけではなく後ろめたさを感じてしまうのだろう。他人には容赦が無い癖に、身内には甘いとはいったものだ。

仁義に欠ける行いだとしても、紛うことなき “義理堅い” ならではの “失敗” だったのだ。


「まぁいい、だがそれで賊を許容する事とは話が別だと思うが」


店主への献上品だとしても、それ以前に賊は賊だ。しょっぴくべき人間たちだった。それなのに何故見逃し剰え贖罪の機会を与えたのか。と店主間の問題はさておいて。


「……ああいった輩は負けた相手には従順になる傾向がある。それに恩を売っておけば後々役に立つ」

「もし店主に仇なす存在になっちまったらどうするんだ」

「見縊ってもらっちゃ困るぜ旦那。オヤッサンはこの私を凌駕するほどのコネと技量を持ってるわけで……賊どもには前科があるのだからそれ相応の対処ぐらいできる。 これ即ちいつでも手を下す事はできるんでさァ。今回の奇襲は情報不足だった。だけど次は無い」

「そりゃあ……おっかねぇな……流石はお前の手本となった人間だ。だが、それにしちゃ “粗の目立つ” 理由じゃねぇか」


いくら恩を売ろうとも裏切る奴は裏切る。たかだか数人の賊にやられてしまった商会だ、と反旗を翻す要素は十分にあるのだから尚の事。 事前に脅そうとも店主が対処する術を持ち合わせようとも、極力避けるべき問題なのは明白で。


「やっぱり貴方を欺くのは容易じゃないねぇ」

「どの口がほざきやがる」

「ハァ……説明するのが面倒だから簡潔にいうと、あの賊さん達は “人手” とは別の “利益” その要素を持っている、とだけ」

「なるほど、タダでは見逃さねぇというわけか」

「うぃ。賊さん達は馬鹿ではなかった、というよりあれは頭の回る側の人間だよ。詰めが甘いところは否定できないけれども。 私は彼らに好条件な働き口を紹介する、そして彼らは盗賊という不安定な生活を脱却できる。このご時世、って奴だね。 その裏でオヤッサンは人手は扠措き、莫大な利益を得る、と……これで私はコネを得るばかりか昔の “ツケ” という名の贖罪を完了出来るって寸法でさァ。我ながらにあくどいねィ」

「さっきまでのしおらしさは何処に行っちまったんだか……俺の慰めを返せと言いたいところだ」


狡賢いというか、なんというか。店主へ罪滅ぼしに仕事を持っていき、剰え青天の霹靂よろしく予想外の利益を携えた賊を利用し、まんまと昔のツケまでも清算してみせたと。誠意とは。


「……こういった手は使いたくなかった。お世話になった人を裏切っておいて、損害賠償は払うから今更許して欲しい、だなんてクソ野郎の境地だと思う」

「自覚してるだけマシか……」


わざとらしい自虐と戻ってきたしおらしさ。本心は言わずもがな後者だ。確かめずとも反省はしているようで。 ならばわざわざ掛ける言葉なぞあるまい。慰め然り、説教然り。

が誤魔化そうとしていたこの話の本質は “懺悔” であり大切なのは “許すか許さない” か。それを決めるのはリヴァイではなく店主なのだから。


「当時は生き残る為にはなんだってした。他人を蹴落とそうとも、例えそれで知らない誰かが死んだとしても」

「…………」

「どんなに卑劣だろうが冷酷無慈悲と言われようが手段なんて選ばない。何故なら私は……綺麗事が言えるほど強くも余裕もないからねぇ。今だってそう」

「……まるで得体の知れねぇもんに怯える小動物だな。本当は怖い癖に、身を守ろうと必死になって牙を剥く。強くあろうと威勢を張る」

「つまりは得体の知れないもので繋がっている私たちの関係を恐れてるとでも言うつもりなの」

「なんだ、違うのか?」

「……中らずと雖も遠からず」

「冗談は構わんが嘘はいただけねぇな」

「この話はやめよう。はい忘れた。私たちは忘れたよ」

「二番煎じはよせと何度言えば分かる」

「それにしても……貴方がこんな雑な誤魔化し方をするとは思わなかった」

「それにしても、お前も難儀な奴だ。店主にひとりよがりの冗談を重ねたのは、顔色を伺っていたからだろ?」

「お互い話の変え方が下手くそすぎた」

「触れるな」

「……手酷く返り討ちに遭った。和解できたのが不思議なくらい」

「だろうな。後ろめたいと思うなら素直に謝罪でもしておけばいいだろうが」

「いやぁ、昔と同じく何食わぬ顔で冗談かませば何事も無かったかのように冗談が返ってくるかなぁ、なんて……思ったのだけれども……」

「薄っぺらい関係ならそうなっただろうな。つまりはオヤッサンにとってお前はおいそれと割り切れるようなもんじゃなかったんだろう、良かったな」

「嬉しいやらバツが悪いやら……意図的に煽った自覚はあるけれど盛大に怒鳴られちゃったよ」

「そりゃ当然だ」

「……とても、嬉しかった」

「怒鳴られたことがか? とんだマゾヒストだな」

「違う。そうじゃない。和解できたことが嬉しかったの。お願いだから空気を読んで」

「お前の守りたい人間が家族とかだけではなく、オヤッサンのようなその筋の人間も含まれているとは思わなかったよ」

「なに、私ってそんなに石橋を叩いて渡る人間に見えるの」

「……と言うよりかは、黒歴史は塵も残さず闇に屠るタチなのかと」

「…………」


急に黙り込むその横顔が「ただいま絶賛黒歴史の真っ只中です」と言外に言っている気がした。

ともあれ、一件落着といこうじゃないか。ふたりで天井を仰ぎ見ながらいつもの様に寝よう、と目を瞑る。のだが。


「私は声を大にして言いたいことがある」


どうやらの話は終わらないようだ。リヴァイが枕との首の間に差し込もうとした腕を止め、どこか不満そうな顔を見遣れば。


「思い出しただけでも腹が立つ……あんなにも立派な筋肉で? 貧困層? ナマ言ってるんじゃないよと私は言いたい」


まるで酒場の酔っぱらいのような口調で愚痴が発せられるのであった。否、『ような』ではなくこれは完全完璧ただの酔っぱらいである。 ここ数日で蓄積された精神的なストレスが酒を飲むことによって解放されたと言うべきか、はたまた単に酒に呑まれているだけなのか。

これはこれで面白い、そう思いながら耳を傾ける。


「あんたらは実際の貧困層を見たことがあるのかと小一時間ほど問い詰めたかった。 最初から本当の身の上を話していれば傾聴の余地もあったというのにあのような虚仮威しにもならない拙い演技で私を欺けられると思っていたのか――」

「さすがは叩き上げの人間だな……生半可なものに厳しい」

「……論点はそこじゃあない」


リヴァイも同じく貧困層だと嘯く彼らに憤りを感じたのは本当だ。けれど、同情を買うような立場になりきるのは相手を油断させる方法として常套手段と言っても過言ではない。 言うなれば普通だ、普通。よくある光景。それにいちいち腹を立てるほど沸点は低くないと自負している。当たり前すぎて慣れたとも言えるが。

ほんの少し、イラっとするけれど。それはも同じで。だからこそあの時、垣間見た負の感情は一瞬だけだった。 だがまさか心の内に溜め込んでいたとは。リヴァイ予想外です。


「なーんてな。私は酔っ払うイコール寝る。つまりはそういうこと」


気恥ずかしさからか愚痴を吐き出す事への後ろめたさからか、前言を取り繕い背を向ける。 その後ろ姿に今度こそ腕を出す。やれやれ。どこまでも世話のかかる女だ。


「構わん……続けろ」

「……色々と重なりすぎた。オヤッサンに挨拶、顔色伺いという名の気疲れ、そんな時に限って起こるハプニング……内心てんやわんやだった」

「そうは見えなかったがな」

「殺されでもしない限り脳内は冷静だけれども、感情を洩らしてしまうなんて私もまだまだだねぇ……って感じです」

「かもな」

「兵士として分を弁えてはいる。けれど貴方が居なかったらと考えると……自信がない。腕ぐらいは切り落としてた」

「そりゃあ、おっかねぇな」

「最悪、自分の不甲斐なさと憤りで部屋の模様替えをしていたかもしれない」

「頃合の肉を平らげるまでがセットでな」

「それであ〜スッキリした〜って満足してオヤッサンを振り返ると」

「ドン引きしてんだろうな」

「そう。そこまで想像して『ないな』と思い止まった」

「あの一瞬でそこまで考えていやがったとは。しかも内容はくだらないときた」

「ホントそれ。自分でも笑っちゃうくらい無駄に想像力が豊かだった」

「……喩えひとりだったとしても、同じ結果になってただろうとは言っておく」

「そうなのかねぇ……そうだと良いねぇ」

「全て結果論に過ぎねぇが、俺はそう確信している」

「……そう」


好きなように思いの丈を吐き出せばいい。心置きなく。その相手でありたいと願ったのはリヴァイ自身だ。 弱音にあたる心の内を引き出すのは容易ではないが、話せと促せば躊躇いながらも口を開くようになったのは大きな進歩。 少々手間取るけれど、その手間を手間と思わなくなったのはいつだったか。訊き出すまでの過程、それが醍醐味なのだと知ったのは。

任務でも、ハプニングの直中でも。己の前で遠慮なく振舞う姿を見れば見るたびに、喜びを実感する事がこんなにも――


「もし、俺が人質に捕られたらどうするつもりだ?」

「そうだねぇ……そんな事態になる気がしないけれどまぁとりあえず躊躇なく皆殺しかな」

「そりゃ頼もしい限りで何より」

「ふふん。任せるといい」

「何故だろうな、お前の冗談がこの時ばかりは冗談に聞こえねぇわけだが」

「冗談? それこそご冗談を」

「……期待しておく」


これからも努めて冷静なで在れるように。少しでも後悔のない選択ができるように、己はこの心地よい距離感を保ち眺めていたいとひた思う。 変わらず、それでも変化を求めながら。無論、良い意味で。


「それにしても――」

「出た。雑な話の変え方」

「触れるなと何度言えば……まぁいい、お前は筋肉が好きだったと記憶しているが、賊どもには反応を示さなかったな」

「筋肉好きなどひと言も公言した覚えはないけれど……なんというか、ムキムキすぎるマッチョはちょっと……」

「…………」

「色々とね……苦い思い出が……どちらかというともっとこう……引き締まってて、無駄がなくて、鋼のような肉体が――」

「この部屋は暑いな。酒を飲んだ所為か急に体温が上昇し脱ぎたくなってきた」

「…………」

「オイ、そんな目で見るな。いつものツッコミはどうした。こういう時ばかり冗談と捉えねぇとはこれ如何に」

「脱いでも、いいのですよ」

「慈愛に満ちた目で諭すな。脱ぐのは構わんがどうなっても知らねぇぞ」

「…………おやすみ」

「結構悩んだな。まぁいい、おやすみ」


願わくば。彼女が守りたいと望む人間だけでもいい、“繋がり”とやらを持ち続けてほしいものだ、と。 彼女にとってそれが生き続ける理由なのだと知っているリヴァイは、小さな背を抱きしめ眠りにつくのであった。

愛おしさと、ほんの少しの憂いを潜ませながら。






 +++






無事本部に食材が届けられた後。は護衛と称して店主たちと共にお店へ向かっていた。また賊に襲われるかもしれない、とは建前にやる事があったからだ。


『オヤッサン。私は貴方に謝らなければなりません……貴方の元を去る時、手酷い営業妨害を受けたでしょう? あれは私の仕業です。私利私欲の為に……』


告白と謝罪を。荷馬車の手綱を握る店主の顔色を伺いながら、僅かに眉を曇らせ。


『……薄々感じちゃいたが……マジかよ……』

『えらくマジです』


手で顔を覆う店主は苦々しげに確認をしてくるも、は釘を刺すよろしく即答した。先程はあんなにも懇意的なやり取りをしていたとは言え、最悪な事の真相を打ち明けたのだ。 これでもうふたりの『関係』は消える。覚悟していた事、ではあったがやはり目の当たりにすると辛く――自業自得だとしても。

しかし予想を反して店主は口角を上げるとに向き直り言った。


『はっ! 見縊ってもらっちゃ困るぜ。あん時は腹立ったがこの界隈じゃよくある事だ、どちらかといえば自分の無力さを恨んだもんよ。 ま、お陰で俺は窮地に強くなったわけで感謝してぇくらいだ』


屈託のない笑顔。そこに負の感情は微塵も見受けられなかった。驚愕に硬直していただが、店主の笑声を聞いている内につられるように表情を緩め。


『そう言ってもらえて嬉しいです』


彼に対して始めて柔らかな表情を見せるのだ。心の底から安堵していると伝えるように。消えたのは――長年の蟠りだった。


『だからと言って開き直るなよ? まぁ、おめぇの小細工なんざへでもなかったがよ。やるなら本気でかかってこいや』

『……私だって貴方に恩義を感じていたのですよ』

『甘ちゃんだな。それでも生き残れてんだから末恐ろしい奴だよ……そんなお前と関われた事はいい刺激になったぜ?』


の顔を見て笑顔を深めた店主は悟る。ひとりで生きてきた人間が生き残るために手段を選ばず冷酷無慈悲に手を下す。一時でも仲間だった人間に対してもそれは変わらない。 とんだ根無し草だ。これでは一箇所に留まれるはずがない。彼女の処世術とは影そのもの。たとえ心を痛めようが一匹狼に手段を選べるほどの余裕はないのだと。

店主はそのことについて理解できた。それがという人間なのだという事も。手酷い仕打ちは受けたがそれも苦渋の選択だったと。 所詮この世は弱肉強食、壁内に住む人類全てに言える事だろう。中でもこの界隈に身を置いている人間には言わずもがな。店主も今まで正攻法だけでのし上がってきたわけではない。

が本気で店を潰そうと思えば出来た筈だ。それこそありとあらゆる手段を用いて。噂通りの冷酷無慈悲をもってして。しかしそうしなかった。 そればかりか数年経った今、後ろめたさを引きずりながらも再び現れた。そしてどこか不自然なやりとりをしたかと思えば守らせて欲しいなぞと。

客観的に見ればなんとも虫のよすぎる話だ。最悪殺されても文句は言えまい。 だが、店主にはそれが嬉しく思えた。それほどまでに彼女の中で己の存在は大切なのだと言われている様で。 敵に回したくはない。反対に味方にすればこんなにも心強い存在は無い。彼自身、との『関係』を断ち切るという選択肢は存在しなかったのだ。

商人としても、ひとりの人間としても。繋がりというものはひとりでも多い方が良いから、と照れ隠しの冗談をば。


『何があろうとも、な……安心しろ、俺たちの間に “何か” はありゃしねぇさ。今までも、これからもな』


――何があろうとも、有言実行してみせます。


あの時は店主との『関係』が崩れたとしても、独りよがりの主張になろうとも守る事を貫こうと決意していたのだろう。まったく、なかなかどうしてこうも変わってしまったのか。 兵士になることで心境に変化が訪れたのか、それとも兵士になるきっかけが関係しているのか。何でもいい、今目の前にいるはこの上なく頼もしいのだから。


『だが気をつけろ、チビスケ……おめぇの存在は数年経った今でも有名だ。良くも悪くも、な。この界隈に関わる時は細心の注意を払え。 お前がそれほどの事をしてきたという事実は変わらねぇ』


どんなに足を洗おうが立場を変えようが容赦なく付き纏う、それが悪事というものだ。いつか必ずその “ツケ” は回ってくる。そう諭す店主の瞳は真摯に憂慮する色を浮かべていた。 因果応報。にどのような事情があったとしても事実は消せない。


『……肝に銘じておきます』


も承知している事だ。ゆえに実家を離れ、素性を隠しながら兵士をしている。その辺はぬかりないと言うように頷き肯定を示し。 それを見て店主は満足げに今一度微笑むのだ。


『まぁ、調査兵やってんだ。嫌っちゅうほど心に傷をこさえてんだろうな……そうでなくともおめぇは甘ちゃんだからよ。贖罪の真っ只中ってわけか』

『償うどころか “ツケ” は溜まる一方ですよ。いつ払い終えるのか目処も立ちません。困ったものです』

『絶対に命だけは使うなよ。許さねぇかんな』

『……お生憎様、私にとって死とは逃げです。生き続ける事自体が贖罪なのですよ』

『それ聞いて安心したぜ。ちなみに俺への贖罪は完了してっからこれ以上の恩は受け付けんよ』

『さいですか。なら明日打ち上げがあるのですが計算上、二次会のお酒が足りなくて……』

『お代はきっちりかっちり頂くから何でも注文しやがれ。商売においては受け付けてやんよ』

『……対価は “人手” とかどうです?』

『もしかしなくともあの賊どもを雇えとか言い出さねぇよな?』

『そのまさかです』

『まぁ、用心棒にもなるし構わねぇが……安月給だぜ?』

『給料日を守らない人間が今更何を。ストライキ起こされない程度にお願いします』

『そこら辺は任せろ。加減は弁えてんよ』

『汚いさすがオヤッサン汚い』

『おめぇも汚ぇ野郎だ。人手とやらは飽く迄も “おまけ” みたいなもんだろ? さしずめ賊には罪を見逃すっつー恩を売りつけ手駒にし、本命はその背後にあるもんだ。 何が対価は人手だ、見え透いた建前なんぞ俺達には必要ねぇだろうに』

『何を仰います、見破られる前提で話しているに決まってるじゃないですか。貴方を欺けるなぞ露ほども思っておりませんよ。勿体ぶってしまうのは私の悪い癖です。 まぁ、気付けなければそれもそれで面白かったのですがねぇ』

『まだまだおめぇに引けを取るほど耄碌しちゃいねぇよ、バカ野郎。出直してこいや』

『そうします。というわけでお暇させていただくとしましょう。私からの “本命”、確と受け取ってくださいよ、オヤッサン』


そう言ってあっさりと帰っていく背中はヤケに晴れ晴れとしたものだったという。 残された店主は何を思うのか、見送る瞳もまた晴れ晴れとしていて。

さて己も仕事に戻ろう。帰ってきたばかりだが帳簿を手に取り今後の経営を左右する数字を書き込み。そこで店主はふと気付いた。


『受け付けねぇって言ってんのによ……何が対価だ、釣りがいくらあっても足りねぇじゃねぇかあのバカ野郎……』


曰く二次会のお酒、その代金を対価から差し引いたとしても有り余る利益。 そして打ち上げ用の食材費の割引き分でさえ優に賄えてしまうそれは、人手のことを指しているわけではない。 その裏に隠された “本命” ――言うなれば店主に有益な “情報” の存在を指していた。


『あの賊どもは使える人手でもあり “情報源” でもありやがる。考えたもんよ……仕入れ情報を賊なんぞに流したあの蛆虫野郎を叩き潰せるチャンスは、対価にしちゃドデカ過ぎんぜ』


またあのチビスケは性懲りもなく恩を売りつけるつもりか、甚だ見上げた根性だ――だが。


『いや待てよ、昔の損害額を含めたら……あぁ……確かにこれは恩なんかじゃねぇ。釣りなんて出ねぇ “ただのツケ” その清算だ、してやられたぜ』


一度『応』と答えてしまった手前、返品なぞ出来るものではない対価。恐らくこれは贖罪などではない。 はただ律儀なだけだ。それが理解できてしまうからこそ何も言えなくなってしまった店主。


『まぁよ、俺も恩着せがましかった部分もあるわな。こりゃ一本取られたぜ』


半年間も営業停止にさせられた昔の仕打ちをタダで許すなんて事は、誰よりもが許さない。そういう事だ。 例え当時は手段を選んでなぞいられなかった状況だったとはいえ、店主に対する誠意を示したわけである。

それでも、十分過ぎるくらいの利益だ。己は再び会いに来てくれた事、更に昔の仕打ちに対する告白だけで満足しているというのに。


『……チビスケの好きにさせておくか。自分の納得のいく清算の仕方ぐれぇよ……ったく、難儀なバカ野郎だ』


贖罪の真っ只中であり、律儀にもそれを清算していく姿は痛々しい。それはにとって弱みになるのだろう。 だが、店主は思う。痛々しくとも難儀だろうとも、その内には確かな強さがあるのだと。

死を選ぶよりもよっぽどマシだ。むしろ弱さを糧にする姿勢は見習えとは言えないが、立派に変わりがなく。


『守られてやんよ、おめぇの成長に免じて……なぁ、


まったく可愛い奴だ、という人間は。締まりのない表情を顔に浮かべながら帳簿を閉じ、店主は外で雁首揃えて待っているだろう元賊たちに仕事を叩き込むため立ち上がる。 取り敢えず1ヶ月はタダ働きだ。折角与えられた贖罪の機会を奪うわけにはいくまい。まずはこき使って、怪我を負わせた従業員の手足となってもらわなければ。

いつかのように。そう、まるで根無し草の子供を向かい入れた日のような躍る気持ちを胸に、店主はその場を後にするのであった――。




fin.














おまけ




――それは全て計算された取り引きであった。


「して、ものは相談なのですが……私はこのままあなた方を憲兵に引き渡すことなど造作もありません。知り合いも居ることですし直接絞首台に送ることも出来ます」

「猶予なしかよ! 勘弁してくれ!! まだ殺しもやってねぇのに!!」

「叩けば余罪がごまんと出てきそうですが……まぁそれは扠措いて、このご時世大手の商会といえど今回のように襲われることもありましょう」

「すみませんでした」

「そこで私は考えました。用心棒を雇うならば実力の知れない見ず知らずの人間を採用するよりも、既に実力を知っている人間を “スカウト” する方が合理的なのでは、と」

「オ、オイ……それってまさか……」

「まぁあなた方は人類最強の足元にも及ばない存在ではありますが、そこら辺の賊の中では腕が立つ方です。金輪際悪事を働かないと約束して頂けるのであれば……どうしますか?」


――相手にとっては脅しか、はたまた。


「……分かった。こんなゴミみたいな俺達に仕事をくれるってんなら、断る道理がねぇ……むしろこっちから頭を下げるべきだ」

「及第点といったところですね。生意気な口を利くようであれば白紙に戻そうと思ってましたが、良いでしょう。早急に支度を済ませてください、この足でオヤッサンの下へ行きます。 先に忠告しておきますが闇討ちやオヤッサンたちに危害を加えるのはお勧めしません。私は敵に容赦しません、次は無いと思ってください。まぁ私よりもオヤッサンの方が恐ろしいのですが」

「はっ。もうそんな気は起きねぇよ。まともな職にありつけるチャンスをみすみす逃がす奴があるか。その方が “合理的” だろ?」

「……思った通り頭が回る人間のようですね。搬送ルートを把握した上での計画的な犯行、瞬時に状況を見極め手を打つ順応力、まぁ調査兵団への荷に手を出す浅はかさと芝居の詰の甘さは否定できませんが……以前のご職業は? 差し支えなければ教えていただきたい」

「昔は運輸業を営んでてな。壁が壊されてから廃業しちまったが、荷運び仕事なら任せとけ。賊をやるよりかはサマになると思うぜ」

「頼もしい限りです」


――ともあれその後、賊さんたちは真面目に働き信頼と信用を得てのコネクションのひとつとなりましたとさ。




おわり









ATOGAKI

ご都合主義へのハンディキャップ。チートアイテムの使いすぎはよくない。少しだけ縛りプレイをば。情報収集とかの話。 オヤッサンの存在感がやばい。やり取りが無駄に長くなってしまいました。この『彼女の想い』用のキャラなのでお許し下さい。

↓おまけのおまけ

■舞台裏という名の特に理由のないSS。

「本当は賊なんざやりたくなかったが、このご時世そうでもしないと生きられなかった。まぁ伊達に運輸業はしてねぇ、配送ルートは熟知してる。お陰で強盗は面白いくらいに上手くいったぜ。仲間を食わしていく分には問題無かった」
「そうかい。それはそうと、おめぇどこで仕入れ情報を手に入れた? ただ単に今までの経験で嗅ぎつけたってワケじゃねぇんだろう?」
「へっ……廃業する前から付き合いのあるコネってもんがあってだな……そっから情報流してもらっただけだぜ」
「そうかい。店の繁栄の為にも教えてくれや。さぞかし心強いコネだろうよ」
「いいぜ、憲兵に突き出さねぇって条件を飲めるならな」
「安心しろや、そんな野暮ったいことはしねぇ主義だ。お仲間を売るほど耄碌しちゃいねぇさ」
「なら構わねぇが……アレだ、シーナ領域のあの商会が割とえげつねぇ事して――」
「そうかい。おめぇはつくづく詰めの甘い奴だな、チビスケが “気に入る” ワケだ。ちょっくらその商会壊滅させてくる」
「うおおおおおい!? 話がちげぇじゃねぇか!?」
「別に憲兵に突き出すわけじゃねぇんだから約束を破った事にはならねぇだろ? なに、おめぇはもう『ここ』の人間だ。昔の汚ぇコネなんざ捨て置け。真っ当に生きてぇならよ」
「ここのどこが真っ当なんだか……チッ……わーったよ。だが俺の名前は出すなよ。報復が怖ぇ」
「安心しろや。んなもん出来ねぇくらい念入りに再起不能にしてやんよ。あのチビスケの手本となった男を舐めてもらっちゃ困るぜ。仇名す敵に情け容赦は不要、ここはそういう世界だ。俺の店を潰そうと目論んじまったのが運の尽きってな」
「だからってよぉ……あの商会を潰してどうすんだ?」
「商人が考えることなんざひとつしかねぇ。食ってくには必要不可欠な “利益” 、それが全てなんよ。まったくコイツはとんでもねぇ利益を生む “情報” だ……」
「あの野郎はこれを見越して俺達を……とんでもねぇ所に入っちまったみたいだぜ……」



「オヤッサン、彼らの様子はどうです?」
「おぅチビスケ。ここに来るならいつものヤツで頼む。その方が色々と都合がいいだろ?」
「こりゃうっかり。んで、どーですかぃオヤッサン。あいつらまともに働いてやがるんで?」
「そりゃもうまとももまともだぜ。怪我させた奴らとも打ち解けてよ。根は真面目なんだろうさ、従順とはいかねぇが働きっぷりは申し分ねぇよ。流石は自営してただけあるってな」
「そりゃよかったですぜぃ。無理くり押し付けた手前、使えなかったらどうしようかと思ってた所でさァ」
「よく言うよ……おめぇの人選はハズレた試しがねぇ。危惧するだけ無駄だ」
「なんの、あんたの足元にも及ばねぇやぃ」
「当然だバカ野郎。現役から退いた奴に負けるワケがねぇ。まぁ何にせよ小童からだろうとも頂けるもんは頂くがよ」
「本命は思った通り “アタリ” で? 儲け儲け、これがハズレで更には賊どもも使えねぇとあらば色々と覚悟してたんだけどねぃ」
「確証もなしによくやるよ。だが受け取ったのは俺だ、ハズレだろうとも文句は言わねぇさ。……おら、そろそろテメェの巣に帰りな。こんなところで油売ってねぇで働けチビスケ」
「なんでぃなんでぃ、遊びに来てやったってーのにつれねぇなオヤッサン。少しは世間話に花を咲かせてもバチは当たんねぇだろぃ?」
「うるせぇうるせぇ、顔色伺いは真っ平だ。それに忠告を忘れたとは言わせねぇぜ?」
「ただの様子見でぃ。言われなくとも軽率な行動とる程そこまで馬鹿じゃねぇやい」
「フン……おめぇはこんな所で “チビスケ” やってるよりかは “” をやってる方がお似合いなんよ」
「……へいへい。営業妨害になる前に退散するとするかねぃ。あばよオヤッサン」
「おうよ。今度は俺から会いに行ってやらんでもねぇぜ。まぁ楽しみにしてろや」
「……?」



「おう! この野郎! オヤッサンが給料日を守らねぇんだ、どうにかしてくれ!!」
「それは私であってもどうにも出来ません。諦めてください」
「やっぱり俺はとんでもねぇ所に入っちまったみたいだぜ……」

敵に情け容赦しない、という考えはオヤッサンから盗んだ教訓が根底にあるらしい、という裏話。 そしてオヤッサンと主人公の会話の真相。補足ともいう。