She never looks back









「おかえり、。今回の単独任務 “は” とても素晴らしい出来だ。しかし “執務の停滞” はまた別だとは思わないか」

「あ、やっべ……4日間も兵団を離れていたのです。それなのにどう書類に手をつけろと仰るのです?」

「今現在君の執務机に山積みされている書類の期限は “一週間も前” の物だという事を忘れてしまったのかな、?」

「……今回の任務への準備で忙しく――」

「言い訳を続けるのであれば君が反論できないように論破してみせよう。前回の任務(懇親会特別企画班)は2週間前に完了、」

「あの時の恨みは忘れてませんからねエルヴィン団長」

「君が酒を受け取った時点でその件には方がついただろう。話を戻すが、それから執務に取り組む期間は最低でも一週間はあった筈だ。 剰え締め切り後は君を労わり任務まで3日間も猶予を与えるスケジュールを組んだ。この上ない大盤振る舞いだろう。 それなのに何故書類は片付いていないばかりか今こうして逃げ口上を宣えるのか……良いだろう、反論を聞こうか」

「申し訳ございませんでした反省しておりますお許し下さい」

「期待しているよ、。明日は楽しみにしていてくれ。助手として君に最適な人材を送ろう」

「貴方は一体何を――」







 ― 彼女の想い 吐露編 ―







執務もひと段落し、オルオと小休憩を挟んでいた午後。午前中に訓練を終え、次いで与えられた書類整理もこなしこれといって予定もない、所謂中弛みの時期。


「これからどうするんだ? やる事無くなっちまったぜ」

「仕事は探せばいくらだってあるよ。先輩たちは忙しそうだし……」

「手伝うにしても平の俺たちが出来るような仕事じゃねぇよ」

「それはそうだけど……」


さてこれからどうするか。そんな相談を交えつつ淹れたての紅茶を啜った。あの人が淹れる味には程遠い味気のないそれでは満足できず、舌が物足りなさを訴えてくる。 今度教えを乞うてみようか逡巡するも、毎日忙しそうな様子を見ている身としては、なんだかはばかれるというもの。


「この前の懇親会ではエルドが食材管理担当だったらしいぜ。あの量だ、さぞかし大変だっただろうよ」

「凄いよね、準備期間は1週間も無かったみたいだし……兵長も仕事の合間に取り組んでて……私だったら猫の手でも借りたくなるよ」

「実際に借りてたりしてな」

「そんなまさかね」


暇を持て余した私はオルオの何気ない話を聞き流しながら思考を彷徨わせ頬杖をついた。窓の外には青空に浮かぶ雲がふわふわと風に身をゆだね流れていく。 暖かな日差しが膝元を照らしそこはかとない眠気を誘う。次第に瞼が重くなってくるというもので。そんな私を引き止めるのはオルオのぼやきだった。


「なんかよぉ……壁外調査の無い日は物足りないというか、平和で何よりというか……人が死なねぇのは喜ばしい事だが、こうも手持ち無沙汰だと何すりゃ良いか分かんなくなっちまうもんだな」


ゆるりと瞬きを繰り返し視線をオルオに戻す。彼もまた気だるげに半目になっては欠伸をひとつ。少しは本音も欠伸も隠しなさいよ、とは思うものの彼の言いたいことは理解できた。 繁忙期も過ぎ後輩も同期もまるで抜け殻のように、行く宛のない仕事への意欲を休憩に乗じて休ませ、心做しか怠惰とも取れる雰囲気を醸し出していて。 私たちもその中のひとりだ。まさか調査兵団に入って巨人ではなく暇と戦うことになるとは思いもよらず。


「……そうだね。末端の私たちに出来る事なんて本当に限られてくるもの。だからと言って暇を持て余して良いという言い訳にはならないよ」

「兵長に指示を仰いでみるか?」

「その前に先輩でしょ。なんでいきなり兵長に聞くのよ……こんな事でお手を煩わせるわけにはいかないでしょ」

「だけどよペトラ、兵長の方が何倍も忙しそうじゃねぇか」

「それこそ末端の私たちに出来る仕事じゃないよ。ただあんたが兵長に会いたいだけで出過ぎた事言わないでくれる?」

「ちぇっ……じゃあどうしろってんだよ」

「それが分かるなら苦労しないよ……」


冬から春へ。日中ともなれば風も暖かく心地よいそれに煽られた髪を耳にかける。この時ばかりは季節の節目に黄昏ている場合ではない。 烏滸がましい発言をするオルオに呆れながらもどこか賛成する自分がいるのも確かで、この後ろめたさも攫ってくれればいいのに、と不毛な考えをこっそり風に乗せた。

オルオの言う通り兵長は息つく暇もないほど年がら年中多忙な方だ。書類を届けに行けば大抵執務をしている。 そればかりか手隙の時は訓練など何かしらしている姿を目にすることが多く、いつぞやかのお昼寝事件ではその意外性に心底驚愕した。 原因を知ることは叶わなかったけど、その後は恐らく分隊長がなんとかしてくださったんだろうとは察している。

それはさておき、そんな兵長のお手伝いができるなら考えるまでもなく行動に移しているわけで。 出来ないからこそ今こうして困っているのに、まったく能天気なものだと呆れが先走るのもわけない。 ため息をつきながら唸るオルオを今一度見遣り私も頭を抱えるのであった。


「少し良いかな」


と、その時。広くもない休憩スペースに姿を現した人物が居た。 何故貴方がこんな所に、と驚きその場の全員が立ち上がり敬礼をする中、あろう事かこちらに歩み寄ってきたその人は私を真っ直ぐに捉え。


「手が空いていればの執務を手伝ってあげてくれないか」


耳打ちにも近い小声で依頼を口にした。恐れ多くもその人物――団長自ら赴き何事かと思えば先ほど考えていた分隊長へのお手伝い要請とは。


「わ、私がですか!? 構いませんが、お役に立てるかは……」


そう言えば彼女は昨夜単独任務から帰還してきたばかりだ。通常業務が滞っていても不思議ではない。 しかし何故私なのだろうか。疑問符を浮かべながら団長を見返すと彼は爽やかな笑みを浮かべていた。


「傍に居るだけでも構わない。だが君の能力は評価している。それに彼女も喜ぶだろう」


もはや何がなんだか。特に褒められるような仕事をした覚えもなければ団長直々に、ましてや分隊長のお手伝いなどと正直身に余る任だと思う。 だけど断れるはずもなく、私は同じく団長に何かを頼まれているオルオを横目にお手伝い先の執務室へと向かうのだった。


「失礼します」


分隊長の執務室へ足を踏み入れれば、心做しか申し訳なさそうに眉を曇らせる部屋の主がそこにいらっしゃった。


「すみませんペトラさん、私の不始末にも関わらずご足労いただいて……」


分隊長は山積みになった書類の合間から顔を覗かせ手を止めると立ち上がる。 この山を見かねた団長の気遣いなのか、遠回しに書類を催促しているのかは分からないけども、頼まれたからには終わるまでとことん付き合おうと心に決める。長丁場は覚悟しなければ。


「いえ、丁度仕事もひと段落していましたしお気になさらず……私でよければいつでもお手伝いします!」

「……ありがとうございます。ではとりあえずこの書類たちを分類ごとにまとめていただきたいのですが……」


ほとほとお困りの様だ。表情は変わらないまでも頬を掻く仕草が心境を表している気がした。 戦闘時など頼りになる人ではあるけれど、何度か目にした彼女の素の姿はいつもどこか頼り無いと記憶している。 ある時は兵長にこっぴどく怒られて落ち込んでいたり、バレバレだと気付かず悪巧みを考えたり、フラッとどこか出掛けて捜索せざるを得ない状況にしたりと。

そんな無表情を崩さない人形のような人だ、と思っていた所に垣間見える人間味は、私を――安堵させた。


『――無駄話は結構。油を売っていたなぞと班長に怒られたくはないでしょう?』


あの時――初対面時よりもずっとずっと人間らしさを見せてくれる彼女はどこか儚くもあり、同時に信頼を抱かずにはいられなくなる。何故だろう、不思議な気持ちだった。


「ペトラさん、少し休憩にしましょう」


暫くして音も立てずに羽ペンを置き場に戻した彼女は、書類から離れ紅茶を淹れ始めた。本当は私がやるべき役割なのだけど彼女の紅茶は絶品だ。甘んじてソファに座る。 私が新兵だった頃は彼女とこんな穏やかにお茶会をする事も会話を交わすことさえも想像できなかった。正直、今でも信じられない。

冷酷人間だと思っていた。人の死も意に介さない非情な心の持ち主だと思っていた。そう思わせる雰囲気を纏っていたのだ、それに私たちの初対面は散々なもので。 最初こそ噂を信じてはいなかったけれど、実際に対面してみれば火のないところに煙は立たないとはいったもの。噂が体現したような冷酷な瞳が私を貫いたのだ。

畏怖、嫌悪、警戒。負の感情を抱かせ近寄ることさえも困難なほど私の足を竦ませ――それは彼女が自ら『拒絶』していたのだと気付いたのはいつだったか。 思惑通りと言っても過言ではない。そうなるように仕向けられたのだと。

――私に近づかないでいただきたい。

言外に告げて、否。そう “懇願” していたのだろう。冷酷人間でありたいと、そう見て欲しいと乞うように。


「エルヴィン団長にも困ったものです。まさかペトラさんを差し向けてくるとは……」


紅茶を啜り息を吐いた彼女は先ほどの困り顔でぼやく。私たち末端の兵士にできることは限られている。オルオに言った言葉は自分自身にも言い聞かせていたようなものだった。 だからこそ分隊長のような立場である上官の仕事を手伝うなどと大それた役目は少し荷が重く感じる。 やりたくはなかったと言うのが本音だ。だって、現にこうして落胆させてしまっているのだから。


「申し訳ございません、お役に立たなくて……」


けれども落ち込む私を見て焦りを感じたのか、彼女は咄嗟に否定を口にする。


「いえ、そういう意味ではないのですよ。十分助かっていますしその前に貴方は言わば私のサボ、息抜きの抑制役。そして――」


それをただの慰めでは無いと理解したのは、彼女の言葉を遮る扉の開閉音だった。


「…………フン」


鼻を鳴らしたかと思えば次いで閉じられる扉。はて。今のは紛うことなき――


「お気になさりませんように。今のはただの変質者です」


それはそれで気にしたほうが良いのでは。調査兵団のNo.2と謂われている筈の人物に対して随分な言い様である。


「おい、疲れた時は甘いものが良いらしいぞ。昨晩任務から帰ってきたばかりなのに仕事とはお前も気の毒だな、菓子を持ってきたから――っと……さ、サボっとらんと仕事しろこの給料泥棒め!」


間を置かず再び開かれた扉。微笑みを浮かべた先輩が何やら包み箱を抱え入ってきた、と思ったら私の顔を見るなり表情を一変させ退場。 一体なんだったのだろうか。ちなみにしっかりと包み箱は置いていった。


「あぁ、今のはアレです。私が彼に買い物ついでの頼み事をしていただけです。生意気にも小間使いにした癖にお茶会をしていては憤るのも道理ですよねぇ」

「は、はぁ……」


さも何事も無かったかのように紅茶を傾ける彼女がまるでいつものことだと告げていた。なんだ、いつものことなのね。なんて納得出来るわけがないのは皆まで言わず。 説明を要求しようにも彼女は早速箱を開け私に勧めてきた。巷で人気なお店のロゴが入ったそれ。 あの先輩はさぞかし女性にモテるだろう、なんて頭の端で考えながら受け取った私は現金にも頬張りとろけるような甘さに頬を緩ませる。

あぁ私はなんて幸せ者なの。彼女に与えられた至福に肖っただけの身ではあるけれど、特別な日ではない限り口にできないお菓子に全てがどうでも良くなってしまう。


「丁度お茶菓子が切れていたところだったのですが、ナイスタイミングです」

「買い出しに行ってもらったのでは?」

「……えぇと、そうですね。届けるタイミングがバッチリと言いたかったのですはい」


ついと逸らされた瞳。怪しい。彼女は嘘をついている。これは確信だ。なんとなく、そう思った。


「階級は別として後輩にお菓子を持って来てくださるなんて素敵な先輩ですね」

「ただの物好きなのですよ。催促した覚えは無いと言うのにたまに押し付けてくる可笑しな方です。お菓子だけに」

「ふふふ……やっぱり頼んだわけではなかったんですね」

「……皆さんには内緒ですよ?」


そう言って彼女は泳がしていた目を緩やかに細め、つまむ最後のひとかけらを口に含み噛み締めるように咀嚼する。 随分な物言いも隠そうとした真意も、それが全ての答えだった。

きっとここに来る人々は任務明けの彼女を労わりに足を運んでいるのだろう。そう言わしめる程の何かがここにはあった。 そう、彼女の周りを包み込む何かが。


「どうして貴方は……冷酷人間だなんて謂われるように仕向けるんですか?」


私は彼女の核心に迫る。ほんの僅かでも良い、理由が知りたくて。


「……仕向ける、とは可笑しな事を言いますねぇ、ペトラさん。お菓子だけ――」

「同じ冗談はお腹いっぱいですよ、分隊長」


ボケ殺しに意表を突かれたと言わんばかりに微かに見開かれた瞳。水分を欲する口内に紅茶を流し込もうとしていた手が止まる。 それは一瞬のことだったけれど見逃すにはあまりにも詰めが甘い。自覚しているのか、動揺を隠そうと瞼を落とした彼女は一口飲み下し息を吐いた。


「どうやら、誤魔化せそうにありませんねぇ……」


この時の私は真相を知る事が出来ると浮かれていたと言っても過言ではない。しかし、彼女の言葉を聞くにつれ自身の軽率さに後悔する事となる。 いつぞやもそれで反省した筈だったのに。彼女の秘密を知りたいと思う欲求は歯止めが効かなくなるのだ。何故なら私は、心の底から彼女を理解したいと思うから。

やれやれ。自分語りはあまり得意でも平気でもありませんが、と前置きを添えて彼女は大凡の経緯を教えてくれた。入隊してそう年月が経っていない私が受け止めるにはあまりにも凄惨な過去を。


「以前にも言ったようにこれは誰もが通る道です。おそらく、貴方も。こんな事を経験させたくはありませんが、私は人類最強でも特殊能力を有する人間でも無い。 壁外に出てしまえば皆となんら変わらない存在、故に単独部隊長なぞという大層な立場であっても、特別でも何でもありません。名ばかりの単騎兵です。 ですから全員を守るなぞできる道理がありません。思い上がりを口にすること自体烏滸がましい」


立場ゆえにどんなに自由であれど、胸を張れるような戦果を残したこともなければ、連携も覚束無いただの足手まとい。客観的に自覚済みなのだと語る。 それでもひとりで戦う事は、言ってしまえば都合が良い。与えて頂いた地位に甘んじて好き勝手動き、されど空回る。それが自分だと宣う彼女に、私は首を振ることしか出来なかった。


「けれども、どんなに無様であろうと滑稽であろうと、私には生き残り戦う義務があります。それが命を賭していった兵士に報いる、たったひとつの手段に他ならない」


他の皆となんら変わらない存在だと口にした癖に、どうして彼女はこうも自分自身を追い詰める事が出来るのだろうか。 責任感なんていう綺麗事ではない。自己満足のような身勝手でもない。

ただ彼女は、彼女なりの方法を実行しているに過ぎないのだ。

不器用にも、利他的に。冷酷人間だなんて正反対の人間を装っては、その実甚だ実直なまでの優しさを持ちながら彼女は今までも、そしてこれからも自分を責め立て続ける。 生かして貰った恩義は永遠に忘れることは無く、だからこそ自分には生き延び戦い続ける義務がある。それを望み振り返らないと決めたのだ、と。 その為には冷酷人間という仮面が必要不可欠なのだという。


「何故そうまでして兵士であることに拘わるんですか? 義務だなんて主観でしかないと言うのに……貴方を庇って亡くなられた方もそんな事は望んでいないかもしれないじゃないですか」

「庇われたままでは私の気が済まない、と言う私の利己的な考えから来るものです。こう見えて結構意固地なのですよ」

「それでも……戦い続けられる理由が分かりません。他に何か目的があるとでも仰るのですか……?」

「そうですね。これこそ利己的な最たるものではありますが、私の根底には別の意志があります」


どんなに挫けそうになっても、振り返りそうになったとしても前を向き続けるその理由。落ち着いた物腰で語っていた彼女の瞳に、強い意志が灯った。


「好奇心はさておき私は守りたい人を守る為に戦っているのですよ。 人類全てなぞと立派な大義の為ではなく、家族、友人、敬愛する人、信頼を置く人、親しい人、仲間……さして人数自体多くはないのですが、私の一方的でいて狭い了見の中の大切な人たち。 それが手一杯とは言うものの守りきれていないのが実情ですが……全く以て不甲斐ない事ではありますが理由はこんな感じですかね」


予想以上に視野が狭い人間でしょう、そう言って恥ずかしそうに頬を掻く姿は、戦闘時のそれと正反対で。だからこそ。


「兵団内では孤独な人だと思っていました。けど、そうではなかったんですね。貴方の人柄は私たちを惹きつけるんです」


ここに足を運ぶ彼らも、団長の気遣いも今まで間近で見てきた兵長の態度も合点が行くというもの。立場は違えど皆一様に共通するものがあった。


「なにを仰るかと思えば……もっと蔑んでください、ご褒美です」

「冷酷人間を演じているのはみんなの事を思いやっているから……仮面の裏にそのような慈しみがあるだなんて、尚更避けることは出来ません」

「貴方も私の冗談をスルーする気なのですね。良いでしょう、それは興奮材料にしかならないと言うことを教えて差し上げます」

「先輩方も兵長もみんな既にご存知だったんですね……羨ましいです」

「……私には勿体の無いものですよ。それこそ、亡くなった者たちに申し訳なく思う程に」


私は様々な団員から聞いたことがある。壁外から帰還後、彼女の元へ赴いた彼らは総じて衝動に身を任せ、悲しみと憤りを発散し恨みを彼女に募らせるのだと。 詳しいことは皆口を噤む。恐らくそこには彼らにも後ろめたさがあるのだと思う。けれども想像に難くない。

この部屋で。仲間の死に対する無念と、自信の無力さを彼女へ吐き出す姿を。


――あんたの所為だ。俺は悪くない。あんたが全部悪いんだ。人殺し。いつもいつも好き勝手に動いて。本当は逃げてるだけじゃないのか。 一体何人仲間を見殺しにした。あぁ仲間なんて言葉、あんたには関係ないか。ゲス野郎が。一生許さない。あんたが代わりに死ねば良かったのに。


根拠のない言いがかり、お門違いな逆恨み、謂れのない憤り、一方的な罵詈雑言の嵐。最初はそんな事を吐き出すつもりはなかったのかもしれない。 ただ、彼女はその衝動を言葉巧みに吐き出させる。


――退避指示を聞かず飛び出して行ったのですから当然の結果、貴方も同じ目に遭いたくなければ命令に従うことです。彼の二の舞にはなりたくはないでしょう?


今となっては気を許してくれているからなのか、懐かしく思えるあの不器用な物言い。接するにつれて分かった事は、分隊長という人間は人との関わり合いが苦手だという事。 その上冷酷人間としての振る舞うにあたり辛辣な発言、わざと嫌われる様な態度。元の性格も相まりある意味彼女には持って来いな仮面だったのかもしれない。

本当は優しいからこそ。今もこうして目元に影を落としては瞳を曇らせている、その本質は紛うことなき冷酷人間などでは無かった。ただの不器用でちょっと癖のある普通の人間だったのだ。

そんな奇っ怪な表裏を成す彼女という人間を引っ括め、総合すれば自ずと見えてくる真相。しかし憎しみを押し付けその実、彼ら自身が救われている事実に気づかない者は多くて。


「勿体無いと思うのであれば残さず受け取ってくださいね、分隊長……私からの信頼を」

「……貴方も物好きですねぇ」


どこか諦めたように、されど気恥かしそうにしみじみと宣う彼女を見て私は願う。彼女の本質を理解する人間がひとりでも多く増えれば良いと。 それが彼女にとって苦痛だとしても、その先に見える未来に絶望が待ち受けようとも――人はひとりでは生きていけないと思うから。


「物好きとひと括りにされんのは癪だ」


ミケ分隊長や先輩団員と同じくノックもせず開け放たれた扉。そこに現れた人物は予想外だと言えば嘘になるかもしれない。何故なら彼が来ることはとても自然に見えたからで。


「安心してください、貴方はただの変態です」

「そうか」

「納得してしまうんですか!?」

「何が目的です? 狙うなら私だけにしてください。さぁペトラさん、私のことは構わず逃げるのです」

「バカ言え、見届け人が居なけりゃ変態は自称になっちまう。ペトラ、お前はここに居ろ」

「今物凄くお言葉に甘えて逃げたいです!」

「ペトラさんが怯えてるじゃないですか。自称だかなんだか知りませんが変態も大概にしてください」

「何事も “特別感” というものは大事ろうが。俺をその他大勢に含めてくれるな。お前もそう思うだろう、ペトラよ」


唐突にやって来たかと思えば問題発言。一体兵長は何がしたいのだろう。不思議に思いながら始まってしまったやり取りにたじたじになってしまうのもわけない。正直巻き込まれたくはなかった。 それに、特別感とは。兵長は分隊長の中の特別な存在になりたいという事だろうか。もしかして構いたくてしょうがないのではなく兵長ご自身が構ってちゃんだった、と。

(そんなまさか、よね……?)

真相は兵長が追い出されたことにより有耶無耶になったとは言うまでもない。


「これ以上サボって提出が遅れてみろ、削ぐ」


捨て台詞は聞かなかった事にしておきます。





今回判明した事は、分隊長の先輩、そして幹部、兵長。皆一様に彼女を慮っていると言う事。 ただ労わりに赴いているわけではない。単独任務で疲弊しているにも関わらずこんなにも大量の書類を目の前にして真面目ゆえに逃げることも叶わない彼女の『休息する口実』を与えに来ているのだ。

兵長襲来後も数人やって来ては置き土産を残していったその山が証拠であるからして、彼女は人柄云々よりも貢がれ体質と言っても過言ではない気がしてきた。どしてこうなったのかしら。 山を崩し半分程分け前を頂いてしまった私は明らかにひとりでは処理できない量を目の前にして背中に冷や汗が流れるのを感じるのである。


「そろそろ夕食の時間ですね。粗方片付きましたし本当に助かりました」

「いえ、そんな……さしてお役に立てることはしてませんよ……」


時は過ぎ陽も沈んだ時間帯。あれだけ山積みだった書類は残すところ数枚になり、端を整えていた分隊長はそれを置くと執務室のカーテンを閉めながら言い放つ。 長かったような短かったような、たった数時間ではあったけれどたくさんとまではいかない会話を交えつつ楽しい時を過ごす事が出来たと思う。

(仕事中の私語は良しとしない人だと思っていたのに。やっぱりそれは昔の話だったのかしら。それとも――)

次いで椅子を回し正面に向き直った彼女は私を一瞥すると机上を片付け立ち上がる。


「他にも『彼ら』への抑制役として完璧なまでの存在感でした。エルヴィン団長の思惑通りなのは癪ですがそもそも仕事を溜めたのは私であるからしてこれが罰だというのか……」

「えぇと……もしかしなくとも休息する口実阻止の役割が言葉の裏に隠れていた、と?」


彼女は後輩や嫌悪されている団員の前で冷酷人間の仮面を被る。努めて真面目に振る舞う。もし私ではなく他の者ならば彼女は肩肘張り室内は居た堪れない空気に支配されていた事だろう。 小休憩は挟めど気が休まらないのは想像に難くない。

ほどほどに気の置けない環境、そして仮面を被らずとも平気な団員。私は後輩に変わりないから彼女が羽目を外す事はなく、かと言ってギクシャクはしなくて。 全く以て完璧な采配だ、絶妙な人選だ。

これが団長の思惑通りと分かっている彼女は、自分の落ち度を自覚している。けれども私は思う。あれだけの人数が来れば仕事が進まないのもわけない、と。 決して誰が悪いというわけではないけれど、喩え仕事の邪魔になると分かっていても、来客を全て受け入れてしまう彼女のお人好しさ加減は流石にどうかと思う。

ともあれ上官の仕事を手伝ってみて、責任ある立場というものは大変なのだと暇を持て余していた自分を鑑みては申し訳なさが募った。

そんな私を余所に彼女は所々に設置されたランプの火を消しながら、廊下へと続く扉へ歩みノブに手をかけた。私もそれに続き最後のランプの灯りを消そうと手を伸ばす。 同時に開け放たれた扉の向こう側には煌々とランプの灯る廊下。タイミングを見計らい私は火を扇ぎ消した。


「巻き込んでしまってすみません。せめて分類だけをと思っていたにも関わらず校正や書類作成まで手伝わせてしまいました。果ては提出のお使いまで……」


事あるごとに適材適所を用いてしまうのは私の悪い癖です。そうぼやき未だ暗い室内に立つ私を振り返った彼女は。


「お礼と言ってはなんですが、次の非番の日にでもご飯を食べに行きませんか? いいお店を知っているのですよ」


照れているのか頬を掻きながら――僅かに微笑んだ気がした。逆光で確証は持てないものの我が目を疑うとはこの事か。優しさに満ち満ちた瞳は以前目にする機会があった。 だけど微笑みは初めてで。

見てはいけないものを見てしまったというよりも、彼女の本質に触れる許可を得たような。だとしたらこの湧き上がる衝動をどこに向ければいいのだろうか。


「是非っ、ご一緒させてください……!」

「では予約しておきます。あぁ、それと少しだけおめかしすることを推奨します。まぁペトラさんなら今のままでも十分お綺麗ですが問題は服装……女性に恥をかかせたくはありませんからねぇ」

「結構格式の高いお店なんですか?」

「味の保証はしますが、着いてからのお楽しみと言う事で。困ったときは兵長かエルド君に聞くといいでしょう。決してハンジには聞かない方が良いですよ。とんでもない服を推奨されちゃいますから」

「は、はぁ……」


夕食の時間ともあり閑散とした廊下で交わす会話はどこかむず痒くてでも、嬉しくて。私は彼女の本質を知るひとりになりたいと強く願う。 それこそ出過ぎた願望かもしれない。微笑みを見れたことでのぼせているのかもしれない。けれど。


「先に食堂へ向かってください。冷酷人間が談笑なぞと失笑ものです……貴方も変わり者に見られたくはないでしょう?」


こんなにも慈愛に満ちた人を拒絶する事なんて、できっこないのだから。だからこそ私は彼女に信頼を寄せる。もう、足が竦むことは無かった。


「もう何度もご一緒してますよ? 兵長たちもいらっしゃいましたけど……」

「……今日は居ないと思いますから、今度居る時にでも。すみません」


頑なに皆の前で冷酷人間像を崩したがらない彼女の意向をくみとる。いつだってそうだ。彼女は一見辛辣な物言いをすれど、それは自分の都合よりも相手を思いやっての発言で。 狙ってやっているのだとしたら計算高いどころではない。ただのマゾヒストだ。 人から嫌われても構わないという人間は少なくはないけれど、自分から嫌われに行くのはそれこそ物好きなのではなかろうか。

でも。辛辣な発言の後に謝罪を口にすると言う事は、前向きに捉えても良いのだろう。私は彼女に受け入れられていると。


「わかり、ました……次の非番の日は覚悟しておいてくださいね、分隊長?」


だからこそ私は物怖じせず先ほど交わした約束について釘を刺す。少し生意気に、試すように。返ってきた答えは不安なんて抱く暇もない程の肯定だった。


「もちろんです。腕がなるというもの」

「それはどういう意味で――」

「ではまた後日」


颯爽とその場をあとにする彼女を嬉しさ半分、聞き捨てならない言葉に疑問半分で見送り、気づいたときにはオルオが不審そうな目をして横にいたのはもう少し後のお話。








 ♂♀








数日後。は数日前に見た気がしないでもないような書類の山を視界に入れないよう努め只管筆を走らせていた。


「先輩、果てはミケさんまで揃いも揃って、別件で機能していないとはこれ如何に」


いつもならば他の兵士がやるべき書類だ。それが何故己に回されているのか。皆して同じタイミングでエルヴィンから仕事を仰せつかるとは珍しい事もあったものだとは嘆息する。 こういう時、部下を持たない立場というものはあまりにも手が足りないと思う。猫よ来い。は不毛と知りながらそうそうお目にかかることのない書類に署名していく。


さん、巨人の考察資料です。ハンジ分隊長が感想を兼ねたレポートを書いて提出してくれとのことで……って、お忙しそうですね……お手隙になられた時で構いません……」


そろそろ焼き払ってしまおうか、そんな不穏な事を思っていた時にモブリットがやって来た。これはしめたと言わんばかりには紅茶を淹れようと立ち上がる。


「すみませんねぇモブリット君……ハンジには明日まで待てと伝えてください」

「了解しました……頑張ってください……」

「ありがとう。わざわざ持ってきていただいたのに申し訳なかった。お詫びと言ってはなんだけれども、一服でも――」


しかし。の誘いを遮るようにモブリットは片手を上げ制する。


「いえ、とても魅力的なお話ですがハンジ分隊長から『5分以内に戻ってこないと被検体になってもらうよ』と言われておりますので……」

「そう……そういう事ならしょうがない、ではまた今度」

「是非。俺もさんの紅茶が飲みたいのですが……失礼します」


どこか余所余所しさを感じながらも残されたは再び筆をとった。


「今日は珍しく誰も来やしない……先日頂いたお菓子も食べきれていないと言うのに何だと言うの。これじゃあおちおち小休憩を挟むこともままならない……」


背後の窓から差し込む光を反射する磨きぬかれた執務机を眺めては嘆息。まぁ、今までもそう毎日人が来ていたわけではない上に皆別件で忙しいのだ。 後輩は別としていつしか比較的出入りの多くなった部屋でひとり、は今一度嘆息を零した。


「ハンジは通常通りみたいだけども、研究よりも執務に取り掛かって欲しいねぇ」


誰かしらこの場に居ればお前が言うな、とお叱りを受けそうな事を宣いつつ判子を書類に押し付ける。枚数を追うにつれ些か雑になってしまうのは致し方ないと言い訳をば。


「……とりあえずふた山終わらせて提出がてらお散歩でもしようそうしよう」


不埒な算段をつけながら根は真面目ゆえに書類に手を伸ばし。またペトラさん来てくれないかな、なぞと淡い期待を胸に書類と向き合う。 心なしか孤独が寂しいと感じるようになってしまった気がする。それもこれも全てはここに訪れる人間の所為だ。なんて、口角を上げ悪態吐くは署名作業に精を出すのであった。





―― 一方その頃、リヴァイは忌々しい紙の束と対峙していた。


「……何故俺がクソメガネの考察資料を読まされ、挙句の果てには感想を兼ねたレポートを作成しなきゃならねぇのか」


今朝方召集令に次いでエルヴィンから下された命令。理由を問えばぐうの音も出ないもので。渋々ながらも取り掛かるリヴァイなのだが問題はそこではない。 執務やら通常業務ならばいざ知らず、何故あろうことかこんな必要性の感じない事をしなくてはならないのか。ちなみにが受け取っているものと同様のものである。

おまけに外出禁止令も出ているときた。口には出さないまでもの執務室へ赴いただけでこんな仕打ちは如何なものなのか、と疑問を感じざるを得まい。 まぁ、団長室へ召集されたその人数と顔ぶれに納得したものだが。


の執務室に足を運んだ人数は報告によると計10名。この数字は由々しき事態だと思わないか?』


それぞれがバツの悪い顔をしていたとは言うまでもない。皆考えることは同じとでも言うつもりか、それにしてもたった数時間で良くもこんなに来訪したものだと呆れる他ない。 もしもこの場に集まる全員が鉢合わせしていたら。これぞ正真正銘のお茶会が始まっていた事だろう。


『お前はペトラを配置させる事で来た奴の抑制をしたつもりだろうが、あの馬鹿は普通に小休憩とはお世辞にも言えねぇ時間を満喫してたぞ』

『トータルで言えば1時間強だ。仮にもし君たちがそのまま『サボる口実』を与えていたらそれどころでは済まないばかりか書類処理は終わっていなかっただろう』


なるほど、確かにそうだ。今回は誰も鉢合わせする事はなかった。と言う事は皆バラバラに赴いたと。訪問時間がひとり頭30分だとしても通算5時間。由々しき問題である事は明らかである。 の事だ、律儀にも平等に対応していただろう。これ即ちペトラグッジョブ。汚いさすがエルヴィン汚い。


『……今回はヤケに手厳しいじゃねぇか、エルヴィンよ』

『当然だ。どっかの誰かさんたちのお陰で1週間分の書類が滞ったんだ。ここ最近の君たちは甘やかしすぎたと自覚してもらわねばならない。彼女は一切口を割らなかったが長期間仕事を溜めるような人間ではないからな。偶に期限を破るが……不審に思い監視をつけさせてもらった』


単独任務以外でそこまで重要な書類は回されないとは言うものの、流石に1週間はやりすぎだと。度が過ぎる甘さは罰せなければなるまい。エルヴィンが腹を据えかねているのも道理である。 いい年こいた大人、そればかりか幹部と言う立場の人間がこんな体たらくを晒している事実は目も当てられぬ。それがリヴァイらの所為なのだから彼らも猛省すべき事であると。


「まぁ、どんなに罰を与えられようとも来訪者は後を絶たないだろうよ」


己もまた然り。なにも紅茶が目当てなだけではなく、彼女の実情を知っているからに他ならない。 決してサボタージュを助長しているわけではないが――やりすぎはよろしくないな。そうだな。



余談だが先輩曰く。ただお菓子を差し入れに行っただけだが、お茶会に誘われてしまうと如何せん断れずつい長居してしまう、とのことで。


『先輩もお疲れ様です。よろしければ紅茶でもどうです? リラックス効果のある茶葉を入手しましてね、是非実験台になっていただきたい』

『実験台だぁ? どっかの研究の虫かお前は。ま、まぁ茶を飲む程度の事なら付き合ってやらんでもないが?』

『冗談ですよ、細やかではありますがお菓子のお礼です』

『一杯だけだぞ? こうみても俺は忙しいんだ』

『そうですか』


こうして穏やかな時間を過ごし、長い時は1時間を越える時もあるという。「それもこれも追い出さないアイツが悪い」と、ニヤける顔を隠そうとして失敗していた先輩がいたとか、なんとか。



無駄に長ったらしい考察を読みながらはいつもこんなものを読んでいるのかと思うと頭が痛くなってくる。 両手で持つその紙の束はかれこれ1時間も読み進めていると言うのに半分にも達していないときた。いっそのこと燃やしちまいてぇ。不穏な事を考えてしまうのはみな同じらしい。

はこれを喜々として読み、レポートをまとめているなぞ正直理解に苦しむ。彼女も大概物好きである。 同じ実験内容と文章が何度出てきたか数える事も色々と考えることさえも億劫になってきた、そんな時である。


「失礼します兵長、ハンジ分隊長から言伝を仰せつかってきました」

「……ペトラか。ご苦労だった」


何やら紙の束を抱え訪れたペトラに嫌な予感を走らせながらリヴァイは居住まいを正す。ハンジ関連は御免被りたい所だが彼女を追い返すわけにもいかず素直に言伝を聞く他ない。


「『渡しそびれていたレポート用紙だ、全部埋めるように』との事です……」

「オイ……その手には何枚ある……?」

「……30枚ほど、です」

「…………」


室内にはただただ沈黙だけが支配した。なんだかすみません。悪くもないペトラが思わず謝りたくなる空気に気を取り直して、というより気を紛らわせるように彼女は口を開く。


「兵長はたまに分隊長の所へ足を運んでいらしたんですね」


さも予想外だと言わんばかりに紡がれた言葉はリヴァイの内心を僅かに騒がせた。普段であればの執務室で一服している時に遭遇するのは、某見守る会会員や幹部であるからして。 まぁペトラなら問題は無いだろう、とは思うものの。


「あいつは監視してねぇとすぐサボる。フラフラ出歩いちまう馬鹿を捜索する手間を省いているまでだ」


たとえがペトラに気を許していたとしても。誤魔化してしまうのはリヴァイ自身の意地に他ならない。曰く、言わせんな恥ずかしい。そのひと言に尽きる。 それよりも変態発言を自重した方が良いのでは。どこからかのツッコミが聞こえた気がした。


「そうだったんですか……先日は吃驚しちゃいましたけど、そう言う理由があったんですね。分隊長を慮って休息する口実を作りに来たとばかり思っていました」

「……バカ言え、あいつは俺宛ての書類を後回しにしやがる。ケツを蹴り上げてでも催促しなきゃいつまで経っても俺の仕事が終わらん」


果たしてペトラはどこまで勘づいているのだろうか。至って図星な発言に戦慄走るよろしく瞬間的に硬直してしまったが、何とか言葉を返すことが出来た事に安堵するリヴァイ。 その様子を見ていたペトラは思う。彼は規律を厳守する人間ゆえに公私混合を良しとしない。当然だろう。しかし。

(ここは “騙されたふり” を貫き通すべき……だよね)

リヴァイの安堵を余所にその誤魔化しを確と見抜いていた。すみません兵長、既に存じ上げています。 というか、誤魔化すくらいならあの時入室せずに立ち去っておけば良かったのでは。ご尤もな指摘である。

そんな心中を知る由もなく、やれやれと椅子の肘置きにもたれ掛かり目を合わせようとしないリヴァイを内心で微笑ましく思いながら、ぺトラは彼の視線の先を追い窓の外を見遣った。すると。


「あっ、分隊長……」


欠伸を噛み殺し、手ぶらで外を彷徨く姿がそこにあった。 早く仕事に戻らないと雷が落ちるのでは、と焦り危惧したペトラは眉間の皺を増やしているであろうリヴァイに目を向ける。


「……あいつは性懲りもなくまたサボってやがんのか」


しかし。彼女が目にしたのは憤りとは正反対の表情を浮かべる彼の――




END.






おまけ


――オルオ編。

「君には彼女と別の『お願い』を頼む」
「えぇ!? お、俺ですか!?」
「いやなに、簡単な事だ。『の執務室に足を運んだ団員』を記録に残して欲しい」
「(あの人の所に人が来るとは思えねぇんだが!? 思えねぇんだが!?)」
「隠れ場所は隣の空き部屋を使うといい。これでサボる口実を持ってくる人間を一網打尽に出来る……」
「団長、今なにを……」
「忘れてくれ。頼んだよ」
「りょ、了解です」


――企みを知るハンジは賢く立ち回る編。

「今回は『虫除け』ばかりか『ネズミ捕り』も出来るだろう」
「そうは言うけどさ、はひとりでもサボるような肝っ玉の座った人間だよ? 意味ないんじゃないかなぁ」
「危険因子は排除するに越したことは無いさ」
「……そんなにを痛めつけて一体何がしたいのさ、エルヴィン?」
「言っただろう。『危険因子を排除する』、と。これはサボる事自体を指しているのではない、自身にとってのそれだ」
「なるほどね。冷酷人間の執務室で立場が上の人間が和気あいあいとお茶会してると後輩たちに知られてはの沽券にも関わると。そういう事なんだね」
「ひとりで彷徨く程度ならば問題ないからな。さて、ネズミたちにはどういった処罰を与えようか……」
「(モブリットが巻き添えになっちゃかなわないから、考察資料は日を改めて持ってって貰おう)」


おわり











ATOGAKI

休息する口実=サボる口実=お茶会。なんか知らないけど馬車馬化している主人公を慮る優しき周囲の人間たち。 最近書類を停滞させるまで度が過ぎて来て目に余るので団長が牽制しましたとさ。勿論主人公にも書類の山というお咎めをば。 兵長が以前『サボっていても見て見ぬふりしよう』と決意した後のお話でした(『暫しの休息を君に』参照)。

人によって主人公の見え方は違うらしい。ペトラとのファーストコンタクトは原作沿い突入した時にでも。いや、どうしようかな。まだメモ書きしかないのに何故書いた私。

何はともあれそろそろ壁外調査しろよとの声が聞こえてきそう。すみません。次は壁外でのお話になります。